一光 輝瑛
「核技術の,新たなる一歩だ」
川上博士は自信を内包した鋭い目つきで,並んだ計器を一通り見回す。体の回転に合わせて,
白衣が風を切ってなびく。
「君にも,見てもらおうと思ってね」
川上博士の視線は,その場に立つ西原に向かう。
「…結局,実行に移してしまうんだな」
「ああ。予定通りにね」
「もう一度言うが,君の計画にはどうしても賛同できない。…これは,友人としての忠告だがね」
「真摯に受け止めるよ。だが,もはや計画を止めることはできない。
もちろん,止めるつもりも無いがね」
「たとえ,それが悪い方向に向かうとしてもかね」
「方向性を決める時期は,もはや過ぎたよ。今は,それを実行に移す段階だ。
長年の研究を結集して作り上げられた技術。原子力研究の,新たな前進さ」
「この装置を見たまえ」
川上博士は,西原を建物の外に連れ出していた。周囲から隔離された,真っ白い建物,
それを取り囲む高い塀。刑務所を連想させるような飾り気の無い光景であったが,
立ち並ぶ異様な装置類は,確かにここが研究施設であることを告げていた。
遠くから波の音がかすかに聞こえ,ここが海の近くなのだと言うことを確認させたが,
それ以外に海岸線の雰囲気を持つものはなかった。
「これが,今回の実験装置だ」
「これがか…」
「我々のすべてをつぎ込んだ,希望の装置さ」
「私には,悪魔の装置に見えるね」
「誤解さ。誤解だよ」
川上博士は,言い捨てるように装置の方に向かう。西原も,不満そうな顔ながらすぐに続く。
「作成時間を長く取ったおかげで,満足のゆく装置に仕上がったよ。基本性能も,
想像以上のものを確保している」
「…」
川上博士は,その塔のような設備を見上げる。細い円錐型の装置。
真っ白い巨木のようにそびえていたが,なにより,その頂点からさらに伸びた鉄柱が印象的であった。
はるか高く,高く空へ。
「あの高さから放射するのか」
「ああ。実際は,あそこまで高くする必要はないのだが,周りがうるさくてね」
「あたりまえだ。目に見える高さで放射能を放出してみろ。これほど危険なことは無い」
「だから,それは誤解だよ,西原」
「誤解ではあるものか。つまりは,この下の施設に放射性廃棄物を入れ込み,
その放射能を空に向けて打ち出すんだろう」
「まあ,原理的にはそうだ」
「放射能を空に撒き散らす,悪魔の装置ってわけだ」
「違う。現状では処理不能の放射能を,効率的に処分する,神の装置だ」
「撒き散らすことの,どこが処理だ」
「ただ撒き散らすなら,確かに処理にはなっていないさ。だがな,何度も言っただろう。
これには,“超拡散”という,最新の技術が導入されている」
「あの幻想的な技術のことか」
「幻想的かどうかは,実体験すればわかることさ。すべての実験は,順調に進んでいる。
超高速で放射して,全大気中に一瞬にして確実に拡散するこの技術は,
これまでのどんな核技術よりも優秀さ」
「全世界に核廃棄物を撒き散らす,そんな迷惑な技術がか」
「過度に集中することで,廃棄物の源泉になってしまった放射能を,本来の在るべき姿に戻す技術さ。
撒き散らすわけじゃない」
「…」
「核廃棄物という一点に集中するから,放射能のレベルは極めて高くなり,結果的にその物質を,
触ることもできない厄介な廃棄物に変えてしまう。
だが,その放射能をこの技術で全大気中に拡散してしまえば,
どこの大気をとっても放射能のレベルは通常と同じ,現状と何も変らない世界となる」
「薄めてしまえ,ってわけだ」
「本来,大気中にも放射能は存在する。だが,それが問題として論じられることはほとんど無い。
なぜなら,そのレベルがまったく問題にならない程度のものだからさ。そうだろう」
「…」
「毒は,一点に集中するから毒になる。拡散されていれば,毒ではない,自然な状況さ」
「…」
「放射能が集中することによって起きた,これまでのさまざまな問題は,
この技術で一気に解決することが可能だ。この,“超拡散”という,究極の技術でね」
「人はかつて,汚水を川に流し,ごみを海に捨てた。その行動自体は問題の無いことだったが,
人間が増え,経済規模が拡大するにつれ,海の希釈能力は限界に達し,
汚染が論じられるようになった」
西原は,川上博士を諭すような口調で,まっすぐな視線で語り始めた。
「一時的には,拡散や希釈は排気方として万能な部分を持っている。だが,本質的には,
処理ではなく,ばらまきであることを忘れてはならない。ばらまきによる処理は,
必ずやその処理能力の限界の壁にあたり,巨大な問題となって我々を,我々の子孫を直撃するんだ」
「哲学か」
「科学だよ。人間の過去は,公害という形でそれを証明している」
「誤解するなよ,西原。我々は別に,自然界に存在しない物質を拡散するわけではないんだ」
「だが,大気中の放射能は,確実に増加する」
「馬鹿な。微々たるレベルではないか」
「最初はね」
「だが,現状を見てみろ。有効な処理方法は存在せず,いたずらに蓄積するだけが処理とされている。
国によっては,海に捨てたり,陸上に放置したり。核や原子の技術は,
その処理の段階で野放しになっているのが現状なんだ。
それを,解決するために,我々はこの技術を開発した」
「放射能は消化できない。結局,そこについては何の結論ももたらされていないがね」
「だが,悪質な投棄が横行し,その周囲のみに核被害が出てしまうよりは,
はるかにすばらしい結果がでる。それは間違いないんだ」
「…」
「さあ,実験開始だ。よく見ておきたまえ」
「…」
けたたましいブザーが鳴り,低音域の作動音が続いた。連続的な振動の感触,
そして,オペレーター達の,作業の進行を告げる声。
「最終安全装置解除」
「放射能,吸収開始」
「拡散棟への注入スタートしました」
「廃棄物核濃度,減少を確認」
「拡散塔,状況異常なし」
「廃棄物核濃度,さらに減少」
「予定濃度まであと120,110…」
「拡散塔,開放まであと20」
「各数値,異常ありません」
「開放まであと10,9…」
「さあ,新たなる一歩だ」
「…」
「2,1,拡散開始!」
グワワワワァ
「!」
一瞬,高い機械音が響き,すぐにやんだ。
「拡散,予定通り終了しました」
「各数値に異常なし」
「廃棄物核濃度,通常値です」
「計器類,異常なし」
「大気中核濃度,変化は認められません」
「どうだ,西原。完璧な成功だ」
「…」
「核廃棄物の放射性濃度はほとんどゼロになった。そして,大気中の濃度は上昇していない」
川上博士は,前方にある,計器類を示す。細かい数字が,恐ろしいほど並んでいたが,
西原はたいした興味を示すことも無く,じっと川上博士の表情を見ていた。
「これは我々の技術,“超拡散”が完全に成功したことを示している」
「…」
「どうだ。拡散は完璧に行われた。大気中の数値もまったく変っていない」
「…」
「その証拠に,ここにいる,こんな近くにいる我々にも何の悪影響も出ていない。
そうだろう,西原。何も変ったことは無いだろう」
「…少し,頭が痛くなってきた,そんな気がするよ」
以上 PN 一光輝瑛
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