無敵金庫
一光 輝瑛
呼び出しブザーの音で行って見ると,玄関にはずいぶんと若い男が立っていた。
「こんにちは。鉄壁産業のものですが」
「ええっと,瀧野さんですか」
「はい,そうです。このたびは当社をご指名いただきましてまことにありがとうございます」
ある水曜日の午後,大村家での出来事である。最近近所で泥棒騒ぎが続出しているため,
我が家にも金庫を設置しようと友人に相談したところ,この営業マンを紹介してきたのだ。
話によると,アフターサービスのしっかりした,いわば面倒見の良い営業マンらしい。友人も
この営業マンに頼んで金庫を買ったらしいが,話からするともっと年配の営業マンが来るのかと
思っていたので,ちょっと拍子抜けした感じがする。
「お話では据え置き型の金庫をご希望ということでしたね。設置場所によって条件が変わってきます
ので,ご確認のためにご訪問させていただきました」
その営業マンを家に招き入れ,さっそく本題に入る。
「最近どうも物騒なものでね。しっかりしたやつを頼みます。絶対に破られないようなやつが…
あればの話ですが」
大村氏は自宅で時計・貴金属の販売業をしているため,いざ泥棒が入ると命取りになってしまう。
もともと店に金庫はあったが,旧式のものであるため不安になり,今回買い替えを希望したのだ。
ちなみに,本日は定休日。店舗は棟続きで自宅スペースとつながっているが,本日シャッターは
下ろされている。
「え〜っと,今回の金庫はこの金庫と入れ替える形にしますか」
「はい,これについては入れ替えで撤去してもらうようになります」
それにしても,今あるものでも十分に立派な金庫のように見える。俗に言うダイヤル式の,
据え置き型の金庫である。
「これは良いですね」
「この金庫がですか」
「いえ,場所の話です。これだけのスペースがあれば,わが社の新商品のモニターをお願い
できるかと思いますが…」
「モニターですか」
「はい。モニターになれば定価の約8割引のご予算で設置できます」
8割引という言葉に一瞬驚くが,そこは大村氏も商売人である。
「何かわけありのものですか」
「いえ,このたび新開発された商品なのですが,ちょっと特殊な商品になっていまして」
特殊な,という言葉を聴いて,大村氏がやや引いてしまったのを見て,営業マンは続ける。
「当社が絶対の自信を持って開発した新商品です。“ゴッドシリーズ”というのですが,かなり
マニアックな技術屋が取り組んでいまして,いまいち一般受けが悪い状況です」
「そんなもののモニタ−をするんですか」
マニアックという言葉,そして一般受けしないという表現で,大村氏の表情は暗くなってしまって
いる。しかし,営業マンはかまわず続ける。
「要は,頑丈に作りすぎて,コストパフォーマンスが悪いってことですよ。うちの技術屋が相当
入れ込んでいるのですが,とにかく破られない金庫を作るということで,やたらめったら
セキュリティーを高めてしまったもので,値段は上がるはサイズは大きくなるは,
…今売れない金庫の象徴のようになってしまったもので…」
「はあ」
お客様の前で売れない商品の売れない理由を解説する営業マンも珍しい。大村氏は怪訝そうな
表情を浮かべて瀧野を見ている。
「先程お客様が絶対に破られないものをとおっしゃいましたので,これはどうかなと思ったしだいで…,
つまりそこまでこだわった商品ですから,破られることは“絶対に”ありえません」
「ほお,絶対にですか」
「はい。その点は保証させていただけると思いますし,実際補償制度も設けております。
当社が自信を持って開発した商品ですから」
そう言いながら,営業マンは手許の鞄を開き,モノクロのパンフレットを取り出す。
「詳しくはこのパンフレットを使って説明しましょう…,あ,現在は先程も申しましたように,
モニタ−制度の利用が出来る期間ですから,約8割引きともなれば通常の金庫と比べてほぼ同じ
価格におさまるようになります。収納スペースも,これだけスペースに余裕のあるお店でしたら,
克服できると思います。…今お持ちの金庫とほぼ同じ収納スペースは確保できます」
大村氏はふと考える。“絶対に”と言い出したのは自分の方であったし,その絶対の根拠を
尋ねてみたい衝動にも駆られる。まあどちらにしても今持っている金庫にしても,旧式のもので
あるせいか,占めているスペースに比べて中の収納力に問題がある(一昔前の冷蔵庫のようなものか)
と感じていたのだから,それから見れば同じか,とも思う。
そこまで考えてから,大村氏の目は営業マンの手許のパンフレットに移る。
「いまどきモノクロのパンフレットというのも珍しいですがね。要はマーケティングを置き去りに
したような商品なんです」
確かに見栄えの悪いパンフレットである。こんな話をする営業マンも珍しいが,大村氏は
その表現がなぜか気に入ってしまった。
「この商品の最大の特徴は,“本人確認システム”でございます。通常の金庫は,カギやダイヤルの
照合で開く,つまり最終的には誰でも開けられる金庫になっていますが,これは最新鋭の
複合システムで特定のユーザーのみを識別いたしまして,その人間以外では絶対に開かない
仕組みになっております。万一の時に備えて3人までご指定いただけるのですが…」
「本人確認,ですか」
「はい。国防上のセキュリティーシステムではよく用いられる方法なのですが,ここまでのものを
一般のユーザー用に商品化した例は聴いたことがありません。しかも,その確認の方法も複合的な
ものをとっております。角膜等を識別するタイプはよくある話なのですが,それだけではなく,
脳波照合,耳骨照合などを組み合わせ,偽造を防いでおります。一部は企業秘密でもありますので,
全ての仕組みまではお教えできないのですが…」
先程のパンフレットにも同様のことが書いてあるようだ。レイアウトよりも記述に重点を置いた
ようなパンフレットで,何か読みにくい印象を受けるのだが,妙にマニアックな印象は伝わってくる。
「なんだかものすごいものですね…」
「はい。正直言って一般のお客様には過剰なサービスのようにも思えますから,価格が通常の場合には
あまりお勧めできないのですが,モニター,あ,簡単な後日調査にご協力いただくだけで良いのですが
…この制度を使ってほぼ一般商品と同じ価格でご提供できるのであれば,十二分にお勧めできると
思います。もちろん一般の商品が備えている程度の機能,耐火性,外部衝撃からの耐久性,等も
通常以上のレベルで完備してありますから,その点でもご心配はいりません」
“過剰な”サービスを通常と同じ価格で,と言われたせいか,大村氏の興味はこの商品に集中
してしまった。
「結局,どのくらいの値段で設置できるのかね…」
その日のうちに,モニター大村氏の誕生が決まった。
………
話は3ヶ月ほど飛ぶ。ある真夜中のこと,自宅とつながっている店舗スペースの方で
何か大きな音が聞こえたような気がしたが,夢見心地の大村氏はそのまま寝入ってしまう。
しかし,ほんの数分後,けたたましい音で大村氏はたたき起こされる。
「たいへんです,大村さん」
その惨状を最初に発見したのは,セキュリティーシステムの警報で駆けつけた警備保証会社の
警備員であった。すぐに数台の車が到着し,寝静まった商店街にただならぬ殺気が満ちる。
「これは,いったい…」
パジャマのまま飛び出した大村氏がそこで見たものは,豪快に崩された店の壁,
そしてぽっかりと開いた収納スペースであった。
「なんてこった…」
『とんでもない盗難事件がありました。本日の未明,■■市の○○商店街にある大村時計店の外壁が,
重機のようなもので破壊され,中にあった耐火金庫が根こそぎ持ち去られる事件が発生しました。
警備保証会社が駆けつけるまでのほんの数分の間で犯行が成されていることから,
県警ではプロ集団による計画的な犯行と見て,捜査をはじめています…』
友人の言葉どおり,面倒見の良い営業マンはすぐに駆けつけた。
「大村さん,たいへんなことになってしまいましたね」
「…そんなことは言われなくてもわかっています」
「でもご安心下さい。当社の金庫,特に大村様にお買い上げいただきました“ゴッドシリーズ”
につきましては,このような事態に対しても十分有効に機能いたします。何せ本人様以外では
“絶対に”開けられませんから,中身は安全でございます。ご安心下さい。…それにしても不運な
犯人ですよ。これだけ手際よく盗み出しても,扉が開かなければどうにもなりませんからね…」
「そんなことはどうでもいい。私の金庫はいったいどこに行ったんだね」
「さあ,どこに行ったのでしょうか…」
以上 P.N.一光輝瑛
(1998年10月31日)
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