白き血の断章

 

               一光 輝瑛

 

 

 暦はもう春だというのに,降り続く雪は収まりそうもない。足を抜くのも苦になるまでの積雪と,

ぬかるんだ道。しんしんと寒さが突き刺さってくる,夜の範疇であった。

 

 街は時ならぬ大祭に沸き立っていたが,どこかよそよそしさを内包していた。

都からの使いは華やかさを伝えたが,東国の無骨者には無用なものにも見えた。

家々には灯りも見えたが,昼間の活気ある往来から見れば恐ろしいくらい静かであった。

 

 僧姿の若い男。質実な衣に身を包んでいたが,どこか豪華さを秘めているのは,高僧であるせいか。

が,その表情はむしろ幼さを残していた。同じ姿のものがもう4人。

歳は明らかに上の者達だったが,態度からは若い男の従者であることが読み取れた。

『…』

 若者は何かつぶやいたが,おそらく誰にも聞き取れなかったであろう。

思いつめたような表情だが,それでいて何かをふっきったかのような態度も示していた。

目つきは鋭く,燃え上がる野獣の瞳であった。そして,腰には大太刀。この違和感は何だ…

 

「やはり行くのか,滅びの道を。止めることはできないのか…」

「仕方のないことだ。運命はすでに決している。今日それが現実になる,それだけの話さ」

「しかし,あの男のやろうとしていることは…」

「そう,その通りだ。自らの尊き血筋を,自ら絶えさせること,そういうことだ」

「だめだ,やはり止めなくては。彼はだまされているんだ。

だまされたその先に,断絶があるとすれば,それはあまりに…」

「仕方のないことさ。それも彼の運命だよ」

「しかし,その彼が途絶えさせようとしているものは,あまりにも…」

「それもすべて因果の結果だ。将軍の血,そして彼自身の血に流れる,培われてきた因果だ」

 

 八幡宮での祭典は,夜の暗黒を迎えても,さらに華やかさを増しているようにも思えた。

たいまつは赤々と燃え盛り,冷たい白に反射して恐ろしく目に映えた。

 完璧なまでの正装に身を包んだ,こちらも若い男。烏帽子,笏。

まるで都から迷い込んだかのようなその身なりは,この東国の地にあっては明らかに

違和感を放っていた。そして,肩幅,腕。彼の地位が語る必然の素養は,

確かに彼にも受け継がれている様であった。そう,尊き血筋とともに…

 

「若き将軍は,自らの絶頂にあり。だが,時は迫っている。滅びへの道だ」

「…あまりに残酷ではないか。風雅を愛し,格式を重んじる良い若者だ。せめてこのまま…」

「彼は生まれてくるところを間違えたのかもしれぬ。彼の素養は,少なくとも彼の補佐役たちには

通じないものだ。…まあ,彼がそれを望んでいる面もあるがね」

「彼には何の罪もないはずだ…」

「確かに彼にとってはそうかもしれない。だが,彼は確かにその血を受け継いで生まれてきた。

父が死に,兄が死に,彼が引き継いだ業はすべて彼が晴らさねばならぬ」

「だが,あまりに過酷ではないか。彼には将来があっても良いはずだ」

「彼の血は尊きものであると同時に,あまりに血塗られたものでもありすぎる」

「…」

「彼らは,あまりにも多くの人を殺した。彼らの名を呼びながら,あまりにも多くの人が死んだ」

「…だが,それは歴史の…」

「一族殺しも一流だ。親を殺し,子を殺した。彼の父は弟達を次々と殺した。

そして,彼の父は磐石の地位を占めた。…もっとも,最期は哀れだったがね」

「…」

「権力を得るために,本来使ってはならない一族まで利用した。

現に,この若者たちの血にも,その一族のものが紛れ込んでいるだろう」

「絶滅寸前の一族を盛り返し,再び頂点につけた。それで今のこの国がある」

「欺瞞だよ。ただの権力闘争だ。赤き血のものたちの時代でも,今の国はあっただろうさ。

白と赤でつぶしあった。赤いものたちの悲劇は,覚えているだろう」

「船の上,渦巻く泡のごとく,赤き血のものは絶えた…」

「次は白の番だ。そして,黒幕には赤い血も流れていたな…」

 

 境内の外には,数千の兵士たちが待機していた。華やかに武装した男たち。

だが,その雰囲気は合戦のそれとはあまりにも違っていた。

 

「たいしたものだ。あれだけの男たちがいて,守っているものは祭典の格式だけだ。

誰も自分たちの将軍様を守ろうとはしていないよ」

「…」

「華やかな,きらきらしただけの武器で,本当に人が斬れるのか?」

「そもそも斬るための今日ではない」

「本来,殺し合いの好きな連中だが,な」

 

 若者は大太刀を握り締め,じっと息を潜めていた。従者達も緊張した表情で,

その若き主の表情を見ていた。

『行きます,父上…』

 

「誤解だ,だまされているのだ。行ってはいけない。それは同時に君の死も意味する。

そして,君の尊き血筋の終焉を…」

「無駄だ。止めることはできない」

「しかし」

「彼の目を見たか。復讐に燃え上がった目だ。父の仇,ってことだ」

「しかし,それは…」

「だまされているには違いないさ。止めてやりたい気もするが,しかし,

彼の目は別のものも見ているようだ」

「…何」

「次の将軍になる,ありもしない自分の将来さ」

 

 年末に右大臣になった若き将軍。最上級の身分,それにふさわしい最上級の衣に身を包み,

実は歩みにくそうに進む姿。前後には共の者を引き連れ,まさに祭りの行列であったが,

あまりの雅さに,弱々しさが目立ってしまう集団でもあった。

 

「最後の,栄光ってやつだ」

「…これが,滅びの直前の姿なのか」

「そうだ。だが,おそらく彼にも自覚はあるのだ。後継ぎもなく,家臣の信望もない。

頼りにするのが歌人の才能では先はない。頭の良い男だ。そのくらいはわかっているだろう。

どちらにせよ,彼の代で終わり。それが,早く実現するだけの話だ」

「…」

「よりによって,甥っ子の手でね」

 

『覚悟!』

 誰に言うわけでもなく,若者は大木の陰を飛び出した。

足元をさえぎる深い雪も,彼の盲進の前には無力であった。

 一気に色めきたつ行列。が,誰も食い止めるすべを持たなかった。典雅な集団…

『!』

 まるで振り回されるように握り締めていた大太刀。その殺意の銀色が火を噴く!

 凶行!

 渾身の力。若き将軍のすべてを否定し,そして叩き潰すかのように振り下ろされる,その太刀。

『!』

 声にならない声。そして,銀色を前に,笏による防御など何の意味もない。

 鮮血は雪の上に,悲劇の紋様を描いた…

 

『親の仇は,かく討つぞ』

 

 

「これですべて終わりなのか」

「いや,彼自身の中にも,尊き血は流れている。…だが,彼も生き残ることはできまい」

 

 無残に切り落とされた生首からは,いまだに血が滴って,白い雪道に落ちた。

漆黒の山道,若者は大将軍の夢を胸に抱え,先を急いでいた。

『遅い,使いが遅すぎる…』

 従者はすでになく,彼一人の道中に館への道は遠く感じられたはず。

が,今の彼には苦はなかった。左手に握り締めた生首,すでに冷たくなったその抜け殻は,

彼の武勇への評判を保証してくれるはずだった。

 

「いまだにあの男を信用しているとは,どうしようもないな」

「…」

「黒幕が糸を引いている。だが,この男にはそれも見えていない」

「…黒幕自身をも討ち取ったものと思っている」

「そうだ。無実の代役を切り捨て,それで満足する。夜のなせる業か」

「朝は来るのか」

「来るさ。彼の死んだ後にね」

 

 館までの道のりもあと少し。が,暗闇から飛び出した集団が彼を囲む。

『何者』

『…』

 無言のまま,人数分の銀色が開放される。

『きさまら!』

『謀反人を見つけたぞ。討ち取ってしまえ!』

 

 若者の行動も早かった。先頭の男を切り倒すと,次の一太刀をかわして前に飛び込む。

『く,』

 さらなる血しぶきが飛ぶ。が,完全武装の集団の前,僧姿の若者。分が悪い…

 

「恐ろしい男だ。力での謀殺か。だが,もう少しきれいな方法はなかったものかな」

「暗殺にきれいも何もあるものか」

「が,奴の手法はあまりに醜い。奴の一族に共通しているよ。次々と邪魔者を消すが,

まるで消すことを楽しむかのような,残酷な手法だ」

「彼も消されるうちの一人か」

「そうだ。一石二鳥の大陰謀のもとにね」

 

(せめて館に逃げ込めれば…)

 若者は,まるで自らに流れる棟梁の血を確認するかのような,縦横無人の戦いを繰り返していた。

手傷は負ったが,その痛みもないように前進した。雪道に足を取られたが,

そのたびに驚異的な運動能力が彼を助けた。衣とは裏腹に,決して僧には見えぬ…

 

「無駄だ。君の行こうとする先に,未来はない」

「…」

 

 ついに木製の塀にたどり着く。

(この中に入れば…)

『…!お前は…』

 たいまつの灯りに,武装集団の姿,そして,兜の奥の顔も見える。

『往生際の悪い男だ』

『きさま…』

『お前の親父と同じだな』

『!』

 

「祖父が死んで20年。頂点に立って30年もたっていない。あまりに早くはないか」

「仕方のないことだ。これも時代の流れさ」

「だが,あまりにも…」

「代々の怨念,その報いとすれば,まだまだ軽いほうさ。人殺しの好きな一族。外にも,中にもね」

「これからは,あの男の時代か」

「しばらくはそうだろう。都から傀儡を迎える。その計画は先に進んでいるがね」

「…まさに予定通り,か」

「運命だよ」

「…」

「それと,輪廻転生か。悲しい話だが」

「悲しい…」

「今日絶頂に立った,将軍の血筋は終わった。が,それを終わらせたあの男の血筋も,

やがては途絶える運命にある」

「運命…」

 

「そう。繰り返される運命だ」

 

 

 以上  PN 一光輝瑛

 

 

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