腕力の勝利

 

 

                一光 輝瑛

 

 

「山下君,これはすごいな」

 部長の呼びかけるような声に反応して,山下係長はさっと部長席の前に立つ。

「第一四半期の帳票経費が,前年同期費,30パーセントダウンかね。すばらしい成果だな」

「はい,部長」

 山下係長は,自信を持った笑顔で応える。

「それにしても,私が指示しておいたこととはいえ,目覚しい成果だな。

いったいどんな方策を採ったのだね」

「はい,部長」

 山下係長は,ますます目に輝きを持って,続ける。

「年度始めにご報告いたしましたとおり,うちのセクションでは,

経費の削減を全体の取り組み事項として掲げ,“経費節減委員会”を結成いたしました」

「ああ,君がチーフになっているあれだろう」

「はい。委員会では,構成員がそれぞれ意見を出し合い,経費節減のための活動を行っています。

もちろん,冷暖房のこまめな温度設定や,残業の削減による光熱費の節約などにも取り組んでいますが,

今回の目玉として,帳票費用,特に,コピー費用の削減に取り組みました」

「ほお,」

「このコピー費用につきましては,前年度までの予算状況を見ますに,各期初の予算段階では

前年度比削減の目標を掲げて参りましたが,実際期末になってみると,予算比大幅にオーバーし,

前年実績も超えることで,他の予算からの振替を行う等,全体のコスト削減の,

いわば足かせになってきた項目でした」

「…そうだったかな」

「はい。まさしく,帳票費用の大半を占めるのはコピー機の費用であり,

これを削減することを目指したわけです」

 部長は,手元の経費資料をもう一度見直す。

“帳票費用”の部分には,はじめから赤鉛筆でアンダーラインがひいてある。

「当然,コピー費用の削減に重要なのは,無駄なコピーの削減であり,具体的には,

コピー1枚6円というコストに対する認識の徹底,不要なコピー及び予備としてとるコピーの廃絶,

試し刷りの抑制,いわゆる2イン1の励行,私的コピーの廃絶,

大量コピーの場合の印刷センター利用等があります」

「だが,それは以前から言い続けてきたことだろう」

「はい。まさに,口で言うだけで実行できていない,ここにコピー費用が削減できない

大きな要因がありました。そこで,経費節減委員会では,会合で出たアイデアを元に,

コピー機を会議室横の専用スペースに移動させました」

「ああ,春の模様替えの時にやったやつだな。…で,コピー機の場所を変えることが,

どうして無駄なコピーの抑制につながるんだ?」

「はい。部長はご自身でコピーをとられることがありませんので,ご存知ないと思いますが,

実は,専用のコピースペースには,周囲に仕切りを設置し,入り口にドアを設けました」

「ほお」

「このドアを施錠し,鍵については課長席の横に専用の置き場所と,入室管理簿を設置しました」

「…」

「こうしておけば,まず,むやみにコピー機を使用することに対する,1次的な抑制につながります。

さらに,コピーの度に課長席に足を運ぶことによって,そのコピーをとることに対する必要性の

再確認になります。加えて,頻繁に利用する者に対しては,課長が使用理由を聴取し,

場合によっては再考を促す,使用を許可しない等の指導も行いました」

「…なるほど,それなら確かに使いにくいわな…」

「はい,このことにより,提出させていただきました資料にあります通り,帳票費用,

コピー費用は目に見えて減少いたしました」

「ふむ…」

 部長は,再度手元にある資料を見る。

「うちの課では,今後も経費節減の活動を継続することにより,更なる成果を上げていく方針です」

 山下係長は,自信を持って言い放った。部長は,再び目を上げたが,そこには,

まさに目を輝かせた山下係長の顔がある。

「そうだな,この成果は,他の課と比較しても,確かにすばらしい。

場合によっては他の課にも同様の形式を採用することを検討しよう」

 部長は,実はやや困ったような表情を浮かべながら,それでも賛辞の言葉を述べた。

山下係長は,そんな表情は意に介せず,しっかりと直立していた。

「ところで,山下君。わが社の状況から言えば,今後も経費節減の運動をすすめてゆく

必要があるのだが,今後の具体的な方策はあるかね」

「はい,そのことについても,経費節減委員会の方で話をしています。

具体的には,さらなるコピー費用の削減を目指します」

「ほお,さらに,かね」

「はい。現在設置してあるコピースペースの鍵を二重鍵に変更し,一つを課長席,

もう一つを係長席に配置します。課長・係長で目を光らせ,ダブルチェックを行うことで,

さらにコピー機の使用を管理します」

「……」

 

 

 以上 PN 一光輝瑛

 

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