野崎たくまの素敵な研究室 3 (前編)
一光 輝瑛
「おいおい,こんなところ借りてしまって,本当に大丈夫なのか?」
それは,私の正直な感想だった。今度の野崎からの呼び出しは,珍しく時と場所を
指定したものであったのだが,私の発想でいけば,そこはずいぶんとんでもない場所であった。
よく考えてみると,例のマンション以外の場所でこの男に会うのも珍しい。
海から吹いてくる強い風が,春のはじめの薄着を揺らす。だだっ広い空に,白い海鳥が舞う。
そして,黒いアスファルトの上に,白衣をなびかせながら,その男,野崎が立っている。
「それにしても,飛行場を貸切なんて…」
「はは,貸切と言っても,この補助滑走路だけさ。しかも,この飛行場は,新空港ができて以来,
コミューターやアマチュアだけが使っている空港だから,本当なら全部買い取ってもいいくらいだ」
「でも…」
「どうしても,長い道路が必要だったものでね」
恐るべきはこの男の発想か,それとも野崎家の財力か?
「今度の実験は,今回開発した“空間作用型ブレーキングシステム”の起動実験だ」
「ブレーキ!?」
「そう。突き詰めて言えば,そういうことだ。最も商品化に近い発明でもある」
補助滑走路の上に設定された,一直線の道。黒いアスファルト,そして描かれた白線。
数人の男達…そろいのユニフォームが空港の作業員を連想させるが,
おそらく野崎が雇っている補助員達だろう。
「これまでのブレーキの発想は,結局のところ,機械的にタイヤを止める。
そして,そのタイヤが道路との摩擦で車体を止める。まあ,こんなところだ」
「…」
「しかし,今回開発した“空間作用型ブレーキングシステム”は発想からしてまったく違う」
「なんだか,ものすごい名前だな」
「すごいのは名前だけではないさ。名は体を表す。その仕組みを聞いてくれ。つまり,その名の通り,
現状の三次元空間に直接作用し,その中の特定の一点で瞬時に停止する。このシステムだ」
「な…」
「はは。いきなり難しすぎたかもな。まあ,詳しい理論的説明をはじめてしまうとキリがないから,
とにかく物理接触に頼らない完璧な停止システムだということだけ理解してくれ。そして,見てくれ!」
野崎は実験道路の方に歩き始める。その先には,一直線の道。片方に,車が待機している。
…見るからに実験用の車。車体はどこかで見たような車だったが,装飾をまったく無視した
カラーリング,そしてはみ出した実験装置,のようなもの…
車の横にいた作業員が,こちらを見て旗を上げる。野崎はトランシーバーで,何か指示を出す。
「さあ,実験の開始だ。世間の物理法則に衝撃を与える,運命の瞬間だ」
果たして,世間一般に物理法則が意識されているものかどうか疑問ではあったが,
野崎の強い口調,そして輝く目は疑問の介入を許さないものであった。
相変わらず風が強い。野崎,そして私は,少し高くなった台の上にある,
“監視用ブース”に入る。吹きさらしのその台には,たくさんの実験用の計器が並んでいる。
野崎のマンションでいつも見ているような計器類がやたらとたくさんあるが,
野崎が一通りチェックしているのを見ると,それぞれ意味があるのだろう。
野崎がもう一度トランシーバーに向けて何かをしゃべる。車のところから,もう一度旗が上がる。
「さあ,田代,これからが本番だ。よく見ておいてくれ」
そうつぶやく野崎は,まったくこちらを向かず,じっと実験用道路の方を見ている。
もしかしたら,自分に言い聞かせているのかもしれない。
赤い旗が振り下ろされるのと同時に,その実験用の車がスタートする。一直線の黒い道。
無人のその車は加速して行く。,速い!
その前方には,太い白線がひいてある。おそらくあれがこの“ブレーキングシステム”の停止位置か。
「!」
野崎の体に,一瞬力が入ったのがわかる。そして,私の体にも。
「あっ」
発せられた私の声を振りきるように,その車はまったく速度を緩めることなく,
その直線を通過した。
野崎は呆然と走り去る車を見る。
「おい,止めないと」
「…無駄だ…」
NOZAKI, the scientist
3rd impression A
ズッガァン,ドドド…
けたたましい轟音を響かせ,その車は道の終わりに作られていたコンクリート壁に激突。
そして,噴き出した激しい炎とともに真っ赤になった。
「!」
野崎が急に我に帰ったかのように,手許の計器を見始める。再び強風がその白衣を揺らすが,
構わず首を動かし,手を動かす。
「初歩的なミスか…」
作業員の男達は,慌てふためいて消火作業に追われるが,壁が遠く設置されていたせいもあって,
消すよりも燃え尽きる方が早かったようだ。一部崩れた壁,黒焦げの車の残骸,そして取り囲む男達。
「まあ,いい。本質的な影響はない」
そうつぶやいた野崎には,失敗,明らかにそうだったが…の影響はないように見えた。
じっと見る私のほうを向き,野崎は話しかける。
「初歩的な,センサーのトラブルだよ」
「ずいぶん派手な失敗だったな」
野崎の表情を見て,私は遠慮なく浴びせる。
「ああ。確かに派手だったな。まあ,安っぽいアクション映画よりは立派なものだろう」
「高くつくな」
「はは。これまでかけてきた費用に比べれば,安いものさ。それよりも,時間的な損失が痛いな。
とりあえず,再実験は明日になるからな」
「再実験!,明日すぐにするのか」
「当然だ」
野崎は,トランシーバーで連絡をはじめる。向こうの男はずいぶんと興奮しているようだったが,
野崎はいたって冷静だ。細かく指示を出す。どうやら,燃えた車を撤去して,
もう一度実験のできる環境に戻すよう,命じているようだ。
「田代,悪いが,明日も来てくれ」
「ああ。しかし,ずいぶん早いな」
「不測の事態に備えて,二号機,三号機,四号機まで準備してある。一つ二つ炎上したところで,
影響は少ない」
「…予備があるのか」
「そうだ」
クレーン車が出動し,残骸の撤去作業が始まったようだ。…あんなものまで準備してあるのか…
「…予備があるから,失敗したのかもしれないがな」
「はは,二本目の矢を持つな,ということか。ずいぶんふるくさい格言だな。しかも,ナンセンスだ」
そう言うと,野崎は手許のスイッチを入れる。ブーンと音がして,計器類が再起動をはじめる。
「後がないと思う精神的な集中。そんな非科学的なもののために,せっかくのチャンスを
無駄にするのか」
「…」
「我々科学者にとって,激しい競争を勝ち抜くことも大切なことだ。今こうしている間にも,
同じ実験をしている同業者がいるかもしれない」
「同じ実験を…」
私には野崎と同じ発想の科学者が他にいるとは思えなかったのだが…
「二番目の発明には何の意味もない。ほんの少しの差でも,すべてが灰燼に帰す。
オールオアナッシングだ。…今回の失敗の痛さはそこだ。これでまる一日は成功が遅れる。
それに比べれば,機械の損失などたかが知れている」
「しかし…」
「いいか,田代。科学なんて,しょせん宝探しみたいなものさ。早い者勝ちなんだよ」
野崎は手許にキーボードを手繰り寄せ,打ち込みを開始する。
「今夜も徹夜で調整だ」
野崎はもう一度こちらに振り向く。
「なあに,失敗の理由はわかっている。明日こそは,輝かしい成功を見せてやるよ」
『しょせん,宝探しみたいなものさ…』
続く
1999.03,22 PN 一光輝瑛
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