仲間たちのかたち
一光 輝瑛
『すごいな…5人も来てくれているよ…』
すべてはそんな感想からはじまりました。
私は,某大学の美術工芸部の部長をやっている,相原といいます。そんな私のお話です
(ちなみに,自分のことを“私”と書くようになったのは,高校の時に小論文の指導を受けたのが
きっかけだったと思います。本当は,“僕”でもいいんですが…なんだか安っぽい感じがする
今日このごろ?です)。
11月にあった,うちの大学での学園祭,まあ,仮に某大祭としておきましょうか
(防衛大学ではありませんが…)。そこで私達は毎年恒例の展覧会をやりました。
新館の4階でやったやつです。もしかしたらごらんになった方もいらっしゃったかもしれません。
まあ,内容はそんなに突飛なものではありません。各部員が自分の作品を持ち寄って,
それぞれに展示するんです。
…こう書くと,ずいぶん簡単なことのように感じられて,部員のみんなに怒られてしまうかも
しれません。やっている私達は実は命懸けなんです。特に,某大祭の前日なんてたいへん!,
作品の調整でみんなてんてこ舞い。本当はいまさら作品を変更することなんて出来ないはずの
陶芸セクションの人間までばたばたしています。,まあ,特に部長の私相原や,副部長の園田,
そして会計の内村なんて悲惨なものでした。自分達の作品なんて,本当は9月くらいに仕上がって
いるのですが,(ちなみに私は大きな油絵を描いて,展示室の入口付近に掲示させました,
どんなもんだい),私達の仕事はそれだけではありません。要は,他の部員達が不自由なく
展示できるように,場所の調整や,広報その他を引き受けているのです。それもこれもこの8月に
やった役員改選の賜物。半分押し付けられたような気もしているのですが,まあ,部長ともなれば
まんざらでもないんだな,これが。
一番たいへんだったのが,某大祭の実行委員との調整。うちの部は毎年新館の401大教室を
使っているのですから,素直にそのまま認めれば良いものを,「ここは公正に抽選を…」なんて
言いやがる。,まあ,結局は他の部の連中もうちの部の力は知っていますから,他に同じ教室の
使用を希望した部はなかったんですがね…,もし他の部にとられちゃったらOB連中に殺されるよ,
まったく…
「しかしすごいな。これだけ来てくれたらうれしいよな」
そう言ったのは私の“片腕”たる副部長の園田です。彼は陶芸のセクションだから,私とは
ブッキングしないのですが,芸術に関しては相当の実力を持っているのです。
「帝国経済大学の美術部なんて,はじめて聴いたよ。あの大学でも同じようなことをやっている
やつがいるんだな…」
二人で今回の某大祭の“ゲストブック”を見ていた時のことです。この“ゲストブック
”については,展覧会のたぐいをやったことがある方なら誰でもご存知でしょう。
「ぜひこちらにご記帳ください…」ってやつです。
うちの部では毎年この手のものを作っているのですが,今年は結構たくさんの人が
書きこんでくれたわけで,うれしくなって見ていた次第。,もちろん内輪の人間,
たとえばOBや友人達の記帳も多いわけですが,俗に言う“一般市民”の記帳がたまらなく
貴重なのです。住所と名前と感想を書いてもらうようにしているのですが,感想まで
しっかり書いてくれることなんて結構難しい。ましてや自分の作品に対する誉め言葉が書いて
あったときなんて…,いやあ,まさに芸術家冥利に尽きますね…
「帝国経済大って,あのK寺駅の近くにあるやつだろう」
「ああ」
園田副部長の言葉は続く。
「部員ってそんなにいるのかな…」
帝国経済大学のあるK寺駅には,うちの大学のある駅から2駅,結構近い駅なので,
交流があってもよさそうなものですが,不思議とうちとのつながりはありません。ただ,
幸いなことに私はその大学の学際に行ったことがありました。この5月のことです。
正直言って5月の学際なんて珍しいな,と思って行っただけだったんですが,これが
結構面白かったんです。真新しい校舎で異常な盛り上がりがあったのが強く印象に残りました。
美術部の展示は一通り見て,なかなかたいしたものだと思ったのですが,
そういえば誰にも話してなかたっけな…
「それにしても一つの部から5人も来てくれるなんてありがたいよな。しかもばらばらに
来ているようだし。…『うちの大学でも5月に展示会をやりますので是非見に来て見てください』
…って書いてあるけど,何かするか,相原…」
「ああ,その展覧会は前回見にいったけど,結構まともだったからな…」
“まとも”というとあまり誉め言葉には聞こえませんが,実はうちの部では結構誉めるときに
使う言葉。「ああ,かなりまともになったよね」,なんて使い方をします。
「しっかし,5月に学際ってのは珍しいかな…いっそのこと,共同展示でもやるか」
副部長のその一言が今後の運命を決めたのかもしれません。何を隠そう,我々?はその時期,
結構ひまなのです。就職活動を控えた(迎えた)4年生は別として,他の学年にとっては
学園生活で特筆すべきことなどありません。
『共同展示か,面白そうだな。その時期なら秋の某大祭とも重ならないですむしな…』
その時の私の率直な感想でした。
とりあえず,例の“ゲストブック”に山代さんという人の署名があって,肩書きとして
“帝国経済大学文化会美術部部長”と書いてありましたので,彼のところに電話をしてみました。
「もしもし,突然お電話して申し訳ないのですが,“某”大学美術工芸部の部長をやっております
相原と申します。この前はうちの部の展覧会に来ていただきまして,ありがとうございました…」
……
「…共同展示ですか,それは面白いですね,うちも部員の割にスペースが大きいとは感じて
いましたし,11月に展示会を持てるというのは魅力的ですから…」
「ではぜひ一度お話を…」
「申し訳ないのですが,うちの部では対外的なことは渉外担当の大倉という者が担当して
おりますので,そちらに連絡をお願いします。連絡先は…」
「もしもし,突然お電話して申し訳ございませんが,私は“某”大学美術工芸部の部長をやって
います,相原というものです。帝国経済大美術部の大倉さんですよね,今日は,山代部長さんの
ご紹介でお電話させていただきました…」
……
「共同展示会ですか,それは面白そうですね。私も,他の大学さんとの交流は持ちたいと思って
いたのですが,なかなか形式的なことばかりで……もちろん,この私の一存では決められませんが,
ぜひ前向きに話をして行きたいですね」
「では,ぜひ一度お話を…」
「そうですね,では一度わが部の部会にきてみてもらえませんか。そこならみんなが集まりますし」
「では,部会の日時と場所を…」
「はい。部会は毎週水曜日の午後にやっています。ただ,部会の運営については,うちの副部長の
成田という者が責任者になりますので,お手数ですが,そちらにご連絡いただけますか。連絡先は…」
「もしもし,突然のお電話で申し訳ございません。私は“某”大学で美術工芸部の部長をやって
おります相原と申します。今日は,帝国経済大学美術部さんの部会のことで,山代さんや大倉さんの
ご紹介でお電話させていただいたのですが…」
……
「はあ,共同展示ですか,それは面白そうですね。前向きに話をしたいですから,ぜひ一度部会に
おこしください。ただ,学際の展示会につきましては,うちの部の総務担当の遠山という者が
やっておりますので,そちらにも一報いれておいていただけますか…」
「もしもし,突然のお電話になりますが,わたくしは“某”大学美術工芸部で部長をやって
おります相原と申します。帝国経済大美術部の遠山様でよろしいんですよね,今日は,山代様,
大倉様,成田様のご紹介でお電話させていただきました…」
……
「共同展示ですか,それは面白いですね。ちょうど,来年の展示に向けての方向性を打ち出そうと
していたところです」
「それでは,ぜひ細かいところをご相談させていただきたいのですが,今度そちらの部会にも
お伺いする予定ですし…」
「たいへん申し訳ないのですが,現在,うちの部も各セクション単位での構成を検討中です。
そちらの内容と大きくかかわって参りますので,もしよろしければそちらを担当しております内務の
工藤という者がおりますので,そちらのものにご連絡いただけますか。連絡先は…」
「もしもし,突然のお電話になるかもしれませんが,私は“某”大学美術工芸部の部長で相原と
申します。今日は山代さん,大倉さん,成田さん,遠山さんのご紹介で,お電話させて
いただきました。実は…」
……
「共同展示ですか,それは面白そうですね。今,各セクションの調整をしていたところなのですが,
展示スペースは十分に確保できると思います」
「それは良かった。では,今度そちらの部会の方にお伺いさせていただきますので,ぜひ詳しい
お話を…」
「ちょっと待ってください。他の部と相乗りと言う形になると,OBがうるさいかもしれません。
うちのOB担当で細川という者がおりますので,そちらに連絡をとってみていただけますか。
連絡先は…」
「もしもし,突然のお電話ですがご容赦ください。私は“某”大学で美術工芸部の部長をやって
おります相原と申します。今日は,山代さん,大倉さん,成田さん,遠山さん,工藤さんのご紹介で
お電話させていただきました。実は…」
……
「…共同展示ですか,それは面白そうですね。おそらくOBも文句は言わないでしょう。
細かいところはわたくしの方で調整しますから大丈夫ですよ」
「では,今度部会にお邪魔いたしますので,ぜひ詳しいお話を…」
「ただ,うちの部の問題としては,現在財政状況が結構厳しくて…,何かモーションを起こすとき
には必ず会計担当に許可をとってからという決まりになっています。お手数ですが,
会計担当で神崎という者がおりますので,そちらに連絡をとってみていただけますか。連絡先は…」
「もしもし。突然のお電話になります。わたくしは“某”大学美術工芸部で部長をやっております
相原と申します。今日は山代様,大倉様,成田様,遠山様,工藤様,細川様のご紹介でお電話
させていただきました。用件は…」
……
「共同展示会ですか。それは面白いですね。確かに予算は厳しいですが,学際については比較的
融通がききますから,おそらく大丈夫でしょう。ぜひ,その話は前向きに…」
「では,今度そちら様の部会にお伺いさせていただきますので,詳しいお話を…」
「はい。よろしいですよ。ただ,共同で展示会をやるとなると事前に大学側への連絡が必要となる
ケースがありますから,その点については公務担当の杉崎の方にご一報いただけますか。
連絡先は…」
「もしもし。突然お電話させていただきました。私は“某”大学美術工芸部の部長の相原と
申します。今日は,山代さん,大倉さん,成田さん,遠山さん,工藤さん,細川さん,神崎さんの
ご紹介でお電話させていただきました。実は…」
……
「共同展覧会ですか,それは面白そうですね。大学の許可ですか?ああ,大丈夫だと思いますよ。
日頃からパイプは作ってありますので…」
「では,今度そちらの部会にお伺いさせていただきますので,その時にでも詳しいお話を…」
「そうですね。ただ,この話につきましては対外的な宣伝も必要でしょうから,さしつかえなければ,
広報担当の木山の方にご連絡いただけませんか。連絡先は…」
私は,さすがにたまらなくなって(よくここまで我慢したものです),もう一度,
山代部長の所に電話をしました。
「確かにうちの組織はわかりにくいところがあって,たらいまわしにしてしまったようですね。
申し訳ありません」
「どうしてこんな組織になってしまったのですか」
ちょっと差し出がましいかとは思いましたが,私はつい言ってしまいました。
「うちの部では,基本的には上級生全員に役職を任せるようにしています。私は部長ですが,
部長がすべてを統括するのは間違いだと思っています。それに,結構いいことがあるんですよ」
「それは何ですか…」
「この形にしてから,各部員の部の運営に対する姿勢が変わったんです。もちろん個人差は
ありますが,みんな熱心に組織のことを考えていますよ…」
日頃から“わがままなアーチスト達”にまとまりを求めることに悩んでいた私には,
言い返す言葉がありませんでした。
以上 PN 一光輝瑛
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