一光 輝瑛
「夕方のミーティングの件だが」
「はい」
望月は,資料をかばんにつめながら,いつもの通り饒舌な,課長の指示を聞いていた。
「6時頃からはじめるようにしよう」
「6時ですね」
「ああ。とっとと片付けて,飲みに行こう」
中山課長の手には,来月から発売になる新商品“ホワイト・プランニング”のパンフレットが
握られていた。どこかで見たような女優の写真が微笑みかけるそのパンフレットは,
すっきりとしたデザインで名称だけが際立っていた。
「総力を結集した基幹商品だからな。わが社の命運がかかっているんだ」
望月は,そんな課長の表情にちょっとした不安感を感じるが,すぐに自分の作業の方に精神を集める。
「とにかく,“ホワイト・プランニング”の商品内容を徹底すれば良いのですよね」
「ああ。営業課が商品を理解していないと,業績に悪影響がでるからな。
まあ,内輪で確認するのが目的だから,そんなに形式張らなくてもいいからな」
「はい。要点をまとめて説明すれば良いでしょう。短時間で済ませます」
「それでいいだろう。ただし,くれぐれも内容と特色はみんなが理解できるようにしておいてくれよ」
「…通達はみんなが読んでいるわけですから,あまり心配しなくても良いのでしょうがね」
「まあ,確認するに越したことはない。君の業務知識を活かして,うまいこと徹底させてくれ。
なにせ,新しい基幹商品だからな」
「…まあ,簡単な説明ならいつでもできますから。それ以上の詳細の理解は,個人の努力に任せますが」
「それでいいだろう。頼んだぞ」
「はい,課長」
ほぼ同時に手作業の方も終わったらしく,望月の手がとまる。
「では,行ってきます」
そんな風にして,『東西生命保険』の一営業マン,望月の今日のセールス活動が始まった。
「中山君,今回の“ホワイト・プランニング”発売の準備はどうかね」
「…は,はい,部長」
「わが社の最重要戦略商品だ。本店からもやんや言ってきている。抜かりなく頼むぞ」
「はい」
「具体的な推進作は進んでいるかね」
「はい,もちろんです。営業課を中心に…」
「ん?」
「営業課の社員を中心に,具体的な推進方法について,検討を重ねているところです。
今日の夕方には,ミーティングも予定しているところです」
「ミーティングだって?」
「はい…,え,いえ,勉強会のような予定になっておりまして…」
「はぁ」
部長の,まるで中山課長の精神に突き刺さるようなため息が,なぜか大きく響く。
「君も相変わらずだな」
「え」
「だから君のやり方はまずいというんだ。わが社の命運をかけた基幹商品だぞ。
それを,営業課の人間だけに徹底して,それですむと思っているのかね。
わが社の将来がかかっているんだ。少なくとも,全員で取り組む姿勢が大切なのではないかね」
「…」
「ミーティング,そんなちっぽけなコンセンサスで,わが社の,わが支店の命運を左右するつもりかね。
そんなことでは困るよ,中山君」
「…ですから,今日のミーティングは」
「勉強会ではないのかね」
「…はい,勉強会は…」
「うむ,その“勉強会”には,私も参加させてもらうことにするよ。
部長たるもの,商品の趨勢には常に注目する必要があるからな」
「…!」
「中山課長さん」
「はい」
「先ほど,部長さんから聞いたのですが…」
「…何を聞かれたのです,浦田課長」
庶務課の浦田課長が,中山課長の所にやってきたのは,しばらく後のことであった。
「夕方の勉強会のことなのですが…」
「…え?」
「部長の話では,社員全員参加とのことでしたが,会議室は
どのようにセッティングすればよいですかね。やはり,学校形式にしますか」
「…」
「中山課長さん…」
「え?」
「今日の全員勉強会のことなのですが…」
不安そうな表情で近寄ってきたのは,事務担当の女性,野村さんであった。
「…今日はじめて聞いたものですから,実はお客様のところで先約がありまして…」
「あ,あぁ。だから今日のは…」
「申し訳ございませんが,少しだけ遅刻してしまうかもしれません。
できるだけ間に合うように帰ってこようと思っているのですが」
「…」
「中山君,さすがだな」
「…え,支店長さん。もうお戻りですか」
「ああ。先方との話が早くすんだものでね。
−それにしても,積極的に勉強会とはさすが営業課の課長だけのことはあるな」
「!…」
「なにせ,“ホワイト・プランニング”はこれからの最重点商品だからな。
その勉強会には,私も参加させてもらうことにするよ」
「え…」
「なあに,支店長たるもの,情報には敏感でないといけない。しかも,極めて重要な商品の説明を,
営業課がしてくれるとあっては,なおさらだ。期待してるよ,中山君」
「…はい…」
「ところで,新商品の説明は,君がするのかね」
「いえ,その件については,望月君に…」
「ああ,あの望月君かね。彼は若手の割に,よくがんばっているな。
うむ,彼なら間違いないだろう。これは楽しみだ」
「…」
「ただいま帰りました」
何も知らない望月君が,朝と同じ大きなかばんを持って帰店する。
「課長,例のミーティングですが,すぐにはじめますか」
「…いや,実はな…」
「え?」
「…実は,勉強会という形式をとることになったから」
「勉強会?,…ですか」
「そうだ。3階の会議室を使って,勉強会,ということになった」
「…」
「6時から,だから。頼んだぞ」
「…ですから,ミーティング…」
「勉強会にしろという指示が,上からきたからな。部長や支店長もご出席される。
社員も全員参加らしい」
「…そんな…」
「まあ,なんとかなるだろう。君の知っている商品内容を,説明してくれればいい。
6時からだからな」
「6時,って,あと10分しかないんですよ…」
「急な話で悪いんだが,頼むぞ。支店長や部長もご出席だ」
「…だからミーティング…」
誰にも聞こえないような声であった。
「ええ,それでは…」
3階のだだっ広い会議室。敷き詰められたテーブル,椅子。
そういえばうちにはこんなにたくさんの社員がいたのだ…などと,
ふとのんきに考えてしまいたくなるような光景だったが,
一方,望月君の目は明らかに血走っていた。
一番前の席には,支店長,そしてその右横に部長が,威厳をたたえて座り,
じっと望月君の顔を見ていた。
「…え,…ええっと,それでは今回の新商品の,推進に関する説明ですが…」
以上 PN 一光輝瑛
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