さくら色の嘘
一光 輝瑛
「〜よおっし,もう一軒行こう!」
足取りがやや怪しい,中年のおやじ三人。きっちりした背広に身を包んではいるが,
さすがにこの時刻になると,その身だしなみはすっかり乱れてしまっていた。
緩められたネクタイの結び目が,その象徴か?
金曜日の夜,ただでさえ開放感に浸る時刻。三人のおやじ達は,仕事を早めに切り上げて,
なじみの居酒屋に直行。2時間ほどああだこうだとまくし立てた後,いい気分になって
そこを出たのが午後9時。さて,明日は仕事も休み,とことん飲むか,って感じであった。
「おいっ,はな行こう,はな,」
「え,またか」
「ああ,あそこが一番だ。はなだ,はな」
どうやら,この酔っ払いは,いきつけの店,『華』に行くつもりらしい。
他の二人もなんだかんだでそのままついて行っているところを見ると,
まったく異存はないようだ。
昼間賑やかな通りは,8時を過ぎるとシャッターばかりが目立ち,代わって昼間休んでいる
裏通りに次々とあかりが灯る。じめじめした感じの通りに,くすんだ感じのネオンと,
やたらと重厚な雰囲気のドアが並ぶ。ドアの向こうからは,安っぽいカラオケが漏れてくる。
どこかで聞いたような,それでいて突拍子もない印象を受ける曲。下手なだけか?
雑居ビルの一階,黄色がかったネオンの下。木造りのドアがおやじ達を迎える。
「おい,西田,今日はずいぶんと楽しそう,う,じゃないか」
「ああ?,そうか」
「そうだそうだ。さっきから,にやつきやがって,こいつ」
この三人のおやじ,大山,西田,寺本は,ご想像の通り,ある会社の同僚だった。
三人とも課長の肩書きを持っているのだから,それなりの地位の人間なのだろうが,
それが部下も連れずに三人だけで飲みに来るところを見ると,先は見えている,か。
「いや〜ぁ,実はな」
西田はかばんを開き,中から小さな,華やかな包みを取り出す。
「こんなものもらっちまってよぉ」
「あら,かわいいわね」
話に割り込んできたのは,この店の女将であった。もっとも,女将というよりは
ママと呼ばれることが多い。…店の雰囲気からいっても,当然のことか。残念ながら,
金曜日の夜でありながら,客はこの三人だけ。必然的にこの話に入ってきたのだった。
「おいおい,ずいぶんと柄にもない。杉山さんからでももらったのか」
「うっ,勘弁してくれよ…」
「なにぃ,杉山だって!」
ちなみに杉山さんというのは,おやじ達の会社にいる女性秘書の名前である。
ただ,結構年食った女性ということもあって,西田にはむしろ拒絶反応が起こる。
しかし,一方で寺本が目の色を変えたのを見ると,蓼…
「だったら,誰なんだ,えっ」
「…まあ,そんなにむきになるなって」
西田は,突き出される大山の手から守るように,その包みを手のひらに入れる。
ちょうど,両手のひらで隠れるほどの小さな包みだ。和紙で作られていて,なるほど,
和風の良い趣味のデザインだ。
「あらあら,ずいぶん大事そうね。興味あるわね」
ママはすべてを見とおしたような口調で,西田に迫る。
「実はな,驚くなよ…」
「なにもったいぶってんだよ」
「実は,“ミス桜まつり”にもらったんだ」
てっきり,会社の女子社員の名前が出てくるものだと思っていた大山は,
一瞬がっかりしたような表情に変わる。
「なんなんだよ,そりゃ」
「本当かよ」
寺本の表情も冷たい。
「嘘じゃないぞ,確かに“ミス桜まつり”にもらったんだ」
「ええっと,“ミス桜まつり”と言えば,例の,4月のまつりの分かしら…」
「そう。“桜まつり”の女王ってことだ」
「女王,かよ」
「まあ,マスコット,というか,キャンペーンガールと言うか,そんなとこよね」
「そうそう。さすがママ,わかってるじゃない」
ママは手際良く水割りを作っている。半分ほど残っているキープのボトルから,
色づけ程度にウイスキーを注ぎ,ミネラルウォーターとあわせてかき混ぜる。
「で,その“ミス桜まつり”が,どうして西田にそんなものをくれるんだ」
「へっへ,そううらやましがるなって」
「別に,うらやましがるって…」
「とにかく,どうしてそんなものもらったんだ」
やたらとでかい声の大山。ちょっと不機嫌そうな寺本。
「駅前で配っていた時に,運良く通り掛かったんだ」
「え,なんだいそりゃ」
「あら,キャンペーンでもやっていたのかしら。そう言えば,今年の桜まつりもそろそろだものね」
「そうそう。キャンペーンだよ。“ミス桜まつり”のたすきとはちまきをして,
駅前で配ってたんだ。『桜餅をどうぞ』ってな」
「こいつ,仕事さぼってどこ行ってやがるんだ」
「いやいや,サボってたわけじゃないさ。運がよかったんだよ。まあ,営業の特権ってやつかな」
「畜生,うらやましいやつだな」
寺本が本当に悔しそうに言う。
「それって,本当に,“ミス桜まつり”だったのかしら」
ママが,冷静な表情になって放った一言が,西田を一気に冷ます。
「な,いきなり何を言うんだ」
「あ〜ら,これって本当の話だけど,最近,“ミス桜まつり”の偽者が出ているらしいわよ」
大山は怪訝そうな表情でママを見る。一方,寺本は何か納得したような表情。
「ああ,あれか。あの…」
「“ミス桜まつり”に反対する会ってのが,あるって話よね」
「反対,なんで…」
「それはな…」
疑問そうな表情の西田に,寺本が解説を始める。
「昔あっただろう,ミスコン反対って話。何でもその流れで,“ミス桜まつり”にも
反対しているらしいんだ。『桜まつりは市の,公的なイベントなのに,
そこでミスコンをやるのはおかしい』なんて言ってるらしい。そうだったよね,ママ」
「そうそう。それで,反対運動の一つとして,“偽者ミス桜まつり”を仕立て上げて,
PR活動をやってるらしいわね。『“ミス桜まつり”はこんなばかげた活動をしています。
すぐ止めましょう』ってな話」
「…そんな…」
西田は明らかに動揺している。
「はっはぁ,そりゃあ傑作だ。確かに,本物の“ミス桜まつり”が
わざわざ桜餅なんて配らないよな」
「そうそう。しかも,たすきはともかくとしても,はちまきまで締めて」
「…」
西田は無言で,手許の包みをみつめる。
「なんでも,その“偽者ミス桜まつり”は,その反対運動をしている人の娘さんらしいわね。
どう,かわいかった?」
西田は,慌てた手つきで,その包みを開けて見る。中には小さな,
そして鮮やかな彩りの桜餅が一つ。そして,折りたたまれた紙が一枚。
『こんにちは。私達は“ミス桜まつりに反対する会”です。今日,この桜餅をお渡ししたのは,
皆様に“ミス桜まつり”について考えていただきたかったからです。
今日私達と一緒にいた“ミス桜まつり”は偽者です。だましてすみません。
ただ,私達は,本物の“ミス桜まつり”がどんな活動をしているのか体験するため,
“偽者”の彼女といろんな活動をしてきました。
そのおかげで,私達には“ミス桜まつり”の行動が,公費を使ってやるべきようなものではない
ことがよくわかりました。まさに税金の無駄遣いです。
…』
小さめの紙に,びっしりと書かれたそのビラ。西田の表情はますます暗くなる。
「はっはぁ,こりゃおかしいや。とんだ偽者をつかまされたってことだ。残念だったな,西田」
西田はキッと目元を引き締め,おやじ二人とママの方を見る。そして,
「別にいいじゃないか。かわいいねえちゃんから,桜餅もらったんだからよぉ」
以上
1999.3.21 PN 一光輝瑛
ご感想等,メールでいただければ幸いです。
E-mail kiei_ichi@geocities.co.jp
この作品はフィクションです。
この作品の著作権はあくまでも作者に属します。加筆・無断転載等はできません。