紅蓮

 

 

               一光 輝瑛

 

 

「おい,何をしているんだ…」

 土曜日午後の夕方,ふと通り掛かった公園で,僕は三井を見かけた。

「…何をしているんだ…」

 

 

 三井というのは,最近知り合った友人である。同じ大学に通っていて,

学食で食っているときに共通の友人から紹介された。

「焚き火か,暖かそうだな…」

 実は,最初に目を引いたのは三井の姿ではなかった。

自転車で通り掛かった公園に,目に突き刺さるくらいの真っ赤な炎が上がり,

まるで空まで焦がすような勢い。『いったい何をやっているんだ…』と思ってしっかりと見ると,

そこにうずくまるように座っていたのが三井であった。

「暖かい,よな…」

 あまりに激しい炎は,暖かいというより灼熱を感じさせた。

だが,じっと炎を見るようにうずくまる三井の姿は,確かに焚き火であった。

「芋でも焼いているのか…」

 とても芋を焼くような火には見えない。公園の真ん中。

もしかしたら他の利用者の迷惑になるのではないかと思ってしまうくらい。

赤々とした炎は,病的なくらい激しく燃え上がり,時折黒い煙まで上げていた。

「…」

 ふと見ると,三井の横には水をなみなみとたたえたバケツが置いてある。

どうやら火事になりそうな時にはそれで消すつもりらしい。

…バケツ一杯の水で,これだけの焚き火を何とかできるものではないと思ったが,

それでも三井のその姿勢は僕を安心させた。

「焚き火,だよなぁ…」

「…」

 あまりに本格的なように思えた。落ち葉を焼くようなほのぼのしたものではなく,

太めの木をしっかりと組み,燃え上がる炎を想定したその様子は,

むしろキャンプファイヤーを連想させた。

「すごいよな…」

「すごいだろう」

「!」

「見てみろよ。すごいだろう!」

 『しまった』と思った。どうしてそう感じたのかはわからなかったが,

こちらを向いた三井の表情は,自然と僕にそんな感慨を持たせた。

「今日は特にすごいぞ。見てみろよ!」

「…」

「なかなかこの手の炎は作れないんだ。何度かやったが,少なくともここ数日の間では一番いい」

「…何度もやったのか…」

「!,おお,すごいぞ。今の見たか?」

「…何を」

「何をって,この火に決まっているじゃないか!」

 

 

「火を見ているのか…」

「ああ,これを見ていると,なんだかすばらしい気持ちになるんだ」

「!,…なんだよ,それ…」

 僕の驚きの様子など,まるで目に入らないかのように,三井はさらに薪を火にくべた。

「ほうら,見ろ。ますます燃えるぞ!」

 パチパチッ,

 そんな音をたて,さらに炎が高くなった。

「…おい,大丈夫か…」

「大丈夫さ。万一のときの準備は万端だ」

「…」

 三井の横にあるバケツが,あまりに無力に見えたが,それ以上何も言えなかった。

 

 

「!,うわぁ,今日はことのほかすごいぞ。…良い時に見に来たな」

「…見に来た…」

「すごい,すごいぞ!」

「…」

「今の見たか!,あんな色は初めてだ。すばらしい,すばらしすぎる!」

 

 

「だから,火を見ているのか…」

「もちろんさ。こんなすばらしいものが,他にあるか?」

「…」

 炎は大分弱まり,興奮しきっていた三井の表情もようやく落ち着いてきた,

そんな時,ようやく冷静な話がはじめられた。

「やっぱり火を見るのは最高さ。何事にも変えられないな」

「ただ火を見るだけか…」

「見るだけだって!,そんな簡単に言うな。これほどすばらしいものは無いんだ」

「でも,見るだけだよな」

「だったら,絵は見るだけ本は読むだけ音楽は聴くだけか?,そんな単純なものじゃないだろう。

見る,鑑賞する。そこからすべてが始まるんだ」

「…」

「まあ,最初はわかりづらいかもしれないけどな」

 

 

「炎は,時によってその姿を変える。その移り変わりはあまりに急で,そしてあまりにはかない。

絶えず変遷し,それでいて何か恒久的なものを感じさせてくれる。

俺の知っているものの中で,これほどまでに崇高なものが他にあるだろうか?,

芸術でありやすらぎであり哲学でもある。

俺は,火を見炎を感じることに一生をかけてゆければと思う。

それほどまでにすばらしく,それほどまでに完璧だ。俺の人生もかくありたい…」

「…」

 

 

「でもさぁ,へんだぞ,やっぱり…」

「何がへんなんだよ」

「へんだって。第一,はたで見ていてこれほど危ない趣味も無いぞ」

「何が危ないんだ。火事を起こしたりはしないぞ」

「…そうじゃなくってさ。やっぱりどこか危ないぞ。火を見てすばらしいと思うなんてさ。

やっぱり普通じゃない」

「何が悪いんだよ!」

 再び,『しまった!』と思った。三井の目は一瞬にして攻撃的なそれに変化していた。

「そんな人を変質者みたいに言うな!」

「…いや,別にそういうわけじゃなくって…」

「じゃあ,なんなんだよ。さっきから火を見ることを否定的にとらえやがって。

別に悪いことをやっているわけじゃない。お前の家に火をつけるなんて言っているわけじゃないんだ。

きちんと,燃やしてもよい薪を準備して,それで楽しんでいるんだ。楽しいんだから良いじゃないか!」

「…でもなぁ…」

「それでもまだ,俺を放火魔みたいに言うのか!俺は別に悪いことはしていないんだ。

それなら,何をしようと個人の自由だろう!,何か文句があるのか!!,

俺が火を鑑賞するのに,それに反対する権利がお前にはあるのか!!!」

 

「…だけどなぁ,…,地球温暖化って話もあるし…」

 

 

 以上 PN 一光輝瑛

 

 

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