2004/03/07
今日からここで書きたいことを書こうかと思う。
自分のためだけに書くので、もし万一気付いた人がいても
本告スレには告知しないで欲しい。


2004/03/07
最近思うのは、人間には向き不向きがあるということだ。
スポーツがその最たる例だろう。
私は小学生の頃、サッカーのクラブに入っていた。
練習は結構厳しかったが、それでもそのスポーツが好きだった。
学校での部活のほかに、家の前でも夜遅くまで練習していた。
努力すれば必ずうまくなる。そう信じて練習していた。
中学に上がって、体育の授業でサッカーをやることになった。
小学校の頃から4年間部活で練習していたので、ただ単に運動神経が 良いだけの人間には負けるはずがないと思っていた。
しかし、勝負してみるとあっさり負けた。
その相手はバスケットばかりやっていた奴で、サッカーなど 体育以外でやったことがないと言っていた。
私はその頃から、努力だけでは越えられない世界があることを知った。
その後、年齢を重ねれば重ねるほど、越えられない世界ばかりが 広がっていき、同時に自分自身の可能性の無さ、無力感も膨れ上がって いった。
だが、無力感を味わうのは、スポーツや勉強だけではなかった。
自らの無力感、敗北感に最も打ちのめされたのは、実は恋愛においてだった。
その拭いがたい敗北感は、年齢を重ねるごとに増していった。
しょせん矮小非力な者は、力ある者の下に跪くだけなのだろうか。
そんな鬱屈した感情に苛まれていたとき、私は本告スレに出会った。
このスレに名乗りを挙げたチャレンジャー達は皆、もがき、あがき、苦しみながら、それでも必死に戦っている。
本告スレは、いつの間にか私にとっての伴走車になっていた。


2004/03/09

小さいときから勉強でもスポーツでも中途半端な実績しか残せなかった自分にとって、
たったひとつ残されたアイデンティティーの拠り所は仕事だった。
私は社会人になってから、仕事に全精力を傾けるようになった。
自らの目指す「理想の自分」に1ミリでも近づけるよう、仕事で成果を挙げるべく邁進した。
そして、仕事によって自分を鍛え続けることが自分自身を向上させ、
恋愛においても良い結果につながるのだと信じて疑わなかった。
その頃、私は社内に気になる女性がいた。
その子とは仕事でよく接する機会があり、もともと世間話くらいはする関係だったが、
それから一緒に仕事をするようなこともあって自然に仲良くなっていった。
いつしか、私は彼女を好きになっていた。
しかし私が行動を起こそうとしていた直前に、同僚から意外な事実を聞かされた。
その女性は社内に付き合っている男性社員がいるということ、
そしてその相手は、ルックスと口のうまさはピカイチだが、仕事に 関してはいい加減でだらしない男だった。
以前からその男が、周りの目も気にせずにかなり強引にその子のことを誘っていたのは私も知っていた。
しかし実際に付き合うことになっていたことを知ったときの衝撃は計り知れなかった。
これが女性に対して誠実で、仕事ぶりも有能な男であれば自分としても祝福してあげたかった。
しかし、その男はそんな人間ではなかった。
他の女性社員とも噂になるような軽薄な部分を持った男であり、自分とは根本的なイデオロギーが相反する男だった。
これが現実か。
私はその事実を知ってから、ますます鬱屈した感情に苛まれるようになった。