真実の構成要素 2

 

 

               一光 輝瑛

 

 

「もしもし,VVカードお客様デスク,宇佐美でございます。

はい,今日は,カードのご解約でございますね」

 独特の雰囲気,そして“オペレータースマイル”を浮かべた宇佐美さんは,

今日も機械に向かい,そして電話回線に向かって仕事をしていた。

女性ながら落ち着き払った様子は,さすがに一目置かれるベテラン社員であった。

「それでは,お客様のカード番号をお願いいたします。,はい,かしこまりました…」

 宇佐美さんは,ヘッドホンからの電話音声をもとに,手元のキーボードを弾く。

すると,目の前のモニターに,特定の顧客情報が出力される。

「はい,タカハシヒロマサ様でいらっしゃいますね。ご確認のために,ご住所と,

生年月日をお願いいたします。,はい…」

 電話の向こうからは,自信のなさそうな,ある意味申し訳なさそうな声が聞こえるが,

宇佐美さんは引き続き機械的な反応でディスプレイを確認する。

「はい,では,タカハシ様。こちらから,カードの解約に必要な用紙を

お届けの住所にお送りいたします。お手数ですが,そちらの用紙にご記入の上,

カードとあわせてご返送くださいませ。それで,ご解約の手続きが完了いたします」

 引き続き明るい“営業声”だが,目元にはややうんざりした表情ものぞかせる。

「ところで,タカハシ様。このたびのご解約理由は,お引越しか何かされましたかね。,

はい,お引越し,で,ございますかね,はい。

では,お引越しにあわせてカードをご解約されるということですね,はい…」

 宇佐美さんは,再びすばやい手つきでキーボードを叩く。コードナンバー01,

そしてエンターキー。

「…はい,それでは長い間のご利用,まことにありがとうございました。はい,失礼いたします…」

 

 

「弓山課長,この方針書ですが…」

「ん?」

 昼休み前,食事に出ようとしている弓山課長を,宇佐美さんが呼び止める。

「こちらの,“カード解約防止対策”のところですが…」

「ああ,何かおかしなところがあったかね。まあ,まだ試案だから,修正はきくが」

「はい,それなのですが。この書類によれば,『カード会員の退会については,

大部分が,他カードとの競合による当社カードの利用率低下によるものであり,

カード稼働率を向上させることが,流出防止に有効である。したがって…』とありますが…」

「ああ,次の会議の議題にもなっているところだな」

「はい。しかし,課長。私達オペレーターの実感から行きますと,

実際は利用頻度の低下による解約よりも,転居・転出を理由とする解約が

かなりの部分を占めているように思われますが」

「ほお」

「全国ネットの他社と比較して,VVカードが他地域で広まっていないのは事実です。

それで,転出による解約が多くなっています」

「確かに,転出は仕方ないが…」

「利用率向上を志向した解約防止策については疑問を感じます。現に…」

 宇佐美さんは,プリントアウトされた用紙を取り出す。

「前期から,電話で解約を受け付ける場合に,その解約理由を聴取してコード化するように

なっていますが,これが最近数か月分の集約データです。これによれば,コードナンバー01,

つまり,転居転出という解約理由が,全体の7割以上を占めています。

7割以上が転出による解約であるのに,解約防止策を展開することについては,

担当者としては疑問を感じます」

 宇佐美さんは,自信に満ちた表情で,左手のプリント用紙をもう一度示す。

一方,弓山課長の方は冷静な表情で宇佐美さんを見ている。

「…ほお,全体の7割以上が転出ね…」

「はい,電話口で実際に聴取したデータ−ではそのような結果になっています」

 

「…本当にそうなのか?…」

 

 

 以上  PN 一光輝瑛

 

  ご感想等,メールはこちらまで。

    E-mail  kiei_ichi@geocities.co.jp

 

  この作品は,あくまでもフィクションです。

  この作品の著作権は,作者に帰属します。

 

    一光輝瑛のページ に 戻る

    一光輝瑛のホームページ に 戻る

    小説の木立 に 戻る