2月28日

 

                                   一光 輝瑛

 

 

 “完全閉店! 店じまいセール”

 赤い見出しが強烈な印象を発する,新聞折り込み。パジャマ姿でトーストをかじる私の目に,

否応無しに飛び込んでくる朝一番の刺激であった。

 

“当店は,本日2月28日をもって完全閉店させていただきます。長らくのご愛顧,

まことにありがとうございました。”

 

 近所,といっても車で10分ほど行ったところではあるが,そこにあるスーパーマーケットが,

昨年の秋頃から“閉店店じまいセール”をはじめていた。しかし,“店じまい”と言い始めてから,

それでもずっと営業を続けていたから,なにやらいつまでも売り続けるかの錯覚を受けていた。

だが,それももう終わり。本日2月28日をもって,実際に閉店となるらしい。

 こんな時は,不思議とチラシを見る目が真剣になってしまう。さて,どんな安いものがあるか…,

いや,大きな字で,でかでかと閉店が告げられているだけで,具体的な品目,値段等は記されて

ないようだ。まあ,ある意味それが妥当なのかもしれない。

 

 最近,このスーパーで買い物をしたのはいつだっただろうか。車に乗るたびに横の国道を通過する

せいか,最近でもよくみかける風景の一部ではあるが,それでも実際に入っていって買い物にまで

いたることは,最近については極端に少なかった。…まあ,子供ではあるまいし,

独身の社会人男性が,近所のスーパーというのも妙なものなのだろうが。

 

 

 まあ,今日で最後ならと思い,軽い気持ちでそのスーパーに向かってみる。このスーパーの

駐車場は,大きいものではあるのだが,入口の構造上,ちょっと入りづらいのが難点だ。

 

「…!」

 

 私は思わず目を疑った。日曜日の朝11時,確かに家族連れの買い物客が増えてくる時間帯では

あるが,それにしても物凄い光景が展開されていた。

 ただでさえ狭い入り口に,車が『殺到』している。奥に見える立体駐車場からも,車の屋根が

たくさん…,

…この横は何度も通ったが,こんなに混雑しているのを見たのは始めてだった。なるほど,

“店じまいセール”めがけて客が殺到したわけだ。…こんなに集まるなら,

閉店しなくても良かろうに…

 

 近くの市営駐車場に車をとめ,(駐車場代がもったいないような気もしたが…)

5分ほど歩いて例のスーパーに向かう。相変わらず車の混雑はひどく,入り口の道路に一本の

車列ができあがっていた。

「中もさぞ混んでいるだろうな…」

 その4階建てのスーパーは,ぞろぞろと群れ入る人々を,泰然として飲み込んでいた。

…私もそのうちの一人。

 

 

「さて,何か安いものはあるかな…」

 のんびりした私のそんな発想とは裏腹に,目の前ではある意味『刺激的な』光景が展開されていた。

一階,食料品売り場。黄色い買い物かごを手に持った,見るからに『主婦』の群れが,ところどころの

特設コーナーを取り囲んでいた。テープレコーダーの安っぽい音声は,“本日限りで…”などと

繰り返し告げていた。

「食品,そんなものに用はないな」

 一階の喧騒を通過,エスカレーターで次のフロアへ。

 

 

 二階,衣料品のフロア。ワゴンに無造作に放りこまれた衣服が,次の客の容赦ない物色に

さらされている。真っ赤な文字での“全品半額”の表示。繰り返される“閉店”のアナウンス。

レジには行列ができ,従業員が必死の形相でそれをこなしている。女性従業員は,

そろいの制服を着ているが,それも今日限り。明日からどうするのだろうか。

 

“ネクタイ売りつくし”の表示が気になって,手にとって見る。“全品半額”の文字,

“1000円均一”などという文字もある。

「こりゃ,ひどいや」

 私もそれほどの目利きではないが,それにしても粗悪なネクタイはすぐにわかる。

それに,この次期,どこの売り場でも“冬物売り尽くし”の流れがあるから,

ネクタイの半額セールなど,どこでもやっている。

「それにしても…」

 1000円均一などと表示されている商品は,特にひどかった。デザインも,手触りも。

…どうやら,売り尽くしというよりも,もともと安売りのために製造したものを,

どさくさにまぎれて持ちこんだらしい。

 

 

 3階,引き続き衣料品と,雑貨のフロア。

 エスカレーターの上り口で,一瞬足が止まる。

 

「こんなものまで…」

 

 そこでは,ワゴンが持ち出され,ハンガーが売られていた。それは,『商品』というよりも,

見るからに店で使われていたものだ。

“5本で100円”という見出し。なるほど,“売り尽くし”である。

 

 ガラガラッ という音で振り向くと,新しいワゴンを女性社員が押していた。

後ろでは年配の男性社員が,

「もう少しあちらに置いて,そうそう…」

などと指示を出している。その横で,新たに値札シールを貼りかえる社員。さらに値下げか?

 忙しそうにそのシール機を動かす社員。まさに『ビジネスの最前線』を感じさせた。

 

 店の奥の方に入ると,すでに売り尽くされて『廃墟』と化しているコーナーもある。

なにもなくなって放置された棚が,妙に生々しく,見苦しいが,気にする従業員ももういない。

 

 

 エスカレーターをもう一つ昇って,最上階,4階にたどり着く。ここは何のフロアだったかな…

 

「…!」

 

 左側に歩いた私を,妙に懐かしい景色が襲った。

 

“22年間のご愛顧,まことにありがとうございました。当店は本日限りで…”

 

 22年前といえば,私はまだ小さな子供だった。

 

 そこには,ゲーム機や,子供向けの乗り物が設置してあるコーナーがあった。ゲームセンター

というよりも,むしろ子供連れの家族がすごす,そんな空間だった。今も,小さい子供を二人も

連れた若い父親が,その手をとって,『乗り物』に乗せていた。子供達の楽しそうな声…

 

「そう言えば,こんなこともあったよな…」

 目の前の家族連れにだぶって,私の目の前には,かつての自分の家族が見えていた。

母は一階で食料品の買い物。父は小さかった私を連れ,よくここで遊んでくれた。

「…どうしてだろう,こんなこと思い出したこともなかったのに」

 お金を入れれば動く,飛行機の形をした乗りものが,一番のお気に入りだった。きらきら輝く

ランプと,にぎやかな音楽。となりの機械からも子供達の声。振動する乗りものにまたがって,

空を飛ぶ気分になっていた幼い自分…

 いつのまにか立ち入らなくなって,いつしか見向きもしなくなっていたこのコーナー,

どうして,今になってこう胸に浮かぶのだろう…

 

 そこを通りすぎると,おもちゃ売り場が見えてくる。ここが一番大好きな売り場だった。

いろんなおもちゃをおねだりして,買ってもらったり,買ってもらえなかったり。

父はこの売り場に近づくのをいやがっていたが,それでも買い物に来るたびになんだかんだと

立ち寄っていた。クリスマスや,誕生日のプレゼントを選びに来た時は,もううれしくて,うれしくて。

…いつしかおもちゃに興味がなくなった後も,この売り場の雰囲気だけは大好きだった。

そして今でも…

 

 

 ふと,階段の向こうにある窓,そして外の風景を見る。4階から見る,どうってことない風景で,

いっぱいの駐車場がよく見えているのだが,もう,この景色も最後か…

「…」

 ふと踊り場にある椅子に腰掛けると,自動販売機が見える。そういえば…

 

 ここでよくジュースをおねだりしていた。紙パックのオレンジジュースやリンゴジュース。

ストローを下の箱から取り出して,…

 

 買い物袋を持った母と合流して,ここで,3人で座る。両親が話すのを,

横でジュースを飲みながら聞いている。確かに,同じ駐車場の景色が見えていた…

 両親は今でも健在で,同居している。だが,もう家族全員で買い物にでかけることなど

なくなってしまった。最後に,ここで3人で座ったのは,いったいいつのことだっただろうか…

 

 

 エスカレーターを下る。相変わらずの雑踏。大きな買い物袋を抱えた客が目立つ。いつもよりも

大音量の店内放送が耳につく。そして再び三階。先ほどと違う風景に見えるのは,

反対側に降りたせいか,それとも…

 

“これで最後です。全品さらに3割引!”

 拡声器まで持ち出され,ひときわ賑やかになっているのは,向こうに見える

靴下売り場のコーナーだ。

 そういえば,昔は,といっても小学生の頃だが,ここで靴下を買っていた。

夕方まで野球をして遊んでは,あっという間に穴があいてしまう靴下。新学期が来るたびに,

ここで新しいのを買ってもらっていた気がする。ぴかぴかの,白い靴下…

 

 

 さらに下って二階。子供服の売り場が見えるが,親子連れでごった返している。

……

「サイズをきちんとあわせてみないと…」

 無造作に服を選ぶ僕に,母が声をかける。

「ちゃんと試着室に入って…」

「ええ〜,面倒くさいよ」

 試着室が嫌でたまらなかった僕を,母が無理やり引っ張って行く。

…いつからだろう,自分の服を自分で買うようになってしまったのは…

 

 

 一階に向かう,エスカレーターに手をかける。オレンジ色の手摺,黄色く縁取られた黒いステップ。

当然慣れた足取りで,下りのラインに乗る。

 鏡張りの横側,そして見えてくる食品売り場の混雑。

 久しぶりに乗ったのに,なぜか乗りなれたエスカレーター,見慣れた光景。

 

 もう,乗ることはない…

 

 

   以上  1999.2.28

             PN 一光輝瑛

 

 

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