復権の焦燥

 

 

                   一光 輝瑛

 

 

 目の前の男は,谷山君の持つ“社長”のイメージとはずいぶん異なった様相を見せていた。

“社長”といえば,少なくとも中年以上で,恰幅の良い腹と,やたら高級そうなスーツ,

そんなイメージであったのだが…

「君が谷山君だね。,はじめまして。東山と言います」

 

『就職口を探しているなら,俺の友人に会ってみないか』

 近所の長谷川さんの,ふと思いついたような一言で,結局会うことになった二人の男。

片方の谷山君は,数ヶ月前に会社を辞め,結局就職浪人と一緒になって次の職を探していた。

一方,東山というその男は,曲がりなりにも社長という肩書きを持っていた。

「…」

 無邪気な顔ながら,それでも油断の無い目つきで東山を見る谷山君。

一方,東山はずいぶんと余裕のある雰囲気で,谷山の数センチ上方に視線を置く。

「はじめまして…」

 谷山君の視線はますます視線を深める。必要以上に明るい色を含んだ紺色のスーツ,

けばけばしいくらいに派手なネクタイ,やたら目立つ金色の腕時計。

少なくとも,谷山君が前職の大企業では見かけなかったタイプの,

しかも,想像以上に若い男であった。

「わが社の話を聞いてもらえるとは,たいへん光栄ですよ,谷山君」

 

 

「君のことを聞く前に,まず,わが社の話,そして私の話を聞いてもらいたい」

 意味ありげに笑った東山氏の口元には,なぜか予想外の自信らしきものが感じられた。

「まず,わが社の基本理念だが…」

「…」

 谷山君は,無意識のうちに,なぜか半身を乗り出してしまっていた。

「わが社の基本理念は,既存資源の有効利用にある」

「?」

「はは,いきなり言っても解らないかもしれないな」

 東山氏は,もったいぶるかの様に,手元のアイスコーヒーをかき回して見せる。

「これまでのわが国に欠けていた発想なのだがね」

「…」

「谷山君,君は,今自分の身の回りのある,自分のモノ,これがどのくらいの価値があるか,

それを考えてみたことがあるかね」

「自分の物…」

「現在の日本には,各個人のベースでも,たくさんのモノがあふれている。

車はもちろん,家電製品,洋服,家具,日用雑貨」

「…」

「日本人は,周囲にあふれる物質によって,自分の支配欲を満たし,

それで豊かになった気分になっている」

「気分に…」

「だが,そこに大きな落とし穴があることに気づいている人間は少ない。

本当に我々,日本人は,周囲の物質によって豊かになっているのか?」

「!」

「別に,理念的なことを言うつもりは無い。確かに,物質が周囲を満たすこと自体は,豊かさの象徴だ。

だが,その物質的な豊かさが,たとえば,アメリカの場合と比較して,

本当の豊かさに直結していないことが,我々の悲哀の根底にあるのだと思う」

「…」

「そうだな,たとえば,君が,3万円のテレビを,今日買ったとしよう」

「3万円のテレビ」

「そうだ。3万円のテレビを買った君,谷山君は,それを一週間使って,

来週,やはり必要なくなって,誰かに売ることを考えた」

「誰かに売る」

「そうだ。さて,もともと3万円のテレビが,いくらで売れるだろうか」

「…」

「もちろん,3万円では無理だ。しかしながら,たとえば1週間分の使用分を差し引いて,

2万9千円で売ることができるだろうか?」

「無理でしょうね」

「そうだ。だが,本当のことを言えば,3万円で,普通に使えば7〜8年は使えるテレビだ。

本来なら2万9千円でも安いくらいだろう」

「それは…」

「しかし,実際にこれを売るとなると,おそらく,1万5千円とか,

1万円とかになってしまうのだろうな,…今の日本では」

「…」

「ここに,日本の物質的豊かさの,その落とし穴がある。

新品で買った物品でも,少し使っただけで,その使用期間相当分以上の価値下落を

受け入れざるを得ない。もっと言えば,金銭を物品の形に変換した時点で,

その金銭的価値は大きく下落してしまう,ということになる」

「…」

「金銭とは,そもそも物質に変換するために存在する価値のはずなのに,

それを物質に変換することが,金銭の所有者にとって大きなロスになってしまう。

このことは,金銭を物質,商品と交換することを阻害し,

さらには貨幣経済の円滑な流れを阻害してしまう。

結局一度買ってしまった商品は,友達に売りさばくか,質屋で流すしかない」

「そんな…」

「さて,こんな理不尽な現象は,果たしてどこから生じたものなのだろうか」

「…」

 谷山君は,ちょっと困惑した表情になって,それでも,東山氏の表情を追っている。

東山氏はそんな谷山君の表情に気づいたらしく,口元でちょっと微笑み,それでも同じ口調で続ける。

「ちょっと理念的だったかな。だが,わが国では,事業企業のレベルでは認められている

減価償却の概念が,一般個人のレベルでは認められていない。このことは知っているだろう」

「はい」

「つまり,金銭が商品に化けて,個人の手元に移ったとき,そのものは明確なルールの無い

底なしの下落にさらされることになるのさ」

「底なしの…」

「そうだろう。たとえばさっきのテレビで言えば,数年使用した物については,

さらに減価が進み,市場価値は限りなくゼロに近づく。…まだ何年も使えるというのに,

それを評価する価値基準だけゼロになるのさ。

せっかく減価償却の会計基準を作っても,それを活用するのは銀行と航空会社くらいさ」

「…」

「谷山君,君は,この現象について,どう説明するかね」

「それは…」

「私は,そして,私の会社は,この現象を,日本人の行き過ぎた処女信仰と,

それによる市場の未形成のせいだと断定するね」

「処女信仰…」

「パッケージを開いた瞬間に,それは,使い古しになる。そして,誰かの手垢のついた商品は,

他の誰かにとっては,非常に価値の低いものになる」

「…」

「ばかばかしいと思わないか。経済合理主義的に言えば,リユースであっても,

同じ機能と同じ耐久性を持てば,若干の価値減少ですむはずだ。

それなのに,この社会では,その価値は認められにくい。つまり,新品優遇,“処女信仰”ってことさ。

そう言えば,いまだに企業でも“生え抜き”ばかりが優先されているね」

「…」

 すでに離職を経験し,“生え抜き”の道を放棄してしまっている谷山君にとっては,

異常に響く言葉であったか。

「この状況に対処するにあたり,我々は,市場の醸成を願い,その実現に向け活動する。

つまり,行過ぎた処女信仰を打破するためには,マーケットの形成を図るのが一番,

という発想なのだがね」

「市場…」

「アメリカが良い例だ。新品だけでなく,中古市場も発達し,あらゆるものでそれが成熟しつつある。

このことは,各個人のレベルで言えば,所有する資産の処分が容易になることを意味するが,

経済的には,資産の流動化の促進を意味している」

「!」

「新品だけを優先するのではなく,すでに保有された資産も的確に評価することにより,

市中の金銭と財の互換性は飛躍的に向上する。個人の財産は,それがどのような形をとっていようとも

適正に評価され,偶発的な価格形成,商売人優先のアンバランスな市場価格を排除できる」

「それで…」

「国民経済はより理想的な形に近づき,そして,人類は理想的な成熟に,また一歩近づくのだよ」

 

 

「…」

 しばらく,いや,実際はそれほどの時間ではなかったのだが,それでも,

谷山君にとっては長すぎるほどの時間が流れた。

東山氏は,言いたいことをすべて言って満足なのだろうか,じっと谷山君の方を見ている。

「それで…」

 谷山君は,圧倒された雰囲気ながら,それでも何とか口を開く。

「それで,東山さん,あなたの,あなたの会社の仕事は,具体的には何なのですか…」

「あ,仕事かね」

 東山氏は視線を動かさず,まさしく自信満々の表情で,しっかりと続ける。

「現在,我々の展開している仕事は,いわゆるファミコンショップだ」

「!,ファミコン,ですか」

「そうだ。多種にわたる,いわゆるゲームソフトをはじめ,CD,DVD等のソフトのうち,

個人あるいはレンタルショップで使用されたものを買い取り,

それを再び商品として販売する,それが現在のわが社の業務展開だ」

「…」

 

「…結局,そうなってしまうのですか…」

 

 

 以上 PN 一光輝瑛

 

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