一光 輝瑛
「このポスターなのですが…」
「はぁ…」
全国チェーンの石油会社のロゴが入った制服。
緑色の強烈なデザインを身に付けた初老の男は,それでも威厳を保ってどっかりと立っていた。
一方,ダークスーツの若い男はどこかおどおどしていて,無理やりに
腰を低く装っているように感じられた。
「『城と未来のある町』ですか…」
「はい,これがこれからの町おこしのキャッチフレーズになっていまして…」
国道沿いのガソリンスタンドの店内,ちょっと古くなったスペースに,
石油ストーブの臭いが立ち込めていた。ガラス張りの向こうでは,アルバイトだろうか,
若い,それでもこの年上の方の男と同じ制服を着た男達が,忙しそうに駆け回っていた。
「今年から始まった町おこしのキャンペーンの,統一キャッチフレーズになっておりまして。
…お聞きになられたことはございますか…」
「まあ,見たことはありますが…」
初老の男は,いかにも『それがうちと何の関係があるんだ』といった雰囲気を言外に漂わせていた。
「広報誌の配布や,マスコミ…地方版ですが…への働きかけなどで,
これまでPRを図ってきたのですが,このたび,その一環としまして,
より多くの場所へのポスター掲示を行うことになりましてですね…」
「はぁ,そうですか」
「それで,社長さんの所へもお願いできないものかと…」
「…はあ,うちにこのポスターをね…」
「はい。ぜひ,町おこしの一環として,ご協力をお願いできませんでしょうか」
「…うちにですか」
「はい,お願いします。…と申しますのも,国道沿いのガソリンスタンドには
町以外のお客様もたくさんお立ち寄りになりますので,よいPRになるかと思いまして。
他のガソリンスタンドにもあわせてお願いさせていただいております。
ぜひとも,社長さんの所のガソリンスタンドにも,このポスターを…」
「…」
「!」
若い方の男,この町の役場の職員なのだが,
社長の顔が急に険しいものに変ったことに気づいて一瞬たじろぐ。
「…あのぉ…」
「ガソリンスタンド,だって!」
「はい」
「うちのことをガソリンスタンドと言ったな!」
「…」
「まさか,ここのことをガソリンスタンドだと呼んだのか!」
「はい…」
急に怒ったような口調に変化した社長の様子に,男は完全に逃げ腰になってしまっていた。
「ばかやろう!,ガソリンスタンドなんて呼ぶな! うちは,サービスステーションなんだ!」
「え?」
「え,じゃない。どこにガソリンスタンドなんて書いてあるんだ。
見てみろ,うちは○○石油公認のサービスステーションなんだ。きちんとSSと書いてあるだろう!」
「…」
「どこにガソリンスタンドなんて書いてあるんだ。気安くガソリンスタンドなんて呼ぶんじゃない!」
「…はい…」
男は,『まずいことになったな…』という感情を,ダイレクトに表情に出していた。
が,社長は止まらなかった。
「そもそも,うちはガソリンだけ売っているおきらく商売とは違うんだ。
洗車も,整備もする。タイヤも,オイルも売るんだ。ミニコンビニも併設している。
ガソリンだけ売っているガソリンスタンドといっしょにされたのでは迷惑だ!」
「…」
「だいたい,このごろのことだ。ガソリンの売上だけでは,もうけなど出るものか。
うちは,洗車の設備も,整備の設備も,どこにも負けないものを用意している。
俺は整備士の資格を持っている。タイヤメーカーとも提携している。
これだけ必死に商売をやって,それで初めて家族を養えるんだ。
一昔前の,親会社の顔色ばかりうかがっていたガソリンスタンドとは,
完全に決別した商売をしているんだ。
そんな俺に対して,ガソリンスタンド呼ばわりするとは何事だ…」
「ですが,社長さん…」
「なにが,ですが,だ。理屈なんてどうでもいい。
とにかく,うちはガソリンスタンドじゃない,サービスステーションなんだ」
「…」
「うちが売るのはガソリンじゃない。もちろん,ガソリンを注ぐのは事実だが,
ガソリンを通じていろいろなサービスを売っているんだ。だからサービスステーションなんだ!」
「……」
男は完全に圧倒されてしまって,体の重心が3メートルくらい後方に移動していた。
が,それでも暴走した社長の“怒り”は止まらない。
「おい,山田,ちょっと来てみろ」
「はい,社長」
社長に呼ばれて,もう一人やってくる。山田と呼ばれたその男は,社長と同じ制服を着ているが,
年はずいぶんと若く,おそらく四十前くらいであったか。
仕事の途中であるらしくオイルの臭いをぷんぷんさせていたが,表情自体は飄々としていた。
「山田。この若造に,うちの商売の何たるかを説明してやれ」
「はぁ…」
ちょっと困ったような表情の山田。一方,役場の男はますます不安そうに社長を見ている。
「山田。この男は役場から来たんだが,うちのことをよく知らずに来たらしい。
よく聞かせてやれ。うちは,いったい何を売る商売なんだ」
「…はい…」
山田は,ぽかんとした様子で役場の男の方を向く。
「はぁ,何を売る商売って,…ごらんの通りガソリンを売っていますが…」
「!」
「!?」
「?」
『…まだ先は長い…』
以上 PN 一光輝瑛
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