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今号は私のマゾ小説を掲載します。お読みになられて、私のメイドへの招待状が決して眉唾でない事を忖度して下さい。
 
 私(=としひさ)は,タイのバンコクからバスで1時間30分の絶景の地シラチャー町でせっせとマゾ小説を書いてせっせと投稿してやっと近頃常連掲載されるようになりました・・・が「せっせと書いてせっせと投稿」だけでタイにいるわけじゃありません。
 私は今も昔も週一回バンコクに上京しては,ジャパニーズ・クラブ(以下JC)のかなり複数のホステスさんら(彼女らは一様に顔立ちが日本人顔で美人で多く色白)のメイドになっています。 
 そして私は,近頃「これからは週に二回メイドになりたい。一回は私一人が一回は同じマゾヒスト男性と一緒に」と願望を広げました。 
だからって「おっ。そんな願望があるのですか。それじゃ私が貴方と一緒にメイドになります」で,そうやすやすと日本からマゾヒスト男性がやって来よう筈もありません。
 先ずは貴方との信頼関係が醸成されることが大事。でなければ,一緒にメイドをする私だって自分のマゾヒズムが萎縮してつまらない。
 ――そのためにはどうすればいいか――を考えた私。
――先ずは自分を晒すこと・・・それには何がいいか・・・うん,自分自身がマゾヒストなんだから,自分が書いてるマゾ小説をHPに載せよう。それで「バンコクでメイドになりたいけど・・・としひさなる者に不安がある」の,前向きだけど躊躇いもある人への何らか考える参考資料としてもらおう――と,しました。
 倣岸ながら、行間にとしひさの何たるかをお察し下されば幸いです。

 「専属奴隷物語―渡辺和夫の場合」(400字詰め原稿用紙で50枚)をお読みになられる前に・・。
 この小編は,筆名 はるか で祥伝社発行の「小説NON」企画の『官能小説賞』への応募作です(5月31日締め切り。11月号発表)。

 では,どうぞお読み下さい。


 専属奴隷物語―渡辺和夫の場合 
    

     
 渡辺和夫(38才)は,大手総合食品メーカーの製菓部販売促進係の係長。男子3人女子2人の部下をかかえ,仕事熱心だし有能。 
 そして毎週1回は新宿歌舞伎町のSMクラブ【芋虫】に通って,中尾玲子(25才)から調教を受けてるマゾヒストでもある。
 特定の女王様にかしづき続けていたい・・・のは,マゾヒスト男性の究極の願望なのか知れない。渡辺も,玲子の専属奴隷になりたいとずっと願っている。             
 願われてる玲子は既に専属奴隷を一人所有していて,もう一人所有する気ではいる。ただし,玲子が決めてる「飼育料」は月50万円。玲子の既にの専属奴隷である建設資材会社経営の中田幹夫(45才)の場合,それを喜んで差し出してる。他に高価な貢物もしばしば。           
 そして――サラリーマンの渡辺に月50万円の「飼育料」を払い続けるのは無理。今までと同じに【芋虫】に週1回通うのと,せいぜい「プラスα」が限度――とは,玲子が冷厳に推測済み。だから,玲子には渡辺を専属奴隷にする気なぞまるでない。         
 それで玲子は渡辺が【芋虫】での調教を終えて専属奴隷願望を願い出るたびに「ここに通って私からしっかり調教を受けてれば,いずれ考えるわよ」と返すのみだった。それを渡辺は,前向きに信じていた。 信じるのは渡辺の勝手。        
 ただし,玲子はこうして上手に渡辺を操縦しつつ「プラスα」の中身を考えていただけ。

  *


 12月中旬の木曜日の【芋虫】
 遅い時間に渡辺は玲子の調教を受けていた。
 終わって,玲子が「(【芋虫】の)仕事が終わったらSMスナックに連れてってやるわ。外で待ってな」渡辺に命じた。
 店外で,店の客と理由無しに付き合うなんて絶対しない玲子。
 考えついた「プラスα」のためだからこそである命じられた渡辺は――SMスナックに連 行して私が専属奴隷に相応しいかどうかご観察なされるのだろうか――と,咄嗟に推測し て「承知いたしました。お待ちいたしております」喜色して返事した。
 
 【芋虫】の入るビル下の路上で玲子を待つ渡辺。外気は寒いが心はうきうきと暖かい。
 零時ちょっと過ぎ,玲子がビルから出てきた。
 高価そうなミンクのロングコート。黒皮の高めヒールのロングブーツ。ルイ・ブィトンのバッグ。袖襟に見え隠れするパティックの腕時計・・・全て,中田からの貢物。
 並んでなんか歩かない・並んで歩くなんて非礼,と意識する二人だから自ずと先をさっさと進む玲子と後ろに従う渡辺。
 タクシー乗り場。
 玲子がチラリと助手席を指さして後部シートに座り察した渡辺はそそくさと助手席に座り小さくなっていた。
  
 こうして二人は,渋谷宇田川町のSMスナック【ミストレスの森】に向かっていた。

 ところで【ミストレスの森】店内の目立つ壁には
――――――――――――――――――― 
 雑役人募集・・・現在の雑役人待ちは□人。
――――――――――――――――――― 
 のプラスチック板が貼られている
 □は,数字板を入れる白色透明の囲い板。
 今夜の□は5になってる。5人が雑役人待ちしてるわけ。なのに渡辺は,今夜その5人を飛び越えて雑役人に決まる。
 どうしてか。
 1週間前に1人で【ミストレスの森】に来た玲子は「私の専属奴隷になりたい男がいるのよ。専属奴隷にするかどうかのテストってことで,そいつを雑役人にして欲しいの」と,中島佐代子ママ(39才)に頼んだ。
 玲子は【ミストレスの森】の常連客。客を軽重するのは仕方無いこと。1週前のその日の□は4だったが,それを飛び越えさせるのは佐代子ママ次第。
 それで「2人めの専属奴隷ってわけね。他ならない玲子ちゃんの頼みだものいいわよ」
中田を従えて店に来る時もあるから「2人め」と言って佐代子ママが承知した。
 「ありがとう,ママ。もっとも専属奴隷なんかにしないけどね」と,玲子。
 ――あら。入り組んだこと言ったわね。真意は何かしら?――の,佐代子ママ。
 「それでね,ママ・・・゛雑役謝礼金゛は20万円にして欲しいの。それと別に゛雑役開始金゛を100万円取って欲しいの」聞くまでもなく,玲子が追加の注文した。 雑役人になる男から月10万円の「雑役謝礼金」を徴収してるのが【ミストレスの森】のシステム。「雑役開始金」とか,それに類するのは徴収してない。
 それで玲子が何を企んでるのか察した佐代子ママだが,一応「゛雑役開始金゛て,なあに?」と,聞いた。
 すると「高校や大学入る時に入学金払うでしょ。それと同じこと」とそれを説明し,次いで佐代子ママが察したとおりに「倍額にした゛雑役謝礼金゛の半額を私が受け取る。゛雑役開始金゛は私が全部受け取る」こんな角張った言い方じゃないけど正直に告げていた。
 
 (専属奴隷をもう1人所有する気の玲子。
 だけど,決めてる「飼育料」は月50万円。
 ――サラリーマンの渡辺が,その支払いを続けるのは無理。【芋虫】に毎週1回通って,他に「プラスα」が限度――とは結論して「プラスα」を何にするか考え中・・・とまでは触れた。
それで――年末ボーナスが出たろうし・・・渡辺から100万円く゛らい取り上げたいわ。
 でも,何か甘い蜜をぶら下げなきゃいくら渡辺だって出さないわね。だけど「専属奴隷にさせてあげるから」なんて言ったら,私の月の「飼育料」は50万円だとも言わなくちゃならない。そうと判れば,渡辺はそれを諦めることになる。そうなれば,ボーナスを取り上げるのも駄目になるばかりか,他のSMクラブに通いだしてそこの新しい女王様に熱を入れちゃうか知れないし・・・――と,欲深く考えを進め
 ――専属奴隷への希望を捨てさせないで100万円を取り上げるには・・・間に【ミストレスの森】の雑役人システムを入れて・・・そうすれば・・・ついでに毎月10万円も貰っちゃおう――と,ここにきて「プラスα」の中身を「発見」したのである)

 玲子の真意を聞いた佐代子ママは決して格別な人品の持ち主じゃないが,世間の多数と同じに「狡さの突出は嫌」では生きてきた。
 それが,ここでは――玲子ちゃんは「専属奴隷にするかどうかのテスト」と告げて,男を雑役人にさせる。でも鼻から専属奴隷にする気なんか無くて,お金を得るためだけのやらずぶったくり。そんなダーティなことに手を貸すなんて嫌だわ――になって,さっきの承諾を撤回したくなっていた。
 だけど「他ならない玲子ちゃんの頼みだもの」なんて威勢よい口上も付けてOKしたのに,ここで「そんなじゃ駄目だわ」とは言いにくい。
 それで「金銭の流れ先をその男に伝えるなら,そうしても(=余計に受領しても)いいわよ」と言うのがせいぜいだった。
 ――であればその男が雑役人になるとは考えられない――の,つまりは婉曲だけど実質体のよい断りである。
 が,しかし,である。
 佐代子ママは月並みで好感すべき生き方をしてきたが「自分の意思を満たそう。我が侭に生きよう」が玲子の身に付いてる業。
 そんな玲子は,佐代子ママのそれを「体のいい断わり」と聞き取りはしたが「いいわよ。(金銭の流れを)伝えるわ」と,あっけらかんと応じていた。
 これで,応諾するしか無くなった佐代子ママ。
 もっとも――ま,そこまで聞いたらその男は雑役人を拒否するだろうし――にはなっていた。
 こうして玲子と佐代子ママの間では話はまとまったが,肝心な渡辺が諾否いずれか判らない。
 それを応諾させるため,玲子は渡辺を連れて【ミストレスの森】に向かったのである。
 


  やらずぶったくりを策略する玲子と,そうとは知らない渡辺が【ミストレスの森】に入ったのは午前1時前。この業界で「繁盛してる店」で評判の【ミストレスの森】は,今夜も「女王様と奴隷男の小世界」が繰り広げられている。
 「おまえも座っていいわよ」2つ空いてるカウンター席に座った玲子から言われて,横のスツールに静かに座った渡辺。
 「いらっしゃい。玲子ちゃん」すぐに寄って,挨拶する佐代子ママ。
 そして渡辺には「女王様が連行する奴隷は,その女王様に任せて多くは無視する」が商売繁盛の自分の確信だし店の方針ともしてるから,まるで存在しないがごとくで無視してる。
 「今晩は。ママ」で,渡辺を目配せする玲子。
 ――判ったわ――で,ここで渡辺をチラッと見る佐代子ママ。
 「ほらっ。ママにご挨拶しなきゃ駄目でしょ。阿呆」渡辺を何の遠慮も無しに叱りつける玲子。
 「あ,はい。し,失礼しました。ママ様。私は渡辺でございます。よ,よろしくお願いいたします」渡辺が慌てて,そして懸命に挨拶。
 女王様に断わり無しに奴隷が自分の意思で挨拶するなんて非礼。だから挨拶しないでいた渡辺。それで「阿呆」とどやされて慌てて挨拶する・・・のが,この世界なのである。
 「はい。よろしくね」あしらう佐代子ママ。
 「それじゃ静かにしてんのよ」「はい」の玲子と渡辺。
 こうして始まる玲子と佐代子ママの会話。
 「ママ。お願いがあるの。この渡辺を雑役人にしちゃってくれる」「あら・・・構わないけど・・・何でなの」「こいつね,私の専属奴隷になりたいのよ。それに向いてるかどうかテストしたいの」「ああ,雑役人でテストするってわけね。じゃあ,いいわよ」と,ここまでは事前の打ち合わせどおりの会話で簡単に終わった。
 これからが大事。
 「そんな条件では・・・」と,雑役人を断わって欲しい佐代子ママ。
 そして断わられたら金銭利益を失う,断わりたい佐代子ママをはね退けても我を通した自分の面子が無い,の玲子は――「雑役人をさせていただきます」と必ず言わせてみせるわ――で,いきなり横の渡辺の頭に腕を伸ばしていた。
 気づかず,前を向いてるままの渡辺。
 そんなの関係無い玲子が,渡辺の頭髪をきっつく掴んで「グイッ」と引っ張り上げた。
 ここも,さっきの挨拶の仕組みと同じで「何しやがる! このアマ!」にはならないのがこの世界。
 現に「ヒッ!」と,突然のそれにびっくりして痛がるのみの渡辺。
 次いで引っ張り上げた髪を捻って,渡辺の顔を自分に向けて「聞いてたかしら」の玲子。
 渡辺は命じられるまま膝に両掌を置いて静かに前を向いていた。それで横の玲子と斜め前の佐代子ママが,自身の雑役人云々の話をしてたのである。聞いてない筈が無い。
ならば「聞いてたかしら」と聞かれたのだから「聞いてました」と答えればいい・・・のだが,突然に髪を引っ張り上げられての「聞いてたかしら」である。痛くもあるし,そうそう打てば響くようにはいかない。
 それで渡辺は「聞いてました」とはならずに「・・・」の状態だった。
 そんなのが苛つく玲子。
 スツールを立って,引っ張り上げてた渡辺の髪をもっと引っ張り上げた。それで「ホラ。ホラ。ホラッ! 何時までボ-ッとしてんのよ! 早く答えなさいよ!」掴んでる渡辺の髪を揺すぶって叱責した。
 ここは「ヒ-ッ! ヒ-ッ! いてーですー!」悲鳴して我慢するのみの渡辺。
 「痛いかどうか,そんなのどうだっていいわよ。聞いたかって聞いてんのよっ!」すると,すぐに凄まじい声で玲子。
 それで「はいーっ。聞いてましたーっ!」と,顔を極度に歪めつつ何とか返事した渡辺。
 やっと髪を掴んだ手をおとなしくさせて「そうね。それじゃ,先を続けるわよ」の玲子。
 「おまえは今までどおり1週間に1度は【芋虫】に来て,私から調教を受けるのよ。それと,これからはこのお店で雑役人もするの。雑役人の成績が良ければ専属奴隷にしてあげっから・・・判ったかしら!?」それで,こう続けた。
 渡辺を専属奴隷にするつもりがまるで無い玲子。「雑役人の成績が良ければ専属奴隷にしてあげる」とは,ここも「【芋虫】に通って私から調教を受けてれば,いずれ考える」と,同じ言い草。
 つまり,常に「今の成績は良くない。もう少し雑役人の成績を上げる努力をしなさい」と,言い続けると決めている。仮に「玲子女王様の専属奴隷になれるためには,月の゛飼育料゛はいかほどでしょうか」と聞かれても「そんなことより,今は成績を上げることが先」と言うともしっかり決めている。
 そんな玲子,佐代子ママと約束したとおりに「雑役謝礼金は月額20万円よ。それで私が半分貰うわ。それとひ100万円の雑役開始金も必要よ。それは全額私が受け取るからね」と,金の流れを当たり前顔で伝えた。
 それで――さあ・・・ここからが勝負だわ――の,玲子。
 「どうすんの。(雑役人を)するの,しないの。返事しなさい」きっつい口調で続けた。 
 ばかりか,それで今度は掴んでる髪を「グルン・グルン」と強く大きく揺すっていた。
 せっかく‘緩和時間‘が少しあって痛みも和らぎつつあったのに――こんなじゃ,一度に頭髪がベリッと剥がされてしまう――と,新たな激痛に加えて恐慌もしてる渡辺。
 だけど,恐慌しつつも喜悦こそが深層のより真実に近い部分にあるのがマゾヒズム。しかも,玲子への変形した片思いは――玲子女王様は,ママ様に「専属奴隷に向いてるかどうかのテストとして雑役人をさせたい」と仰られた。今も「雑役人の成績が良ければ専属奴隷にしてあげる」と,はっきり言われた。「SMスナックに連れていく」と玲子女王様から告げられた時に,私が「専属奴隷に相応しいかどうかのご観察」と推測していたとおりではないか。いよいよ専属奴隷への道が近づいたぞ!――と,先程からずっと感奮させてもいた。
 そんなだから,要するにちゃんと「10万円を毎月ピンハネするわよ。他に100万円も献上しなさい」と告げられて
 ――20万円の「雑役謝礼金」はもちろん,100万円の「雑役開始金」も玲子女王様の専属奴隷になれるための一里塚――と,納得もしていた。
 だから「お,お願いします。ざ,雑役人をさせて下さい」哀願していた。
 「・・・そう・・・(雑役人に)なるのね・・・」の,満足顔で渡辺を見つめる玲子。
 「ママ・・・渡辺は雑役人をさせて下さいとお願いてるわ。よろしね」それで,カウンターを挟んだ佐代子ママに少し凱旋顔して言っていた。
 「はい,はい。わっかりました」玲子の荒っぽさに呆れ,渡辺にはもっと呆れて佐代子ママ。
 ではあれ,何せこの世界のこと。
 世間一般でのことなら,一時過ぎて「暴行されての無理矢理の返事。撤回する。それを認めなければ刑事事件にする」となろうが,これは渡辺は自身の意思で応諾したとは判る。
 が,どんな世界であれやらずぶったくりなんて,つまりは一種の詐欺。
 渡辺に「おまえは騙されてるのよ」と教えないことに良心が咎めはする。だけど,それを言えば大事な常連客の玲子を怒らせる。二度と店に来なくもなろう。
 そんなで――辛いけど・・・知らぬ振りするは――になってる佐代子ママ。
 それで,渡辺の雑役人日を毎水曜日の午後7時より翌木曜日朝の7時頃までと決め,ここでは「8時の開店までの作業」を伝え,他に「トイレは開店中も10時・零時・2時と,それと閉店してからもしっかり掃除するのよ」とも伝えていた。

 【ミストレスの森】で雑役人をするのが決まった,日付では同じ金曜日。
 渡辺は「一身上の都合により,来週より毎週水曜日に限っては定時退社させていただきます」の,稟議書を直属上司の製菓部長に提出した。
 渡辺の職場では,中堅社員のサービス残業はあたりまえ。そして,残業時間なぞ気にもしないで業務に励むのは,仕事熱心で有能でもある渡辺の日常。
 それが突然にそんな稟議書を提出したのだから,その場で読んだ部長が「‘一身上の都合‘とは何かね」不可解顔で聞いた。
 「ええ・・・まあ・・・」口を濁す渡辺。
 だけど,そのときに渡辺の肩の少し上がった具合から「何が何でも残業免除を認めて下さい」の不退転の決意を見た部長。
 「ああ・・・そうかね・・・」で,後は何も言わなかった。そして,机の書類を捲っていた。
「不本意だけど承知した」と,返事したわけである。
 であるとは察する渡辺。
 肩を落として自席に戻りながら――部長・・・すみません。他の曜日には今まで以上に頑張りますから見逃して下さい――とは謝り,落とした肩を戻して「他の曜日」を心に期して業務に入っていた。

 こうして訪れた最初の水曜日。
 職場の終業時間午後6時ピッタリに業務を切り上げた渡辺は,7時ちょっと前に【ミストレスの森】に入っていた。
 この時間,カウンター内側よりも奥まった位置にある調理室では50代であろう下調理のおばさんが1人。が,初めての渡辺に見向きもしない。
 それでも「私は新しく雑役人になりました渡辺でございます。よろしくお願いします」と挨拶した渡辺だが,それも‘我関せず‘。
 少しは首を捻ったが――マゾヒストがいるのと同じで,そんな人もいる――で,自分も‘我関せず‘を決めてスーツを脱いでワーカーショップで買ったツナ気゛の繋ぎの作業衣と長靴姿になった。
 開店前の自分の作業は,床の拭き掃除。次いで,カウンターとスツールの拭き掃除。カウンター内に入ってグラス類の洗い拭き取り。そして,最後がトイレの掃除・・・だとは,雑役人になると決まった先週のその日に佐代子ママから聞いてること。
 これらの全ては,この日の明け方近くかに火曜日の雑役人が閉店後に済ませている。
 でも,――こうした作業は何回でもすればするほど清潔になるしきれいになる筈――の,佐代子ママ。
 もっとも雑役人は人件費不要どころか逆に謝礼金を受け取ってるのだから,無駄な重複作業があっても構わない。
 渡辺が開店前の最後の行程であるトイレ掃除を終えたのは8時10分前。
 それで5分もしたら早番の小島未知と横山初枝(共に25才)が出勤。
 ここは,さっきの下調理のおばさんによりも気がこもって――確かこういった商売の挨拶は24時間「おはようございます」の筈――とまでになって,それで「お,おはよう,ご,ございます」の渡辺。
 吃音されて挨拶された二人とて渡辺を見るのは初めて。でも作業衣姿で丁寧に挨拶されて――新しい雑役人ね――になっただけ。彼女らに向かっても挨拶する返すなんてしない下調理のおばさんにと同じに無視して,さっさと更衣室に入っていた。
 そして,下調理のおばさんが「今夜の仕入れ必要食品」をメモした紙をカウンターのレジ横に置いて「さて・・・帰るかな」と呟いて帰宅。
 そして開店の8時になって,着替えを終えた未知と初枝がカウンターに立つ。
 フロアー隅につくねんと立ってるしかない渡辺に「目障りだから雑役人控え所に行きなさいよ」と言おうかと思ったが――開店してすぐに入ってくる客はめったにいないし面倒くさいし,それにじきにママも来るし――で放って,2人は雑談して時間潰し。
 そして5分して佐代子ママが出勤。
 「おはようございます」「おはよう。プリンセス」の,未知と初枝と佐代子ママ(【ミストレスの森】では,女性従業員を「プリンセス」と呼称している)
 「ママ様。おはようございます」渡辺も相変わらず様付けの挨拶。
 もっとも,佐代子ママは渡辺には一瞥しただけ。それで下調理のおばさんがレジ横に置いた不足品のメモを見て――全部,八百屋さんで済むわね――で,大体の金額を計算して「雑役。八百屋さんに行ってこれを買ってきなさい」命じ,そのメモと金を渡辺に。
 「はい」握って渡辺。
 ――八百屋さんは何処にあるのかな――だったが,聞ける雰囲気が佐代子ママにもプリンセスらにも感じられなかった。それで,も一度「はい」して半ば走るように店を出ていった。
 八百屋を探して買い入れして戻ったのは20分後。
 まだ,客はいない。
 渡辺が買い入れ品と釣りを佐代子ママに渡す。次いで「これを・・・」と,作業衣のポケットに移してた現金入り封筒を差し出す。
 それを――「おまえは玲子ちゃんから騙されてるのよ」と言えない言わないのは辛いけど,それに何時までもこだわってたられないわ――の佐代子ママがきっちり数えて「はい。120万円を受け取ったわ」言った。
 これで正式な雑役人になった渡辺。
 で,なった早々に「これを控え所で読みなさい」と,B4紙一枚を佐代子ママから渡された。
 「控え所・・・と,申しますと・・・」と,これは聞くしかないから渡辺。
 「あっちよ」佐代子ママが指さす。「はあ・・・」さされた非常口ドア-を見て渡辺。
 「そこを出た階段の踊り場が雑役人控え所よ」2人のやりとりを聞いてた初枝が口を出した。
 ――やっぱりそうなんだ――渡辺。
 急いで「あ,は,はい」して,非常口外階段の小さな踊り場に向かっていた。
  
 そこは,他のビルから漏れる灯も届かない死角。
 それで渡辺は『非常口』の蛍光ボックスに佐代子ママから渡されたB4紙を近づけて,そこの薄い灯をたよりに読み始めていた。  
――――――――――――――――――――
   クビ一覧
 @ 無闇に店内に入ればクビ。
 A 店内でよそ見をすればクビ。
 B ・・・・・・・・・であればクビ。
           :
          : 
 Q ・・・・・・・・・をすればクビ。 
 R 閉店後の片付け・掃除が不充分ならクビ。
 S 店の一方的で勝手な判断でもクビ。
――――――――――――――――――――
 ・・・――雑役人が喜ぶかどうかは考慮しない。店の経営に寄与するのでなければ,もしくは邪魔になるのであればどんどんクビにする――と,佐代子ママはこれを企画した。それで書かれたのだから,それは@からSまで全て「クビ」で終わる酷薄な文。 
 それを,薄い灯で何とか読み終えた渡辺。
 ――これじゃ,奴隷より大変だな・・・クビにされないように頑張ろう――と,顔を引き締めていた。
 もっとも「頑張ろうと顔を引き締めて」も,後は何をするでも無しで狭い踊り場で寒さに震えてるのみ。そんな渡辺の肩に,今年初めての雪が舞い降りていた。
 9時過ぎ,ドア-が「バタンッ」と開いた。
 足踏みを繰り返して何とか寒さに耐えていた渡辺が咄嗟に気おつけ姿勢する。まるで条件反射である。
 そんな渡辺に「雑役人。ヨグール買ってきて」と,中番出勤の服部明子が命じて金を渡した。
 「よ,よぐー・・・あ,あのう・・・何でしょうか」「あら。ヨグール知らないの。ヨーグルト飲料よ。ストロベリーね。あれ,美味しいのよ。急いで買ってきて」「あ,はい。判りました・・・。コ,コンビニですね」「そうよ。ほら。急ぎなよ」「は,はい」

 (サディスチャンじゃないけど「今,SMって流行りだから」で【ミストレスの森】でアルバイトしてる明子は,勤務の度に「女性から勝手放題に扱われて嬉しそうにしてる男性客と接してる。
 それがここでは――この雑役人も,こんな用事を言いつけられて嬉しい筈。なら‘便利だから`だけで使ってればいい――とはなっている。
 加えて,佐代子ママからも「店内業務に専念できるように,どんなに小さな雑事でも雑役人にさせるように」と,強く指示・奨励されている。
 そうした‘押せ押せの内外環境`が,明子にも他のプリンセスらにも個人の嗜好品買いだろうと平気で命令させている)

 それで「は,はい」の渡辺は――エレベーターを使って下に降りるには,先ずは店内に入らなければならない。こんな場合,クビ一覧の@の「無闇に店内に入ればクビ」になるのかな――と漠然と不安して,その非常階段を急いで駆け降りていた。


 
 そして,開店1回めのトイレ掃除する10時。 
 渡辺に不幸な出来事が発生する。
 渡辺は,非常口ドアーをソーッと開けて店内に入った。そして店内をチラリともしないばかりか,正面を向いたまま瞬き一つしないでトイレに向かった。
 ――ここは「女王様と奴隷男の小世界」に酔う空間。それをチラリと見られるのは「醒めた眼」で見られるのと似ている。誤解だろうと酔い醒ましになることを,雑役人にさせるわけにはいかない――の,商売上手な佐代子ママ。
 だからSである「クビ一覧」のAで「店内でよそ見したらクビ」とした・・・が・・・「瞬きしたらクビ」とは,さすが何処にも書いてない。
 玲子の専属奴隷になりたい渡辺のひたむきさが自発させている。
 この時間にになれば,人の声やざわめきが多いのは何時ものこと。
 でも渡辺は真正面を向いて――かなりのお客さんだたな――で,トイレに向かうのみ。
 「えっ! ウソ-ッ!」と,女性客の声。
 頻繁に,何処でも飛び交ってる日常語の一つで,それだけのこと・・・ではなかった。
 
 【ミストレスの森】のトイレは,便室が一つ男子専用が二つの男女共用スペース。  
 渡辺のトイレ掃除は最初から間違っていた。
 渡辺は開店前と同様に,トイレスペースの全てに散水したのである。確かに,特に飲食関連店舗のトイレ掃除はマメにするべき。しかし,営業中に散水はなかろう。
 無論のこと,これとて渡辺のひたむきさがさせたこと。
 が,動機は純粋だろうと結果責任。
 そこにプリンセス未知が,急になってる用足しで来た。それで,責任がきつく問われる。
 「まあっ! 何してんのよ!」そこら中を水浸しにした渡辺に,呆れて叱り声する未知。が,尿意は迫る。急いで便室のドアーを開けた。それで「あらぁ・・・まずいわ」の未知。
 便器蓋は開いていた。そこも散水されていた。だから便器蓋の内側と便座まて水でビチャビチャ。これでは座れない。用が足せない。
 「こんな時間に水を撒いてしまうなんて,この馬鹿っ! 早く拭きなさいよ!」金きり声の未知。
 渡辺とて――まったくだ。こんな時間に水を撒くんじゃなかった――と,気づいた。
 それと,何項であったかは忘れたが――「プリンセスを怒らせたら」か「大きな失敗をしたら」か「小さな失敗であろうと」か,とにかくそれもクビだとクビ一覧に書いてあった――と,ここは殆ど頭が真っ白になって過る。
 だから「は,はい。す,すみませんでした」で,その便室に急いで入って屈んでしきりに謝りつつ,トイレットペーパーを引っ張り出して水滴の拭き取りを懸命に開始するのみ。

 そこに,そっとトイレスペースに入ってきた斎藤薫(23才)。
 薫は渡辺と同じ職場に勤めている。しかも製菓部促進係所属。つまり,渡辺の直属の部下。
 その薫は,アフター5にSMクラブで女王様をしているサディスチャン。そして,SMスナック【ミストレスの森】の常連客。
 今夜はSMクラブは非番。それで【ミストレスの森】に遊びに来ていた。
 渡辺は「チラリともしない。瞬きもしない」でトイレに向かったが,薫はそんな渡辺を発見して「えっ! ウソ-ッ!」と,発していた。
 それで視線は,トイレに向かう渡辺の背を追っていた。次いでプリンセス未知がトイレに向かうのを見た。すぐにトイレから未知の叱り声が聞こえた。
 それで薫は――面白そう。ウククッ――でトイレに向かい,スペースのドアーをちょっと開けて隙間から中の様子を伺った。
 未知が眼に入った。片手は,便室のドアーを開け押さえてる。両足は,すぼめ合わせ気味。そんな尿意を我慢した格好で,未知がまだ叱ってる。
 ここでは,渡辺の謝る声も聞こえる。
 だけどドアーの隙間から覗く薫から,叱ってる未知は見えるけど謝ってる渡辺の姿は見えない。
 それで薫は――フフッ。渡辺係長の姿も見たいわ――で,ドアーを押して中に入った。
 それで未知の横に立ってた薫。
 「あら・・・」「ウフッ」の未知と薫。
 便器蓋の拭き取りを終えて,今は便座の水滴拭き取りに移っている。そうしながらも,しきりにしきりに便室正面のタイル壁に頭をペコペコさせて背に立つ未知に謝っている。
 「わ・た・な・べ・・・係・長・様」そんな渡辺に薫。水の拭き取りと未知への対処で目一杯だった渡辺。だけど突然に別の女性の声で自分の名前と職場での役職も言われて「えっ!」と,振り仰いでいた。
 そこに「フフフ・・・随分と,およろしい図ですわねえ」と,腕を組んで脚を広げて渡辺を可笑しそうに見下ろす女性。
 すぐに薫と知った渡辺。
 「い,いやあ・・・そ,そのう・・・」うろたえるばかりだった。
 「あら,薫さん。この雑役人を知ってるの」横の薫に聞く未知。
 「・・・そうなのよ。同じ職場の同じ係の係長・・・様」粘っこく薫。
 そして「係長は,ここで雑役人をしてるんだ」と,嘲笑顔で改めて渡辺を見下ろしていた。
 視線を床に落とす渡辺。
 「薫さん。悪いけど,のんびりしてられないの」尿意がいよいよ迫って未知。
 「あら。ごめんなさい」で,すぐ「ほらっ。プリンセスがおしっこするんだから,早く綺麗に拭き取りなさいよ」うろたえが強く,作業中断のまま俯くばかりの渡辺を急かせた。
 それで「・・・は,はい」ちょっとは躊躇ったけど結局は慌てて返事して再び便座の拭き取りを始める渡辺。
 ・・・。
 「雑役したい男が月に10万円を払ってなるのが【ミストレスの森】での雑役人」と,薫は店内の掲示で知っている(渡辺は二十万円。他に百万円の「雑役開始金」も払っているが,薫がそこまで知る由はない)。
 そうだから――お金を払ってまで雑役人するなんて,本物のマゾヒスト以外にいない。渡辺係長は正真正銘のマゾヒスト――とは,世間の奇異を発見して跳ね飛ぶ薫。
 渡辺の作業衣の背が濡れ始める。
 渡辺が散水したそれは,排水口に不備があって滞り気味。薫がそれをいいことに,ヒールの爪先で蹴って渡辺の背に幾度も浴びせたのである。 
 背が冷たくなりそれが広がり深まるのを構わず,便座の水滴を綺麗に拭き取った渡辺。
 「何とか終わったです」それで,言った。
 「何とか終わったです」を世間は失礼な言葉とは言わないが,この世界では男性が女性にするそれは敬語以外は非礼。薫の手前,せめてはと繕ったわけ。
 それじゃ非礼を詰ったかだが,今はそれどころじゃない未知。
 「じゃ,早く出なさいよ」急かせるのみ。
 未知が「ほら」で,薫が「フンッ」で出口を開けた。
 入れ代わって入った未知が急いでドアーを閉めパンストとパンティを一緒に下ろして便座に座ると同じに威勢よく放尿していた。
 聞こえるそれに「みっちゃん。水も流しなさいよ」可笑しげにドアー越しに言う薫。
 放尿なんか,開始しちゃえばたちまち楽になるから「あらーっ。ごめんなさーい」気分爽快に未知。すぐに「ザアーッ!」と水洗を流して放尿音を消していた。
 「みっちゃんたら,あわて者ね」の明るい薫が「今度は何処を拭くのかしら」顔を下にして立ち尽くす渡辺にきつい眼をして聞いていた。
 渡辺は【ミストレスの森】の雑役人であって薫の雑役人ではない。だけど,さっきも「早く綺麗に拭き取りなさいよ」と薫が命じ渡辺が慌ててそれに従ったように,ここではずっと
そんな区分け意識なぞ2人とも片隅にもなかった。
 それで渡辺は,ここも「はい・・・」で,ここは雑巾で男子用便器の拭き取りを始めていた。
 じきに未知が便室から出てきた。 
 「お待たせ。(用を)どうぞ」「係長様がいるから後にするわ」の,未知と薫。
 ――「見学」だったわけね――で
 「そうね。じゃ,行きましょ」の,未知。
 それで「しっかり綺麗にしておくのよ」「そうよ。頑張ってね」2人はクスクス声してトイレスペースから出ていった。
 
 30分後。渡辺は拭き取り・掃除を終え身を竦めて「雑役人控え所」に戻っていた。
 飲み過ぎで吐いた女王様客が現れて後始末にフロア―に出た。午前零時になって開店二回めのトイレ掃除をした・・・とかで,店内にいる時の全ても身を竦めていた。
 見ているだろう薫の視線を感じて渡辺をどうしてもそうさせていたのである。
 
 この日の最後の客,つまり勝手放題・自由奔放・元気溌剌な女王様と何事もひたすら従順であった彼女の専属奴隷が店を出たのは午前5時。
 今までの水曜日の雑役人に「雑役謝礼金」の週割り分を返しクビ一覧のSを適用してクビにして,順番を飛び越えて渡辺を雑役人にさせた佐代子ママは――これで常連客の玲子ちゃんへの義理は果たしてる。後は渡辺に雑役をしっかりさせてればいいこと。クビ一覧のRには「閉店後の片付け・掃除が不充分ならクビ」と書いた。不充分だったら雑役人願望者は常に順番待ち状態だから,すぐにクビにして交代すればいいこと――と,ここらは渡辺が玲子に騙されていることに何時までもこだわってなく,しっかり経営者の立場でのみ思ってる。
 それで,既にフロアーに出て汗かいて床拭き掃除を始めてる渡辺に,何だか他人事みたいな口調で「後は頼んだわね」だけ言って帰った佐代子ママ。
 そしてプリンセスらは「・・・」で,全く無視して帰っていった。

 *

 渡辺が閉店後の片付け・掃除を終えたのは朝の7時半頃。
 スーツに着替え,外に出た。街は前夜からの雪で真っ白。
 24時間営業の牛丼店で朝食セットをシェーバーで髭そりしながら急いで食べて職場に向かった。
 ――一睡もしないでの勤務だから大変だな――とは思ったけど「さあ,マゾはマゾ。仕事は仕事」と決意声して滑る雪道を踏みしめて駅に向かった・・・が,やはり,薫がこれからどう動くかに怯えは強かった。――薫が,せめて職場内では胸の内にしまっていてくれればいいが――とは,願った。
 しかし――トイレに留まった水を,多分はヒールの何処かを使って背に何回も浴びせていた。そんな薫が果たして・・・――と,強い恐れは離れない。

 (「‘強い恐れ`なもんか。直属部下の女性がサディスチャンなんて,理想の会社勤めじゃないか」の,意見があろう。
 だけど――そんな「理想の会社勤め」なんか戯言。そんなで職場勤務が持続してられる筈がない――とは,渡辺の持論。
 渡辺は,夢を追い続けて結局夢のままで終わる多くのマゾヒストと異なり,夢想家ではないのである・・注・・『官能小説賞』への原稿の実際は,横線部の「渡辺は,夢想家ではないのである」)

 ・・・渡辺が案じたとおりであった。
 朝から薫は,ことある毎に嘲笑眼で渡辺を見つめていた。
 そして昼過ぎの早い時間,薫は渡辺の席に来て「係長・・・私,サウナに行きたいわ。
 そして真っ白なまま,咄嗟に架空の外仕事を作って薫に‘命じ‘ていた。
 「このお仕事は,どのくらい時間がかかるのかしら」
 「そ,そうですね・・・これは3・4時間・・・あっ,も,もう少しかかるか知れません。そ,その場合,そのまま帰宅しても結構ですよ」薫の質問の意を察した渡辺。声は掠れ額からは脂汗。
 「そうよね・・・フン・・・馬ぁ鹿」さっきからここまで,渡辺だけに聞こえる小声の薫。
 「はい。判りましたわ」ここで,普段の声で言っていた。
 その時,渡辺の5人の部下の内男子社員3人は普段どおりにデスクワーク中だった。
 もう1人は女子社員の牧悦子(25才)。
 薫は昼休みに「高校時代の友達数人と一緒に,面白半分でSMスナックに入ったのよ。その時にね・・・」と前置きして,悦子に昨夜のことを喋っていた。
 「渡辺は【ミストレスの森】の金銭授受が逆の雑役人になっていた。それでトイレ掃除に粗相して女性従業員から叱られていた。渡辺はひたすら謝って,掃除をやり直しさせられていた。他にも細細とした雑用を命令されてしていた」と,薫が関与してる部分が消されたそれを聞いた悦子は,それから渡辺の挙措挙動の一切がクスクス顔でしか見られなくなっている。それで悦子はこの時,盗み見の格好で2人のやりとりを見聞きしていた。そして薫が早退する時は,憚り無しに可笑しげ楽しげに「バイバイ」と手すら振っていた。
 そんな悦子の豹変した態度を見て,渡辺は「薫が,せめて職場内では胸の内にしまっていてくれれば」の願いが,早々と崩壊してるのを知った。
 その日,当然に薫は帰社しなかった。サウナでのんびり過ごし,そのままSMクラブの女王様勤務に向かったわけである。
 
 そして,翌金曜日。
 薫には昨日のように陰湿に要求を充たす他に,渡辺の「正体」を暴露して面白可笑しくしていたい欲求もあった。
 だから昨日は悦子に喋ったのだし,今朝は同じ係の男子社員にも話したくなっていた。
 出勤して製菓部全体朝礼中に,薫はその旨を横に立つ悦子に耳打ちした。
 「それ,私にさせて」はしゃぎ声で悦子。
 それで朝礼が終わり「ちょっと。ちょっと」悦子が,販売促進係の男子社員3人をうきうき声で給湯室から手招きした。
 ――ちっ・・・朝礼時も今も・・・女は,朝っぱらからはしゃぐってか・・・うっせえな――の3人が不機嫌顔して集まった。
 そんな3人に「いいからいいから」で,悦子は薫から聞いた同じを喋った。
 「おいおい。それって,渡辺係長はマゾってことじゃねえかよ」で,眼を剥いてる3人。
 それで3人は「阿呆かってんだよ」「真面(まじ)かよ」と,自席に戻りながら机に座ってる薫に奇妙な笑顔しながら言っていた。
 それを楽しそうに「阿呆だってんだよ。真面だってんだよ」と混ぜ返す薫。
それで5人が5人「ハハハッ」「キャハハッ」なっていた。
 渡辺は――もしかして(3人の男子社員に)喋るんじゃないか――と怯えて,悦子の「ちょっと。ちょっと」を横目していた。
 そして「渡辺係長はマゾってこと」もチラリと聞こえ,4人が席に戻る時には薫ら5人全員が哄笑して,ガックリと肩を落としていた。
 でも,ここも――「マゾはマゾ。仕事は仕事」と割り切って頑張ろう――と,ギュッと唇を引き締めていた。
 ただし,上司の渡辺は割り切って業務に専念しようとしても,薫や悦子と同じに3人の部下もこの日のこの時から仕事をする姿勢は失せていた。業務上の指示を渡辺がしても「ハイ。ハイ」と小馬鹿にした声と態度で受け流しさえする始末になっていた。
 
 土・日と殆ど眠らなかった渡辺は,月曜日に眼の下を隈顔にして辞表を提出した。
 先々週の金曜日に「週1回の残業免除」を求めた。理由を問われたが「ええ。まあ」で口を濁した。そんなで製菓部長は渡辺を見捨て,その旨を人事部に伝達していた。それで人事部では,既に渡辺をリストラの最優先候補にしていた。
 だから,辞表を受け取った人事部長は,もっけの幸いと慰留の素振りもしないで受理した。
 そしてこの日の昼前までに「渡辺はマゾヒストであることが知られて辞表を出した。その場で受理された」とは,販売促進係と人事部の部屋が核になって全社内に広がっていた。
 「マゾヒストであることが知られたから」じゃなく「業務上の指示に部下が従わなくなり,それに仕事熱心で有能でもある渡辺は絶えられなくなって」が辞職の真相なのに,まるでマゾヒストと犯罪者が同列視されての広がりである。
 それで昼休みの社内食堂のあちこちで,男子社員よりも女子社員の方が「マゾヒストって何なのさ」と,半知半解であろうそれをもっと知りたがってざわついた。そんな女子社員らの歓心を買おうと,ある男子社員はわざわざ書店からSM雑誌を買ってきた。そして,全裸で四足になってる男性を肌着の女性が跨り乗って鞭でその人間馬の尻を叩いてるグラビアを回覧させ,訳知り顔して「SM講釈」を開始する始末であった。
 そこに女子社員の多くが集まり,グラビアを見て「キャッ! 嫌だあ!」になり「うんうん・・・キャハハッ! そうなんだ!」で「SM講釈」をしっかり聞いていた。
 こうして,社内食堂は浮ついたざわめきのままだった。

 そんな中で,渡辺は1人寂しく残務処理し,机・ロッカーを整理して職場を立ち去った。
 まさに「石もて追われるごとく」である。
 
 職場を失い,意気消沈で――大不況の日本で,再就職できるのは何時の日か・・・失業保険金と預貯金をやりくりして耐えていこう――とは,渡辺。
 それで――玲子女王様の専属奴隷になれたら,何やかにやで20万円は必要であろう(玲子の場合、愛人の「お手当て」にあたる「飼育金」だけでも50万円。「何やかにや」を含めれば,100万円弱までも毎月のように必要だろう。勤労者である渡辺が推測した額)。失業した私にその負担は無理。専属奴隷になれなければ,週1回だったのを月1回に減らして【芋虫】で玲子女王様から調教を受けても虚しいだけ。だったら【ミストレスの森】で雑役人を続ける理由も失せる。・・・もう【芋虫】にも【ミストレスの森】にも行くまい――とは,ただただ玲子の専属奴隷になりたかった渡辺の寂しい結論だった。

 自分に正直で・・・職場勤務も熱心で有能で・・・そんな渡辺なのに・・・。
 確かに,策を弄して金銭を騙し取った玲子は感心しない。佐代子ママの営利優先も寂しくなる。
 しかし,そんな2人の打算を離れれば対極にあるマゾヒズムを暗黙で擁護すべきがサディスチャン女性のありうる姿であろう。他にありうる姿は無かろう。
 ・・・なのに薫は・・・。
 渡辺をあげつらうために,しっかり‘OLの仮面`を被り直して,何が「高校時代の友達数人と一緒に,面白半分でSMスナックに入ったのよ。その時にね」だ。この本物の馬鹿女!・・・と,薫を詰るのは唇が寒くて嫌だ。
 だけど,ちょっと書きます。
 確かに渡辺は水曜日のサービス残業を拒否しました。だけど同時に(その残業の不法を詰るわけじゃなく),他の曜日にはこれまで以上に頑張ろうと心に誓ったのです。
 だからこそ,雑役人を終えたら急いで牛丼店で髭をそりながら朝食して「さあ,マゾはマゾ。仕事は仕事」と,一睡もしないまま雪道を踏みしめて職場に向かったんです。部下全員からそっぽを向かれても踏ん張ろうとしたんです。
 それらこれらを思えば
 「マゾヒズムなんて俺には理解できないよ。
 だけど理解出来ないそれは,何か俺たちに迷惑でもかけてるのか。それは仕事に持ち込まれてるのか。
 そうじゃないだろ。
 人はそもそも他人の性癖にまで触れるべきじゃないよ。そんなの,個人の勝手な領域として放っておくべきなんだよ。
 その伝から言えば,渡辺係長は薫の無体な早退要求を‘笑わせるな。俺はマゾヒストだけど,
それが何だよ。仕事と私事をごっちゃにするな`と,拒否すべきだった。だけど,そうしなかった。
 なら,次いで薫の悦子への暴露も悦子の男子社員への告げ口も‘そんなの本人の勝手`で,皆は封殺すべきだった。
 少なくとも,辞職願いは突き返すのが本当だよ」
 の意見があってしかるべきと,私は思うのです。
 だけど,そんな意見が人や場の片隅にも出ることはありませんでした。
 ・・・。
 ・・・残念です。悔しいです。


                                                        FIN

 

 

 

BACK・・うん,自分自身がマゾヒストなんだから,自分が書いてるマゾ小説をHPNEXTに載せよう。それで「バンコクでメイドになりたいけど・・・としひさなる者に不安がある」の,前向きだけど躊躇いもある人への何らか考える参考資料としてもらおう――と,しました。
  倣岸ながら、行間にとしひさの何たるかをお察し下されば幸いです。  
間30分の絶景の地シラチャー町でせっせとマゾ小説を書いてせっせと投稿してやっと近頃常連掲載されるようになりました・・・が「せっせと書いてせっせと投稿」だけでタイにいるわけじゃありません。
 私は今も昔も週一回バンコクに上京しては,ジャパニーズ・クラブ(以下JC)のかなり複数のホステスさんら(彼女らは一様に顔立ちが日本人顔で美人で多く色白)のメイドになっています。 
 そして私は,近頃「これからは週に二回メイドになりたい。一回は私一人が一回は同じマゾヒスト男性と一緒に」と願望を広げました。 
だからって「おっ。そんな願望があるのですか。それじゃ私が貴方と一緒にメイドになります」で,そうやすやすと日本からマゾヒスト男性がやって来よう筈もありません。
 先ずは貴方との信頼関係が醸成されることが大事。でなければ,一緒にメイドをする私だって自分のマゾヒズムが萎縮してつまらない。
 ――そのためにはどうすればいいか――を考えた私。
――先ずは自分を晒すこと・・・それには何がいいか・・・うん,自分自身がマゾヒストなんだから,自分が書いてるマゾ小説をHPに載せよう。それで「バンコクでメイドになりたいけど・・・としひさなる者に不安がある」の,前向きだけど躊躇いもある人への何らか考える参考資料としてもらおう――と,しました。
  倣岸ながら、行間にとしひさの何たるかをお察し下されば幸いです。