美しさは罪

 

                      一光 輝瑛

 

 

「ところで檜山君,あの運動は最近どうだね。うまくいっているかね」

「…え」

「え,じゃないだろう。私が公約にも掲げて,最大の政策として実行している大事な運動だよ。

最近はうまくいっているかね」

「…」

 

 

「え,またはじまったのですか」

「ああ,…」

「…こりゃあ,一種の病気ですね。しばらくおとなしくなっているかと思ったら,いまさらそれですか」

「ああ,そうだな…」

 市役所の秘書課。50過ぎの職員,檜山氏は,再び頭を抱えていた。横には,

ずいぶん若い男であったが,一応彼の部下という位置づけであった桑野が立っていた。

「あ〜あ,ポスターもこんなに埃をかぶっちゃいましたね…」

 桑野が忘れていたものを掘り出すかのように取り出したのが,大きな顔写真のポスターであった。

『優しさのある市政の実現を!』という大きなキャッチフレーズの文字。

三ヶ月前,今の山中市長が再選したときの,選挙ポスターであった。

 

「また,あの不毛な活動をするのか」

 檜山氏の脳裏に,再選直後の山中市長の表情がよみがえる。そして,

“やさしさ”をどうやってアピールするか,それを必死に悩んだ自分の姿が。

「しっかし,また同じ手,というのも芸がないですしね」

「まあ,芸はいらない,つまり市長さえ納得してくれればそれで良いんだが」

「…それでしたら,やっぱり同じ路線で行きますか」

 桑野の目が,心なしか光ったように見える。

「と言うと…」

「キャンペーンですよ,檜山さん。また,これで行きましょう」

 

 

「そんなことを言っても,うちの学校の行事なのですから」

「そうですかね」

「そうですよ。うちの学校の清掃運動なのですから,うちの学校の周囲を掃除するのが当然でしょう」

「そうですかね」

「…そうですよ,ね」

「しかし,せっかく市のキャンペーンとタイアップしようというわけですから,

多少活動の範囲を変更してでも,相乗りした方がしっかりした活動ができるでしょう」

「しかし,児童と,父兄を動員するわけですから」

「彼らも,市民であることには違いありません」

「そんな無茶な。小学校の行事で,学校の周りではなく駅を清掃する。

そんなことに父兄の協力を得ようとしても,理解を得るのは無理です。あのPTAですから…」

「市役所とタイアップすれば,予算もつきますしね」

「…」

「それに,結局のところおたくは市立小学校ですよね」

「…」

 

 

「ええ〜,本日は天気にも恵まれまして」

 一段上がった台で,マイクを持った市長が誇らしげに話す。集まった群衆は一瞬空を見上げる。

「ええ〜,降るでもなく晴れるでもなく。暑くならないこのような天気が,

まさに屋外の活動には最適であります」

 群集からうなずくような,なんとも言えない声が上がる。空は厚い雲に覆われて,

決してうきうきするような天候ではない。うまいこと言うものである。

「本日は,第3小学校の皆様にも協力をいただきまして…」

(「というか,全面的に第3小学校の行事だよな…」)

 会場で見守る檜山氏は,誰にも聞こえないよう,ふとつぶやく。

「清掃活動,これを通じて,わたくしの理念である,“優しさ”がたくさんの人に伝わっていけば,

そう考えます」

(「ゴミ拾いで優しさか,ああ,立派なもんだ」)

 さらに檜山氏のつぶやき。

 

 

 心なしか,清掃活動,つまりゴミ拾いに散ってゆく一般市民達(?),特定市民達の足取りは

重いように見えた。もともとは,日曜の午前中,地区の清掃作業と合わせた行事だったはずが,

いつのまにか丸一日を費やした,駅周辺の清掃キャンペーンに化けたのだ。

「これじゃあ,市民の苦情が出ますよ。何しろ,本来今日するはずだった地区の清掃は,

来週に延期だそうです」

 そう檜山氏につぶやく桑野の首には,やはりカメラがぶら下がっている。

「まあ,はじまったものは仕方ない。頼むよ,広報担当写真班の桑野君」

「はい,報道写真はとれませんが,広報誌ならおまかせください」

 

 

「え,ゴミがない,だって!」

 檜山氏の驚きの声は思いのほか響いたから,彼は慌てて口をふさぐ。

報告を持ってきたのは,やはり桑野であった。

「そんな馬鹿な」

「…しかし,事実です。これだけの人が活動して,拾われたゴミは数袋程度。

いやはや,きれいな駅前だとは思っていましたが,これほどとは」

「いや,違う。拾う方にやる気がないんだ。そうら見ろ,日曜日にかりだされて,

おやじ連中はやる気がないんだ」

「そうですかね」

 檜山氏は,“活動中”の“市民達”を見る。麦わら帽子,Tシャツ,ジャージ,長靴。

いろんな服装が見えるが,一様に腰を曲げて,乏しいゴミを集め,道を掃いている。

「…何てことだ」

「それはそうかもしれませんね。だいたい駅前といえば,もともと市の保健衛生課の目が

行き届いていますし,商売人も多いですからね。…商売人なら店の前の掃除くらいしますよ」

「ゴミが取れないか,困ったな…」

「本当は,駅前がきれいな証拠ですから,ゴミが無いほうが望ましいのですが,ね」

「それにしても,ゴミ拾いに来てゴミがほとんど取れないなんて,そんなぶざまなことができるものか。

格好だけでもつけないと,また市長の機嫌が…」

「格好がつけば,それで良いですかね」

「ああ,とにかく,それなりに活動したのだとわかるものがありさえすれば」

 桑野の目が,再び光る。

「それでしたら…」

 

 

「大至急,ゴミを用意できませんか」

「え,ゴミ,ですか…」

「はい。今から取りに行かせますから,なんでも良いです。袋に入ったゴミ,これをトラック一杯分,

用意してください」

「ゴミを,持ち出すのですか…,わざわざ」

「そうです。大丈夫です。可能な限り原型をとどめて,すぐにお返しします」

「…え」

「理由はともかく,市長の御意向です。大至急,持ち出せるように,準備してください」

「しかし,うちの場合,持ちこまれたゴミはすぐに焼却炉に…」

「だったら,その中からでも拾って,小さい袋に個詰にしてください」

「そんな無茶な。第一,焼却炉に落したものを拾うなんて,危険も伴います」

「そこはうまいことやってください。おたくの焼却炉でしょう。おたくならできるはずです」

「…しかし,いったい…」

「ですから,理由は後で説明します。とにかく,ぱっと見には拾ったように見えるゴミが,

たくさん必要なんです。市長の御意向です」

「…」

「それに,結局は,おたくは市営のゴミ処理場でしたよね」

「…それはそうですが…」

「市長の御意向です。『ご協力をお願い致します』」

 

 

 ズボンのポケットから取り出したハンカチで,檜山氏は汗をぬぐう。

目の前には,こっそりと,そしてごっそりと運び込まれてきた,トラック一杯分のゴミがある。

黒いビニール袋に詰めてあるが,どうやらそれは上の方だけで,荷台の下のほうにあるゴミは

廃棄されたそのままの形らしい。廃材らしい木材もにゅうっと突き出ていて,じっくり見れば

とても“駅前で拾った”ゴミには見えなかった。

「さて,ゴミも用意できましたし,写真も撮れました。市長もだいぶお疲れの表情でしたし,

そろそろ終わりにしますか,檜山さん」

 檜山氏は苦笑いするが,それでも安堵の表情は隠せない。

「これ以上やったら,“優しさ”どころではなくなるな。終わりにしよう」

「それにしても,実際にゴミ拾いをされた市民の方もお疲れでしょうが,我々も疲れましたよね」

「ああ,確かに。ゴミを求めて右往左往なんて,おそらく一生に一度だろう」

 檜山氏は,ちょっと遠目に駅の建物を眺める。よく言えばきれいになった,

普通に言えばもとからきれいな光景がそこにある。

 

 

「市民の皆様,今日はたいへんご苦労さまでございました」

 演説好きの市長が,再びマイクを握る。

 駅前の広場の市民達は,汗にまみれ,明らかに『早く帰りたい』といった表情をしている。

風が吹き,どこともなく置いてあった『優しさのある市政の実現を!』ののぼりがはためく。

どこからともなく光ったフラッシュは,やはり桑野の仕業か。

「ええ〜,わたくしも参加させていただいたわけですが,今日の皆様のがんばりは,

まさしく賞賛に値するものでありました」

 無表情な市民達,というか父母達。そして,ますます得意げな市長。

「本日は皆様のおかげで,こんなにたくさんのゴミを集めることができました」

 

 

 以上  PN 一光輝瑛

 

 ご感想等,メールはこちらまで。

  E-mail kiei_ichi@geocities.co.jp

  E-mail kiei@square.millto.net

 

 この作品はあくまでもフィクションです。

 この作品の著作権はあくまでも作者に帰属します。無断転載・加筆等はできません。

 

    一光 輝瑛 の ページ に 戻る

    一光 輝瑛 の ホームページ に 戻る