チャリーン,

 薄い金属同士をぶつけあう音が,体育館の高い天井に響く。

広いマットの上を四方に移動する男の両手には,銀色の刀身がしっかりと握られている。

そして,再び耳に響く音。時折かすかな反射光が,消え入りそうなはかなさで目に飛び込む。

 

    剣の舞

 

                               一光 輝瑛

 

 “新競技剣舞”というスポーツをご存知だろうか。近年始まったスポーツで,どちらかというと

体操や新体操と同じジャンルに属する。競技の基本はいたって単純で,一本もしくは二本,

もしくはそれ以上の本数の剣を使って舞い踊るスポーツなのだ。あ,もちろん剣は本物ではない。

金属製のいわゆるダミーというやつだ。

 まだまだマイナーなスポーツで,ちょっと練習するだけで全国大会にまで出ることができてしまう

程度のスポーツなのだが,私は最近,と言うかこの一年ほど,これにはまってしまっている。

もともとはある友人にすすめられてはじめたのだが,今では私の方が熱心にやっているようだ。

 

 ある水曜日の晩,市内の体育館で私達の練習は続いていた。ちょうど,うちの同好会の

キャプテンである三倉さんが,音楽にあわせて激しく舞っていた。かなり気合の入った練習で,

先程から何度か音楽が止められては,やり直しのためにテープが巻き戻されていた。

 

 新競技剣舞というのは,古来の剣舞の枠にとらわれず,とにかく剣状のものを持って美しく

舞おう,という趣旨からきていて,形式はかなりフリーと言えるのだが,とりあえず現在の

競技形態としては,先程の剣を持って体操の床運動で使うようなマットの上で舞い,それを審査員が

採点する,という形になっている。まあ,イメージとしては,新体操のリボンを剣に持ち替えた

ようなものだが,今のところ男性の大会しか開かれていない。

 

 三倉さんの手から,二本の剣が宙に舞う。かすかに空気を切る音をたてて回転した二本の剣は,

やがて落下運動に移行する。その間,三倉さんはターンして,足を上げて,そして落ちてくる

剣の柄をキャッチ,!,ああ,一本落ちてしまった。右手は剣をしっかりと握りしめたが,

左手はむなしく空を切った。細身の刀身がマットで跳ね,三倉さんの足にあたる。

急に音楽が止められていやな感じがしたが,幸い三倉さんの体にダメージはないようだ。

 

 私は,宙を舞う剣が,この競技の醍醐味であると理解している。本物の剣ではないと

わかっていても,やはり刃が空中に放たれる瞬間には戦慄を覚える。そして,やはり危険な

動作ではある。剣を落とすと減点の対象となってしまうのはもちろんだが,もっと直接的な

イメージとして,薄く細い鉄が空から降ってくるのだ。私もやったことがあるのだが,

つかみ損ねた剣が体にあたった場合,かなりの激痛が走る。運が悪ければ,大きなけがに

つながることもあるとのことだ。だが,それでもやはり剣は投げるべきだと思う。

それも,高く,高く。このスリルが,この競技に大きな魅力を与えているのだと,私は思っている。

 

 疲れた表情を見せた三倉さんは,音楽をそのまま打ち切らせ,体育館の隅の方に移って行った。

すぐに他の仲間が中央で実技練習をはじめたが,私の目は自然と三倉さんの方に向かう。

 短めの剣を3本取りだし,彼はジャグリングをはじめた。両手が面白いように回転する。そして,

3本の短剣は軽く回転しながら,ローテーションを繰り返す。時々左右に移動しながら

短剣の軌道を安定させている三倉さんの動きは,まさに賞賛に値するものだと思う。

この競技では,このジャグリングの技術も一つの重要な要素となっているようだ。正直言って,

私はあまり得意ではないのだが,それ以前にこのジャグリングはどうも好きになれない。

その動きは,私に異国の怪しげなダンスを連想させるのだ。

 

 再び鋭い金属音が響く。三倉さんが短剣を床に投げ出したのだ。リストバンドで額の汗をぬぐい,

そのまま床に座り込む。こちらに向いたその表情からは,かなりの疲れが読み取れる。

どうやら,彼の今日の練習はこれで終わりらしい。体育館の時計を見上げると,結構いい時間に

なっている。もう1段階軽い練習をやって,それでこちらも切り上げることにしよう。

 

 体育館の照明が落とされると,一気に夜の闇が広がる。仲間たちはお互い『お疲れ!』などと

声をかけながら,それぞれの家路につこうとしていた。

「船田さん,この前の大会のビデオがあるのですが,見てゆきませんか」

「え,あの大会のビデオですか」

 

 私,船田と,あと二人の仲間,品川さんと宇都宮さんの組み合わせで,急遽三倉さんの自宅に

訪問することになった。まあ,ビデオを見ながらの勉強会ということになるのだが,

正直言って私は気が乗らなかった。

 三倉さんの自宅は体育館の近くにあり,よく練習帰りなどに数人で集うことがあるのだ。

時には練習後の打ち上げの場,時には作戦会議の場,そして時にはただの溜まり場に

なることもあった。三倉さんのご家族には迷惑をかけているのかもしれないが,とにかく

場所的にも,気分的にもちょうど良いのだ。

 

「あ,今の足の動きどう見ますか」

 三倉さんが誰かに問いかけるような口調でつぶやき,リモコンの巻き戻しボタンを押す。

 先程から,横長の大画面テレビの中では,公式ユニホームに身を包んだ三倉さんの演技が

進んでいたが,突然早い動きで逆方向の動作になり,そしてまた同じパートが繰り返される。

「この動きですか」

「そうです。どんな印象がありますか」

「…さあ,ごく自然の動きだと思いますが」

 三倉さんはもう一度テープを戻す。

「ここのところでステップが乱れ,やや細かい足の動きが入ってしまっています。具体的に

減点対象になるほどの動きではないのですが,少しこの動きがはいるだけで,審査員は

私の演技について,かなり不安定で危なっかしいものであるととらえてしまう可能性があります。

まあ,印象としての話なのですが,やはりこのような細かい動きの修正が,総合ポイントの

アップにつながるのだと思います。…かなり細かいのですが」

「少し見ただけではよくわかりませんが…」

 

「ああ,思った通りだ」

 三倉さんは再びリモコンのスイッチを押す。

「ここで右手が下がってしまっています。競技中もどうも違和感があるとは思っていたのですが…,

これでは次の動きに入るときに動きのロスが大きい,…しかも美しくない」

 もう一度巻き戻されたテープを見ると,確かに三倉さんの右腕が,左腕よりも若干下がっている,

…ような気がする。

 

「やはりここの失敗ですよね」

「ええっと,当日にも言っていたところですか」

「そう,ここの剣をぶつけ合うところです」

 そう言って,今度は画面を静止させる。

「ここは本当なら,ちょっとだけぶつけて音だけさせれば良いところなのですが,

こう見ると剣の半分近くまではいってしまっています。…どうりで両手がはじかれてしまうわけです。

次の動作に入るポイントのところでしたから,大きくタイミングを狂わせてしまったのです」

「でも,そんなに目立ったミスは,しなくてすみましたよね」

「…ここは,次のスローの高さを落として,しのいだんです。キャッチの時のターンも,

一回転だけになっています。導入の動作からして,ここは“ジャイアントスロー”が当然出てくる

ポイントですから,審査員にははっきりとわかってしまったようです」

「ああ,それでこの前は“ジャイアントスロー”がなかったんですね」

 

 三倉さんのかなり自嘲めいたコメントが一段落して,やがて画面上では,船田選手の

演技が始まった。…つまり私の演技だ。

 正直言って,このビデオは見たくなかった。前回の大会で,私の演技は惨憺たるポイントを

つけられてしまったのだ。確かに久しぶりの大会で,実戦の勘はかなり鈍っていたところでは

あったのだが,それにしても,競技をはじめてから最大の挫折に,

私はかなりダメージを受けていた。

 

「まずこの失敗が大きかったですよね」

 引き続きリモコンを確保している三倉さんが,コメントとともに画面を戻す。そこには,

ジャンプの着地でよろけてしまった,自分の姿がある。

「…」

「ここは単にふらついただけでも減点の対象になるのですが,それよりも次の動作への

バランスを崩してしまったことが大きいですよね」

「え,うまく盛り返して,次への影響はなかったと思ったのですが…」

 

「この動きも減点の対象です」

 画面が繰り返されるが,なぜか違和感は感じられない。

「ここがですか」

「剣の握りを見ると,しっかりと握って,かなり安全策に走ってしまっているようです。

これって,見る人が見ればはっきりとわかります。ここはもっとしなやかに動くべきですね」

「…そうですかね。意識的に力強い動きに変えたつもりだったのですが…」

 

「この動きも見ていてぎこちないですよね」

「ここですか。ここはあえて不自然な動きをいれることで,次とのコントラストを

出そうとした動きなのですが…」

「このステップですか…,確かにそう取れないこともないですが,どちらかというと,

傍目にはミスのようにすら見えます。ここはかなり減点されてしまったように思いますよ。

どうせ対比させるなら,もっとはっきりとやったほうが良かったですね」

「あまりやりすぎると,次に続きませんから…」

 私にはどうも納得がゆかない。

 

「この三回繰り返されたステップですが,かなりくどい印象を受けますよね。しかも,

3つとも同じステップです。ここは,せめて3種類のステップでまとめるべきだった。

これでは,それしかできない人が,それしかできないから繰り返しているように

見えてしまいますよ。印象的に,かなりの減点です」

「え,ここはうまくいったところだと思っていたのですが…」

 私は今度も納得がゆかない。

「ここは音楽の流れにあわせてこの動きにしたんです。あの曲で,この部分はしつこいような

繰り返しのあるところですから。それを3回の繰り返しで表現したかったんです」

「う〜ん,動きはともかく,ステップは変えたほうが良かったですよ。船田さんは,

確かチェンジステップは得意でしたよね」

「…ステップを変えたのでは意味がないじゃないですか」

「でも,減点の対象になっていますよ,間違いなく」

「…自信があったんですが…」

 

 三倉さんの指は,何度かリモコンのスイッチを押したが,私にとってはすこぶる

残酷な動きだった。そして,最後に辛辣なスコアが表示されたボードが映されて,

ようやく拷問の時間は終わる。

 

「船田さんは,このスコアについて,どう感じましたか」

「どうって,,ひどい点ですよね。もう少しつけてくれても良いと思うのですが,

どうも理解されなかったようです」

「確かに,個々の動き自体,こんなスコアをつけられるようなものではなかったと思います。

でも,総じて審査員の印象は悪い演技でしたね。もう少し,見る側の立場で演技を組み立てた方が

良かったかもしれません」

「別に,意識していないわけではないんですが,だからと言って,審査員に媚を売るような演技は,

生に合いません」

「…でも,ある意味,そういうスポーツですよ…」

 

 以上

         PN 一光輝瑛

 

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