野崎たくまの素敵な研究室 3 (後編)

 

                               一光 輝瑛 

 

「昨日の失敗は,つまりこういうことだ」

 実験用のブース。吹きさらしの環境に,今日も強い風が吹き込んでいる。

「この部分にセンサーが組み込まれているのだが…」

 いつの間に用意したのか,野崎の手には,実験用車両のものらしい模型が乗っていた。

野崎は昨日と同じように長い白衣に身を包んでいたが,パリッとしているところを見ると,

どうやら同じものを何枚も持っているらしい。一方,私は風に備えて,まるで

真冬のような厚着であった。

「…つまり,この実験において,ブレーキシステムの起動は,センサーによって

自動的に行なわれる形になっている」

 野崎はその模型をひっくり返して見せるが,細かくてよくわからない。

「リモートコントロールによる停止信号でもよいのだが,それよりも地面のシグナルに反応する

センサーを用いた方が,より正確に停止運動の基点を設定できるからな」

 野崎はもう一度その模型の底を指差す。

「…で,要はそのセンサーに異常があったということだな」

「その通りだ。停止信号が発信された形跡がまったくない。つまらない初歩的ミスだが,

ミスはミスだ」

 野崎は,ゆっくりとその模型を置く。

「まあ,どんなに完璧なブレーキシステムでも,停止信号が出なければ機能しない,ということだ」

「…」

 

 実験用の計器は,鈍い音と,やや不気味な光を放っていた。かすかに変化してゆくデジタルの数字。

そして左右に振れる針。

 野崎は,オペラグラスを持ち出すと,実験用車両の方を見る。

「思ったより,時間がかかるな…」

 両手を下ろし,もう一度つぶやく。

「…まあ,慎重にするよう,指示は出したのだが…」

 指示!?,そう言えば,野崎はどうしてこちら側にいるのだろう。

「…」

「ああ,メカニックな部分は全部彼らに任せてある」

「…そんなものかな」

「素人に見えるかもしれないが,彼らは工学部のエリート学生達だよ。いくらなんでも,

自動車のメカニックまで研究していたのでは,俺も身がもたないからな」

「と,いうことは,ブレーキだけ野崎が作って,後は学生達に任せたわけか」

「ああ。分業だよ。センサーも含めてね」

「…」

 

 野崎の表情は重かった。自信に満ちたその口調,そして目の輝きはいつも通りだったのだが,

どうやら前言通り徹夜明けであったらしく,眼の下に隈,そしてどこか翳りがあるようにも見えた。

駆りたてられる男。果たしてその情熱はどこから来て,どこに向かうのか…

 

「見ていろよ,今日こそは,世紀の一瞬を見せてやる…」

 やはり,自分に言い聞かせるような言葉であった。

 

 トランシーバーから,ノイズにも似た声が聞こえてくる。そして,赤い旗が上げられる。

 野崎の表情はいっそう引き締まる。そして全身をいっそう硬くするのがわかる。

 

 ゆっくりとトランシーバーを持ち上げ,もう一度遠方,その方向を眺めるしぐさ。そして…

「実験開始だ」

 

 

        NOZAKI , the scientist

         3rd impression B

 

 

 実験車両のエンジンがかけられたのか,鈍い音が伝わってくる。

その一号機と同じカラーリングの二号機は,かすかに震えるようにも見える。

 ふと気づくと,無意識のうちに手を握りしめていた。じっとりと汗の感触…

 

 赤い旗が振り下ろされるのと同時に,車が発進する。やはり速い!

 車は,運命の白いラインめがけて一直線に加速してゆく。

 

 息が止まりそうな緊張感,そして,

 

「!」

 

 白いラインに突入した車が,一瞬緑色の光につつまれたように見える。そして…

 

 バリバリッ,ズガガァ

 

 一瞬何が起きたのか理解できなかった。次にその車を包んだのは,恐ろしいほどの赤い炎。

爆発と言っていいほどの,物凄い轟音。

 

 もう一度見る。その運命の白いラインの上で,再び残骸と化した車が,炎を吹き上げていた。

 

「すごい,すごいぞ!」

 

 一瞬の沈黙を突き破って,野崎の声。凍りついた私を突き動かすかのように…

 

 恐ろしいほどのスピード,そしてパワーを感じさせる動きで,野崎は手許のキーボードを叩く。

「すごいぞ,完璧だ!」

 

 遠方では,そろそろ燃え尽きようとしている残骸のまわりに,作業員の学生達が集まりつつあった。

手に手に消火器を持った慌ただしい動き,一方,野崎は歓喜の表情で計器に向かう。

 …私だけが,その存在を忘れられでもしたかのように,その場に立ち尽くした。

 

 ブゥウン

 鈍い音をたてて,モニター画面が点灯する。野崎がキーボードを叩く,カチカチと言う音が妙に響く。

 やがて,画面にはさきほどの車が映し出され,発進する。録画画面か?

 

 反射的に,私の目はその画面に吸い寄せられる。そして野崎も。

 走る車の画像。しかし,例の白いラインにさしかかったところで,画面が一時静止し,

そしてコマ送りがはじまる。操作しているのは,もちろん野崎だ。

 

「ここだ!」

 

 やたらと響く野崎の声。ピタリと停止する画面。

 モニター画面は,例の車を映し続けていたが,やたらと緑がかった光が目につく。先ほどの緑。

気のせいではなかったのか…

 

「これだ,これ。すごすぎるぞ,これは」

「…」

 恐ろしいほどの歓喜の男。言葉を挟むこともできない。が,

「おい,行くぞ」

 

 野崎は,ブースを一気に飛び出して,どこにそんな力があるのかと思わせるほどの勢いで,

その残骸めがけて走り始めた。

「!」

 私も慌てて追いかけるが,とても追いつかない。

 再び強い風が,野崎の白衣を吹き上げるが,構わず走る男…

 

 焦げくさい臭い,そして相変わらず強い海風。作業服を着た男達は,ある意味呆然とした表情で,

その焼け落ちた残骸を囲んでいた。早くも,クレーンを手配しようとした男がいたが,

野崎が右手で制す。

「安心してください。実験は成功です」

 

 野崎は残骸のタイヤであったところにかがみ込む。焼け焦げた車体は,前方に向けて

ひきちぎられたように変形し,ところどころ裂けたようになっていた。

 野崎は再び立ちあがり,ちょっと後ずさりして,全体を見る…ちょうど,

美術館で絵画を見るときのように。

 

「見てみろよ,田代。完璧にねらいの場所で停止している」

「…」

「車体の変形でわかりにくくなっているが,中央に設置しておいたシステムの根幹部分は,

寸分の狂いなく線上で停止している」

 野崎の言葉を裏付けるように,無残につぶれながらも,車の中心部,

通常人が乗る部分のスペースは,そのままの容積を維持するかのようにそこにあった。

「しかも,君も見ただろう。空間に直接作用していることを示す,あの光を」

「!」

「“空間作用型ブレーキングシステム”の実験は,完璧に成功した。完璧にね」

 

 まわりの学生達は,皆一様にぽかんとした表情で,この白衣の男を見ていた。

「しかし,この爆発は…」

「ああ,これか。これは空間停止によって,運動中の物体が持っていたエネルギーが一気に

放出された結果さ。運動エネルギーが熱エネルギーに変換されたということだ」

「…しかし,使うたびにこんな爆発が起こるようでは,実用化が…」

 

「実用化!?,そんなもの,商品化するときにエンジニアか誰かが考えればいいことさ」

 

 以上

     1999.03.22 PN 一光 輝瑛

 

 

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