いつも近くに

 

 

               一光 輝瑛

 

 

「おや,今日は孫を連れて散歩か」

「ああ,まあな」

「のどかなものだな。おや,しばらく見ないうちに大きくなったものだな。

この前見たときには,まだこのくらいだっただろう」

 上山は,両手を肩幅くらいに広げてみせる。

「はは,大げさだな。だが,今ではもう一人で歩けるようになっているからな。早いものだ」

 同級生,と言っても,お互い60歳を過ぎてすっかり白髪が目立つようになった二人の男,

湯川と上山との会話である。湯川は,小さい女の子を連れている。

「生まれたのはいつだったかな。確か,うちの孫と同じくらいだったよな」

 上山は楽しそうに湯川の孫娘を覗き込むが,逆に肝心の孫の方は,

ちょっと恥ずかしそうに湯川の影に隠れようとする。

「はは,恐れられているぞ」

「…知らないおじさんってわけだ」

 お互いすでに定年を過ぎ,悠々自適な生活。のどかな光景であった。

 

「ところで,いったい何を持っているんだ?」

「ああ,これか」

 湯川は,孫を連れているのとは逆の肩に,なにやら奇妙な形をした箱を下げている。

「ちょっとしたお出かけにしては,ずいぶんと重そうなものを持っているな」

「ああ,確かにちょっと重いのは弱点なんだが…」

 湯川は,それでも得意そうに,その荷物を上山の方に見せる。

何かの機械らしく,液晶のディスプレイ,いくつかのランプが見える。

「何だよ,これ…」

 明らかに,初老の男が持ち歩くには不自然な機械を見て,上山はちょっと驚いたような表情だ。

「これはな,俺が製作した機械で,…そうだな,言ってみれば“迷子防止装置”ってとこかな」

「“迷子防止装置”だって?」

「ああ」

 湯川は,意味ありげににっと微笑む。

 

「この歳になると…」

 湯川は,孫娘の方を軽く見る。

「どうも,ちょろちょろと歩いて,いつ迷子になるか恐ろしいくらいだ」

「確かにな。うちのところの孫も,よくちょろちょろしている」

「だろう。そこで,この装置を開発した」

「…開発?」

「まあ,技術的なものはできあいの物を使ったから,すごい発明というわけにはいかないが,

それでも組み立てて,実際に使うようにしたのは俺の仕事だからな。たいしたものだろう」

「…そんなにすごいものなのか?」

「あたりまえだろう。これで迷子の心配とはおさらばさ」

「…」

 湯川は,再び,その機械を前に突き出す。指差した液晶ディスプレイには,

なにやら,点滅信号が見える。

「実は,孫に小型の発信機を持たせてある」

「発信機?」

「そうだ。その発信機からの電波をキャッチして,今孫が自分に対してどの距離・方角にいるのか,

常時モニターできるってことだ」

「…まるで,スパイ映画だな…」

「はは。確かにアイディアはそこから頂戴した。数百メートルまでなら,

距離と方角を常に正確にキャッチできる。

さらに,数十メートルまでの高低差にも対応しているから,デパートなどでも安心だ」

「…」

「一部のPHSなどで,似たような機能を持っているものも無いことは無いが,

ここまで正確に,しかも手元で位置関係が把握できるところまではいっていないからな。

家庭用の装置としては,画期的なものだな」

「…家庭用,ね」

「まあ,普段は決して孫から目を離すことは無いが,それでも,人ごみの中は怖いからな。

この装置を使うようになってからは,外出も安心だ」

「なんだか,大げさだよな…」

「備えあれば憂い無しってことさ」

 湯川は,再び得意げににっと笑ってみせる。

「それもこれも,現役時代に培った。俺の高い技術力と,それを実現する実行力の成果ってことだな」

「ああ,そう言えば,お前は技術者だったよな」

「技術者兼研究者さ。その経験が,今の平和な生活を支えてるってことだ。

…営業一筋のお前にはわからないだろうな」

「……」

 

 

「お,お前も孫を連れて散歩か?」

「まあな」

 数日後,再びばったり出会った湯川と上山。今度は,上山の方が小さな男の子を連れている。

「…お前のところのも大きくなったな。しばらく見ないうちに」

「ひろし君,おじちゃんに挨拶しなさい」

 “ひろし君”と呼ばれた男の子は,ちらっと湯川の方を見るが,

すぐに上山の影に隠れるようにしてしまう。

「…おやおや,恐れられてしまったかな?」

「…人相が悪いんじゃないか?」

「うるさいな」

 春のうららかな日。お互いにこやかな表情での,のどかな会話である。

「孫を連れての外出か。…迷子対策は万全か?」

 ちょっとからかったかのような湯川の言葉。一瞬,上山の顔色が変るが,

むしろ,明るい方に傾いたようにも見える。

「あたりまえだろう。対策は万全さ」

 

「へえ〜,対策は万全ねぇ。たいした自信だな。お前のところも発信機でも開発したか?」

「いや,」

「ほお,じゃぁ,“絶対に目を離しません”とでも言うか?,それはそれで万全かもしれないがな」

「ふっ,そんな手の込んだ“機械”なんて,使ってはいないがな」

「はあ」

「だが,これさえあれば,万全だ」

「!」

 上山は,右手に持った,なにやら奇妙なものを見せる。

「ん?」

 皮製の,わっか,いや,まるで吊り輪のような小さいものが,しっかりと右手に握られている。

そして…

「なんだ…」

 その“輪”から,細い,皮製か?,紐が伸びていた。

「…」

 長く伸びた紐は,右下の孫息子の方に伸びていた。

「実はな。対抗したわけではないが,俺の方も“迷子防止装置”を用意したんだ。

「防止装置?…」

 湯川は,もう一度,上山と,そして孫の方を見る。

「装置か?」

「もしかしたら“装置”なんて呼べないかもしれない。

だが,これはこれで,完璧な迷子防止の役割を果たすんだ」

「…これって…」

 丈夫な皮ひもが,俺の右手からすうっと伸びて,孫の首につながっている。

孫の首には,まずはずれることの無い,丈夫な首輪がついている。

「首輪,だって…」

「そう,首輪さ。これさえあれば,完璧に迷子は防止できる」

「…」

 

「この前のお前の話を聞いてから,さすがに俺も不安になったんだ」

「…」

「そこで,この“迷子防止装置”を用意した。さすがに,ちょろちょろ動き回る孫の手前,

迷子を防止する仕組みは必要だなと考えたものでな」

「しかし…」

「これはな。いつも犬のえさを買うペットショップで見つけたんだ。

さすがに,犬と同じ鉄製の首輪には抵抗があったが,首輪も紐も皮製ならかわいげがあるし,

見てくれもいい」

「見てくれ…」

「どうだ,完璧だろう」

 

「お前のところの,機械仕掛のシステムもすごいかもしれないが,

同じ迷子防止の目的を果たすためなら,これでも十分だろう」

「…」

「俺は,営業畑さ。お前みたいに,優秀な技術者でもないし,研究者でもない。

だが,孫のことを思う気持ちは負けないつもりだ。

そこで,これを準備した。対策は完璧,しかも,軽くて安いぞ。どうだ,万全だろう!」

 上山は,自信のありげな表情を湯川に投げる。

そして,軽く力をこめて右手を握ってみせる。

右手には皮の輪,そして,その先からは茶色の皮製の紐,

まっすぐに孫の首まで伸びていた。

 

「…」

 

 以上  PN 一光輝瑛

 

 

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