2197円札

 

              一光 輝瑛

 

 

「今度2000円札が出るんだろう,すごいよな」

「…そうかな」

「そうだって。これまで日本には2で始まる札なんてなかったんだ。

それを作ってしまうって言うんだから,今の総理大臣もたいしたものだ」

「たいしたことないと思うけどな」

「どうして」

「ありふれた発想じゃないか。外国では珍しくもない」

「でも,日本では誰もやらなかっただろう。それをするんだからすごいよ」

「やっても仕方ないよ」

「でも,外国ではかなり流通しているんだから,便利にはなるんだろう」

「それもどうかと思うが,何よりも効果がないよ」

「効果,か…」

 

 朝の通勤電車。まだ時間帯が早いせいか,車内には空席も見える。

スーツを着込んでいるから社会人だろうが,どちらかと言うと若さが目立つ二人の男。

遠慮もなく大きめの声での会話であった。

 

「確かに効果は一部の,そうだな,自販機のメーカーと,現金自動支払機のメーカー,

そして,2000円セールでもやる店に限られてはくるだろうな」

「そういうことだ」

「だが,効果どうのこうのは,政府もはじめから期待していないようだし,それはいいんじゃないかな」

「まるで記念切手だよ。2000年だから2000円札だ。

しかも,はじめから効果は考えてないときている。これじゃあ政治じゃなくて,遊びだね」

「…それは厳しいな」

「考えてもみろ。今の内閣の最大の課題は,景気対策だろう。

それにリンクしない大事業をやって,どうするつもりなんだ」

「…」

「だいたい,今の総理大臣って,“平成”の色紙を掲げて有名になった人だろう。

同じドジョウを狙っているみたいなものさ」

「え?」

「2000円札を出せば,少なくとも,歴史には残るだろう。

一発勝負のイベンター的発想で,自分の総理大臣としての存在感を示そうとしているだけさ」

「確かにそれもあるかもしれないがね」

「理念の欠落は救いようがないな。どうせ新札を発行するなら,

景気対策としっかりつながるものじゃないと」

「でも,2000円札でも多少の効果はあるだろう」

「ないない」

「じゃあ,なにか。インフレ政策として,10万円札でも出すか」

「それもいいけど,俺は,2197円札を出すのが良いと思うぞ」

 

「…」

 右側の男は,一瞬唖然としたような表情を見せる。

「2千…」

「2197,2197円札だ」

「なんだよ,それ」

「これこそ,景気対策に合致した,究極の新札だと思うんだが」

「何でそんな半端な…」

「数字としては,13×13×13の答えが2197になる」

「だから,どうしてそんな数字のお札を…」

「はっきり言って,この数字に機能性はない。

素数ではないが,割り切っても使い道のない,計算上ではいわばどうしようもない数字さ」

「…」

「だからこそ,あえてこの数字の札を発行するのが良いんだ」

「どうして?」

「つまり,使いにくさにこそ,景気対策の真髄があるってことさ」

 

 左側の男,目がきらりと光る。どうやら,彼の得意な話に入って行くらしい。

一方,右の男は怪訝そうな表情をますます深める。

「そもそも,現在の日本経済は,右肩上がりの局面にはない。そうだろう」

「…確かにそう言われているが」

「つまり,高度経済成長ではなく,むしろ成熟経済になってきているってことさ。

昔は,『今度はあの家電製品がほしい』『今度は車がほしい』『マイホームが』なんて感じで,

今持っていなくて,持ちたいもの,そんなものがどんどん出てきた」

「ああ,そうだな」

「けれども,今は違う。主流はマイナーチェンジとプラスアルファだ。

つまり,必要なものは,多くの人がそろえてしまった。これからそろえるものは,

本来必要でないもの,別になくても良いもの,これをそろえていくことが,これからの消費になる」

「…」

「一概には言えないんだが,実はこれって,必要最低限のレベルから見ると,

無駄なものをどんどん生産して行くことになる」

「そうかなぁ」

「そういう見方もできるってことさ。つまり,市民が無駄なことをしてくれることを期待して,

それをあおるような商品を提供する。これが,今後経済成長をするための手法になるんだ」

「…よくわからないけど」

「食い物にしたってそうだろう。昔は,生きるために食う,栄養を取るために食う,

そんな感じだったのが,今では違うだろう」

「…それは確かにそうだな」

「逆に,ダイエット食品なんて,『栄養を採らないために食う』ときている。

これが売れるんだから,これってやっぱり無駄なもので経済が活性化されている,

とは考えられないか」

「…う〜ん,そうなのかなぁ」

「そこで,今回の2197円札だ。これって,無駄だろう」

「ああ,無駄だ」

「これを使いこなすには,まず,面倒な計算を,計算機でも,頭の中でも,駆使する必要がある」

「頭を使うってことか」

「その通り。まず頭の活性化にはなりそうだ。さらに,今までの単純な10進法ではなかったような,

複雑なシステムが必要になるだろうな。2197円がひとつの単位として追加され,

従来の10進法の札と混在するわけだから」

「…」

「通貨である以上,受け入れを拒否することはできない。積極的に使うか否かに関係なく,

どちらにしてもそれに対応できる能力と,システムがすべての消費者に求められて行く」

「…」

「こうして,2197円札という,ひとつの無駄から,派生していろんな人の努力と,苦労と,

そして,新たなる無駄が発生する。単純な2000円札発行の場合の比じゃないぞ。

これが,景気回復,経済発展の原動力になるのさ」

「でも,結局は無駄だろう」

「だから言ったじゃないか。無駄なものの増産が,これからの経済発展の有効な手段なんだ。

そうは思わないか」

 

「いや,思わないな…」

 右の男の,つぶやくような声。

 おそらく,だれの耳にも届かなかったに違いない。

 

 

 以上  PN 一光輝瑛

 

 

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