光の宮殿
一光 輝瑛
《鈴木家、PM17:00》
洋子は夕食の支度に目安をつけ、娘の美咲との時間を過ごし始めていた。リビングにはクリスマスツリー、4年前に買ったホワイトツリーは、まだ娘よりも背が高く、ワイドテレビの横にその姿を現していた。
「ねえ、ママ、これ、どこにぶら下げるの?」
「ああ、それはね」
美咲の右手には、まだパッケージに包まれたままの、リンゴのオーナメントがある。ちょうど今日、駅前のデパートの7階で買った新品だ。
「この辺にぶら下げたらどうかしら」
洋子は手際よく、白い枝にリンゴをぶら下げて見せる。
「うわぁ、すごく、きれい」
クリスマスツリーは、毎年娘のおねだりで買い足すオーナメントで、際限なく豪華になってゆく。洋子は、四十球の電飾セットを軽々とツリーに巻きつけてゆく。
「さあ、綺麗にできたかしら」
「きれい、ママ、すごくきれい」
美咲は目を輝かせながらツリーを見ている。
「さあ、いくわよ」
洋子は、電飾セットから伸びたコンセントを、ちょっと窮屈そうにリビングのコンセントにはめ込む。
「わぁぁ」
一度に点燈したツリーは、次のタイミングで、半分ずつの交互の点滅に移行する。
「うわぁ、きれい…」
美咲はほかに何も見えない風で見つめる。
「パパ、早く帰ってくるといいのにね…」
【スペインパーク、PM21:00】
「ねぇ、もう一周、いいでしょう」
「えぇぇ、またかよ」
美樹の一言に、大輔は大げさに反応してみせる。
「もう全部見ただろう。寒いんだから、早くホテルに戻ろうぜ」
「だめぇ、もうちょっと見るの。せっかく来たんだから」
全国的に有名なテーマパークであるスペインパークに、大輔と美樹は遊びに来ていたところだ。早朝の特急電車で到着し、フリーパスで遊びまくった昼間、そして園内のガーデンホテルの部屋を予約し、まさにスペイン風レストランでディナー、そして、再び夢の園内に繰り出した二人であった。
「ねえ、私の言ったとおりでしょう、」
「ああ」
「まさにおとぎの世界よね…」
そびえるシンボルタワーは、惜しげもなくクリスタルの光を放ち、
両側の木々も統一された光で澄みきった天空を彩っていた。
「本当に、来てよかったよね」
「ああ」
少し震える寒さを感じながらも、大輔もその美しさだけは否定しようがなかった。まさに、“光の中世”が目前で展開されていたのだ。
【臨海公園、PM5:00】
山澤は、慣れた手つきで、配電盤のレバーを上げる。その瞬間、周辺の木々に巻きつけられたチューブから、色とりどりの電飾がまたたく。
「いやぁ、おつかれだねぇ」
同僚の杉田が山澤に声をかける。
「ああ、本当だ。スイッチはあと4箇所、広い公園も困りものだ」
山澤は、この臨海公園の管理棟に勤めている。冬のこの時季は例年、“スターライト臨海公園”と銘打ったナイトイルミネーションが公園全体を彩っていた。そして、その点燈のための配電盤のスイッチを入れて廻るのは、山澤の仕事であった。だが、集中管理なんていう高級なものではない。これでも県内随一の十万個の電飾を配してPRしている臨海公園ではあったが、実際の点燈はまさに手作業、山澤が自転車にまたがって、公園内10箇所の配電盤のスイッチを上げて廻るのだ。
「さあ、九つ目っと」
山澤の手の動きにあわせ、メインタワーの電飾がいっせいに燈る。すると、ぱらぱらと驚きの声があがる、…こともある。
「やっぱりなぁ、こんな規模じゃ、地元の子連れくらいしか来ないよなぁ」
【望みが丘団地、PM20:00】
「うわぁ、これはまたすごいなぁ」
「あなた、あんまり大きい声上げないのよ。恥ずかしいでしょう」
冬のこの時期、近隣でも“イルミネーション地区”として名をはせ、実は見物人も駆けつけているこの一角でも、橋本家の電飾は別格であった。ベランダから垂れ下がった電飾の中、ヘッドライトを燈したSLがメビウスの螺旋を描いて廻り、左右に揺れるサンタのモニュメントが蒼い土星の下で風を受けて瞬いていた。
「それにしても手が込んでいるよなぁ」
近所に住む小川夫妻、自宅でも近所の例にもれずベランダに電飾をセットしていたが、しょせんホームセンター仕込みの電飾セットと、電気代を気にした配置では勝ち目がなかった。
「橋本さんのご主人は、デザイン関係の会社に勤めているそうよ」
「はぁ」
「近所の奥様方の間でも、“望みが丘のエース”なんて呼ばれているんだから」
「エースねぇ」
小川雄介は、感心する風を装いながら、その火の粉が自分に降ってこないか、やや心配気味に妻の顔を見ていた。
「何でも、屋上にソーラーシステムがあって、日没にあわせて自動点燈する仕組みになっているそうよ」
【再び臨海公園、PM10:00】
山澤は、再び自転車にまたがり、公園内を走っていた。数十分前から“本日のスターライトは終了しました”の放送が園内に流れ、まばらな客足は確実に出口に向かっていた。
「さあ、今日も終わりだ」
山澤の頭の中は、10時31分の最終電車で支配されていた。
「今日も無事に帰れそうだ」
前の年に一度、特攻服を着た連中の騒動で妨げられた以外は、山澤はこの終電に乗り損ねたことはなかった。
「さて、あと二つ」
ラス2はメインタワーの配電盤だった。これをおろせば、まさに中心部の燈りが消える。
「あ」
レバーを下げた瞬間、かすかに聞こえた幼い声に、山澤も一瞬たじろぐ。
…「消えちゃった…」
…「ああ、きえちゃったね。でも、またあした来ればいいから」
…「うん」
…「またあした、来ればいいんだから…」
数本の木々と、ちょっと離れた街燈の明かりだけになってしまった暗い園内で、幼い娘と、若い父親の声がかすかに響く。
「また明日、か」
山澤は再び、自転車にまたがる。
「また明日…」
【再びスペインパーク、園内のホテルロビー、AM9:00】
「ほんと、来てよかったよね」
「ああ」
美樹、そして大輔の目線の先には、昨夜狂おしいくらい輝いていたメインタワーが聳え立っていた。輝いた幻想のかけらたちは、ゆっくりと押し寄せた朝の風にもまれ、コーヒーとストロベリージャムの雰囲気があたりを支配していた。
「また来ようね、絶対」
「ああ、もちろん」
朝の特急電車は9時30分に出発する。それまでのわずかな時間、深呼吸して、再びの夢を吸い込みたい気分になって、大輔はふと立ち止まる。
「え、どうしたの」
「あ、いや、なんでもない」
駅までは一面の赤レンガ、そして、次の夢へ向けた道がそこに…
【再び望みが丘、小川家の食卓:AM7:30】
『…ローカルニュースをお送りします。東の原市望みが丘町の…』
「…って」
トーストを銜えながら、経済新聞を開いていた小川雄介の動作が一瞬止まる。実は、半分寝ぼけた状況の中、そのTVから流れるニュースによって左手のコーヒーカップがひっくり返らなかったのは奇跡に近かったのかもしれない。
TVのニュースは、残虐な殺人事件を克明に伝えていた。
「それでかしら、夜中にパトカーが…、え、橋本さん、!」
同じく寝ぼけ眼の小川恭子は、本来全国放送であるはずのTV局が、いきなり歩いて3分の出来事を伝えていることで眼球が飛び出す気分に変わっていた。
『…警察の調べによると、犯行は先週金曜日の夜半から、明け方にかけてとみられ…』
「…強盗殺人、一家皆殺しですって、金曜日といったら三日前かしら、しかも、…こんな近くで」
「たいへんだ、…」
小川雄介は慌ててみせたものの、次の一歩が思いつかず言葉に詰まった。
「ともかく、私は久保田さんと、…石田さんのうちに電話してみるわ」
小川恭子はリビングを離れる。小川雄介は、再びTVに目を落とすが、すでに隣の県のニュースが始まっていた。
「橋本っていえば、あの電飾が豪華な家だろう…」
小川雄介の脳裏に、電飾の中を走るSL、そして、…日没にあわせて自動点燈…という、妻の言葉がリフレインされる。
「じゃあ、あの光は、いったい誰のために輝いていたんだろう…」
【再び鈴木家、PM7:00】
娘の美咲は、テレビとツリーを交互にみながら、そして、時折、つまらなそうに窓の外を見ていた。
「あ」
美咲が立ち上がって、精一杯の大きな一歩を踏み出す。
「ママ、パパが帰ってきたよ」
父親は、まもなく、玄関、そして、ストーブの暖かさに満たされたリビングに姿を現す。
「おお、ツリーを出したのか」
「うん、ママと一緒に飾ったんだよ」
美咲は、精一杯背伸びして、父親に向けて両手を開く。
「ああ、よかったな」
木枯らし吹く街、ガラス窓とカーテンの向こうに、いつも通りの暖かい部屋があった。テレビのにぎやかな音、瞬くクリスマスツリーの光、沸き立つヤカンの湯気、
そしてとろけるようなシチューの匂い…
以上 PN 一光輝瑛