Who's Yoshinori?

性格:
楽天的にモノを考えてストレスをためないこと。B型、魚座。誕生日は3月12日。
仕事:
問題解決のための情報を提供する仕事、とでも言うのかな?。

Macintosh:
91年ころから使っている。これだけWindow95,98が広まってもなかなかMacintoshを変更することができない。しかし、とうとう2000年11月からWindowsに変更。

今いるところ:
東京に移り住んだのは学生時代から。エキサイティングな都市なので楽しいが一生住み続けるところではないような・・・。


今の趣味 その1 ランニング:
90年代なかばから走り始めた。健康第一、そのためにはカロリー管理が必要。走れば食事が楽しい。食べものの素材に関心を持ち始める。睡眠はきちんととるように努力する。走り始めて「損をした」ということは1回もない。

インターネットで知ったランニングクラブ。ニューヨークのセントラルパークをベースに走りを楽しんでいるランナーたち。 まだ、1回もセントラルパークで走ったことはないが走る時が来るのが楽しみ。


今の趣味 その2 社交ダンス:
ワルツ、タンゴを中心に週1回のダンスの練習。休むことも多く、実質半分出ることができれば良しとしなければならないのが実態。 そんな中で、最近はけっこうステップも覚え、ダンスパーティで踊るのが楽しみになってきているこの頃。音楽にあわせて、相手とホールドを組んで軽やかにダンスする。 僕は「Shall we dance!」の映画が流行る前からダンスを始めたが、ぜひ多くの人にダンスの楽しさを知って欲しい。

今の趣味 その3 写真:
カメラに関心を持ち始めのはホームページできれいな写真をみるようになってから。今、使っているのはNikon FM2。マニュアルなのでピントがあえば素晴しい写真ができる。初心者なので、とにかく量を写して、本から知識を得て腕を磨いている。しかし、写真は難しい。早く、ホームページにアップできるようになりたい。

今の趣味 その4  :


近影


1998年9月某日  3種の「人技」 〜第1ステップ 英語、コンピュータ、ダンス

僕がダンスとコンピュータと英語の3つ同時に関心を持ったのは80年代中盤だった。アメリカのある協会の年次総会に参加した。4泊5日という長い総会で、いろいろなテーマで研修交流会を行う。その総会に参加して「これからは英語だな!」「それとコンピュータだ!」と思った。最終日に「アニュアルバンクエット」があった。これって何だろうと覗きにいくと、参加者がタキシード、素敵なドレスで盛装して軽やかに踊っているではないか。これにはさすがにびっくりした。というのは、日中の研修交流会では丸首のシャツ、原色っぽいシャツ、ジーパンなどを着た人たちが、いきなり(という感じだった)盛装するのだから。「これがアメリカ社会かあ〜」と。事務局の女性が「踊ろう」と誘ってくれたが、一つも踊れない。いま考えたら、ジルバ、チャールストン、ワルツなど。これが、社交としての「ダンス」を実感した最初だった。「よーし、これから国際社会に旅たつには英語とコンピュータとダンスだ」と心のなかで思ったが、実際にダンスを練習を始めるのは7年もかかった。

日本に戻ってまず始めたのはコンピュータだった。当時、流行った(一時、国民機といわれた)NECの98M2を買った。その当時で30万円。こういうものを買うのに家族の理解を得るのが難しく、僕と息子のポケットマネーで買ったのだった。これはその頃の最新マシーンで、2HDが走り、一太郎などでワープロを打ったものだ。しかし、その数年後、アメリカで気がついたことが、確かにコンピュータはIBMおよびそのコンパチを含めMS-DOSの世界だが、「アーティスト」「ステューデント」を中心にマッキントッシュが数多く使われていることを知った。しかも、その使い勝手の良さは98どころではない。Macintoshは当時30万円(市販価格は50万円くらい)だった。決意してマックを買ったのが91年、Macintosh SEだった。これを買うとまもなく98が動かなくなり、それ以来NECとは遠ざかってしまった。こうして僕とマックとの長いつきあいが始まった。

さて、次に、苦労覚悟でとりかかったのは英語。

日本に住んでいて普通の生活を過ごす分には英語はなくてもすむ。しかし、ちょっと自分の行動を広げたり、情報の世界・友達の和を広げたり、知識を深めたりするにはやはり外国語の1つや2つ、使えるほうがおもしろい。その中でも世界的に使われている英語は日常的なコミュニケーション力ができる程度にはなりたいと思った。そんな訳で、英語の学習をスタートさせた。しかし、これは続けるのが大変。結局挫折した。改めて、始めるにあたって次のように整理をかけてみた。

日本人の誰もが「中学校、高校、大学と10年も英語を勉強したのに、何故、話せないのだろう」。きっとこれは、学校英語・受験英語の弊害がコミュニケーションとしての英語の習得を妨げているのだ。なぜなら、「訳読」・「文法」・「読解」という作業は日本語の思考で英語と日本語を置き換える作業をしているにすぎない。他方、「英語のシャワーを浴びよう」、「1000時間聞こう」と、いわゆる英語環境を自分の周りにつくって英語に多くふれるという学習提案がある。時間はかかるが、結局自分の身体(耳とか感性とか)を変えるしかない。とにかく聴けなければ話せない。

日頃、力を入れてやっているのは”リスニングパワーをつける”ことだ。英語をやりたいと思う人に聞くと「話せるようになりたい」とは言うが、「聴けるようになりたい」と言う人はあまりいない。僕もその部類だ。しかし、コミュニケーションする姿勢にあたって”まず聴ける”ことが大事なのではないかということを知った。それからは、テレビ、ラジオの英語ニュースを聴いたり、洋画を意識的に見たりしてナマの英語にふれるようにしている。言葉は、今日勉強したから明日から外国人の言うことがキャッチ出来る、スラスラ話せるとはならない。もしかしたら、英語はダンスなどスポーツと同じなのかもしれない。日頃の練習量とその継続が英語に対する基礎体力をつけるのだろう。さあ、「英語はダンスだ!」。

社交ダンスとの出会いはアメリカだったが、手付かずだった。地域のボランティア活動をしていた時、文化企画として社交ダンスパーティを開催した。パーティにむけて10回ほどの練習プログラムも併設した。当然企画者の一人として僕も練習に参加。その企画は成功して、その後、練習プログラムの講師をしてくれた先生の元に週1回練習に通った。これが社交ダンスの始まりである。最初、歩くことさえも難しく、ステップどころではない。苦労した。でも「老後の楽しみのために今、基本を練習しているんだ」と言い聞かせて練習に励んだ。相変わらずの初心者レベルだが、少しづつ踊れるようになる自分とダンスパーティの楽しさがわかるようになってきた。途中、中断しつつも社交ダンスは僕の趣味の一つになった。これを始めてから、歩き方に気をつけるようになり、練習を通じて”猫背”がかなり矯正された。


1998年11月某日 3種の「人技」〜第2ステップ 通信、マラソン、中国語 インターネット

その後やり始めたのが通信だった。最初はNifty,CompuServe などでもっぱらE-MAILと情報収集(Read Only )だ。始めて入ったのは外務省の外郭団体が運営しているAPICNETだった。それにしても今やインターネットを使って、世界中の人と通信できる環境にあるのだから便利なものだ。

TIME誌でsyberSpaceの世界を紹介していたが、コンピュータと通信のおかげで世界はすごく狭くなりつつある。かなり前シンガポールへ遊びに行った時「SIGNETを構築する」と新聞で読んだのを思い出す。その頃のThe Straits Times(JUNE,17,1995)にBT goes on Internet という見出しのニュースがあった。続けて、INTERNET users all over the world can now track business developments in Singapore and around the region, with the inauguration of Business Times(BT) On-line on Thursday. Also, introduced was AsiaOne - Singapore Press Holdings' World Wode Web home page. Business Times On-line offers almost all of BT's Asian news reports, opinion columns and features. With this, BT hopes to add an international readership. とあった。

すなわち、シンガポールでは、インターネットを日常生活(ビジネスを含めて)で活用する。そこでBroad Catch, Broad Cast,Person to PersonのMAILの世界がほぼ構築されているようなのだ。INTERNETの共通語は英語。シンガポールは狭い、「統制」国家と言われながらも英語を公用語にしているという環境が、グローバルな規模で進んでいるINTERNETをいち早く取り入れたオープンな国と言えたのだと思う。(これを書いて、NIRAが出した「21世紀 日本の課題」(三省堂)という本を思い出した。そこでは21世紀の国際社会の中で日本の生きる道は何か。それは情報(流通)を資源とした国家=日本ではないかが結論だったように思う。その中で、シンガポールも情報を資源としながら生きる国家であろうことが指摘されてた)

そんなことで、インターネット活用は僕の生活の中でなくてならないものになった。それにしても、シンガポールの体験からまだ、数年しかたっていないのにこの世界の進歩はすごいものがある。

マラソン

95年の3月、ロサンジェルスにフルマラソンを走りに行ってきた。結果は3時間50分24秒だった。始めてのフルマラソンだ。僕としては最後まで走れた自分に感動したマラソンだった。 LAマラソンは1984年のロサンジェルスオリンピックで使ったコースを翌年から市民マラソンとしてスタートして第10回目だった。約20000人がフルマラソンにエントリーしており、アメリカではホノルルマラソン、ニューヨークマラソンに次いで大きいマラソンなのである。僕は友人、知人でマラソンを始めた人がいて、その人たちに触発されて94年1月からジョギングをランニングに切り替えて練習をはじめた。しかし、月に50〜60キロ程度の練習量で100キロを越えたことはない。

友人から「マラソンは月に100キロでは後退、200キロで現状維持、300キロで記録が伸びる」と言われてから、月間の練習量を150キロ前後までのばした。朝とか土・日走るが、150キロでも結構大変だ。週に40キロ位だから、朝5キロ走を数日やり、土・日に10キロとか20キロ走る。 走り込みはじめた時は、腹が痛くなったり、膝が痛くなったり、くるぶしが痛くなったり、足の爪が黒ずんできたり色々身体に障害がでた。それは練習量に応じて治っていくのだが、また新しい”痛み”が出てくる。自分の身体、精神の弱いところが壁にぶつかった時に現われるのだろう。だから、この壁との付き合い方をうまくしなければならない。それは「壁がきたら飛躍のまえぶれだと思おう」「スランプがきたら次のステップが目の前に来ているのだと思おう」と自分に納得させることだ。そうして、練習を続けていくと痛みは克服されていく。

市民ランナーはフルマラソン(42.195キロ)を3時間以内で走ることを夢見ながら日頃練習して、マラソンレースという舞台にでる。しかし、サブスリー(3時間を切る人のこと)になれないまま人生を終えていく市民ランナーが圧倒的だ。僕もサブスリーを目標にしているが、おそらく難しいのではないかと・・・、もっと若いうちにランニングに接する機会を持たなかった自分を悔やむ。でもこれってしょうがないね。 ダンスもそうだ。もっと若いうちからやる機会があったらどんなに速く身に付けることが出来たことか、人生が楽しくなったことか。日頃、練習をしていて感じる。

ランニングはすごく気軽にできるスポーツだ。しかし、まだ日本ではマラソンをやっているというと”特別人間”的に見られがちだ(すごいですね〜、でも何のために・・・と)。 だから、ランニングをやっている人がその良さを他の人に伝えることが大切なのだ。「走る」〜これは人間には「歩く」と同じほど生活の中での基本的な動作だ。しかし、この「走る」があたりまえ過ぎて自分と関係のないところにあると思ってしまう。観る対象として、オリンピック・陸上競技場、テレビのなかのマラソンレースとか。

ランナーに関するメジャーな雑誌で「ランナーズ」という雑誌の編集長に以前お会いした。彼女は自ら走りながら雑誌編集の仕事をしている。まさに趣味とビジネスを一緒にやってる人だ。話の中で、「日本の若い人は自分の生活のなかにランニングをうまく取り入れていない。女性の場合、きれいになろうと思うなら走ることはすごく素敵な素材なのに」という旨のことを言っていた。外国ではランニングは日常生活の一部になっている人が多い。文化の違いとは言え、日本で欠けているものの一つではないか。21世紀に向けて我々がスポーツとどのように付き合っていくのかは、生活文化として、すなわち、スポーツライフを生活に溶け込ませてしなやかなライフスタイルをつくる上で必要なのだろうと思う。

中国語

さて、最近、関心を持ち始めたのは中国語の学習だ。お隣りの国中国と韓国。中国は仕事の関係もあり、関心の持ちよう(いわゆる動機)が強くなった。中国語をやろうと思ってもまず中国が好きにならないと中国語も力が入らないし身についていかない。意識的に中国の映画を見たり音楽を聴いたりして関心を高めている。中国人と会う機会もつくろうとするがこれはチャンスがなく難しい。ラジオ、テレビで自己学習をしようと思ってもなかなか続かない。やはり学校(教室)に行って、他の人の学習内容と先生に刺激を受けないと発奮しない。98年からは大阪にある中国語学校と地域の中国語教室に通い始めた。

英語もおぼつかないのに中国語も始めるとは・・・・結構無謀のような気もするが英語は若いうちにやっておくもの(もう遅い・・・?)、中国語は高齢者になって勉強していても恥ずかしくない外国語というイメージがありこれからの自分のライフワークの一つにしていきたいと考えている。永くつきあえるものがまた一つ見つかった。




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