そこに道があるから

 

 

                      一光 輝瑛

 

 

「おい,本当に大丈夫なんだろうな」

 助手席の裕介は,不安そうに加奈子の方を見る。山道の路上,

路肩にぎこちなく寄せられた赤いワゴンRの運転席では,

これまた不安そうな加奈子が懸命に地図を覗き込んでいた。

「おっかしいわねぇ,こっちだと思ったのに…」

「…」

 裕介は,すでに助手席のリクライニングを思いきり倒し,半分天井を眺める様子である。

「確かにこっちの方角でいいと思ったのにぃ……」

「方角!?,お前本当に方角わかってんのか?」

「うるさいわねぇ。なんとなくわかるわよ」

「なんとなく,ね」

 土曜日の午後,木々の間からは強い日差しが差し込んでいた。

「…要は,また迷ったってことだろう」

「なによ,ちょっと見失っただけじゃない」

「…これがちょっと,ね」

 加奈子の『山荘に行こう!』の言葉で始まった小旅行。車にあれこれと積み込むまでは良かったが,

朝からたびたび立ち止まっては地図と格闘する加奈子を見ると,

むしろ座っているだけの裕介の方が疲れてしまっているようであった。

前日までの,『今回は私が車出すから。裕介は座っていればいいのよ』という自信満々の言葉は,

結果的には嘘になってしまったらしい。

「何だよぉ,お前が“あの辺は詳しいから”なんて言うから,安心してついてきたのに」

「うるさいわねぇ,ガイドブックを3冊も読んだのよ。それで十分じゃない」

「…ついでにロードマップも研究して欲しかったね」

「何よ。あんたこそ,ぼうっと見てないで,しっかりナビしなさいよ」

「ナビってさ,お前朝から相談もなしにどんどん進むだけじゃん。だいたい,

今時カーナビくらいあっても良いんじゃないか?」

「通勤用のワゴンRにそんなものつけないわよ」

「あ〜あ,これなら俺が運転してきた方がよかったかな」

「何よ。あんただっていつも迷うじゃないのよ」

「ああ,でも,一日迷いっぱなしってことは無いな」

「…悪かったわねぇ,迷いっぱなしで」

 加奈子は,ますます不機嫌そうな顔になって再び地図を見る。裕介は,

改めて背もたれに体をあずける。

「あ,これよこれ,きっとここなんだわ」

「…わかったのか」

「きっとここよ。ここ,道がくいっと曲がっているところ」

 加奈子は裕介に見せるかのように地図を広げるが,細かくてとても伝わりそうに無い。

「…本当かよ。あてにならないな」

「今度こそ間違いないわよ。…あ〜あ,それにしてもなんで標識の一つも無いのかしら。

もう少し親切でもいいのにね」

「…標識,ね」

 県境の山荘への道は,どちらにしても入り組んだ山道ばかり。

加奈子の車はもうずいぶん山ばかり走っている。

「ところでさ,朝ラジオで言ってた通行止めの道は大丈夫なんだろうな」

「え?」

「この前の水害の影響で,何とか谷の道が行き止まり,そんなこと言ってなかったか?」

「あら,そんなのあったかしら,ラジオ?」

 加奈子の車は,道に迷った運転手の『あ〜気が散る!』の一言でステレオが切られて以来,

何も音を発しない室内となっていた。

「ほら,朝,高速に乗ったときの道路情報だよ。お前も聞いてただろう?」

「…そんなのあった?」

「…あ〜あ,やっぱり運転に必死で耳に入らずか」

「何よ。必死だなんて言わないでよ。…運転に集中しているのよ」

「それならいいけど」

「とにかく,行くわよ。この道で良いんだから。まっすぐ行けば,山荘も遠くないわよ」

「…この道でよければね」

「たまには私を信じなさいよ」

「…それに,行き止まりでなければね」

「行き止まりだったら,きっと早めに標識が出るわよ。そんなもの見てないでしょう?」

「…まあ,標識自体をしばらく見てないからな。それに,後ろから走ってくる車も無い。

行き止まりに遭遇するなら,まさにこんなシチュエーションだろうな」

「何よ。嫌なこと言わないでよ」

 加奈子は,かなり不安そうな顔になるが,それでもシフトレバーに手をかける。

 

 

「あ!」

「!」

「ね,見た,見たでしょう?」

 ゆっくりと発進しようとした加奈子の車,その反対車線を,白い車が通り過ぎる。

「旧式のシルビアか。智之の車と同じタイプだな。

でも,あんなぎらぎらしたサングラスは嫌いだな,族みたいだ」

「…そんなことどうだっていいわよ。見たでしょう,今の車」

「ああ」

「確かにあっちから来たでしょう。誰よ,あっちが行き止まりだなんて言ったのは」

「…」

「これで不安は消えたわ。行くわよ!」

 急に元気を取り戻した加奈子は,グイとアクセルを踏み込む。

ワゴンRの軽い車体が激しく揺れるが,裕介は慣れた様子でシートを起こす。

「まあ,なんにせよ,無事に行ければそれでいいさ」

 

 

「ええっ,何よ,これ!」

 道がますます細く,そして暗くなったかと思うと,突然視界が開け,その先には…

「あっちゃぁ,やっちゃったか…」

「何よ,なんでこうなるのよ…」

 アスファルトの道は,数十メートル先で鉄パイプを組み合わせたバリケードに阻まれていた。

そして,前方には無残にもえぐれた地面。

 汚れた3台の重機,真新しい土の色,そして,『この先行き止まり』の看板。

 

 

「なんでここが通行止めなのよぉ」

「だから,水害の関係だろう」

「でも,どこにも標識なんて無かったじゃない」

「田舎道,山奥の道だからな。都会みたいに親切じゃないよ」

「でもねぇ…」

「まあ,仕方ないさ」

「あ,さっきのあれ,あの車…」

「旧式のシルビアか」

「そう。あの車はなんだったのかしら」

「だから,やっぱりここで引き返したんじゃないか?」

 裕介が指差した方向には,ちょうど車一台転回できるくらいの空き地があった。

「それにしてもなんなのよ。行き止まりだなんて,…どうしよう」

「どうしようってさ,そりゃあ引き返すしかないだろう」

「…」

「ここまで完璧に封鎖されているんだ。まさか押しのけて進むわけにはゆかないだろう」

「…」

「さあ,行こう」

「…ごめんね,裕介…」

「ん?」

「…朝から,迷ったり,引き返したりばかりで…」

「まあ,そんなこともあるさ。気にするな」

「でも…」

「とにかく,改めてスタートだ。とにかく,引き返して,そして前に進もう。

なぁに,急ぐ道じゃないんだ。俺達,休暇で来ているんだぜ。気楽に行こう」

「…うん」

 加奈子は,泣きそうな顔をようやく脱して再びハンドルを握る。

助手席の裕介は,文字通り“気楽な”表情になって加奈子を見ていた。

 

 

「おい,弘子,本当にこの道で良いのか?」

「え,…地図では確かにそうなんだけど…」

「あてにならないな。それに,さっきからこの道走ってるの,俺達だけじゃないか?」

「うるさいわねぇ,だいたい,カーナビつけてない智也が悪いんじゃない」

「そんなもの,普通は要らないんだよ」

 黒いシビックの運転席には,サングラスで表情を隠して智也が座っていた。

一方,助手席の弘子はさっきから地図と格闘している。

「とにかく,行くぞ」

「あ」

「お!」

 シビックの横,反対車線を,赤いワゴンRが通過する。

運転席には若い女,助手席の男はリクライニングをかなり深めに倒しているのが見える。

「見たか,今の車。確かにあっちから来たよな」

「ええ」

「ということは,少なくとも向こうに何かあるってことだよな,よし」

「そうよね,きっと何かあるのよ」

 智也が手際よくギアを入れると,シビックはスムーズに発進する。

 

 “何かある”道に向かって。

 

 

 以上 PN 一光輝瑛

 

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