プロフィールです。




ゆう想像図
(デジカメ無
いんで・・)
ハンドル
名前
年齢
職業
出身
性別
座右の銘
合い言葉
嫌いな物
性格
見た目

ゆう
YUUZO SIRAKI
24
大学4年生
大阪

人生を甘く見ること。
ぞれがどうした!ENJOY!
自分のお腹の肉
衝動的・負けず嫌い
うさんくさい
(自分ではナイスガイだと言い張る)
<趣味>
丘の横乗り系
(スケボ、スノボ)
ソーイング
ギター(アコギ)
寝ること
パソコン
音楽
人を引かせる事
泳ぐ事
卓球
ゥュtc
ICQ#14017685


Biography(興味無い!って、今言ったでしょ・・・)

1974年
岐阜県で生まれたらしい。

198?年 (前期)
いつのまにか、大阪へ。小学校4年ぐらいまでは、結構、女子にもてていたらしい。小学校4年より、太りだす・・・。類まれ無い、エロガキだったらしい・・・。太り出してからは、開き直ったのか、大人をからかってでも笑いをとるほど貪欲に笑いを求めた。大人から見たら、かなりムカツク、ガキだっただろう。この頃、近所の高校生に、”ウータン”というアダナをつけられる。オランウータンの形態模写をしていたかららしい。おかげで、兄弟や、この頃からの連れには、いまだにウータンと呼ばれる・・・。ちなみに、習い物バカでもあった。週休みナシで、習い事に勤しむ(剣道、そろばん、塾、習字など)、一つとして身についているものはなし・・・。

198?年(中期)
中学入学、急に女の子を意識しだす。調子に乗って、少し悪い事もする。でも、許容範囲か・・・。中学3年の時、近所に住んでいた、幼なじみのFに胃を悪くするほどの恋をする。仲良くなればなるほど、胃が痛くなる(小学校の時は、興味無かったが、少し見ないうちにすごくかわいくなっていたというのが好きになった理由かな・・)。この時、10K以上の減量をする。標準体重まで落とす事に成功。だが、彼女に彼氏がいたせいか、勇気が無くて告白出来なかった。それが、今も引っかかっている・・・。もう、あれ以上、純粋に恋をする事はないかもしれない・・・。当時、水着が見れる、水泳の授業でヒーローになれる、剣道を止めたい、という理由で水泳部に入る。バタフライとクイックターンをマスターしたところで、コーチとぶつかり、退部。この時、水泳部の一番かわいかった子に、好意を持たれるという、快挙を達成(勘違いという噂も・・・)。でも、Fの事が好きだったので、丁重に断る。

198?(後期)〜199?(前期)
高校時代、楽しかった。この時期に、ほぼ今のひねくれた性格がかたまる。常に、人と違う事をしようと考えていた時期。内面を変えなければ意味はないのに・・・。中学時代の初恋のFとはなんと同じ高校、しかし、この頃にはもう告白するという雰囲気ではなかった(私は好きだったけど・・・)。しかたなく?同じクラスのこれまた、1・2を争うほどのかわいい子Sに惚れる。Sには、結局2年の時に振られる事になるが、初告白を体験し、それなりに満足感も得る。この時から、私の振られ人生が始まる・・・。そして、体育委員長などを歴任(クジで決められた)、体育祭や文化祭などで舞台に上がり笑いをとる事に成功。充実した高校生活を過ごす。ちなみに部活はまた水泳部。成績が中の下、しかも馬鹿高校、でも就職したくないという中途半端な理由で専門学校進学・・・。

199?年(中期)<人生の谷間>
神戸にある、某コンピュータ系専門学校入学。西日本最大を歌い文句にしたこの学校。真実は、私と同じ、大学進学こぼれの高校生気分の子供の吹きだまり。そこで、一年半ほど無意味な時間を使う。ここで得た物は、初めてできた彼女ぐらい。今考えれば、真剣に勉強していた奴もいたかもしれないし、自分の意志さえあればどこでだって勉強できると思えるのだが、その頃は、その場所を抜け出したいと思うばかりだった。2年の中期、専門学校中退。それから、バイトなどをして半年ほどゆっくりとした時間を過ごし、心のリハビリをする。そして、一年勉強して、今の3流大学に入学することになる。
少し、プライベートの話をしよう。前記した、この頃付き合っていた彼女、専門学校入学時にたまたま隣に座った子、そして、たまたま同じクラスになり、意気投合した。半年ぐらいつきあって、私が学校に行かなくなっていき、自然消滅することになるのだが、この子に対する情熱が薄れていったのにはこんな側面もある。
神戸の三宮。駅のホームでウォークマンを聞いていると、前から見慣れた顔の女の子が寄ってきた。
私「うきゃ!Fやん!何でこんなとこにおんねん!」
F「それは、こっちが聞きたいは〜」
、、、そう、幼なじみのFとの再会。神戸の芸大に進学していたらしい。その時はすぐ別れたが、それから、そんな偶然が何度かつづいた。・・・と、こう言うと、その子と再会して、また恋が芽生えたと思ったでしょ・・。別にそれ以上のことはなんもなかったんですけどね・・・。ただ、運命とか、目に見えないつながりを信じるようになった。専門学校の彼女には、それを感じなくなっていった。。。なんじゃ、この理由は、、、ごめんな。

199?年(中期)〜現在
チャリで17分、車で12分という、好条件だけで、今の大学を選ぶ。学部は経営学。別に将来、起業しようという信念があったわけじゃない、それに、大学で勉強した程度で、会社が作れるほど甘くないという事も知っていた。ただ、やはり今のまま就職しても、なにも出来ない気がした。甘いかもしれない。でも、今、就職活動をして、大学に来た事がプラスになっていると確信している。学歴がじゃない。精神が成長できたと思うからだ。あのまま、専門学校を卒業していても私にはなにもできんかっただろう・・。少し、遠回りはしたが、生きていくなかで、寄り道も出来ない人生なんて、しんどいしおもしろくもない。座右の銘に”人生を甘く見る事”とかいたのは、無意味な時間こそが、人生の大切なスパイスになると信じるからだ。人生を甘く見るぐらいの余裕が、人生を豊かにするんだ。それがどうした!を合い言葉に生きる不真面目な人生こそが、私の生き方だ。そう思います。

私と真剣な話をすると最終的には、
「だから、それがどうした!」
と、言うかもしれません。この言葉に、反論できる人ってあんまり、いないでしょ(^^;
(この言葉は、あるアニメのなかのセリフの一つです。何のアニメか知りたい人は遠慮なく聞いてください)
大阪弁で言うと、”なんぼのもんじゃ!”かな。なんぼ=いくら?ってことだから、大阪人のお金にたいする執着心がでてますね。ちなみに、もんじゃはもんじゃ焼きのことじゃないです。もし、もんじゃ焼きなら、「そのもんじゃ焼き、いくらですか?」ということになる。
なんぼのもんじゃ=そのもんじゃ焼きいくらですか?。。。大阪弁っておもしろい・・・
余談はこの辺にしときましょうか(^^;


とりあえず、おしまいです。読んでくれた暇な人、ありがとう。