一光 輝瑛
「!」
ぼさぼさの髪に乱れたパジャマ。9時ごろになってようやく起きだした内山は,
何気なく目にした新聞に注目してしまった。
『くじ運絶好調。大当たりの予感が』
新聞のテレビ欄の右下。『今日の運勢』として,生まれ月別の運勢が載っているコーナーである。
スポーツ欄とテレビ欄だけは毎日欠かさない内山は,必然的にこの欄にも目を向ける習慣であった。
「…」
もう一度確認する。12月生まれの欄には,確かに『くじ運絶好調。大当たりの予感が』
と書いてある。
「お,大当たりか…」
誰に言うわけでもなく,ふとつぶやいた内山。テーブルの上にはトーストと目玉焼き。
テレビは一週間のニュースをまとめて伝えている。日曜日の平和な風景であった。
「大当たりのチャンスって言ってもな…」
日頃は運勢など気にしたことも無い内山であったが,今日のあの記事だけは妙に印象に残り,
心地よい喜びを余韻として残していた。本来なら日曜日は家でのんびり過ごすことが多い彼であったが,
どこに行くとでもなくふらふらと街に出てしまったのも,どこかにその影響があったのだろうか。
「…」
ちらと時計を見ると,すでに午後二時になっている。
“12月生まれ,大当たりのチャンス”の日曜日も,あとわずか10時間…
「あれ,鎌田じゃないか」
「あ!」
ばったり出くわす,とは,まさにこんなことかもしれない。
…そんなタイミングで,内山の視界に飛び込んできたのは,会社の同僚である鎌田であった。
「おい,こんなところで何してるんだ」
「いや,実はな…」
鎌田は,ジーンズに皮ジャン。まさに“日曜日のお父さん”という感じで,
日頃のスーツ姿からは完全に脱却していた。それは内山も同じなのだが,
それでも職場を離れた同僚に出会うのは妙な気分であった。
「今日は宝くじを買いに来たんだ」
「え?」
鎌田は視線を前方に向ける。確かにそこには,『宝くじチャンスセンター』の文字と,
いくつかの窓口を持った大きな売り場があった。
「ああ,そう言えばこんなところにあったんだよな…」
内山は,まるではじめて宝くじ売り場を見るかのような,とぼけた視線を送る。
「でも,今は発売の時期ではないだろう」
「はは,ジャンボだけが宝くじじゃないさ」
鎌田は,軽く笑って諭すように続ける。
「宝くじって,年がら年中売ってるんだ。もちろん,規模の小さいくじが多くて,
1等の金額も3億円ってわけにはゆかないが,それでも結構楽しめるんだぞ」
「へぇ〜」
「それに,近頃では,ナンバーズとか,ミニロトとかもあって,種類も増えているんだ」
「…ああ,そうだったよな」
確かに,内山が注目していないだけで,宝くじは年中売っている,
その事実は内山にもすっきりと理解できた。
「で,今日はそれを買うのか」
「ああ。今日は,インスタントくじを買うんだ」
「インスタント?」
「はは,そんなに不思議がることはないさ」
露骨に疑問をあらわにした内山を,鎌田は軽くあしらう。
「スクラッチカードで,その場ですぐに当たりがわかるってやつさ」
「ああ,その場でわかるやつか」
「そうそう。コインでこするやつだ。…どうだ,お前も一度買ってみないか?」
「…」
当然のことかもしれないが,“宝くじ”という言葉が出て以来,
内山の頭の中では『大当たりの予感が』という占いの記事が回転していた。
「宝くじか…」
「ああ,ためしにやってみろよ」
「そうだな,ためしにやってみるかな…」
一応もったいぶるようなそぶりを見せた内山だったが,
左手はすでにポケットの財布に伸びていた。
「なんだか安っぽいくじだな」
10枚パックのその小さなくじを見て,内山はボソッとつぶやく。
「まあ,スクラッチくじだからな」
「でもなぁ…」
窓口に貼ってある,『1等100万円』というポスターに比べて,
ずいぶん安っぽいという印象を受けてしまう内山であった。
が,それでも『大当たりの予感が』という言葉が,お題目のように反復され,
自然と体のどこかに震えるような感触が起こってくる。
「1等は百万円だよな…」
「ああ,そうだ。さあ,早速こすってみることにしよう」
「…」
内山は,ここでも『こすってみる』という言葉に違和感を持つ。
『1等百万円』である。そんなものを…
「さあ,当たるといいが…」
鎌田は,慣れた手つきでポケットから10円玉を取り出すと,
手際よく銀色の部分をこすり落とし始める。一枚につき,3箇所。
計9枚の記号が,横に3つ並べば当たり。並んだ記号によって金額が違うのは,
スロットマシーンを連想させた。
「…」
同じく10円玉を取り出した内山だったが,すぐに思い直して5円玉と交換する。
「ふぅ…」
右手が細かく震えるような気がした。実際には何も無いはずなのだが,
自然と心臓が高鳴りつつあった。さあ,100万円のチャンスがすぐそこまで来ている。
『大当たりの予感が』…
「!」
「え!」
「おい,…これはすごいぞ!」
「え…」
突然興奮して声を大きくしたのは,鎌田の方であった。
「当たったよ,当たりだ!」
「!」
興奮した様子の鎌田であったが,それでも周囲を見回して,すぐに小声に戻る。
「見ろよ,これ,見てくれよ」
「…」
まだ3枚しかはずれを確認していない内山に,目をぎらつかせた鎌田が迫る。
「ここ見てみろよ,ここだ」
「!」
無造作にはがされた銀色の下に,星のマークがしっかりと3つ並んでいた。
「見ろよ!,すごいぞ,すごい。100万円だ!」
「…」
周りを気にしながらも,それでも上ずる声を抑えきれない鎌田。
そして,残り七枚のくじと5円玉を持ったまま,呆然としてしまう内山。
「すごいぞ,すごい。大当たりだ。いやぁ,長年買いつづけたのが,やっと実ったんだ!」
「…」
「どうだ,大当たりだ,遂にやったぞ!」
「…おめでとう…」
内山の声は,明らかにがっかりしたものであった。
「ありがとう,ありがとう。ああ,今度みんなにご馳走するからな!」
「…ああ」
鎌田は,その星が3つ並んだインスタントくじを,しっかりと握り締めていた。
「…ところで,鎌田って,何月うまれだったっけ?」
「え?,いや,12月生まれだけど…」
「……」
夜8時。“12月生まれ,大当たりのチャンス”の日曜日も,残り4時間であった。
「しかしがっかりだよな…」
うれしそうな鎌田の顔が,リプレイのようによみがえる。一人部屋に戻り,
ふと天井を見つめてしまう。
「あ,そう言えば…」
鎌田の勢いに押されて,結局こすらなかった残りの7枚のインスタントくじが,まだ残っていた。
「ふぅ」
もう一度インスタントくじに向き合う。もう一度見ると,
確かに,こするだけのくじにふさわしい大きさに見える。
「まあ,確認しておくか…」
右手には10円玉が握られている。
「お!」
6枚目のくじで,ついに3つのマークが横に並んだ。
だが,期待していた星のマークではなく,リンゴのマーク。
しかし,真中の列。確かに3つ並んでいることには違いない。
「並んだけど,星じゃないからな…」
すぐに,どの模様が何等でいくらなのかの一覧を見る。
「なぁんだ,たったの一万円か…」
以上 PN 一光輝瑛
ご感想等,メールはこちらまで。
E-mail kiei_ichi@geocities.co.jp
この作品は,あくまでもフィクションです。
この作品の著作権は,作者に帰属します。