一光 輝瑛
「久しぶりだな,まあ,入れや」
「ああ」
とある日曜日の午後,瀬野の家の玄関先。久々に訪れた大宮の姿があった。
「ちょっと,近くまで寄ったからな…」
「お,リフォームか何かしたのか?」
「ああ。ちょっと玄関が狭かったから,増築したんだ」
「へえ〜,ずいぶんと広くなったな…」
大宮は,ちょっと周囲を見回すしぐさをする。新しげな白い壁紙,
斜めの天窓から入る柔らかな光,大きくて立派な靴箱,綺麗に立てられたカラフルな傘,
淡いピンクのタイル。
「ずいぶんと綺麗になったな」
「だろう。なにせ,玄関を広く綺麗にするのは長年の夢だったからな…」
「そうだよな…」
大宮の脳裏には,25年前,初めて訪れたときの瀬野家の玄関が蘇っていた。
新築の家だから綺麗ではあったが,いかんせん狭く,子供達の汚れた靴が散乱し,
光が入らずに薄暗かった玄関。
『どうだ,これが俺のマイホームだぜ』
まだ若くて血気盛んな頃の瀬野。長い長い住宅ローンを抱えて,やっと手に入れた家,
ちょっとはにかんだような得意の表情は,今でもふと思い出すことがある。
「まあ,座れよ」
瀬野は,壁にはめ込まれた鉄製の小さい扉を開き,何かごちゃごちゃ動かしている。
まるで,雑居ビルにある電気ブレーカーの操作をしているかのようなその動作は,
明らかにその場に不釣合いに見えた。
「おい,何をやっているんだ?」
「これか,ああ,よく見ていろよ…」
ガチャン,
一部だけ妙に機械的な雰囲気になっていて,不釣合いに思われた南側の壁。
その一角が,突然音をたてて開く。
「!,何だ,」
「へっへ」
グイ〜ン
機械的な音は軽く耳に響く程度に続き,なにやら奥の方でガチャガチャする音,そして…
「!」
「どうだ,すごいだろう」
目を点にしている大宮の前に,黒い鉄製のアームに載せられた,赤茶色の座布団が登場する。
「まあ,座れよ」
ギギギ…
黒いアームは,登場したときと同じようなゆっくりとした動きで,壁に戻って行き,
そして,ぱっくりと開いた壁はパタンと閉まった。
「どうぞどうぞ」
「…」
大宮は突然のことに面食らいながらも,恐る恐る玄関先に置かれた座布団に腰掛ける。
ふわっとした,良い感覚だ。
「まあ,お茶でも飲むか」
得意そうににっと微笑んだ瀬野は,再び小さい扉を開け,ガチャガチャと操作する。
そして,また奥の方で響く不自然な音。
「ちょっと時間がかかるけどな」
「何だ何だ…」
「まあ,見てなって」
「…」
ギギギ…
再び黒いアームが登場する。今度は,上にお盆,そして湯のみが二つ。
「!」
にゅう,っとパイプのようなものが登場する。そして,その湯飲みに向けて伸び,
まるでガソリンスタンドの給油のように,お茶が注がれる。…寸分の狂いも無く,確実に。
「ちょっと熱いかもしれないけどな,まあ,飲めよ」
「…」
「なんなんだよ,このすげえ装置は…」
「すごいだろう。自慢の“玄関先応接装置”さ」
「…」
「お客さんが来るだろう,そのとき,座布団を出すにしても,お茶を出すにしても,
印鑑を出すにしても,いちいち奥に取りに戻らなくちゃいけないだろう。
それって,不便じゃないか」
「…ああ,」
「だから,玄関にいながら,お客様と話をしながら,そのすべてが全自動でできる装置を開発した。
ちょうど玄関のリフォームと併せてね」
「なんだか…」
「まあ,いろいろあるから見てみろよ」
瀬野は,楽しそうな表情で,先ほどのコントロールパネルを操作する。
ガガガ…
連続して機械的な音。そして,まずアームが小さな印鑑を運んできたのは,…宅急便受け取り用か。
そして,次は財布。…新聞代の支払い用?
次は小さなポーチ,…中には何が入っているんだろうか?
「…」
「どうだ,すごいだろう」
「ここが,すべての装置を制御するための部屋だ」
家の中に案内された大宮の前で,ぱっと開かれたドア。
その向こうには,一部屋いっぱいの奇妙な装置が散乱していた。
「全自動ですべて操作できる。お茶を沸かす装置,逆に冷たいお茶をストックしておくための装置」
「…」
「その他にも,たとえば,手土産を持って帰らせるためのお菓子のストック,
雨が降ったときのための貸し傘,花が届けられたときのための花瓶,
嫌な客が来たときのための塩撒き装置なんてのもあるぞ」
「あの,黒い大きいのは何だ?」
「あれか,ああ,あれは仏壇だ」
「仏壇?,お坊さんが来たときのためか?」
「いやいや。変な宗教の勧誘が来たときに出すんだ。
『うちは仏教徒です』って仏壇を出せば,大概の奴は逃げ帰るさ」
「…」
「まあ,そんなこんなで,この部屋一つ全部埋めちゃったけどな」
「ええっと,この部屋って,もともとは何の部屋だったかな…」
「ここか?,ああ,最初は応接間として使っていた部屋さ」
「…」
「まあ,また来いや」
「…ああ」
小一時間ほど後,あの玄関を出ようとする大宮の姿があった。
無造作に革靴を履こうとするその動作を見て,瀬野が続ける。
「ちょっと待てよ。靴べらを出してやるからな」
「…」
瀬野は再びコントロールパネルの扉を開く。
「あれ?」
「どうした」
「あ,いや,ちょっと操作が上手く行かなくてな」
「…なんだ,故障か?」
大宮は,軽く意地悪な表情をしてみせる。
「どうやらそのようだな」
瀬野は,笑顔のまま気まずそうに頭を掻いてみる。
「しばらく使っていなかった機能だから,どうも調子が良くないらしい。」
瀬野は,諦めたように小扉を閉める。
「何せ,今日は久々にこの装置を使ったからな。…客も少ないし」
「…だろうな…」
以上 PN 一光輝瑛
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