内田ひとしの大いなる野望 3

 

                        一光 輝瑛

 

「課長,これはいけます」

 とあるビジネス街の某所にある,ちょっと背の高いビルの8階。中堅商社“銀河商事”の,

総合企画室があるフロアである。

 今まさにわれらの内田君が,満面の笑みを浮かべて課長席の前に立っていた。

「今度はばっちりです。大ヒット間違いなしの新企画を持ってきました」

 

 同じフロアでデスクワークをしている何人かの人が,遠目に振り向く。ある意味見なれた風景に

なってきてはいたが,やはり課長席の前に若手社員が立って意気揚揚としている風景は,

ある意味見物であるには違いなかった。

 

「新企画ですって?,あまり面倒なものを持ってこないでよぉ…」

 かんじんの課長が口を開く前に,近くに座っている女性が口を開く。この課の花?の木村さん

である。木村さんは30歳をちょっと超えた女性で,花の?独身である。26歳の内田君から見れば

“いいお姉さん”といった感じだろうか。仕事もそつなくこなすことで,この課には

なくてはならない存在になっている。だが,本人はそのような評価については決して喜ばないだろう。

なんだかんだ言って,次の仕事を押し付けられることは,彼女が最も恐れるところなのだ。

「木村さぁん,そんなこと言わないでくださいよ…,こっちだって必死なんですから…

そうですよね,徳田課長」

 そう呼びかけられて,その徳田課長は内田君の顔をまじまじと見る。中年の,いかにもぱっと

しそうにない課長であるが,どうのこうの言ってもこの課をまとめているのはこの課長なのだ。

今日は右手に持ったボールペンを,手持ち無沙汰であったのか,いろいろといじっている。

取引先のロゴがしっかりと入った,安物のボールペンだ。まあ,もっともこのようなものの方が

よっぽど機能的だったりもするのだが…。家族からプレゼントされたちょっと高そうなボールペンは,

使われることもないかのように胸ポケットに挿されている。

「この数日間,いろいろと吟味した上でここに持ってきているわけですから,

まあしっかりと見てください」

 内田君はここががんばり時とばかりに訴える。

「ほお,で,今日は何を持ってきてくれたんだね,内田君」

「はい。“仙人修行ツアー”です」

 

 徳田課長は一瞬たじろんで内田君の表情を追う。右手のボールペンの動きはさきほどから

止まっている。

「ツアーって,千人で行くの?」

「いえいえ,せんにんって言ってもサウザンドの千ではありませんよ。仙人,仙人です。

中国の山奥にいるやつです」

「ほお,本当にいるのか」

 徳田課長にしては,珍しく的を射た一言であった。

 

 内田君はゆっくりと,持ってきていた資料を課長席の机の上に広げる。A4のコピー用紙である。

印字の具合から見ると,どうやら内田君が自宅のパソコンでプリントアウトしてきた用紙らしい。

何やら細かい文字が規則的に並んでいる。

「これを偶然に見つけたんです。結構面白いですよ」

 内田君は自信満々の様子である。

「仙人修行を極める…ですって?」

「そうです。この記事自体は,最近ネット上で公開されたものなのですが,修行を極めたと

いわれるある修行者のことが書かれています」

「角単田山といえば,結構近いわね」

 机上の資料を一気に読みこみながら,木村さんがすばやく内田君に問い掛ける。一方,

かんじんの?徳田課長は一応資料を目で追うようなそぶりを見せてはいるが,

どうも目に入るだけで頭には入っていないような様子である。

「角単田山という記述を見た時に,ひらめいたんです。何せここからでも車で2時間もあれば

行ける,近場の山ですからね。その場所で仙人修行を極めたという人がいるってことは,

結構面白いですよ」

「そうね,この前友達がキャンプに行った山が確かそこだったわ。…あ,私が行ったわけでは

ないんだけどね」

「そうでしょうね,木村さん」

「…どういう意味よ」

「ええっと,これはいったいどういう意味なのかね」

 内田君対木村さんの会話に,どうやらまったくついてこられていなかった徳田課長が,

なんとか口を開く。

「つまりですね,課長。この記事によれば角単田山で仙人の修行をして,その道を極めた…

本当かどうかは別ですが…といわれている人がいるわけです。それが本当であれば,

結構簡単に修行が出来そうですよね」

「ほお,修行をするのか」

「…まあ,それでもいいんですが。私の企画としては,これをツアーとして打ち出せるのでは

ないかと思っているところです。 『秘境・秘儀…魅惑の仙人修行ツアー』 なんていうのは

どうですか。場所が角単田山であればバスツアーでもいけますよ」

「まあ,いまだにアウトドアブームは続いているわよね」

 そう言う木村さんは,見るからにアウトドアとは縁のなさそうな雰囲気ではある。

「ふうん,なかなか面白そうではあるな」

「そうでしょう,課長さん」

 徳田課長ははっきりと興味をひかれた模様で,内田君の顔をしっかりと見ている。

例のボールペンは机の右側に投げられている。

「まあ,角単田山なら,近くだから企画も簡単みたいだしね」

 そう言ったのは,やはりこの課の“庶務雑用係”の木村さんである。内田君はこの一言を聞いて,

満足そうに徳田課長の顔を見る。

「ぜひ,この件は前に進めて行きたいと思います。さっそく旅行企画課の人間に話をつけて,

ツアーとしての青写真を作ります。その上で私が現地に向かって,周囲の環境を調べます」

「角単田山なら,出張の申請も要らないでしょうね,確か…」

「そうですよ,木村さん。そこで私は現地での利用可能施設や道路状況,土地等の権利関係も

あらいましょう。それである程度の目安がたてば,次はかんじんのマーケティング戦略です。

うまくやれば,久々のヒットツアーに出来ますよ,徳田課長」

 

「前に進めるのはいいが,ある程度慎重にやった方がいいだろうな」

 そう言ったのは,内田君の後ろから近づいてきた星野氏であった。ある程度話を聴いていたらしい。

「この手の話は結構ガセネタが多いから,気をつけたほうが良いかもしれないな。確かに場所的には

近場だし,企画としてもリスクは少ないかもしれないが,逆に妙なツアーをやってしまうと,

顧客満足度は一気に落ちてしまうぞ」

 星野氏は内田君よりも二年早く入社した先輩である。内田君も年の割にはしっかりとした人物

であるが,星野氏に関してはそれ以上にしっかりしていると見られていて,この課の中での信頼も

厚い。さぞ,徳田課長は仕事がやりやすかろう。

「ツアーの内容は内田君が検討するとして,話として前に進めて行くのはかまわないんじゃ

ないかしら」

 木村さんが珍しく助け舟を出す。

「しかし,この記事にしても疑う余地はありますよね」

 星野氏はいつの間にか内田君の資料を手にとっている。

「それはネット上の信頼できる筋からとり込んだ情報ですよ」

「そうだろうな。この発信元は信用できる。ただ,情報の存在が確かだからといって,

その中身がすべて額面通りかどうかは別問題だと思うな。そもそも,“仙人修行”なんてこと自体が

十分に怪しいんだ。下手をしたら,妙な宗教団体か何かが絡んでいるのかもしれないぞ」

「宗教団体だって!それは困るぞ,内田君」

 課長はその一言で一気に星野派についたらしい。

「宗教団体?,そんなことはないはずですが…」

「まあ,基本的にはそうだろうな。ただ,まず十分に調べてみないことにはな。そこでだ。

この資料にある,“自称仙人”という人に,一度話を聞いてみるのはどうだろうか」

「…はい,確かにそうですね」

 内田君は,日頃から星野氏の助言に助けられることが多いせいか,彼の言葉には比較的素直に従う。

「まあ,いいだろう。どちらにしても,企画として前に進めるのであれば,その“仙人”にも

あってみなければなるまい。内田君,その人物に連絡をとってみてくれ」

 徳田課長の一言で,この場は収束に向かう。

「はい,さっそく連絡をとりまして,話を聴けるように手配しましょう」

 内田君はそう言って,自分の席に戻ってゆく。

「それと,細かいセッティングは木村さん,頼むよ」

 木村さんの顔にはすでにあきらめの表情が浮かんでいた。

 

 一週間後,その男はやって来た。いつものオフィスと同じフロアにある応接スペースで,

徳田課長,木村さん,星野氏,そして内田君の4人がその男を迎えた。この季節にはちょっと

早いような黒いロングコートをはおり,同じく黒い帽子を深めにかぶって部屋に入ってきた

その男は,まず怪訝そうな顔をして先に入っていた4人を見る。

「ようこそおこしくださいました。私は課長の徳田と申します。…どうぞどうぞ,

おかけになってください」

 その男は,一瞬警戒するしぶりを見せたが,次に帽子を脱ぎ,コートを文字通り脱ぎ捨てた。

「えっ」

 一同の顔が凍りつく。その男の風貌はものすごいものだった。白髪はぼさぼさにのびて

垂れ下がり,同じ色の長いひげとつながっていた。そのあいまから見える素肌は日焼けを

通り越してまるで木の幹のようだ。衣服は黄色がかった白い和服だったが,いつも見る一般的な

和服よりはずっと洗練されていて,ほとんど作業服といったようないでたちであった。

それにしても,なんと汚れていることか。この服のままいったいどれほど長い時をすごした

のだろうか。

「まさに仙人だな…」

 徳田課長がその男に聞こえない様につぶやく。

 

「まず,どのような修行をされているのか教えてください」

「ウン,修行じゃと,あれはわしにとってはただの生活じゃ。特別なもんじゃない。

山に入り,山とともにあり,それがわしの毎日じゃ」

「何か特別なことはされているのですか」

「んん,なんじゃと」

「ええっと,ですから,たとえば滝にうたれたりとか,山道を駆け上がったりとか…」

「うむ。そんなことはせんよ。わしの修行はもっとこころをつかってやるものじゃ」

「心とおっしゃいますと…」

「山とともにある。その気持ちがわしを支えるのじゃ。そして実際の身も山にささげれば,

それですべて良いのじゃ」

「…なんだか一般うけは悪そうですね…」

 内田君が横の課長につぶやくように言う。

 

「その修行は普通の人でもできますか」

「ウン,普通の者か,それはできような」

「そうですか,それはよかった」

「普通の者であれば,皆,山のこころを持っておるはずじゃ。そして山に入り,

山のこころを解き放ち,それがすべてじゃ」

「“山のこころ”ですか」

「ウム,そうじゃ。おぬしらも持っているはずじゃ。山につながるこころ,山に還るこころ。

それを思い出すのじゃ」

「…なんだかよくわからないわ…」

 木村さんがつぶやく。

 

「その修行というのは,どのくらいの時間行なえばいいのですか」

「ウム,山に時間などない。山とともにあるこころに期限などないのじゃ。

修行は永遠,道も永遠じゃ」

「ええっと,あなたはその道を極められたのですよね」

「大ばか者,山の道に極みなどあるものか。今日のこころ,明日のこころ,つまりこころが

移り変わる以上,山とのつながりは永久に確かめねばならぬ」

「…大ばかか,それでもいいような気がしてきたよ…」

 今度は星野氏がつぶやく。

 

「あなたは山でどのような生活をされているのですか。たとえば,寝るところとか,

食べるものとか…」

「わしは山では山とともにあるのじゃ。そんなことは山に聞いてくれ」

「山に…ですか」

「あるときは木の上で一日眠り,あるときは鹿の背でものを食い,虫の声を聴き,

風の歌をともに歌うのじゃ」

「まさに究極のアウトドアライフですね」

「ああ,だが,ツアーとしてみんなでするにはたいへんな生活だぞ」

 内田君のつぶやきに,星野氏が答える。

 

「そもそもどうしてこのような生活をはじめられたのですか」

「ウム,山に呼ばれたのじゃ」

「え,山にですか」

「そうじゃ。おぬしらはまだ山に呼ばれていないようじゃな。だが,きっとわかる。

人である以上,必ず山に呼ばれるその時が来る。その時がくれば,おぬしらにもわかるはずじゃ」

「…私,呼んでもらわなくてもいいわ」

 木村さんがはき捨てるようにつぶやく。

 

「山で何か特別な体験をされたことがありますか」

「ウン,なんじゃと」

「ええっと,ですからたとえば山で光を見たとか,神様に会ったとか…」

「光は常に山とともにある。それを見るためにわしは山にいるのじゃ。そして神はわしじゃ」

「えっ」

「神は皆の身にあるものじゃ。よってわれも神じゃ。時に神として山と接し,

山を築き山を広げるのじゃ」

「…おいおい,神様にまでなってしまうのか…」

 徳田課長があきれたようにつぶやく。

 

 その男が帰った後も,4人は呆けたような顔をしていた。不明な言葉の羅列と,

怪しげな悪臭を残してその男は“いって”しまった。

 

「やはりツアーはむりですかねぇ」

 内田君がなにやらさびしそうにつぶやくが,残念なことに誰も反応しない。

「この部屋の掃除をしとかなきゃ。結構たいへんそうだわ」

 立ち上がった木村さんを徳田課長が呼び止める。

「ああ,木村さん。掃除は後でいいから,先に神社に電話をしてくれ」

「え,神社ですか」

「ああ。とりあえずお払いでもしてもらうことにしよう」

 

 以上 PN 一光輝瑛

 

 

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