荒城の憑依

 

                          一光 輝瑛

 

「行かなくては」

「…ん?」

「とにかく,行かなくては,行かなくてはいけないんだ!」

 

 昨夜,徹底的に飲んだ日本酒は,私の脳天を貫きつづけていた。

 今日が休みだからと油断したわけではないのだが,いくらなんでも深酒が過ぎたらしい。

時計を見ると,はや10時。カーテンの隙間からは,ほのかな光がもれていた。

 

「行くんだ,とにかく,行くんだ」

「おい,どうしたんだよ…」

 私は寝ぼけたままで,長原の姿を目で追っていた。

 こいつは,学生時代からの友人で,昨夜の深酒の原因である。一升瓶を抱えてやってきて,

結局そのまま泊まるまで飲んだ。

「とにかく行くんだ」

「だから,いったいどうしたんだ。起きた早々…」

 長原はぼさぼさの髪のまま,コートを羽織ると,そのまま出て行こうとする。が,

同じく二日酔いなのか,体がついてこない。

「おい,大丈夫か」

「…」

「!」

  『違う,いつもの長原じゃない…』

 

 

 どんよりと曇った空が,日曜日を支配していた。

 気持ちも湧き立たない,そんな憂鬱な時間,二人の男,私と長原は車を走らせていた。

 体はだるいが,酔いは覚めた。

 長原は黙々とハンドルを操作している。もう2時間もこのままだが,いつまでこのままかは

見当もつかない。

 

「ここだ」

「え?」

 幹線道路から,突然わき道に入り,そして,すぐに見えてきた駐車場に止まる。

「ここだ,間違いない」

「長原,ここはいったい…」

 西に2時間,延々と続いた寡黙なドライブは,突然終りを告げた。

「ここは…」

 近くを通ったことはあったかもしれない。だが,この場に立つのははじめてであった。

 かなり山に入った田舎,民家もいくつか見えたが,のどかな風景であるには違いなかった。

駐車場,池,そして,植えたような木々。どうやら,周囲は公園になっているらしい。

「ここだ,ここなんだ」

                

                                                  

 

「…」

「おい,待てよ」

「…」

 長原は,何かに惹かれるように,まっすぐに歩き出した。

 前方には,公園の遊歩道,そして,小高い山。

「…城を守らなくては…」

「え?」

「…」

 長原の足取りは確かだった。まるで,上半身と下半身が別の人間であるかのように…

 

                     

 

「おい,登るのか?」

「ああ,ここだよ」

 長原は,私が止めるのも聞かず,まっすぐに山の方に歩き出した。

 どうやらこの山も公園の一角になっているらしく,細い“遊歩道”が整備されている。

 古い標識が立っていて,“月影城跡まで1.2キロ”とある。

 

「城を守らなくては…」

 

                    

 

「おい,本当にまだ登るのかよ」

「…」

 長原の足取りは相変わらず確かだったが,山道はどんどん寂しいものに変っていった。

 ここまで来ると,“城跡公園”の域は超えていた。

「城を守らなくては…」

「だから,なんなんだよ」

「…」

「!」

    『何だ,この長原の目は…』

 

「ふう,いったい何が…」

 疲れ果てた私の足は,長原について行くたびにきしむようであった。が,長原は

相変わらず寡黙なまま,着実に山頂を目指していた。

 

                 

 

 頂上,城跡,と言っても,何も無かった。

 ただ,どんより曇った空だけが,冬の木々の向こうに存在していた。

「雨…」

 ぽつぽつと降り出した細かい雨が,容赦なく二人の男を濡らす。

「おい,長原…」

「ここだ,ここなのだ…」

 

                   

 

 

 ごつごつした岩の向こうに,小高い山から眺める“下界”があった。

 恐ろしいくらい何も無い,枯れた風景だった。

 

「おい,長原,いったい…」

「城だ,城…」

「おい,しっかりしろ,何が起こったんだ,何がしたいんだ,いったい,

  何なんだ… 」

 

「!」

「おい,しっかりしろ」

「あ…」

「長原,」

「ここは…」

「!」

  『この目は,長原の…』

 

「ここは,どこだ」

「…」

「なぜ,ここにいるんだ…」

「ここは,城の跡だ」

「城?」

「いつ朽ちたかもわからない,歴史の名残さ」

「で,なぜ…」

「さあ,なぜなんだろうな…」

 

 

 木の根と岩に支配された山道は,下るにも容易ではなかった,が,とにかく下っていた。

 長原は,瞳に疑問をたたえたまま,再び寡黙の中に沈んでいた。が,突然,

「いったい,何があったんだろう」

「さあな。だが,いろんなことがあったのは確かだろうな」

「…」

「これだけのものを造り,だがそれも廃れてしまった歴史の産物。

だが,ここで何かがあったことは確かだ」

「だが,なぜ俺が…」

「もう何も言うな。こんなこともあるさ」

 私は,長原を先導するように,しっかりとした足取りで山道を降りていった。

 

「見ろよ。ここまで来ればふもとも間近だ。俺達の世界に戻るんだ」

 

                    

 

以上 PN 一光輝瑛

 

 

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