作者は、今は落ち着いていますが、昔、色々な病気になりました。

境界性人格障害

境界性人格障害(Borderline Personality Disorder略してBPDとも呼ばれます。ちなみに、精神疾患の診断と統計マニュアル第4版テキスト修正版DSM-IV-TR日本語版2003年8月新訂版から邦訳が「境界性人格障害」から「境界性パーソナリティ障害」と修正されました。なお、境界例 Borderline Caseとほぼ同意ですが、旧来の境界例に相当するものは境界性人格障害よりも失調型パーソナリティ障害[旧称:分裂病型人格障害]に近いと言われています。)とは元来(境界例という言葉が使われていた頃)は神経症と精神病、とくに統合失調症(これまで精神分裂病と呼ばれていましたが、2002年の夏から統合失調症と名称変更されました)との境界領域のことを指していましたが、最近ではむしろうつ病、躁うつ病をはじめとした気分障害(感情障害)との関わりのほうが強いのではないかといわれ始めました(ただし他の人格障害に比べて境界性人格障害と感情障害の関連は特別なものではないというのが現在見解として優勢になっています。Koenigsbergら1999)。

いずれにしても境界性人格障害とは、上記の三疾患の境界領域のことを指しています(下図参照)。1980年のDSM-III(精神疾患の診断と統計マニュアル第3版/米国精神医学会発行)から人格障害の一類型として収載されました。人口の約2%が境界性人格障害と言われていますので、単純計算すると、日本では約250万人が境界性人格障害であることになります。なお、精神科を受診する患者の約10%がなんらかの「人格障害」でそのうちの半数、つまり5%が境界性人格障害であるという報告があります。

特徴としては、自分が何者なのかよくわからない、見捨てられる不安が強い、自己像がよい自分と悪い自分の二つに分裂する、他者を過大に評価し理想視(理想化)していたかと思うと、急にこきおろしたり激しい攻撃性を向けたり(脱価値化)、自分の思うままに操ろうとして、他者と安定した関係が保てない、感情が不安定で変化しやすい、価値観や人生観が変化しやすい、他人の欺瞞を鋭く見抜いて非難する、虚言が多い、キレやすい、転職を繰り返す、自殺未遂を繰り返す(とくにリストカット=手首自傷、アームカット=腕部自傷、オーバードーズ[OD]=大量服薬などが多い)、薬物中毒、行きずりのセックスを繰り返す、自己主張する割に甘えが強い、大人の顔をし知性を駆使しながら3、4歳のような愛情を求める、最も身近な相手を振り回し、相手が自分を見捨てないかを試し続ける、などがあります。こうした症状がおさまっているときは、一見周囲によく適応していたり、明るかったり優しかったり、冷静で人一倍論理的に話すことができたり、魅力的に見えたりすることさえあり、健常者と見分けがつかなかったりします(この点が常に鬱々としているうつ病との見極めになることもあります)。なお、精神科医やカウンセラーが初回面接で受ける第一印象は、はかなげで、けなげで、純粋無垢で、世間ずれしていないといったものであることが多いと言われています。この印象を覆すような境界性人格障害特有のエピソードがおおむね3ヶ月以内に面接場面で表面化すると言われています。この時点で初めてDSMに基づいた診断が下されることが多いようです。

境界性人格障害患者の多くは周囲のちょっとした状況の変化や要求が通らないことに我慢ができず(欲求不満耐性が低いと表現されます)、この安定は脆くも崩れ去ります。また抱えている不安感の反動として、自己の誇大感を増大させることもあり、これが自己愛性人格障害となったりします。また対人関係の不安定さから逃れるために、いわゆる引きこもりのような状態になる場合もありますが、この場合は、回避性人格障害と診断されることが多いようです。

なお、境界性人格障害患者が犯罪を犯すことはほとんどありません。境界性人格障害患者は、一時的に衝動的な激情によって周囲を脅かすことはあっても、周囲に対して迷惑を掛けたことをのちに反省したり、泣いて謝罪したり、自責したりすることが多いので、仮に暴力などの他害行為があったとしても現実検討能力はまず失われません。このため境界性人格障害患者が刑事事件などを起こすことは極めてまれで、たとえ精神鑑定などが行なわれても責任能力は十分備えているとみなされます。なお、刑事事件を起こすような場合は、境界性人格障害ではなく反社会性人格障害と診断されることがほとんどです。

統合失調症(精神分裂病)、気分障害(うつ病、躁鬱病)と並んで境界性人格障害の境界領域である神経症は、現在DSM-IV-TR(精神疾患の診断と統計マニュアル第4版改定版[最新版])では、パニック障害などの不安性障害、解離性障害、身体表現性障害というカテゴリーに分類され、神経症という診断名はもうありません。また人格障害のカテゴリーからは切り離されていますが、境界性人格障害に合併して診断されることもしばしば見られます。

こういった境界性人格障害の症状は、環境的要因とくに養育環境、つまり心の発育過程の障害とくに乳幼児期の分離不安を引きずっていることが原因で、著しい性格の歪みを生じ、その結果 、問題行動を繰り返すのだというのがこれまでの有力な説です。また幼児期になんらかの精神的、身体的、性的虐待を受けているケースもよくあります(ただし米国の虐待が60%に対し、我が国の虐待は2.9%と少ない, Zanarini, M.C.,町沢)。そのため、最近ではPTSD(外傷後ストレス障害)の一種ではないかともいわれています。とくに何らかの虐待を過去に受けていた場合、解離性同一性障害(多重人格)や健忘(全生活史健忘を含む)といった症状、つまり自分の行動や経験のある部分を切り離して忘れてしまったりといった症状を併発することもあります(ちなみに解離性同一性障害=多重人格は、人格障害のカテゴリーには入っていません)。しかしこうした発達要因に関する実証的研究は極めて乏しく、むしろ遺伝的要因(とくに気質的な側面など)、生物学的要因(とくに脳生理学的な側面など)が与える影響が大きいことも次第にわかってきています。

症状としてときに抑うつ、一過性の精神病状態を呈することもあり、症状が定まらず多様化しているのが実状のようです。一般的には、自分の起こした衝動的な行動などを後悔し、抑うつ症状を示すことがとても多く、若い女性などでは拒食症または過食症、嘔吐など(摂食障害)を併発するケースも多いようです。また、分裂病(統合失調症)の場合のような妄想や幻覚というものはほとんど見られず、オカルトや宗教、特定の芸能人や文化人などを盲信するなどのケースが比較的多いという報告があります。境界性人格障害が一つの臨床単位(病気、障害としての診断名)となったのはごく最近のことなので、精神医療の現場でも、まだこれといった定まった治療法もなく、暗中模索の状況で、経過や予後に関してもまだまとまった見解が得られず試行錯誤し研究段階といえます。ただ、米国の最新の研究では、脳内神経伝達物質であるセロトニンの代謝となんらかの関係があるらしいということがわかってきています。

一般的に治療は長期化する(通常5年以上といわれている)ようですが、らせん状に一進一退の治療過程を経ると、加齢とともに症状が消失していくという見解がこれまで一般的です(35歳を過ぎる頃から軽快し、40歳以上の患者はかなり少なくなるという報告があります。なお、加齢によって症状が治まると言われている理由としては、自然治癒力と衝動的エネルギーの枯渇によるところが大きいと言われています)。また、症状を抑えるという点では対症療法的ではありますが薬物療法がある程度効果があることもわかっており、ほとんどすべての患者がなんらかの薬物療法(強力精神安定剤[メジャートランキライザー]、抗不安薬[精神安定剤]、抗うつ剤、気分安定剤のなど投与)を受けているという報告があります。対症療法的とはいえ、薬物で情緒不安定や衝動性、抑うつなどはある程度抑えられるので、冷静に自分の行動を見つめるためには薬物療法は欠かせないと言えるでしょう。なお、境界性人格障害の回復期には、一過性の自己愛性人格障害を経るケースが多いという報告があります。ちなみに、予後についてのアメリカでの追跡調査では、最終的には症状が治まって健全に社会復帰しているケースが数多くある(10年以上の経過研究で約3分の2の患者が比較的良好な社会適応をしている, McGlashan,T.H.)ことも報告されています。また我が国の調査でも約6割が良好な予後を示したという報告があります(町沢)。 ちなみに、他人のこころに敏感な人が多いので、心理職や福祉職に就く人も多いという報告があります。

心理的治療(主にカウンセリング)としては、精神分析療法などによる幼児期や過去のトラウマの解消や自我の再構築(育て直し)などのほか、批判と拒絶に慣れる行動療法や極端な認知や思考の歪みを修正する認知療法、とりわけ最先端の研究では、家族療法とくに周囲の関係の悪循環を変化させるシステムズアプローチ、極端な二分法的思考を統合する弁証法的認知行動療法などによっても治療成果を上げてきているようです。しかし、行動化や衝動行為が著しい場合や自傷他害の恐れのあるような場合などは、必要に応じて入院治療が必要なケースもあります。多くは本人も周囲も悩んで精神科への通院治療が開始されますが、本人に病識がない場合や治療を拒むケースもあり、この場合、通院、入院ともに来院させるまでの導入が難航しがちです。

また、「人格障害」という言葉に抵抗や悪いイメージを持つ患者や家族、医師も多く、患者や家族への配慮などからあえて「○○人格障害」という診断(名)を告知することを避けることも多いようです。「○○人格障害」と診断したところでそれが必ずしも治療にプラスに結びつかないと考えて告知しないケースもありますし、境界性人格障害という精神障害自体を説明することが難しいので診断名の告知を控える医師も多いようです。ただし、患者と医師との関係が安定していたり、患者本人にそれを受け入れるだけの余裕があるとみなされた場合、直接告知が行なわれることもあります。ちなみに医学界でも境界性人格障害を人格障害と位置付けることに根強い反発があると言われています。LinehanとKoerner(1993)は、彼らの治療経験から境界性人格障害を人格障害というよりむしろ情動コントロールの障害であるとしています。いずれにせよ、直接的な診断名を明らかにされないような場合、医師の良心からの判断や混乱を避けるための判断だと捉え、病名、診断名にあまりこだわらずに、症状の改善にのみ専念するのが賢明です。ただ残念なことに、医療関係者のなかには、境界例の患者は治療者を巻き込んだり振り回すので扱いづらい困った人たち、という認識がある場合もあり、治療関係を結ぶことに意欲的でないこともあるのが現実のようです。これは、ある場合は事実であっても偏見や先入観であることも多分にあります。可能であれば、BPDの治療に意欲的な医療環境で治療することが望まれますが、むやみに主治医を変えるべきではありません。自分の要求を適切な言葉で正しく理解してもらうという努力やその過程自体が、BPD治療にはとても大切なことが多いからです。(なお、BPDの治療に意欲的な医療機関のリストは当サイトのリンクのコーナーにあります。)

患者自身の努力としては、他者との葛藤や愛憎関係を相手の立場や気持ちになって、その人のいろいろな側面、自分自身の理想と現実、好ましい部分と好ましくない部分、などいろいろな側面を自覚、認識し、受け入れ、抱きかかえ、乗り越えていくこと、辛いこと、苦しいことに耐えることを学んでいくことが重要です。つまり噛み砕いて言えば、自分に対しても他人に対しても思いやりと愛情を持てるようになることが回復の目標です。

また周囲の方の患者さんへの対応としては、患者さんの欲求や一人になることへの不安に対して共感的理解を示す一方で、明確な限界を設定し(例えば夜何時以降は電話しない、ここまでは許せるけどこれ以上は許せない行為だ、など)、一貫性のあるはっきりとした態度を維持することがよいとされています。また、知らず知らずのうちに周囲が患者さんを依存的にさせ(とくに母親または母親的存在による過保護、過干渉)、無理な要求などをエスカレートさせてしまうケ−スも多いので、適切な距離感と客観性を保つことが重要です。「大っ嫌い、行かないで」がボーダーの特徴です。それは、安らぎへの希求と不安定な状況への嗜癖性という相反するこころの状態の並存を意味します。周囲は、その言動に振り回されず、大地のように動じず、そばに寄り添い、味方であることを永遠に訴え続ける努力が必要です。動じない=存在を認めないということではありません。動じないことで、ある程度の攻撃を受けるかも知れませんが、それを上手にかわしていく方法を見つけだすように努力してください。

具体的には、自分がとても理不尽なことを要求されていると感じたら、いきなり遠ざかるのではなくて、時間的にも距離的にも少し間を置いて接してみることです。目安としては「遠すぎず少し近め」がよいとされています。イギリスの精神科医のバリントは境界性人格障害患者への対応について、「大地のように、水のように、患者さんに接し、地のごとく支え、水のごとく浮かべ、患者さんの激しい行動に耐えていると、いつしか患者さんは新しい出発点に立つかも知れない、そうはならないかもしれないが少なくとも害はない」と述べています。また、「境界性人格障害の患者さんに対しては壁(あるいは鏡)になれ」とか「目の前に落とし穴があっても、それに気付かぬ振りをして患者さんがそこに落ちても自力で這い上がるのを暖かく見守れ」などといった心構えを持っている治療者も多いようです。いずれにせよ、激しい言動、行動にばかり目を奪われず、こころの底を見つめ、こころの裏の隠されたメッセージに耳を傾ける姿勢が何よりも重要だといえます。

なお著明な人物では、太宰治、尾崎豊、ヘルマン・ヘッセ、マリリン・モンロー、ダイアナ妃などが境界性人格障害であったと言われています。

鬱病

気分とは持続的な情緒的色調であり、悲しみから喜びまでの正常なつながりとして感じ取られるものです。誰でも喜怒哀楽といった感情を持ち合わせているのが健康な人間です。しかし、この気分が変調をきたし、日常生活に支障がでてきたり、病的になった場合を気分障害(Mood Disorder)、または感情障害といいます。気分障害の特徴は抑うつまたは上機嫌といった感情が持続することであり、重症な症例では精神病的特徴を伴います。米国精神医学会精神障害の診断・統計マニュアル(DSM-IV)では、気分障害は双極性障害とうつ病性障害(単極性障害)に分類されています。

双極性障害(躁状態の時期がある)

双極I型障害…入院が必要なほどの強い躁状態

双極II型障害…躁状態が軽度

気分循環性障害…躁もうつも軽度だが、2年以上続いている

うつ病性障害(うつ症状だけ)

大うつ病性障害…強いうつ症状

気分変調障害…うつ状態は軽いが、2年以上続いている

小うつ病性障害…軽いうつ症状

うつ病性障害というのは、気分が落ち込む「抑うつ気分」や何をしても興味が持てない「興味や楽しみの喪失」のために非常な苦痛を感じたり日常生活に支障が生じている状態です。誰しも、こうした気分の落ち込みや意欲の減退はありますが、たいていしばらくすると元に戻り、立ち直ります。この状態がしばらく続くような場合、それを「うつ状態」と呼びます。

しかし、一般に精神科領域で「うつ病」と呼ぶ場合、より症状の強い「大うつ病性障害」のことを指す場合が多く、重症の場合や自殺の危険性が高い場合などは抗うつ剤などによる薬物療法に加え、入院治療が行なわれます。なお、この状態が比較的軽く、以前抑うつ神経症や軽症うつ病などと呼ばれていたものが現在は、「気分変調障害」、「小うつ病性障害」という名称になりました。

なお現在、うつ病の原因としては、脳内の神経伝達物質(とくにノルアドレナリン、セロトニン)の量が減少してしまうことが原因ではないかと推定されています。このためうつ病性障害の多くは、神経伝達物質の量を調節する抗うつ剤をはじめとした薬物療法と十分な休養による治療で寛解し、予後は良好ですが、再発率も高い(50〜90%)ので具合がよくなってからも医師の指示に従いしばらく(半年くらいは)薬を飲み続けるほうがいいようです。※ちなみにごく最近、躁鬱病の発生に関与するDNA(遺伝子)が特定されたというニュースが掲載されました。この研究の成果は、今後の躁鬱病治療に大きく貢献するはずです。みなさん期待を持ちましょう。

うつ病は、人口の1割以上が生涯のうちに一度はかかると言われており、「心の風邪」などと言われるほどポピュラーなものですが、うつ病患者の自殺率(自殺既遂率)は他の精神疾患よりはるかに高く(入院患者の約15%)、その意味では「死に至る可能性のある病」であるという認識も重要です。男女比で見ると男:女=1:2で女性の方が多いと言われていますが、潜在的に男性の患者はもっと多いとも言われています。

なお、一般にうつ病の心理的治療には探索的心理療法(とくにむやみに原因を探るようなもの、たとえば精神分析療法など)より現実指向的心理療法(場面場面でどう対処するかなど行動や思考パターンを変容していくもの、たとえば認知療法、対人関係療法、行動療法など)が効果的であるとされています。

抑うつ的な気分は午前中にひどく、夕方以降に軽快してくるといった日内変動がよく見られます。また睡眠障害を伴うことが多く、入眠困難、中途覚醒、早朝覚醒のいずれもみられますが、最も多いのは早朝覚醒です。その他、体重の減少や頭痛、便秘などのほか自律神経症状を訴えることも多く、身体症状の背後に抑うつ症状が隠れてしまうケースもあり、これを仮面うつ病と呼んだりします。

典型的には義務感や責任感が強く、まじめな人がなりやすいと言われています。そのため本人は、うつ状態であることを周囲に申し訳ないと感じていることが多く、周囲からの励ましなどがあっても、元気になれない自分に対し「みんなの期待に添えない」などと余計負担に感じてしまいます。気分転換にカラオケやスポーツなどに誘うことなども逆効果なことが多く、元気がないときに「まわりに悪いから」と無理に元気な作り笑顔で振る舞ったりしてしまいがちで(とくに微笑みうつ病)、病状を悪化させかねません。ただでさえ心のエネルギーが欠乏している状態で無理をすると必ずといっていいほど、その余波(リバウンド)として一層の無力感に苛まれてしまいます。抗うつ剤などで一時的に元気になったときなども同様で、あまりテンションを上げ過ぎず、抑えることが早く良くなる秘訣です。

うつ病の患者さんに接するときは、十分な休養を取らせ、つねに暖かく見守り、辛い気持ちなどに耳を傾ける姿勢を持って下さい。叱咤激励や精神論などで励ます行為は絶対に禁物です。また、「死」を意味するような言葉やそぶりがあったときは、感情的に動揺せず、行動に注意を向けるだけでなく、必ず良くなることを根気強く語りかけたり、自殺をしないと約束させることなどが必要です。まったく意欲がなく動けないときには自殺を行動に移す気力もないものですが、具合が良くなり始めた頃もっとも自殺の危険性が高まるので注意して下さい。

繰り返しになりますが、学生や社会人の場合とくに、思いきって休学や休職をしてでも十分な休養(なにもせずゴロゴロできるのが一番理想的です)をとって、薬を指示通りに飲みながら心のエネルギーが溜まるのをじっと待つことが治癒への最善の近道となるはずです。

なお、ボーダーライン、つまり境界性人格障害と気分障害(感情障害)との関係ですが、境界性人格障害も抑うつ気分、うつに似た症状(とくに自傷行為、自殺未遂)などを伴うことがありますが、それは境界性人格障害の症状の中のある種の「うつ状態」であって、「うつ病」ではありません。大うつ病性障害、ないしは気分変調障害の診断基準を満たして、なおかつ境界性人格障害を診断された場合はじめて、うつ病を併発、または合併しているとみなされます。また境界性人格障害に特有な虚無感、空虚感(むなしい、自分がないという感じ)も、うつ病性障害では悲しみ、寂しさ、自責感などといった「感情的な辛さ」を本人が感じていることが多く、ちょっと違います。しかし、実際には気分障害と境界性人格障害の併発はよくあることのようですので、精神科医などの専門家によって客観的な診断を受けるべきです。

著名人では文豪ゲーテ、宮澤賢治、北杜夫、チャイコフスキー、チャーリー・パーカーなどが双極性障害(躁うつ病)であったと言われています。

多重人格障害

[ 多重人格・解離性同一性障害とは ]

  日本の一般の精神科医にとって多重人格(Multiple Personality Disorder; 略称 MPD)という診断名を聞くようになったのは、DSM-III(1980、アメリカの精神障害診断統計マニュアル)でこの疾患が取り上げられてからです。この診断名はDSM-IV(1994)では、解離性同一性障害(Dissociative Identity Disorder; 略称 DID)と名称変更されました。この変更は、多重人格の「分身」のそれぞれが「人格」としての統合性を持っているとはいえず、中には人格の断片に近い状態もあるという観察と認識によります。一方、ICD-10(国際疾病分類、精神および行動の障害、1992)では、多重人格障害((Multiple Personality Disorder)が使われています。このように、多重人格障害と解離性同一性障害は同義語です。このページでは、診断名には「多重人格」または「DID」を用い、オリジナル人格と主人格以外の「分身」については、できるだけ、「人格」でなく、「人格状態」か「同一性」という語を用いました。


[ DIDの状態像、症状 ]

 DIDというのは、ひとりの人に、明瞭に区別される2つ以上の同一性、または人格状態が存在する病態です。それぞれの人格状態は、同一性、記憶、および意識の統合の失敗を反映しています。より受身的で情緒的にも控えめな人格状態(通常その人本来の名前を持つ)と、より支配的、自己主張的、保護的、または敵対的で、時には性的にもより積極的、開放的な人格状態という、対照的な2つの主要な人格状態を持つことが多く、その他に小児や児童、思春期の人格を持つのが普通です。このほかにも数名ないし数十名の人格状態を示すことがあります。二次的人格状態は年齢だけでなく、性別、人種、好み、利き手、筆跡、使用言語、癖、家族などがそれぞれ異なることもあります。

 ここで、基本人格(出生して最初に持つ本来の人格、オリジナル人格、original personality)と主人格(ある時期において大部分の時間、身体を管理的に支配している人格、ホスト人格、host personality)とを区別します。というのは、基本人格が主人格である場合が最も多いけれど、症例によっては、基本人格が長期間休眠状態だったり、あるいはたまに短時間出現するだけだったりすることもあるからです。その場合には、時間的にも、相互関係的にも、二次的人格状態(オリジナルでない、成長後に分離した人格)が支配的であるという期間が長期間(時には数年間以上)続き、二次的人格が主人格であるということになります。こういう現象は、実は臨床的にもそれほど珍しくありません。だから最初に受診した患者が基本人格ではなく、数ヵ月の治療後に、初めて基本人格が登場するということもあり得ます。筆者もそういう症例を数人は経験しています。この現象を記載するために、当HPでは、「オリジナル人格、本来の人格状態、第一人格」に対応する「二次的人格状態」と「主人格」に対応する「副人格」を使い分けてあることがあります。

 数十、あるいは百以上の人格状態を持つようなケースでも、ある1日をとると、せいぜい3−6人の人格状態しか出現しません。

 本来の人格状態は、二次的人格状態の言動についての記憶がないのが通例ですが、二次的人格状態はそれぞれの人格状態間である程度の共通記憶を持っていたり、主要な二次的人格は本来の人格状態が優勢な時にもある種の共通意識を持っていたりします。たとえばある患者は「私(第二人格)は、第一人格が話している時、どこか近くにいて聞いています。しかし干渉はできません」と言います。

 人格交代は、時には極めて微妙、また時には極めて顕著です。微妙な人格交代は、たとえば面接時の明らかな記憶障害から気づかれ、確かめられたりします。顕著な人格交代の例としては、たとえば私は、面接中に、私の目の前で、数分間に何度も激しく人格交代が起こるのを呆然と見ていた体験が数度あります。ちょうどシャーマンによる交霊術の実演を見ているような気がしました。この現象は、専門家が「ポップアップ」と呼ぶ状況です。人格間のバランスが崩れて、それぞれの人格が我先に支配を競う状態です。

 人格交代は、何らかの情緒的ストレスが引き金になって、あるいはカウンセラーの希望、要求や暗示によって誘発され、時には意識的に、時には自然発生的に起こります。人格交代のスイッチングは、時には微妙ですが、時には一瞬のうつろな表情、トランス状態や数秒間の閉眼をはさんだり、時には演技的にも見えるほどの意識消失発作(脱力、首を後屈、失立など)をはさむことがあります。

 人格交代のきっかけは、たとえば子供人格の場合は、甘えたい時、甘えてもいい状況で、子供が興味を持つような刺激がトリガー(引き金)になり、出現します。それから、それぞれの人格の持つ得意技能が必要になるような状況でその人格が出現します。だから他のDID患者の子供人格が登場した時、それを見ているDID患者が子供にスイッチすることが多い一方で、子供好きのお姉さん人格やおばさん人格などもなります。人見知りする基本人格が、緊張する場面では、積極的で対人能力の優れた副人格にスイッチすることもあります。でも、いつもうまく状況に合わせて人格交代できるわけではないから問題が起こります。たとえば、職場で子供になったりしたら、変人扱いされるか、嘘つき扱いされます。

 二次的人格状態への人格交替の時間は、オリジナル人格にとっては空白時間、つまり記憶喪失として体験されます。DIDではこのような最近の記憶障害は必発で、記憶喪失の時間は、多くの場合数分から数時間ですが、時には数日から数ヵ月におよびます。またDIDは、心的外傷性精神障害ですから、トラウマに関連したより長期の小児期の生活史に関する記憶喪失が見られることもあります。

 記憶障害や解離症状はDIDで特徴的な症状ではありますが、臨床症状としては、うつ状態と自殺傾向(自殺念慮、自殺企図)がよりめだっていることが多いようです。合併身体症状として、頭痛の頻度が高く、また、幻視体験や幻聴(二次的人格状態からの命令が頭の中で聞こえる)などの精神病状態を一過性に伴う例があります。

 有病率は研究者によって差が大きいようですが、近年アメリカで急増していることは間違いありません。アメリカほどではありませんが、日本でも急増しています。思春期以降、とくに20代の女性に現れやすく、成人女性が、成人男性の3ないし9倍多く、同一性(人格状態)の数も女性で 15 名、男性で 8 名と性差があります。

 DIDはPTSDと共に、慢性、重症の外傷性精神障害の代表と考えられています。小児期の重篤な身体的および性的虐待(Physical and Sexual Abuse)と関係があると考えられる場合がほとんどです。その他の外傷性精神障害を合併することも多く、PTSD、自傷行為、自殺行為、攻撃的行動、気分障害、物質関連障害(アルコール・薬物乱用、依存症)、摂食障害、睡眠障害、性障害、境界型人格障害などが同時に診断されるのが通例です。

 身体的虐待や性的虐待をなぞるような対人関係を反復(reenact 再上演)することが少なくありません。

 DIDは、一般には重症の精神障害と考えられていますが、症状出現が限定的な軽症例では、社会的に有能で、外部からは成功した社会人とみなされていることもあります。

 DIDの症状は、強くなったり、弱くなったりを繰り返しながら、一般には慢性に経過します。そして過去のトラウマのフラッシュバックを契機として突然悪化し症状が顕在化します。



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