白花の春

 

 

                   一光 輝瑛

 

 

「課長,楽しそうなお弁当ですね」

「え?」

「まるでハイキングみたいですよ」

「…」

 

 3階にある社員食堂の一角。総務課の葉山課長と,部下の川田の会話である。

「すばらしく手が込んでいますよ。楽しそうですしね」

「そうかな…」

 葉山課長は,小型のバスケットからサンドイッチを取り出し,くるんであるラップをはぎはじめる。

「やっぱり,愛妻弁当ですか」

「そうなんだが…」

 葉山課長は,楽しくなさそうにサンドイッチを口に放り込む。

食パンに卵サラダをはさみこんだ,見るからに手作りのサンドイッチである。

「うわぁ,うまそうですね」

「…」

 葉山課長は,相変わらず不機嫌そうに黙々とぱくつく。

「なかなかそんな手の込んだサンドイッチなんて,作ってくれませんよ」

 川田はしみじみと,といった感じでサンドイッチを見ている。彼のところには,

コンビニの袋に入ったパンがいくつか置いてある。

「うちの女房なんて,弁当作ってくれたこと無いですよ」

「あれ,君はまだ新婚だろう」

「うちの奴,朝弱いんですよ。弁当なんてとても…」

 川田は,アンパンのパッケージを面倒くさそうに開ける。

「やっぱりうらやましいですね。奥様の手作りのサンドイッチなんて…」

「…それがなぁ,そんな良い話じゃないんだ」

「え?」

「なんで昼飯までパンを食わなくちゃならないんだ」

「?」

「最近,朝はいつもパン。昼飯もパンだ」

「へ〜え,奥様はパン派なんですか」

「馬鹿言え。筋金入りの日本人さ。それなのに,毎年春になるとパンばかり食べるようになる」

「え?」

「何でも,この時期,パンについてくるシールを集めると,皿がもらえるらしい。

うちの奴,毎年むきになって集めるものだから,朝飯と昼飯がパンばっかりになる。

そんなものすぐに飽きるから,これほど苦痛なことは無いさ」

「あ,それって…」

「皿だって,安っぽい皿だぞ。白くて,平たくて,ふちが花柄みたいになっている奴だ」

「それなら私も知ってます。うちにも何枚かありますから…」

「ああ,君の家にもあるのか。…けしからんよな。皿なんていくらでも買えば良いじゃないか。

あんな安っぽい皿を集めるために,毎日毎日パン食わされるんだからかなわんよな」

「でも,結構丈夫な皿ですよ。割れにくくて…」

「しかし,毎年毎年集めるんだから,うちの食器戸棚は白い皿ばっかりだ。

女房が嫁入りのときにも持ってきたから,てっきり気に入って集めたものかと思えば,

安上がりなコレクションってことさ」

「でも,結構安くも無いですよ。確か,一枚もらうのに食パンなら12斤くらい食べないと

いけないはずです。まあ,食パンばかりでもないですがね」

「え?」

「菓子パンや,その他いろんなパンにもシールはついているんです。結構楽しめますよ」

「!」

 川田は,おもむろに懐からカラフルな紙を取り出す。新聞広告のような紙だが,

“春のパンフェスティバル”と書いてあり,見慣れた女優が微笑んでいる。

「何だ,君も集めているのか…」

「はい。うちも女房の奴がうるさいもので…」

 川田は,先ほど開いたアンパンのパッケージから,小さいシールを剥ぎ取ると,

手元の台紙に貼り付けた。すでに,何枚もシールが集められている。

「そうか,君も集めているのか…」

 

 

「確かに毎日毎日食パンでは飽きますよね」

「ああ,まったくだ」

「でも課長さん,本当はいろいろあるんですよ。食パンにしても,

オーソドックスな四角いやつだけではなくて,俗に言うイギリスパンってやつ,

ソフトブレッドというやわらかいやつ,長時間熟成させたやつ,ミルクの入ったやつなどなど,

実はいろんな種類があるんです。…ちょっと割高ですけどね」

「…」

「それに,その他のパンでも結構シールがついているものは多いですよ。

菓子パンは家ではあまり食べないかもしれませんが,フランスパン,ロシアパン,クロワッサン,

スティックパン,ロールパン,ロールケーキなんてのもあります」

「…で?」

「いろいろあれば,毎日食べたって結構飽きずにすみますよ。…要は,工夫次第ってことですね」

「…でも,パンはパンだろう…」

 

 

「確かにパンも続きすぎると飽きますけどね…」

「やっぱりそうだろう。何とかしてもらいたいものだよな…」

 二人の男は,自販機で買ってきた食後の缶コーヒーを飲みながら,話を続けていた。

「まあ,どちらにしても,キャンペーンが続いている間は,我慢しましょう」

「やっぱりそうか…」

「大丈夫ですよ。キャンペーンは2ヶ月ほどで終わりますから…」

「二ヶ月ね。…一年の六分の一か…」

 

 

「それじゃあ,課長。私は先に」

 川田は,残ったコーヒーを一気に飲み干すと,ちらと腕時計を見て立ち上がる。

「あ,川田君,ちょっと…」

「え?」

「そのシールもらってもいいかな?」

「え?,パンのシールですか,これは…」

「いや,そうじゃない。その空き缶に貼ってあるシールだ」

「え,これですか?」

「ああ,それだ」

 葉山課長は,懐からビラのようなものを取り出す。

華やかなデザインで,『飲んで当てよう,スペシャルキャンペーン』と書かれている。

「いや,実は今これを集めていてね。何でも,この缶コーヒーのシールを十枚集めて応募すると,

座椅子が当たるらしい」

 

「……」

 

 

 以上  PN 一光輝瑛

  

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