光の蹂躙
一光 輝瑛
「久々にゲーセン行くか」
やつの一言で,その日の夕方の過ごし方が決まった。大学生にもなってゲームセンター
というのも実は抵抗があったのだが,まあ,悪くはあるまい。
面倒なだけの試験週間が終わり,ようやく開放感にひたることができたその日,
僕と舟橋の二人は学食で落ち合って,ふらふらと駅前に繰り出した。
この男と僕とは入学以来の友人で,なんだかんだと言ってはつるんでいる仲であった。
小さな駅に不釣合いなくらいの“豪華な”ゲームセンターだと感じる。大手ゲームメーカーの
ロゴが大きな看板になって,これでもかといった具合で目に飛び込んでくる。
一階は本屋になっているのだが,その本屋まで華やかな雰囲気がするのは,
やはり二階のせいだろうか。別にどおってことないありふれた
本屋兼ゲームセンター兼CD&ゲームソフト店なのだが,それにしても隣の落ちついた感じの
喫茶店との差があまりにも激しい。
二階に上がる階段の途中から,激しい電子音が滝のように降ってきた。
それと,キラキラした光線のかけら。何度来ても圧倒される雰囲気であった。
「さあ,今日はどうするかな…」
舟橋の目は,並んだゲーム機を物色するように流れていた。
「また入れ替えがあったみたいだな」
「ああ。しばらく来ていないしな」
この店のレイアウトは来るたびに変わっているように思える。
やはり,ゲームセンターはいかに最新の機械が揃っているかどうかが勝負なのだろうか,
十分に遊ばれる前にどんどん撤去されているような気がする。
「あ,この前の落ちゲーがもうなくなってるよ」
舟橋のがっかりしたような声が聞こえてくる。そう言えば前にここに来たとき,
彼は一つのゲーム機に夢中になって必死にやっていた。昔あったオーソドックスな
ゲームの焼き直しのような機械で,落ちてくる色違いのブロックをちょっと違った形で
積み上げるようなゲームだったが,舟橋は妙にお気に入りだったのを覚えている。
が,彼が必死になっていたその間も,あまり他の客は寄り付こうとしていなかったから,
やはり不人気な機械だったのだろう。現に撤去されてしまっている。
「あ〜あ,今日こそはあれを極めてやるつもりだったんだがな…」
おいおい,まだやる気だったのかよ…
場内をぐるりと回って,僕と舟橋は一台のゲーム機の前に立っていた。
奥まったところにあるゲームで,他の人気機種のように行列ができていないところを見ると,
やはりこれもそんなメジャーな機械ではないらしかったが,それでもなんだか
凄そうな雰囲気がしていた。
見るからにオーソドックスなドライビングゲームで,画面のほかに,
二台のバイクの形をした操作席があった。が,昔からあるありふれた機械よりも,
はるかにリアルな感じのするバイクであった。車体やハンドルはともかくとして,
装飾やエンジンなどの細かいところにまで妙に手が込んでいる。しかも,他のゲーム機と違って,
ピカピカした感じよりも乗りこなされた,レトロな感じが強くする,そんな“車体”であった。
まるで取り外したらそのままバイクとして使えそうな,そんな感じまで受けた。
「なんだか,妙にリアルだよな」
「ああ…」
車体に比べてちょっと小さめに感じてしまうような画面からは,砂塵が乱れるレースの画面と,
コインの投入を促すメッセージが断続的に流れていた。かなりけばけばしい光景ではあったが,
それでも周囲のより激しい状況と比較すれば,ずいぶんと落ちついた雰囲気のように
感じられてしまったのは不思議だった。
「まあ,とりあえず…」
舟橋がコインを投入し,ゆっくりとその“バイク”にまたがる。
続いて,僕も機械的に200円を投入し,その“座席”につく。
レーシングゲームは,ある意味どれも同じだ,なんていうと批判もあろうが,要は早く,
もしくは強く走って,ライバル,もしくは画面上の“敵”よりも早くゴールするのが最大の目的だろう?
その意味では,ありふれた感じのオープニング画面が流れ,そしてレースに突入した。
僕は日頃乗ることなどないバイクの運転を,その小さな画面に突入でもしたかのようにはじめていた。
予想通り,画面上に出てきた自分の車体の動きに合わせ,その現実の“車体”左右に振れた。
機械的に作られた爆音と,オーバー過ぎるような画面効果。そしてGがかかり,
急激な左への動きが画面から目を奪う。
「!」
画面上に点滅するターゲットが現れる。不自然な動きからすると,隣の舟橋のマシンか?
一瞬並走する形になるが,次のカーブでの僕の会心のコーナリングと共に,後方に消えた。
「速い!」
確かにそうだった。右手のアクセルの動きは,想像以上に画面の流れを加速させていた。
「行けるか!」
迫り来るコーナーの壁,そして姑息に走り去るコンピューターのマシンは,
やがて僕の本能を刺激していた。一瞬目を覆いたくなるような急激な障害物。
が,それものりきったその時,僕のイメージは確かに風になった。…不覚ながら…
「畜生,なんだよこれ!」
ゲームオーバーになったらしい,僕より先に舟橋は座席から離脱する。
「!」
一瞬の間,注意が途絶えたか,次に僕が見たものは,原因不明に燃え上がるけばけばしい炎,
その模造品だった。
「何!」
時間のロスと,かろうじてのリカバー,が,ここまで来てのクラッシュは命取りだという事は
自然にわかった。
「ちぇっ,終わっちまったよ」
こんな場所でしか使わない言葉を吐いて,僕の“小旅行”は終わった。
一歩先に帰還していた舟橋は感心したような表情で見ているが,
「なんだかよくわからなかったな」
…正直な感想であった。
「なんだ,お前ら甘いぞ」
教え諭すような口調と共に,その男がやってきたのはそのすぐ後のことだった。
「そんなテクニックで満足しているのか」
「!」
驚いた僕と舟橋の視線の先には,明らかに怪しい男が立っていた。
オレンジの装飾がついた銀色の服は,確か“ライダースーツ”とでもいっただろうか。
上下統一されたそのコスチュームは,TシャツにGパンという僕達のいでたちとは
明らかに異質のものであった。そして,妙に頑丈そうなつくりのシューズ,しっかりした,
グローブと呼べそうな手袋。ぎらぎら光るサングラス。わきに抱えたフルフェイスのヘルメット。
「そんなプレイで満足していたのではだめだ」
「え」
「お前達,それでこのゲームをやったつもりか。そんなことでどうする」
「…」
その男がつむぎ出す独特の雰囲気に,すでに舟橋はのまれて言葉を失っていた。
僕にしても,怪訝そうな表情を前面に出し,それでもその男をじっと見ていた。
「おい,俺がこのゲームの真実の姿を教えてやる」
その男は,胸ポケットをぎこちなく開き,数枚のコインを取り出す。
「おい,お前もやるんだ」
「…」
圧倒される僕をじっと見て,そしてその男は自分のバイク,次にその右側の対戦者のバイクにまで
コインを投入した。たちまち反応を開始する画面。
「おい,お前も座るんだ」
もともと右側に立っていた僕の方がターゲットになったようだった。
相変わらずよくわからないまま,それでも僕はゆっくりとそのバイクに再びまたがった。
「!」
その男の次の行動はさらにドラスティックだった。
わきに抱えていたフルフェイスのヘルメットをゆっくりとかぶる。
「!」
まるっきり自然な動作で,手袋の両手を軽く握ったかと思うと,まさにライダーの前傾姿勢を作る。
「いったい…」
ようやく発した舟橋の言葉も,どうやらその男の耳には届かないようだ。
僕は,自分がごく普通の格好をしていることに一抹の違和感を覚えながら,
それでもさっきのレースと同じ姿勢をとる。
「!」
再びの機械的な作動音から始まって,もう一度僕は風になろうとしていた。
が,隣の男の動きが僕の集中力をすべて持っていった。
「…すごい」
舟橋の届かない声は,賞賛のものへと変わった。僕のバイクもさきほどよりはよい動きを見せたが,
その男,まさに“ライダー”となっていたその男の動きは,まさにすべてを超越していた。
横でプレイを続けていた僕の目にもその凄さは映ったのだ,舟橋の目には…
三度目のクラッシュ音と共に,僕のプレイは終わった,が,当然のようにその男は疾走を続けていた。
舟橋は相変わらず圧倒されたような目つきでその男の背中を見ていた。
まるでゲームではないかのようなスピード感と躍動感。
「…」
明らかに不自然なはずだったその男のヘルメットは,
いまやその場になくてはならないものに化けていた。
「これは…」
「…」
薄暗い店内,続く電子的な爆音,そしてすでに疾風と化した一人の男。
「どうだ,お前ら」
ゲーム自体を制覇したのか,それとも時間切れか,そんなこともどうでもよくなるような時間の後,
その男はメットをとってこちらを見た。
「…」
「これが,このゲームをプレイするってことだ。中途半端なやり方じゃだめだ。
ここまでやって初めてこのマシンは意義が出てくるんだ」
男は,ぎこちなく取り出したフェイスタオルで額の汗を拭く。
「つまり,まだまだお前らは修行が足りないってことさ」
「…別に,こんなもの,修行したくないんだけどな…」
以上 PN 一光輝瑛
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