確率の世紀、確実の世紀

 

 

                                    一光 輝瑛

 

 

 

「これは、いったい…」

 鈴木が呼び出されたその部屋には、見慣れない、無論見るはずも無いような巨大な機械、

或いはそれらしきものが、“安置”されていた。

「忙しいところ、すまんね、鈴木君」

 

 

「博士、これはなんですか?」

「ん、ああ、そう言えば鈴木君ははじめてだったな」

「…」

 すでに1年以上も働いている研究施設に、見たことも無いような部屋があることを

いまさらのように実感させられて、鈴木は一瞬たじろぐ。

「まあ、無理もない。この施設については、まだ公開していないからな」

「極秘の施設、ということですか」

「基本理論の登録は済ませてある。だが、ここまでしっかりした施設の建設については、

まだ公表する段階にない」

「…」

「いや、なに。別に悪いことをやっているのではないさ。

だが、本当に重大な実験については秘匿するのが私のやり方だ」

 そこまで言うと、“博士”はくるりと振り返る。きっちりと着込まれた白衣が、

やたら重い印象をもってなびき、博士のどす黒い、妙に神経質そうな表情を際立たせる。

 

 

 鈴木は、この研究施設の長であるこの博士が、どうしても好きになれなかった。

大学の教授から『政府系の施設だ』と紹介を受けたこの勤め先は、彼に目論見外の高額な報酬と、

専門分野での自由な飛翔を約束していたが、彼自身、

この職場にはどこか違和感のようなものを覚えていた。

 

「実は、今日君には、ある実験に協力してもらいたくてね」

「…」

 この部屋に入ったときから、鈴木にはどこか恐怖心のようなものが宿っていた。

薄暗さと巨大な機械、もしかしたら本能的な拒絶心かもしれなかったが、

それ以上のものがあると彼には感じられていた。

 

「実験、ですか」

「その前に、この部屋の説明をしておかないといけないかな」

 博士は、妙にもったいぶって続ける。

「実は、B棟の4階にもこれと同じ設備がある。あそこにも広い部屋があるのは君も知っているだろう」

「はい、…入ったことはありませんが」

「はは。君はまだまだ新米だからな。あの部屋にはまだ入れないよ。

だが、それも昨日までの話だ。今日からは、君にも実験に参加してもらうわけだからな」

「実験に、参加…」

「なに。君の研究を妨げるつもりは無い。こちらには被験者として参加してもらえばそれでいい」

 

 ―

 

「…つまり、ここと、B棟の設備の間を、一瞬で移動する、…そういうことですね」

「信じられないのも無理はないが、技術水準は確かにここまで来ている。

それは、君くらいの研究者ならすぐに理解できることだと思うがね」

 博士は、いつも通りの冷淡な口調ながら、彼自身の“最高傑作”たる理論を、熱く語った。

鈴木は体が自然と硬直してくるのを感じながら、その“壮大な”理論に耳を傾けた。

「それにしても信じられません、“瞬間移動”だなんて」

「だが、もう21世紀が到来して久しい。前世紀の無責任な夢物語から言えば、

はるかに質素な話だと思うがね」

「しかし、次元共鳴による空間超越なんて、いくら科学がここまで発展した現代でも、にわかには…」

「私も、こんなに早く実現できるとは思っていなかったさ。

“次元共鳴”の理論に着想したのは私もずっと若いころだったが、

生きているうちに実現できるとはとても…」

「…それが、いまここにある機械、そういうことですね…」

 

 

「それでだ。今日君に来てもらったのは、記念すべき第一回の作動実験に際し、

君に名誉ある搭乗者の役割を果たしてもらうためだ」

「!」

「どんな偉大な技術にも、最初の一歩というものがある。その記念すべき第一歩の、

その体験者として、君を指名したということだ」

「体験者、ですか?、被験者、ですよね」

 鈴木の顔は曇り、不信そうな目で博士をみつめる。

「つまり、どんな偉大な実験にも、実験台が必要である。そこで、私がその実験台に選ばれた。

…やはり、研究施設で最も若いのが私だからですか。

危険を伴う実験は、当然、立場の弱いものが実験台になる、そういうことですね」

「おいおい、勘違いしてもらっては困る。別にめくらめっぽうな危険を冒すわけではない。

理論も、装置の整備も、完璧だ。隣のオペレーションルームには、

我が優秀なスタッフ達が万全を期して待機している」

「致命的な危険があるのではないですか?、たとえば、次元の狭間に押しつぶされて死んでしまうとか」

「確かに、失敗してしまえばそういうこともあり得る。

だが、失敗させないための技術力だ。安全性は、99.9999999パーセント折り紙つきだ。

9−9(ナイン−ナイン)システムといったところだ」

「9−9ですか。ええっと、つまり、少なくとも10億回に1回は失敗することが、

想定されているわけですね」

「馬鹿言え。完全完璧なシステムなど存在しない。9−9といえば、完璧と言えるシステムではないか」

「でも、100パーセントではないのですよね」

 

 

「鈴木君、よく考えてもみたまえ、10億回に1回を恐れて、君は歴史に名を残すのをやめるのか?

 月に最初に降り立つようなものだぞ」

「歴史に名を残すことにはなりませんよ。薬の発明者が名を残しても、その臨床患者は名を残さない

でしょう。この発明は博士のものですよ。ならば、私も自分の命をポーカーテーブルに載せてまで、

ご協力しようとは思いません」

「…」

「…」

 鈴木は、博士の顔をじっと見ている。博士は、すっかり困ったような顔をしていたが、

ふっとため息をついて額に手をあてる。

「最近の若者は、すぐにこれだ。わずかな確率を恐れて、むやみやたらと安全を求めようとする。

君達に冒険者精神はないのか」

「博士にとっては冒険でも、私にとってはただのリスク、被験ですよ」

「ああ、昔はよかった。昔は、きちんとした安全策を採っていれば、実験の協力者なんてすぐに現れた。

科学技術が発展し、やがてその技術もスタンダードになった。

そのための、パイオニアになろうとするものは多く、研究者への理解も深かった…」

「時代の違いですよ、博士。私達は子供の頃から基本的人権第一主義で育ってきています。

封建社会の人間ではなく、一人一人が主役の時代の子供です。

だから、人体実験なんて、もってのほか、もってのほかです」

「だから、…うぅん、すぐ、そうやって人体実験呼ばわりする。

99.9999999パーセント安全な装置に、ただ搭乗することのどこが人体実験だ。

道走っている車や、空飛んでいるジャンボ機の方が、確率的にはよっぽど危険ではないか」

「…でも、100パーセントではないのですよね…」

 

 

「そんなに実験台が欲しければ、実験動物を使えばよいでしょう。何も、人間を使わなくても…」

「鈴木君、君は簡単にそんなことを言うが、それこそ、現実を知らない」

 博士は、右側の書棚につかつかと歩き、そして、これ見よがしに扉を開く。

「!」

 バサバサ、と音がして、中からはたくさんの封筒が流れ落ちてくる。

「…これは…」

「うちの施設で動物実験を行っているという噂が広まったおかげで、世界中から届いた抗議文さ。

メールアカウントもあっという間にパンクしてしまった。マウス一匹殺すだけでこの様だ」

「…」

「だいたい、昔は良かった。実験一つするのに、たとえ哺乳類を殺しても、

人さえ殺さなければどうってことは無かった。法律はそうなっているはずだろう。

ところが、今は、人道主義を動物にも拡大する時代だそうだ。

『罪も無い動物を、人間のために殺すな』と来る。じゃあ、そいつらは何を食って生きているのだ。

だいたい、研究者も殺すことを目的に実験しているわけではない。

人を殺してしまわないために、技術の進歩を願ってやっているのだ。

そのための尊い犠牲となった動物達だって、きっと報われているはずだ。

それなのに、動物愛護うんぬんの輩は、意思の無い動物で実験をするくらいなら、

意思のある人間を説得しろ、なんてことまで言ってくる」

「…」

 

 

 床に落ちた手紙の山を無視するかのように、博士は戻ってくる。

鈴木はすっかり困惑した表情を浮かべているが、それでも思い切って口を開く。

「博士、では、残された最後の手段、自分を被験者にした実験をするしかないのではないですか?」

「自分を?」

「そうです。自分の実験のため、自分が被験者になる。これほど合理的な話も無いでしょう。

そうです、博士、そうするべきです」

「馬鹿なことを言うもんじゃない」

 博士は、突然強い口調に戻って強弁する。

「自分を被験者に、はは、とんでもない話だ。それじゃあ、技術を開発したものの責任はどうなる。

理論体系として完成した技術は、それ単独で右にも左にも行く。開発した科学者は、いわば技術の親だ。

親は、自分の技術の行く末を見守り、確かに人類にとって役立つ技術として大成していくよう、

導き、見守る義務を負っている。それは、実験が成功しても、失敗しても同じことだ。

安易に自分を被験者にして、実験が失敗したら蓄積した知識と共に死んでしまえばいいなんていう

単純な発想は、科学者として失格だ。科学者自ら被験者になるなんて、

それでは技術の発展が望めなくなってしまうよ」

 博士は、時折こぶし握り締めながら、強い目つきで強弁した。

その威勢に、すっかりたじろんでしまう鈴木。

だが、直後に訪れた室内に流れる静寂が、再び彼に生気を与えた。

 

「博士、つまり、…結局は博士も実験の失敗が怖いのですよね…」

 

 

 以上  PN 一光輝瑛

 

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