愉快犯
一光 輝瑛
「自動販売機荒らし,だって!」
「はい。確かにそうなのですが…」
「また,あれか。外国のコインを削って,500円玉にみせかけて」
「いいえ,そうではないのですが…」
「じゃああれか,偽の千円札を突っ込んで」
「いいえ,それでもないです」
「ん!,じゃぁ,新手の犯罪か」
「さあ」
「…さあ,って,おい,いったいなんだって言うのだ」
「…なんなのでしょうね,いったい…」
「え!,,商品が増えた!って」
「…はい」
光明サービス株式会社,というと,いつも『何をやっている会社なのですか?』
などときかれてしまうのであったが,実は,光明鉄鋼の子会社で,結局のところ,
工場内や,その周辺の自動販売機,ガソリンスタンド,自動車保険,などの,
直接業務とは関係がないものの,それなりに儲かる業務を行なっている会社なのであった。
「自販機が荒らされたとなると,見過ごせない事態だが…」
「しかし…」
光明サービスの自動販売機部門,上田課長と,担当者の天野君の会話であった。
「荒らされたといえば荒らされたということになりますね。なにせ,自販機の扉がこじ開けられ,
中の商品に触れられたということになりますから」
「ふむ」
「ですが,中身の商品を抜き取られたわけでも,売上金を盗まれたわけでもありません。
逆に,商品の補充をされた,と,いうことになります」
「…本当に犯罪なのか?,従業員のだれかが通常の商品補充として…」
「いえ,それはありません。確かに扉をこじ開けた形跡が残っていますし,
商品補充をした記録もありません。しかも…」
「しかも,どうしたっていうんだ」
「…はい,その補充された商品,というのが,実は他社,ライバル社の商品でして…」
「え,ライバル社…」
「その荒らされた自販機は,“レッドコーラ”をメインにした自販機で,
商品も“レッドコーラコーポレーション”から仕入れたものだけが並んでいる自販機なのですが,
実は,今回その中に,“ブルーコーラ”が混入されていまして…」
「“ブルーコーラ”,だって!」
「はい。わが社ではいっさい扱っていないブランドですから,万が一にも
作業ミスによる混入ということはありえません。
つまり,何者かが“レッドコーラ”の自販機をこじあけ,“ブルーコーラ”を混入しておいた,
そういうことになります」
「…んん,事情はわかったが,いったい誰が何のために…」
「何しろ前代未聞の話ですので,私もいささか判断に窮しておりまして」
「…そうか。で,同じような被害は他にも出ているのか」
「いえ,今回の一台だけが被害,…そう呼べればですが,とにかく被害にあっています。
他にも“レッドコーラ”用の自販機はたくさんありますが,そちらからの被害の連絡はありません」
「で,他の業者は」
「はい。市内で“レッドコーラ”を扱っている業者にそれぞれ聞いては見たのですが,
やはりその様な被害はない,とのことでした」
「…なるほど。一件限りのいたずらというわけだな。
要は,“レッドコーラ”が“ブルーコーラ”と入れ替えられていたわけだ」
「いいえ,補充されていただけで,商品を抜き取った形跡はありません」
「…ますます不可解だな。つまり,勝手に商品を補充,…まあ,ブランドは別としても,
商品を追加しただけ,ということか」
「はい」
上田課長は,本当に“困った”という顔をして,やや上方を眺める。
天野君は,そんな課長の表情を覗き込むが,やはり困惑した表情に違いはない。
「あ」
上田課長は,急に何か思い出したように声をあげ,天野君を見る。
「まさか,あれではないだろうな」
「え,」
「あれだあれ。一時話題になったやつだ。ジュースの缶に穴をあけて,そこから毒物を注入して…」
「いいえ,その可能性もありましたので,混入されたものをはじめ
その自販機の中のジュースについてはすべて検査を行ないました。
…幸いなことに,異物の混入はまったくありませんでした」
「…そうか」
上田課長は,天野君の顔をじっと見る。自分の問いかけに対して即座に反応し,
事前に対応していたことを示したその行動は,頼もしくもあり,また,憎らしくも感じられた。
「つまり,最終的に言って,わが社に対する被害はなんだ」
「…それなのですが,自販機の扉をこじ開けた時の傷,…やや塗装がはげている部分があるのですが,
そのくらいになります。まあ,その後に費やされた調査の手間を計算しなければの話ですが」
「…で,犯人側としては,十缶,だったかな,混入されたのは」
「はい,“ブルーコーラ”が十缶です」
「…その十缶のコーラを補充しただけで,何も取らなかった」
「はい」
「わざわざ“ブルーコーラ”を十缶も買い込んできて,人目を気にしながら扉をこじ開け,
そして補充した」
「はい,そうです」
「これはどうかな,専門知識は要るのかな」
「…どうでしょう,確かに普通の人は自販機の補充などという作業をする機会はないでしょうが,
機械の構造自体単純ですから,誰でもできるでしょう」
「そうか。で,その自腹を切って買ってきた“ブルーコーラ”を,うちの自販機に補充した。
無料で」
「はい,そうなります」
「つまり,単なるいたずら,ってことだな,こいつは。こんなことをしても,
犯人にとってまったく得になることはないし,むしろ,損した上に,缶を十個も運ぶ
手間と労力もかかっている。毒を入れたわけでもないし…」
「はい,むしろわが社にとっては利益が…」
「…十缶で,今1200円かな。場合によってはその分はわが社の利益か」
「はい」
「面白半分のいたずらにしては,それをやったところでたいして目立つわけでもないし,
これはとんだおふざけってことだ。普通は,自販機をこじ開けたら,現金か,
あるいは商品を盗むことばかり考えるだろうが,まったく逆なのだからな」
上田課長は,やや考え込むしぐさを見せるが,すぐに天野君の方を見る。
「まあ,被害というか,むしろ利益が出るくらいの話だから,いいだろう。
ただのいたずら,ってことにして,放っておくことにするか」
「はい,課長。ただの愉快犯でしょうから,あまり相手にしないほうが良いでしょう」
「…愉快犯,だって。ちっとも愉快じゃないな」
「!」
後方から突然会話に入ってきたのは,このセクションのトップ,本田部長であった。
当然,上田課長にとっても上司にあたる。
「何がいたずらなものか。わが社のプライドにかかわる重大な犯罪だ」
「…」
「天野君。この件について,実際お客様で,その違うブランドのコーラを買わされてしまった方は
いたのかね」
「いえ,商品の補充のときに判明しましたから,まだ販売される前に発覚しました」
「おお,それは良かった」
本田部長は,まさに本心から安心感をあらわにした様子。
一方,上田課長はまさに困惑した様子でそんな部長の姿を見ている。
「上田君。こんな卑劣な犯罪を二度と起こされては困る。大至急,再発防止の対策を練りたまえ」
「…はい」
「天野君は,今回の被害状況を文章にして,まとめてくれ。それに,すぐに警察に被害届を出すんだ」
「…しかし,部長。実質的な被害は何も…」
ますます困った顔をした上田課長が,おそるおそる部長に進言する。
「被害もないのに被害届け,とは…」
「大馬鹿者!こんな大切なこともわからないのかね,上田君!」
「!…」
「こんな卑劣な犯罪はない。何が愉快犯なものか。もしもその入れ替えられた商品が
そのまま販売されていたとしたら,…考えただけでも恐ろしい話だ」
「…」
「考えてもみたまえ,上田君。お客様は,わが社の自販機で,“レッドコーラ”を買われようとして
コインを投入され,ボタンを押されるわけだ。そのお客様に対し,どんな事情があるにせよ,
“ブルーコーラ”をお売りすることになってみろ。わが社の自販機を信用してお取引いただいた
お客様に対して,この上ない重大な裏切り行為になるではないか」
「…」
「いいか,商売は信用が第一だ。それを裏切ることは,わが社のすべての信用を失墜させることに
つながる。断じてあってはならないことだ。それを,この犯人は周到な計画のもとに,
起こそうとしたんだ。幸い,お客様が買われる前に事態が発覚して事無きを得たが,
あと少しで大惨事になっていたところだぞ」
「…」
部長が去った後の同じ職場。上田課長はやや放心状態になって席についている。
天野君は,先ほどからパソコンの前に座っているが,どうも不慣れらしく,悪戦苦闘している。
「上田課長さん」
「ん,なんだね天野君」
「今,先ほど部長がおっしゃられていた被害届を作成しているのですが…」
「…ああ,そうか。それで」
天野君は,パソコンを離れ,課長席の前まで来ている。完全に困ったときの表情で。
「いったい,何をどう書いたら良いのでしょうか…」
以上 PN 一光輝瑛
ご感想等,メールはこちらまで。
E-mail kiei_ichi@geocities.co.jp
E-mail kiei@square.millto.net
この作品はあくまでもフィクションです。
この作品の著作権はあくまでも作者に帰属します。