一光 輝瑛
遠くをみつめると,目の休息になるという。確かに遠くをぼおっと見ると,なんだか落ちついて,
安らいだような気になり,目にも良いような気がする。けれども,本当かぁ? ぼおっとして,
落ちついた気分になるからそう感じるだけかもしれないがねぇ,…なんて,どうこう言っても,
確かに今,遠くを見ているやつがたくさん並んでいる。科学的根拠はわからなくても,
やっぱり本当なのだなぁ,などと感じてしまう。つられて遠くの山を眺めている僕は,
やはり気が弱いのだろうか?
新学期早々の丸一日を費やす健康診断は,きまって視力検査の教室に長い行列ができる。
まあ一人一人に時間がかかるから当然のことかなぁ,などと思うが,やっぱり待つのはいやだな。
「おい,南,なにやってんだ?」
「…え」
同じクラスの南は,なにやら手に持った白い紙を,必死に見ている。
「いったい何やってんだよ。こんなところで受験勉強か?」
そんな馬鹿な!?いくら“時間のない受験生”だとしても,こんな時にまで,ねぇ。
「ああ,これか。最後の追い込みだよ」
「追い込み?」
「そう。視力検査のための,最後のおさらいさ」
長い行列が相変わらず続いていた。前に立つ同級生達の動きはたまらなくもどかしいが,
それでも自分の立ち位置は少しづつ前進している,そんな時だった。
「おさらい? 視力検査にか?」
「もちろん。間違えないように,最後の確認をしているんだ」
おい,こいつ,いったい何を…
南はすぐに手元の白い紙に視線を戻す。なにやら,細かい文字が書き込まれた紙で,
見るだけで目に悪そうだ。
「南,なんだよ,その紙は」
「これか,これはな」
南は,僕のほうに紙を向けて見せる。
「パターン表だよ」
右,左,右下,…,……,そんな文字の羅列だけが書いてある不思議な紙,
それが南の持っているすべてだった。
「…なんだよ,これ…」
「だから,パターン表さ。視力検査のね」
「…」
「これさえ覚えれば,高得点間違いなしさ」
「高得点?」
「ああ。視力検査だ。少しでも高い視力の方が良いだろう」
「え」
「何おどろいてんだよ。当たり前のことだろう」
「視力検査の選択肢は全部で八つ。もちろん,上,下,右,左,と,斜め四つだけれども,
これをもし本当にランダムに出せるとしたら,視力の測定はもっと完璧になるだろう。だがな」
南は,さらに突き出すように手元の紙を示す。
「視力検査の検査表には,実は限られたパターンしか存在しない。よっぽどのところでないと,
違うパターンが出てくることはない。と,すればだ。“視力検査攻略法”は実は簡単だ,
ということになる」
「簡単?!」
「ああ,簡単,と言うとちょっと変かもしれないが,とにかく,このパターン表さえ覚えてしまえば,
視力検査表の,一番見えやすい上の三列を見るだけで,どこにどんな記号がくるか全部わかるよ。
一番下までな」
「…」
「ただし,そうは言っても骨も折れる。単純に順番に暗記すれば良いってものじゃなくて,
検査官が指し示す場所の記号を,即座に思い出さなくてはいけないわけだから,
単なる丸暗記では勝負できない。完璧な記憶が必要なわけだ」
「…そんな,インチキだよなぁ」
「インチキ,だって? 別にいいじゃないか。誰に迷惑をかけるわけでもなく,
自分が好きでやっているのだから」
「…好きで,かぁ」
「そうとも。俺はこの手法を開発したおかげで,中学1年の時以来,去年まで5年続けて
視力2.0を達成している。たいしたものだろう」
「…でもなぁ」
「考えてみろ,世の中には“視力回復”なんていうものもあるにはあるが,どこまで効果があるか
不確実だろう。そんなところで努力するよりは,もっと確実に視力をアップさせる方法があれば,
そちらで努力するのが当然だよ」
「努力か…」
「そう。努力と向上心。やっぱりこれが大切だな」
そう言って,南は手に持った紙を振って見せる。得意そうな笑顔だ。
うぅ…何かが間違っているような,違うかなぁ…
「南,努力はわかったけどさぁ,結局お前の本当の視力はどのくらいなんだ?」
「さぁ」
「…!」
「そんなこと言ってもな,まともに測ったことないんだから,わからないよ」
以上 PN 一光輝瑛
ご感想等,メールはこちらまで。
E-mail kiei_ichi@geocities.co.jp
E-mail kiei@square.millto.net
この作品は,あくまでもフィクションです。
この作品の著作権は,作者に帰属します。