御作法

 

                一光 輝瑛

 

 

 次郎は困惑した表情で太郎を見ていた。交友関係が広く,いろいろな局面に出くわしてきた

次郎であったが,さすがに今回の太郎の姿には肝を潰した。

「…」

 もう一度太郎を見る。が,ものおじすることも無く,まるで自分がそこにいることが

当然だと言わんばかりの表情。

「参ったな…」

 次郎は,腕時計を確認する。師範との約束の時間まではあと5分。

まさか遅れてゆくわけには行かないし,かと言ってこのまま太郎を連れて行くのはどうだろうか。

だが,師範には友人の太郎を連れて行くと言ってある。

そう,今日の訪問の第一の目的は太郎を師範に引き合わすことなのだから,

いくらなんでも太郎なしに一人で行くと言うのもどうか。

第一,いくらこの様子だといっても太郎に『そのまま帰りなさい』などとは言えぬ。

やはりこのまま,いや…

 

「どうした,次郎?」

「いや,どうした,じゃなくってさ…」

 

 

 風情のある建物。玄関先で声をかけると,和服の男が出てくる。

“家の人”らしいが,次郎には見覚えが無かった。

「…」

 何か,嫌なものでも見る気配で,太郎をじろと見る。

「失礼しまっすぅ,と」

 いやいやながらの雰囲気が露骨に伝わってくる言葉,『どうぞお上がりください』が出るや否や,

太郎は靴を脱ぎ捨ててまっすぐに上がる。

「どうした,次郎。先に行くぞ」

「いや,どうじゃなくってさ…」

 

 

「!」

 狭い茶室に入ったとたん,師範の鋭い目が突き刺さってくる。軽く会釈する次郎。

だが,師範の目は次郎を軽くなでただけで,すぐに太郎に行く。

「今日はお招きいただきまして…」

 次郎がとってつけたように挨拶をはじめるが,師範の目はやはり太郎に向いている。

「…やっぱり,そうだよな…」

 誰にも聞き取れないように,小さな声でつぶやく次郎。

 

 

 太郎はつかつかと師範の横に座りがっとあぐらをかく。

「…」

 次郎は,もはやあきれてしまって,逆に妙に冷静な目でその光景を見てしまう。

 

 師範は,いつもの茶色い和服を丁寧に着込み,風情のある様で座っている。

まるで室内の空気の流れにまで気を使っているようで,神経質そうに見えたが,

それでも,鋭さが前面に出ないのはその落ち着きのせいか。

 一方,太郎は,ジーンズに真っ赤なトレーナー。茶室に入った後も黒い野球帽をかぶったまま。

さすがにサングラスははずしたが,その分無精ひげが目立ってしまっている。

あぐらをかいているせいか,ジーンズの汚れとピンクの靴下が妙に目立つ。

「…」

 師範は,横の茶釜をちらと見て,すぐに太郎に目を戻す。

「本日はようこそおいでくださいました」

 師範が恭しく口を開く。

「どうもどうも」

 太郎はぶっきらぼうにそう言って,さらににっ,と歯を出して笑う。

 

 

「太郎さん,とおっしゃいましたかね」

「はい,そうですが」

「今日は,どの道を通ってここまでおいでになりましたか」

「…道,ですか…」

「ええっと,あの広い道,国道ですかね。そこから大きな民家のところで曲がって…」

 次郎が気を使って,一生懸命説明をはじめる。

「いつもと違う道を通ってしまったもので,ちょっと迷いました…」

 次郎は,再びじっとりと汗をかいている。

「左様でございますか」

 師範は太郎をじっと見る。そして,

「私は,この茶室に来るにはたくさんの道があることを知っています。

しかし,あなたが通ってきた道については知りません」

 

 

 師範は,茶釜の様子を見るそぶりで目をそらす。一方,太郎はふっ,とため息をつく。

「湯の沸き具合はいかがですか」

「…」

「うまい茶には適当な温度も必須ですからね」

「ほぉ」

 太郎は,もう一度師範の目をじっと見る。そして,

「私は,茶がうまいことは知っています。しかし,それ以上は知りません」

 

 

「太郎さんは,茶の道についてはお聞きになったことはありますかね」

「はい,日本史で習った程度ですが」

「そうですか…」

 師範は,ゆっくりと茶釜のふたを持ち上げる。そして,

「私は,この道の始祖についてはよく知りません。

しかし,この道を継ぐ者については知っています」

 

 

「私は友人に恵まれたと思いますよ」

「…」

「この次郎君のおかげで,私はあなたと出会うことができた。

そして,師範としてのあなたの名声はたくさん聞いています」

 太郎は,次郎の横顔をちらと見る。次郎は,すっかり青い顔になって,肩をすくめている。

太郎はそんな次郎の苦悩を知っているのか,にやりと笑う。そして,

「私は,あなたのことは知っています。でも,あなたの師匠のことは知りません」

 

 

「茶碗にもいろいろありましてね」

「…」

 師範は,天目茶碗を持ち出し,光にかざすようにじっと見つめる。

「さぞ,ご立派な茶碗なのでしょうね」

「いえいえ,個性が強いだけです」

 師範は,ゆっくりと茶碗を置く。そして,

「私は,あなたのような方が多いことは知っています。しかし,あなたのことは知りません」

 

 

「確かに,茶碗もたくさんありますよね」

「…」

 太郎は,師範が置いた茶碗を無造作に取り上げ,同じように光にかざしてみる。

「すばらしい茶碗のようですね」

「…」

 太郎は,ゆっくりと茶碗を置く。そして,

「私は,この形の茶碗がすばらしいものであることは知っています。

しかし,同じ形をした茶碗同士の違いについては,一切知りません」

 

 

「次郎君は西町に住んでいると聞きましたが,あなたもそうですか」

 太郎は,次郎を見るふりをしながら,無造作に,

「はい。西町に住んでいますよ」

「そうですか。たしか,西町からここに来るには,あの本川を越えてくることになりますね」

「…はい」

 師範は,茶筒を取り出しながら,油断なさそうに太郎を見る。そして,

「あの川はかなり幅の広い川ですね。その幅の広さについては私もよく知っています。

しかし,どのくらい深い川なのか,それについては知りません」

 

 

「まあ,橋がありますから…」

 太郎は,口元に笑みを浮かべながら,それでも鋭い目つきで師範の手元を見る。

「私は細い橋を通って来ました」

「ほぉ」

 太郎は,ふっ,とため息をつく。そして,

「たしか広くて通りやすい橋があったはずです。とても綺麗な橋らしいのですがね。

私はその橋があるという事実は知っていますが,それがどこに架かっているのかについては知りません。

知りたいとも思いませんね」

 

 

 引き続いて青い顔をしていた次郎は,気を取り直して二人の顔を見る。

張り詰めた緊張感は,お互いの視線を交えてさらに熱を持つかの様であった。

 

「ここに花があります」

 次郎は,花瓶にさりげなく活けてあった花を持ち上げる。

「同じ花瓶に活けてありますが,赤と青,まったく違う色の花です」

 次郎は,師範と太郎,それぞれの表情を覗き込むように視線を投げる。そして,

「私は,どちらの花がすばらしい花なのか,そんなことは知りません。

しかし,どちらも美しい花だということ,そのことについては知っています」

 

 

  以上  PN 一光輝瑛

 

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