黎明の創造

 

                                一光 輝瑛

 

 広いとはいっても限度のあるオフィスに,さらに7つめのコンテナが運び込まれた。

また砂川の仕業である。

 『たとえ型破りでも,斬新な発想と行動力を期待します』というのが,このプロジェクト開始時の

社長挨拶ではあったが,それにしてもこんなとんでもない男が混じっているとは,

ほかのメンバーには想像できなかったに違いない。

 

『コンピューターの西暦2000年問題に対し,抜本的・最終的な解決策を提案する』,

これが今回結成されたプロジェクトチームに与えられた命題であった。

とある国内コンピューターメーカーの,社運をかけた一大事業としてはじめられたこのプロジェクトは,

躊躇しない資金供給による贅沢な研究投資を約束したものであり,同業他社ならずとも,

強い関心をひかれてしまいがちな魅力的な計画であった。国内を中心に優秀な研究者達が

法外な報酬で引き抜かれた。本社,関連会社を問わず,最新の情報・研究成果はリアルタイムで

集められた。時間以外の経営資源が,惜しげもなく投下されたのだ。

 

 思わずみとれてしまうような,鮮やかなキータッチで入力を続ける研究者達の中で,

砂川の行動だけはあまりにも型破りであった。

 『研究の一助』として最初に持参したかばんの中には,“マイピロウ”つまり自分専用の

枕が詰まっていた。『枕が変わると眠れないんです』というのが彼の言い分ではあったが,

旅行ではない,研究・仕事だ。

 自分専用に設置された,最新のパソコンを前にして,彼は聞き耳をたてた。いや,

文字通りの話だ。彼はキーボードもマウスもそっちのけで,パソコンに耳をあて,

そのままずっと音を聞き続けていた。『五感をフルに刺激して…』というのが彼の主張であったが,

「目でピーナツを噛むようなものだ」というのが“同僚”のうち某氏の発言であった。

 そして,プロジェクト開始後三日を経て投入され始めたのが,例の正体不明のコンテナであった。

 

 研究者達は,自然発生的に共同作業をはじめていた。左右のものがデータを交換しあい,

それがさらに大きな輪となってゆく。テーマだけが与えられて,あとは各個性の自由に

任せられていたこのプロジェクトも,強烈な時間制約の前に,早い時期での

一本化が図られていったのだ。…一人の男を完璧に除外して。

 

 夕方,モニターからの作動音が部屋の空気に共鳴し,あとは軽快なキータッチの音だけが

聞こえるオフィスで,その男の,恐ろしいくらい平和な寝息が流れていた。モニターの前で伏し,

その両手で枕にしがみつくようにしながら,一人完全に眠りの世界に突入しているのは,

やはり砂川である。が,その寝息の調子がちょっと変わったかと思うと,一瞬にして顔を上げ,

間髪入れずにその“枕もと”に置いてあったノートを手繰り寄せる。

…ペンもうまく配置してあるところを見ると,どうやらはじめからそのつもりで

準備をしていたらしい。

 砂川は恐ろしいほどのスピードでノートに何かをかきなぐりはじめる。つい今まで“居眠り”

していたのが嘘のような活力がみなぎっていた。勢いよく書いてはすぐにページをめくり,

また書く。得体のしれない時間との競争がここにもあった。

「ふぅ,」

 砂川の“ひと段落しました”といったようなため息が,比較的静かな室内に響く。

そして,彼の右手は活動を停止し,彼の目は宙空をみつめたままおよぐ。

 

「どうだ,調子は」

 そんな砂川に近づいた男がいた。同じプロジェクトのメンバーで,

彼とは昔からの知り合いでもある黒田であった。

「ああ…」

 一瞬怪訝そうな表情をした砂川も,黒田の姿をみとめると安心したような顔つきに変わるが,

それでも心ここにあらずか,うつろな目つきであった。

「ずいぶんと勢いがあったが,何かいいアイディアでも浮かんだのかな」

「…さあ,どうだろうな」

 そう言って砂川はもう一度ノートを持ち上げ,そして半分独り言のようにつぶやく。

「…つかみかけているんだ。そんな気がするんだ…」

 

 砂川の両手が驚異的なスピードで動き始めた。雷鳴のようなキータッチ音が響いたかと思うと,

次に画面をのぞきこむように彼の手は停止する。いや,それでもデスクを叩いて指は踊っている。

どうやら,砂川のすばやい動きに,機械の方がついてゆけてないらしい。

 

 

 一つだけかけてある壁の時計は,すでに夜10時を越えようとしていた。他の研究者達は

すべて家路についた。が,がむしゃらに活動している砂川は別としても,もう一人,

やや退屈そうな顔をして,黒田が残っていた。

 残念ながら,彼の残業にも当然限度がある。

「砂川,悪いが先に帰るぞ」

 ドアのところに立ち,もう一度中をのぞきこんで黒田。

「あまり無理をすると明日からに響くぞ。…なんて言ってもムダか…」

 後半は完全に独り言となった。砂川の病的な瞬発力は,黒田の知るところであったのだ。昔から…

 

 

 一人きりになってからも,砂川の驚異的な作業は続いた。パソコンに向き合っていたかと思うと,

今度はコンテナを開いて奇妙な形の“部品”を次々と取り出す。ありとあらゆる細かいものが

投げ出されたせいで,床という床はすでにいっぱいになってしまっていた。そして,彼は,

科学者,エンジニア,薬剤師,技師,電機工事作業員,溶接作業員…等々,

ありとあらゆる顔を見せていた。つまり,数え切れないほどの種類の作業を,

その狭いスペースで一人きりでこなしていったのだ。細い指先が寸分の狂いもなく操られる。

光の点滅,風に煽られる紙,震える窓…

 

 

 翌朝,定時に近づくとまた科学者達が出勤してくる。いつもの廊下を通り,

そしていつものドアを開く。

「…!」

 昨夜,といっても目撃者は砂川以外に誰もいないのだが,あんなにも乱雑にされた床には,

それらしきものは何一つ残されていなかった。が,そのかわりに,彼ら科学者の足を止めるのに

十分な光景がそこには広がっていた。

 満足そうに腕組みして立つ一人の男。砂川の後姿。そして,その正面に立つものは,

ほのかに光るガラスの人間,いや,人のかたちをしたもの…

 

「これはいったい…」

 恐れおののく他の科学者達をおしのけ,一歩前に出たのはやはり黒田であった。

「…」

 砂川がゆっくりと振り向く。荒れ放題の髪からは昨夜の壮絶な作業が想像できたが,

彼の目は凛々と輝いてまっすぐにこちらを見ていた。その後ろで,その人型の放つ光が

増幅したように見える。

「できたよ。ついに完成だ…」

 

 

「これまでの2000年問題への対応は,すべて既存のプログラムの書き換えや,

対応プログラムの作成,コンピューターシステム自体の改良に終始してきていた」

「…まあ,そうだろうな」

「だが,この発明は根本的に違う。対象となるコンピューター,システムからは完全に独立した

存在として,ここにある」

 砂川は,説明とも独り言ともつかない口調で,それでも振りかえる。先ほどから,

彼の後ろには科学者達の集団が立ち尽くしていた。…前方のその“物体”に目をやりながら。

「個別対応では得られなかった汎用性が,ここに存在している…」

「しかし…」

 科学者のうち一人が反論しようとするが,砂川はそちらを注意することなく指を鳴らす。

 

パチッ

 

 変化は急激だった。その人のかたちをしたものは,音も無く動き始める。そう,文字通りだ。

一歩を踏み出し,そして歩行をはじめる。それは,ガラスでできた人間。まさにそうであった。

鈍く光るそのからだは,まさしく完璧な人間の動作を取りながら,円を描くように歩行していた。

数人の科学者が声をあげる。これは人間なのか,それともそれを模したものか。だとしたら…

「正式には人型汎用行動システム,タイプ001とでも言いましょうか」

 そう言う砂川の背後で,人と同じかたち,大きさであること以外,特徴の少ないその物体は,

規則的な,滑らかな歩行を繰り返していた。

「タイプゼロゼロワン,これの持つ潜在能力は無限と言っていいでしょう」

 

パチッ

 

 指の音と同時に,そのタイプ001に変化が起こる。“行進の最後”のような礼儀正しい動きで

歩行を終了したかと思うと,周囲に淡い光を放ち…

「…!」

 ふわり,そんな感じであった。音も立てず,そして飛びあがるわけでもなく,その物体,

タイプ001は空中に浮き上がった。

「おお,」

 科学者達から驚きの声が上がる。そして,タイプ001はそのまま空中に静止する。

 

パチッ

 

 光の調子が青を基調にしたものに変化する。そして,デスク上の数枚の書類が,

引き寄せられるようにその人型に近づいたかと思うと,そのまわりをぐるぐると周回しはじめる。

そして,軽い風の感覚が頬をなでたかと思うと,次の瞬間には紙は吹き飛ばされていた。

 

パチッ

 

 まばゆいばかりの閃光が目を撃つ。そして,一気に光が消える。そう,消えたのだ。

夜の闇よりも深い暗さが,突然周囲を包んで何も,見えなくなる。いや,

 すぐにその闇の中心に例の人型が浮かび上がる。七色の光を背に,怪しく浮かび上がる

その浮遊した姿。

「…!」

 光は消え去ったときのように急激に回帰した。そして,目の前には虹が,

少なくともそれと同じものが広がっていた。

 

パチッ

 

 バチバチッ,という電機がショートする,それに類する音が響いたと思うと,その人型から

稲妻が出ていた。それも,まるで不気味な植物の触手のように,ゆらゆらと生え出て

左右に揺れていた。

 

パチッ

 

 目の前の空気がゆがむような感触があったかと思うと,次の瞬間には,不思議な光のダンスが

出現していた。華やかな色彩,天井に広く踊る…

「…オーロラ,いや,そんな…」

「オーロラ,原理的にはそういうことだ」

「この狭いスペースで…」

「なあに,広さなど問題ではない。現に,こうして目視実験は成功している。

…しかも。高い芸術性を実現してね」

 

 

 タイプ001は,浮かび上がった時と同じようにふわりと着地した。もともとの台も

それを見届けたかのように光の点滅を停止する。周囲の不自然な光,そして不思議な現象は

一瞬にして終焉する。光も,音も,そしてオフィススペースの張り詰めた雰囲気も…

 

 

「これは,いったい…」

 話しかけたのはやはり黒田であったが,そう言う彼も驚きのあまりか,普段と声の調子が

違うように思える。

「これが,人型汎用行動システムの実力です。まだ,実験段階で,すべてとはいきませんが…」

 黒田をはじめ,科学者達はもう一度そのシステムに目を移す。鈍い光を放つ人型の物体。

「重力のコントロール,磁場のコントロール,光の屈折のコントロール,そして若干の空間操作。

これまでの科学の法則を覆す能力を秘めたシステムです。しかも,オペレーションも容易。

どうですか」

 砂川は科学者達をなめるように見まわす。

「…」

「コンピューターの問題だからコンピューターを修正しよう,改良しよう,そんなちゃちな発想では

根本的な解決は決して見えてきません。…一時的な解決になるかもしれませんが,

そんなものでしのいでいったいなんになるんですか。我々は科学者です。旧態に依存して

お茶を濁すよりも,より汎用性のある新しい技術を創り出すことの方が使命であるはずなのです」

「…」

「このタイプ001はまだプロトタイプにしてこの性能です。これまでの科学では

解明できないような新しい能力をいくつも秘めています」

「…」

「これだけの性能があれば,2000年問題なんてちっぽけな問題など,問題と呼ぶにも値しません。

…そうは思いませんか」

 砂川は,胸を張って続けた。もし,少しでも驕りや,高慢な姿勢があったのなら,

聞く方としては楽だったかもしれない。が,冷静に淡々と続けられる言葉は,

科学者達には恐ろしく重く響いた。

「…だが…」

 黒田が圧倒されながらも発言を試みる。

「それでいったい…」

 

 すぐに反応した砂川は,同じく冷静な表情で黒田に視線を突き刺す。

 

「まだ何か言いたいことがあるのか」

 

  以上  PN 一光輝瑛

 

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