一光 輝瑛
「あれ,海田。お前,そんな本買うのか?」
とある休日,本屋でばったり出会った海田と野村は,同じ会社の同僚である。
「目立つところに置いてあるから,いったいどんな奴が買うのかと思っていたら,
まさか海田が買っていたとはな」
「“まさか”とは何だ,“まさか”とは」
軽く怒ったような口調の海田の右手には,薄っぺらい,それでいてしっかりとした紙質の
雑誌が握られている。カラフルな表紙にはどこかで見たような絵,
そして“週刊世界の絵画”とある。
「かっこつけちゃってさ。本当にそんなもの読むのか?」
「あたりまえだろう」
「…どうだか。本当は,卑猥な雑誌を買いに来たんじゃないのか」
「馬鹿言え。最初からこれを買いに来たんだ。美術雑誌だぞ」
「なぁにが美術雑誌だ。なんだ,裸体画がめあてか?」
「なんだよぉ,人聞きが悪いな」
「これって,前にテレビで宣伝していたやつだろう?」
野村はちょっとまじめな口調に戻って,会話を続ける。
「何でも,毎週一冊づつ出て,全部で百巻くらいあるやつだよな」
「ああ,そうだ」
「なんだか踊らされてるよな。一冊目だけ特別定価で安くて,その後は1冊500円くらいか?,
安くはないな」
「まあ,美術全集を買うよりは安いな」
「でも,これって専用のバインダーとかもあるよな。結構高いらしいけど。
…まさか海田はそこまでは買ってないよな」
「ああ,さすがにバインダーは買っていないな」
「ふぅ〜ん,今週で第8号ね…」
「ところでさぁ,そもそもこんなもの週刊誌にする必要があるのかね?」
「え,」
「だってそうだろう。絵画ってさ,そんな最新のものがどんどん出てくるわけじゃない。
特に,こんな雑誌に出るものは数百年経ったような,わりと有名な作品が多いんだろう」
「ああ,確かに」
「だったらさぁ,別に一冊づつ小出しにしなくてもなぁ,一度に発売すれば良いんじゃないか?
どうせ内容に最新の情報なんて入ってないのだら,それでも十分さ」
「そいつはどうかな」
海田の表情が少ししっかりとした雰囲気を見せる。
「確かにさ,野村の言う通り,美術絵画ってある意味永遠のものだから,
その意味では“週刊誌”には向いてないかもしれない…」
「な,そうだろう」
「だがちょっと待てよ,野村。週刊誌にするメリットは十分にあると思うぞ。
まあ,その一番のものといえば,やはり“絵画との出会い”ってところかな。
だいたい,美術全集として発売したとして,まず俺達の目に付くことは無いだろうし,
手にすることも無いだろう。それが,多少宣伝先行の部分はあるにしても,目に付き,手に届く。
値段だって,いきなり何万円もする全集では手が出ないが,コインで買える範囲内なら手軽だよな」
「まあ,それが積み重なると結構な値段になるんだけれどな」
「それはそうだ。でも,普通の週刊誌を買うのと同じ感覚だから,負担には感じないな。
読むのだってそうさ。どっしりとした全集ではとても読む気にならないが,この薄さなら…」
海田は,手にもった“週刊世界の絵画”を得意げに振ってみせる。
「これなら手軽に読めるだろう。しかし,この手軽さから,俺達は奥深い絵画の世界に入って行くんだ」
「…どうだろうな…」
「芸術はある意味永遠のものだ。そして,俺達はその“永遠”に触れる機会を,
毎週毎週,“リアルタイム”で手に入れることができる。…そんなところかな」
「…」
「あれ,兄貴,また買ってきたのかよ…」
「またとは何だ,またとは。毎週出るんだから,毎週買うのはあたりまえだろう」
2時間後,本屋の紙袋を小脇に抱えた海田は,帰宅したリビングで弟とでくわす。
「しっかし,兄貴も懲りないよな。よくもまぁ,毎週毎週…」
「うるさいな」
ちょっと不機嫌そうな顔をした海田は,それでも袋から取り出した“週刊世界の絵画”を見て
ちょっと満足げな表情に変る。そして,次にひょいとテーブルの上に投げ置く。
「今週で8冊目か。そろそろ分厚くなってくる頃かな」
海田が置いた本の下には,同じタイトルのカラフルな表情が見える。
確かに,8冊重なってけばけばしいまでのグラデーションを見せる背表紙は,ちょっと厚いか。
「飽きもせず気取ってさぁ。何が“世界の絵画”だよ」
「何が悪いんだ。教養のために買っているんだ」
「へぇ,教養ね」
「…何がおかしい」
「何がって,教養はきちんと読んだら身につくかもしれないけど,
重ねて表紙も見えなくなっているようじゃ,そんなものとは縁遠いな」
「読まないわけじゃないさ」
「だって,読んでないじゃないか。本は買ったときの綺麗なまま,表紙の折り目もついてないぞ。
何だ,これは保存用か?」
「だから,こんなものいつでもすぐに読めるけれども,今は忙しいんだ」
「テレビを見る時間はあっても,絵画に触れる時間は皆無,そういうわけだ。
でもなぁ,それじゃぁもったいないよな」
「だから,その気になったときに読むんだって。
こういうものは,読む時の気分が何より大事だからな」
「…どうだか。兄貴にそんな気分になる素養があるとは思えないがね」
「うるさい,大きなお世話だ」
「だいたい,兄貴がこの手の本を読まずに溜め込むのは今に始まったことじゃないだろう?,
“週刊パソコン入門”から始まって,“週刊世界史”“週刊第六感”“週刊旅の心”
“週刊美しい花”“週刊健康法入門”“週刊大自然の恵み”,あ,そうだ。
CDのついたやつも結構あったよな。“週刊できる英会話”“週刊世界の作曲家”
“週刊サブリミナル”ってのもあったかな?」
「…」
「どれもこれも,同じようなつくりで,決まって本屋の目立つところに置いてある。
でも,冷静に考えたら,あまり週刊誌にしたいようなネタじゃないよな,そもそも」
「そうかな…」
「まぁ,少なくとも最新の情報発信源ではないな。
結局,棚一杯にバックナンバーを残してあるしな。
…まあ,それは買って帰った後の我が家でも同じか」
「…うるさいなぁ」
海田は,ちょっと気まずそうに弟に反抗する。
「いつでも読めるような題材なんだから,少しくらいためたって良いじゃないか」
「まあ,読むならの話だな。結局,創刊号から何冊かは買い込んで,
読まずにほっとくうちに読める態勢じゃなくなってきて,結局買うのもやめてしまう,
これまではその繰り返しじゃないか。とどのつまり,三日坊主といったところだろう」
「…」
「今回のはまだ長い方だな。もしかしたら8冊は新記録かもな。
…しっかし,どうしてこんな悪癖がどこまでも続くかね…」
「…」
「やっぱり,宣伝とディスプレイに踊らされているとしか思えないな」
「…」
「あたかも教養を蓄積するためのように思える題材で,毎週小出しにして,
それでいて結構高価で,…まさに,兄貴みたいにだまされる奴がいるから,いい商売になるよな」
「…」
「ふぅん〜」
海田の弟は,“週刊世界の絵画”を2冊ほど持ち上げ,まるでうちわのように振ってみせる。
「とどのつまりは,ちっぽけな教養の刺激と,大きな自己満足の育成と,そして無駄遣いかな。結局…」
弟は,ぽんとその二冊を投げる。
「まさにたいした週刊誌だよな…」
「違うな」
「!」
海田が。満を持して反撃を開始する。
「確かに,買うだけで読まないことも多いさ。でもなぁ,こうして手に入れておけば,
いつでも手を伸ばせるじゃないか」
「はぁ,伸ばしたのは見たことがないけど」
「今まではそうかもしれない。だけど,途切れることが怖くてはじめから手を出さないのでは,
結局,芸術と出会う機会は永久に放棄されてしまう」
「へぇ,機会ね」
「いいか,」
海田は,改めて“週刊世界の絵画”を取り上げ,ぐっと突き出して見せる。
「いいか,芸術ってある意味永遠のものなんだ」
「…」
「その“永遠”に触れる機会を,俺は“フルタイム”で手に入れることになる。
こんなすばらしいことがあるものか!!」
「…」
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