野崎たくまの素敵な研究室 2

 

                                  一光 輝瑛

 

 

 野崎からの電話は,いつも突然だ。昔からの話だから,いまさら驚いたりはしないのだが,

それ以上にそのタイミングの悪さにはあきれかえる。あ,もちろん悪気は無いのだが,こちらが

何かをしているときに限って呼び出しの電話があるのは,ある意味奴のせいなのかもしれない。

 土曜日の午後,前日3次会までつきあったのが災いして,私は再び惰眠の闇に入りこもうと

していた,そんな時。運悪く枕もとに配置されていた携帯が,けたたましく鳴り響いた。

…日頃は鳴るたびに楽しい気分になる着信のメロディーが,このときばかりは地獄からの

招待のように感じられた。いや,もしかしたら本当にそうだったのかもしれない。

相手は,もちろん野崎だ。

「おお,田代か。すぐ来てくれ」

 寝ぼけた私にその一言。もしかしたら夢の中の出来事かと思って,一瞬ためらう。ただ,

そのちょっと慌てたような声のリアリティーが,やはり私を現実の世界に連れ戻す。

「仕方ないな…」

 一人つぶやいて,ちょっとよろめきながら立ちあがる。向かう場所は,駅前の

ジャガーマンションだ。

 

「田代,これを見てくれ。これがなんだかわかるか」

 野崎が差し出したのは,中学生の時に英単語を覚えるために使ったような,…単語帳と

言っただろうか…手のひらサイズの紙の束だった。ただ,単語帳と決定的に違ったのは,

それに色がついていたことだ。めくってみると,全面青い色に染められていて,とても

単語帳としては使えそうにない。それが100枚くらいか,束になってリングでとめられて

いるのだが,全部同じ青,…いや,違うか。

「これは,色彩見本というやつだ。いろんなタイプがあるが,今回はこのタイプが使いやすいかと

思ってな」

 もう一度ぱらぱらとめくってみると,確かに同じ青でも少しづつ変化しているように見える。

端には小さく番号も打ってある。

「本当はこんなにたくさんあるんだがな」

 ドン,とテーブルの上に箱が置かれる。どうやら,中にはこれと同じ物が詰まっているようだ。

「微妙な色彩の違いも重要になるかもしれないから,とりあえず用意してみたんだ。

まあ,今日のところはそこまで厳密にやらなくてもいいんだが」

 

「着色の実験だって? なんだそりゃぁ」

 一方野崎は胸の前で手を組み,テーブルにおろしている。

「着色といっても,単に色をつけるだけの実験じゃない。異物質の付着や,化学変化を

ともなわずに色を変える実験だ。いわば,“非化学色彩変化”とでも言えるかな」

「“非科学”…」

 正直言って,野崎の口から“非科学”という言葉が出るのは意外でもあった。

「ひかがくと言っても,その非科学じゃない。つまり,化学,ばけがく的にはまったく

変化をともなうことなく,物質の色彩のみを変えてしまおうという実験だ」

「…」

「これができれば,塗装や着色,はたまた食品の業界に衝撃が走るぞ。ペンキも色粉も

いっさい不用だ。それでいて,ものの色が自由に変えられるんだ」

「…色を自由に。で,どうやって」

「そこがこのアイディアのポイントだよ。物質の表面に,分子レベルでの形状変化を生じさせ,

反射する光の波長を変える。もちろん,反射光の波長とは目に映る色彩そのものだから,

これで色が変わる。…まあ,こう言うとずいぶん簡単な技術のように聞こえるかな」

「…よくわからないな…,で,それで装飾でもするのか」

「ある意味装飾と言えるかもな。ただ,別に意味も無く色塗りをするわけじゃない。たとえば,

食品で言えば,これをつかえば危険といわれる合成着色料はいっさい不用。それでいて,

食品の色はより,まるで,新鮮であるかのように変わる。リンゴでも,かまぼこでも,

…活きた魚でもいいわけだ」

「…売れる,か」

「もちろん。売れるから作るんだ。まあ,実験装置は奥に準備してある。来てみろよ」

 

「まだプロトタイプだから,ずいぶんと大型のものになってしまったんだが…」

 野崎はそう言って申し訳なさそうに私をみるが,確かにその言葉に嘘は無い。

かなり大きめの部屋に入ってきたが,入り口から見て奥の方に,何やらメカニック丸出しの

大きな機械が横たわっている。いくつかのパイロットランプが鈍く輝き,細かい起動音を

たてていた。

「今日,さっそく実験ができるように調整してある。準備は完璧」

「そこで俺を呼んだ,と」

「もちろんだ。実験を客観的に行なうには,傍観者が必要だからね」

 …私一人呼んだところで,それが客観的に見て“傍観者”に該当するかどうかは,

はなはだ疑問ではあったが…

 

「さて,実験の対象物だが…」

「そうそう。いったい何に色をつけるんだ」

 野崎は,テーブルの下からゆっくりと箱を取り出す。白い箱が4つ。ちょうど,

ティッシュペーパーの箱くらいの大きさで,まったく同じ形状のものが4つである。

「その実験の対象だが,実験が科学的に見て恣意的なものでないためには,特定のものに

限定してしまったのではいけない。そこでだ。この4つの箱の中に,それぞれ4種類のものが

入っている。このうち,どれを使って実験をするかは,田代,君に選んでもらう」

「…俺が選ぶのか」

「そう。そうすれば,実験の対象物の選定について,恣意性は無くなる。なにせ,実験の内容を

知らない人物が選ぶのだからな。そして,それを完全にするために,対象物は箱に入っている。

外からは何が入っているのかわからない。これを開かずに選択することで,結局対象物選定には

二重のランダムファクターが介在することになる」

「…つまり…」

「つまり,科学的に見て,公正な選択ということになるんだ。さあ,やろうか」

 野崎は,テーブルの上に置かれた4つの箱を,シャッフルし始める。隣を交換,

そしてまた交換,ってやつだ。やっている野崎がやたらと楽しそうに見える。そして,

箱の中身は何だろうか,動きにあわせてゴロゴロと鳴る音が気になる。

「さあ,どれにする」

「…どれでもいいんだろう」

「さあね。もしかしたら,この選択が科学史を塗り替えてしまうかもしれないからな」

「…ええっと,これにしよう」

 こんなもの悩んでも仕方がない。私は一番右の箱を指差す。

 すぐに野崎は箱を開け,中から…

「おお,ジャガイモか…」

 中からはポテト,ジャガイモが出てきた。すでに二つに切ってあって,断面が見えている。

「ちょっとありふれた感じはするが,まあ公正な選択の結果だ。いいだろう」

 そう言い残して,ジャガイモを持った野崎は機械の方に歩く。

 …どうしても気になった私は,ちょっとした呵責を覚えながらも,残りの3つの箱を開けてみる。

 科学の,“実現されなかった選択肢”として箱から出てきたものは,サトイモ,ヤマイモ,

サツマイモであった。…ううむ…

 

 

            NOZAKI , the scientist

              2nd impression

 

 

「機械の調子は万全だ。まさに最高の結果が出るお膳立ては整った」

 野崎のその一言は,私に呼びかけたものか,それとも独り言か…

 野崎は機械の横で操作盤と対峙していた。私は“傍観者”として,少し離れた椅子に座っている。

先ほどのジャガイモは,操作盤とは反対側に固定されていて,断面に向かって何やら怪しい光が

照射されている。

「いよいよだな…」

 今度は完全な独り言。野崎は白衣の襟を正し,そしてこちら側に向く。

「田代,いよいよはじめての本格実験。つまり,世紀の一瞬だ。こちらに来て,いっしょに

見ておいてくれ」

 その一言で,私にまで緊張感が走る。無意識に手の握りが強くなり,爪が食い込むようだが

それでも握ってしまう。

 

「さあ,行くぞ。着色開始だ!」

 いきなり野崎が大きな声を発したので,私は驚いてしまう。彼はとってつけたようなレバーを

思いっきり倒し,そしてかけ足で機械の反対側,すなわちジャガイモのところに向かう。

 一瞬遅れをとるが,私も追いかけて野崎の左横からジャガイモをのぞき込む。

 

 照射される光が強弱に波打つ。そして,一気に明るくなる。ジャガイモのみずみずしさに光が

跳ねかえり,まぶしささえも感じる。だが,野崎はそれにもかまわず,瞬きさえ厭う雰囲気で

それをみつめる。

 

「ああっ」

 二人の驚きの声が重なる。それまで光を受けて白く輝くだけだったジャガイモが,

一瞬ピンク色のヴェールをかぶったかと思うと,一気に濃い赤に変色した。まさに,

太陽が昇るような色彩の変化。急な変化に目の錯覚かとも疑ってしまうが,そうではない。

確かに,赤く染まったジャガイモの断面がそこにある。

 

「…すごい…」

 私はさすがに感心して,感嘆の声をあげ,そして野崎の方を向く。が,

 

「違う,違う。どうしてこうなるんだ!」

 再び野崎の強い声が耳をつんざく。あまりのことに驚いて後ずさりする私に,まったく

構わずに振舞う野崎。一目散にコントロールパネルに走りこみ,計器類を一通り見渡す。

「ない,ない,ない。どこにも異常なんかない。なのにどうして,どうしてだ」

 野崎は歯をくいしばりながら,もう一度計器を見渡し,舌打ちする。そして,怒ったように

パネルのボタンをたたく。

 

 ビューン,。驚くような音。そして一瞬にして消える計器の灯り。フェードアウトする機械音。

 

 完全に停止した機械を前に,野崎が大きく息をつく。立ち尽くす白衣の男。そして,動きを止め,

その無機質さがますます強調される機械。

 

「失敗,失敗だ。どうしてこうなるんだ。理論上,色は青,青く染まるはずなんだ。しかしなんだ。

どうして,まったく違う色に染まってしまうんだ…」

 

 照射される光はすでに消え,ジャガイモ,その“対象物”は,何事も無かったかのように

そこに停止している。

 

 目の錯覚ではない。恐ろしいほど深紅に染まっている。

 おそらく,科学の成果として…

 

   以上        PN 一光輝瑛

 

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