希望の年

 

                               一光 輝瑛

 

 元旦,なぜかすっきりと目が覚めた。障子の向こうに光はなく,時計はまだ午前6時。

布団の中から出てしまうと,部屋の中でも寒さが身に突き刺さってくる。

 しかし,もう眠りたいとは思わなかった。なぜか,自分を突き動かすような力が働いている,

そんな気がしたのだ。

 

《1999年の幕開けです。昨年は,本当につらいことが多い年でした。未曾有の不景気,

度重なる事件。冷え切った人々の心に,新しい年の幕開けはどのように映っているのでしょうか》

 

 枕もとに準備しておいた服に着替え,私は今年の歩みをはじめる。家族はまだ寝ているようだ。

恐ろしく冷たい水道の水で顔を洗うが,不思議と苦にならない。いっそう目が覚める。

いつもの朝とは違う感じがする。

 

《あけましておめでとうございます。今年も新年早々,豪華な芸能人の皆様が集まってくれました。

元旦5時間のスペシャル番組です。視聴者の皆様にも豪華なお年玉プレゼントをご用意しております。

不景気な時代,新年はじめから豪華プレゼントを当てて,景気づけといきましょう》

 

 玄関に立つ。薄暗さが残る外に飛び出ると,よりいっそう寒さが身を突き刺してくる。ハーフコート

のボタンをとめ,マフラーをしっかりと巻く。そして,乗りなれた自転車をこぎ出す。

 恐ろしいほど人の気配がない。鳥の声が聞こえるが,それ以外は静寂が続いている。いつもは車が

ひっきりなしに流れている道路も,行き交う車はまばらだ。家々の窓にも光はない。とにかく,

恐ろしいほどに冷たい風が私を襲う。しかし,どこかすがすがしい気持ちになるのは

どうしてだろうか。

 

《あけましておめでとうございます。当店の新年初売りは2日からです。恒例の福袋をはじめ,

お買い得品を満載して皆様のご来店をお待ちしております》

 

 10分ほど自転車をこぐと,神社の境内が見えてくる。毎年,初詣に来ている神社だ。いつもは

家族で来るのだが,今年はなぜか一人で飛び出して来てしまった。車は2台ほど止まっているが,

不思議と人影は見えない。今は早朝,来るべき人は夜の間に来てしまったのだろうか。

 

《元旦は全国各地とも穏やか日和になりそうです。特に,関東から西の太平洋沿岸では晴天に

恵まれ,初日の出も拝めるでしょう》

 

 境内の入り口に自転車をとめ,鳥居をくぐって眺めると,そこには恐ろしいほどまっすぐに

伸びる石段がある。子供のころに数えたら200段を超えていたが,いったい何段だっただろうか。

頂上にはもちろん神社があるのだが,下からは何も見えない。両側には木が茂って林になっている。

薄暗いが,徐々に明るくなってきているのはわかる。

 『よし』となぜか一声かけて,私はまっすぐに登りはじめる。

 

《続いては占いのコーナーです。本日は元旦スペシャルということで,今年一年の運勢を占って

みましょう。さて,今年一番ついているのは,いったいどの星座の人でしょうか》

 

 最初の数段を駆けあがって,やはり普通の歩みに戻る。なぜか駆け登りたい気分だったが,

そうもゆかなかった。昔,そう,高校時代にスポーツをやっていたときには,よくこの階段で

トレーニングをしたものだった。が,今の自分にはそこまでの体力はない。少し登っただけで

息が切れてくるが,不思議と気持ちだけはあの頃のままのような気がする。昔からある石段で,

ところどころ隙間があって草も生えているが,それでもなぜか自分の歩みにぴったりと

合っているような石段だ。

 そして,石段の上に神社の屋根が見えてくる。

 

《「さてさて,暗い顔してないで」

 「そうそう,僕らは七福神なんだから,明るくいこう」

 「そうそう。さあ,外に出て」

 「はあ〜い」

 「あらら,本当にいっちゃったよ。寒いのに。単純なやつらだな」

 “お正月にシャッターチャンス”》

 

 いつも見慣れているはずの神社。だが,普段は堅く閉ざされた扉が開き,華やかな風景がそこに

あった。華やかな飾り,そして煌びやかな灯り。そして,晴れ着に身を包んだ女性まで来ていた。

数人ではあったが,人に会ったことで妙にほっとした。空が開けたせいか,いちだんと明るくなった

ような気がする。山が近いせいか,日の出まではまだまだだが,朝の時間は着々と進行している。

 

《当社が独自に行なった世論調査によりますと,日本の景気について,今年は昨年よりも悪くなると

答えた人が全体の5割を超え,変わらないと答えた人と合わせると8割以上の人が景気は

良くならないと予想していることがわかりました》

 

 ポケットから小銭入れを出す。いつもの年はだいたい100円玉を投げるのだが,今年はあえて

本当の小銭を,しかしたくさん取り出した。20枚くらいにはなったか。その小銭を右手に

にぎりしめ,一気に賽銭箱に放る。びっくりするほど良い音がして,なにやら心地よい。神主さんも

ちょっと驚いたか。そして,神様にも届いただろうか。

 

《新春徹底討論,“どこへ行く日本”。平成大不況,乗り切る決定打はあるのか。

そして政局の行方は。1月3日,緊急生放送!》

 

 二礼,二拍手,そして願い事をして,一礼。賽銭箱の正面に書いてある通りの作法で,お参りをする。

神主さんの持つ道具(名前はなんだ?)が左右に振られて,紙の感触が私の頭をなでる。何を願うか。

それは,私だけの秘密だ。が,どうせそんなとてつもないことを願うわけではない。たまには

世界征服くらい願ってみようか?

 それにしても小さな神社だ。しかし,これでちょうど良いような気がする。毎年テレビに映るような

大きな神社は,あまりに人が多くて,しかも賽銭箱がプールの様で,あまりご利益が期待できない

ような気がする。まあ,別にこの神社に特段にお世話になったわけではないが,それでも毎年来ていて

大きな病気もないのだから,このくらいが私には合っているのだろう。

 

《新春恒例の“元旦駅伝”が,今年も全長100キロメートルのコースで争われます。

不景気のあおりを受け,昨年の入賞チーム2チームが休部に追いこまれましたが,

全20チームが参加し,栄光をめざした男達の戦いが繰り広げられます》

 

 お参りをする途中から,なぜか今年は良いことがありそうな気がして仕方がなかった。ただ単なる

予感と言ってしまえばそれまでだが,どうもそればかりではないような気がする。体調が良いせい

だろうか。去年の初詣では感じられなかった何かが,自分の頭の中に浮かんできているように

思えるのだ。

 

《米国の経済雑誌○○は,今年の世界経済を予測した記事の中で,わが国のGDPの伸び率を

実質マイナス1.5パーセントと予想しました。政府の公約したプラス成長に対しては,

ますます悲観的な見方が広がってきています》

 

 毎年のことだが,売店?で売られている縁起物を物色する。これこそ迷信の産物だと思うが,

それでも熊手や,破魔矢には目がいってしまう。熊手は商売人にでもなったようで大げさな気が

するので,自然と矢の方に手が伸びる。大中小?と3本ほどあって,小さいものから1000円,

1500円,2000円と書かれている。確か,去年も同じ値段だっただろうか。それぞれ,

ご利益が違うのだろうか?

 結局,2000円の“神矢”を購入する。今年最初の買い物だと思うと何やら新鮮な気がする。

手渡された矢は,なぜかずしりと重い感触があった。気のせいか?

 

《毎年全国一の初詣客をあつめるここ××神社には,今年も数多くの参拝客が集まっています。

元旦午前零時,年明けと同時に境内に入った参拝客は,思い思いの表情で願い事をしていました。

特設の賽銭箱には多くのお賽銭が投げ入れられていましたが,長引く不景気の影響か,

100円以下の小銭が目立っているそうです》

 

 矢と同時に,一枚50円のおみくじも買い求める。木箱に入ったたくさんのおみくじの中から

ひとつだけ取り出すのだが,これが毎年なぜか緊張してしまう。

 そして,神社の建物から離れて,なぜかこっそりと封をあける。

 “大吉”と書いてあった。さあ,おみくじで大吉が出たのは何年ぶりのことだろうか。なぜか,

むしょうにうれしい。その他の文章を読むと,失せ物…見つかりがたし,縁談…時を待て,など,

それほど良いことは書いてないようなのだが,それにしても大吉は大吉である。

 みんながやるのに倣って,そのおみくじを,境内の木の枝に三つ折りにしてくくりつける。

これでこの“大吉”は成就するのか!?

 

《ご覧ください。太平洋に遂にその姿を見せました,1999年の初日の出です。昨年は

わが国にとって,本当につらい年でした。しかし,この日の出とともに,新しい年の幕開けです。

展望台にお集まりの方々,そしてテレビをご覧の方々の,新しい年への願いを背負い,

今ゆっくりと初日がその全貌を見せようとしています》

 

 右手に矢を持ち,先程の階段を早足で下って行く。空はすっかり明るくなったようだ。

身を切るような寒さも,日の出とともに和らいで行くだろう。そして足取りは軽い。

 この階段を降りきれば,そこには徐々に動き出そうとしている街があるのだ。

 そして,楽しい正月が私を待っている。

 

 そして,新しい年が私を待っている。

 

      以上     1999.01.03

                   PN 一光輝瑛

 

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