「じゃ、いろいろ有り難う。さよならC子」 「See you againでしょ?」 その途端、彼の顔が歪み見る見る目に涙があふれました。
1999年8月11日、午後1時30分。
私のお昼休みはとっくに終わって、30分時間が過ぎていましたが、そんな事は私にはどうでも良かったのです。
私たちはその日、彼の車の後部座席で二人っきりで一つのお弁当を分け合い、最後の昼食を一緒に摂ったのでした。
本当はその前日お別れしたはずなのですが、ぎりぎりのその時まで、最後の抵抗をしていたのです。
お弁当を食べ終わった後、彼は私の太股に頭を預け、ブラウスの前をはだけて、乳首を吸いました。
最初はやさしく、徐々に激しく。そして乳首が硬く立ってくるとその根元を軽く噛みました。私の一番好きな愛撫でした。
その間彼の目はずっと泣いていました。
私は彼の首をしっかりと抱きしめていました。
それから彼は指で私の中に入り、乳首を吸いながら私の中心をそれはそれはのけぞるほどの微妙な動きで愛撫しました。
その後は、私が彼のものをいとおしむ番でした。
私は彼のものを両手で包み下の方からゆっくりと舐め上げ、うらの縫い目に舌をはわせ、先の方の一番敏感なところを、そっとそっと舌で愛撫しました。
それから先端に舌先を入れた後、ゆっくりと彼のものを口に含み、のどの奥の方に静かに入れていきました。
「ああ、、、」彼の口からため息が漏れ彼のものは紅潮し波打っていました。
「出していいよ・・・」私はそれからずっと同じリズムで愛撫しつづけました。やがて彼は私の口の中で果てました。
それから二人でしっかりと抱き合い、泣きました。
無情にも時間はドンドンすぎ、それぞれの職場に戻らないといけない。
それから彼の車で会社まで送ってもらいました。私にとって、彼の特別の人として助手席に座れる最後の時が過ぎていきました。
会社に着いても降りたくなく、彼も離しがたくしばらくじっとしていましたが、行かないと時間が過ぎる。
その時彼が言ったのです。「さよならC子」
私たちは実は過去に何度も別れようとしたのです。そしてその都度また別れられず戻ってしまっていました。
See you again…これは3度目のお別れの時、さよならと言った私に彼は首を振って
さよならは言いたくない、See you againなら言うと。
でも、その時私は言ったのです。
あなたはまた奥さんや子供たちとの生活をやり直す為に私と別れるのでしょう?
また会う時はそれがかなわなかった時。うまくやり直す為に別れを決心したんだから、また会うことがあってはいけないはず。
だからさよならって言って頂戴。それでないとあきらめが付かないわ。
その時彼が絞り出すような声で言った言葉「さよなら、C子」
その時の事を思い出したのでしょう。私たちにとってSee you again.はイコールgood byeなのです。
しばらく見詰め合い、彼は前方を睨みながら言いました。「さ、早く行きなさい」「うん」
私が車を降りると、彼は手を振って、何度も何度も手を振って、彼の車は走り去りました。
私はそこにしばらく、彼の車が見えなくなっても立っていました。
第1章 『出会い』
私と彼が初めて出会ったのは1992年2月の事でした。
とある会、もっと正確に言うと子供の学校のPTA本部役員の顔合わせでした。彼は次期会長、私は書記と言う立場でした。
役員選考会を欠席し、本人欠席のまま選出されたと言ういきさつから、私は彼ら次期本部役員に予定されている面々のほとんどと、文字どおり初対面でした。
入り口近くの席に座った私の向かい側の高い位置に彼は座っていました。
初めて見た時の印象。あら?あの人どこかで会ったことあるな、、、どこであったんだろう。。。?
とても懐かしい顔のような気がして、ちろちろと盗み見ていたのを昨日の事のように良く覚えています。
その日は第1回の会合の日程を決めて解散しました。
彼とはたった一言会話らしきものをしただけです。
「 その日(第1回役員会)は都合が悪いので欠席したいのですが。」
「初めての会合なので、中座してもいいので始めだけでも出席してください。」
「はい、分かりました。」それだけ。
その時はこの人とこんなに深い関係になるとは、想像すら出来ないことでした。
彼は会社の専務さん。スポーツマンで、穏やかな人柄。そして小柄で可愛い奥さんと3人の子供のよき夫、そしてよき父親でした。
それから毎月1回、第一土曜日の定例役員会、運営委員会。
これから2年間彼ら、彼女らと子供たちの為に、良い教育環境を作るお手伝いをするのです。
一緒に仕事をして驚いたのは、彼はものすごく人の話しを良く聞いてくれることでした。
私の夫も含めてですが、私の回りにいる男性諸氏は、往々にしてまどろっこしい、女の話しなどにいちいち付き合っていられないと言うタイプが多かったのです。
特にこう言う一つの組織の中では、会議はともすれば強い意見や発言力のある人の意見に流されていくものです。
弱い意見は吸い上げられず、偏った方向に行くのが世の常でした。
ところが彼は違ったのです。意見を言いたい人の電波をキャッチするのがとても上手でした。
まんべんなく、一人一人の意見を吸い上げ、会の意志として取り上げていく。そういう事のとても上手な人でした。
ある時学校で問題が起こり、その日の運営委員会はその対応策を話し合っていました。
彼は意見を言い出せないでいる一人の人を指名しました。彼女はつかえつかえしながら、訥々と自分の意見を話し始めました。
話し始めて幾らもたたないうちに、彼女の意見を遮り、自分の意見を割って話し始めた人がいました。
その人は強い個性の持ち主で、毎回自分の意見を主張する人でした。
割って入られた人は、「はっ!」として、話すのを止めてしまいました。
会の流れはもはや割って入った彼女のペースになっていくだろうと思われた矢先、彼が彼女の発言を止めたのです。
「今は○○さんの意見を聞いているところです。みんなで彼女の話しを聞きましょうよ。あなたの意見はその後聞きますから」
会長にそこまで言われてしまったら、さすがの彼女も黙るしかありません。
その人は口をつぐみ、私たちはどうなることかとはらはらして、様子を見ていました。
彼は何事もなかったように、先程の人に話しの続きを促します。
彼女はまた、訥々と話し始めました。要領は得なかったけれども、とてもいい意見でした。みんなの納得する意見でした。
彼女の話しが終わると彼はその意見にコメントをつけた後、後から割って入った彼女に、発言を途中で切ったことを丁寧に詫び、彼女の意見を言うように指名しました。
でも、もはや彼女の出番ではなかったのです。彼女も自分が遮った相手の意見に賛成なのでした。
そして、会はいつもの通りぴったり予定通りの時間に終了しました。
そんな事があってから、私は彼をとても尊敬するように成りました。
彼の一挙手一投足を注目するようになりました。
よーく観察するとものすごくオシャレ、そしてきれいな二重瞼の長いまつげを持っている、ステキな顔立ちの人だと言うことに気が付きました。
挨拶しても短くてスマート。私の思いは募ります。
書記と言う立場から全然発言しないでひたすらノートを取っているのですが、頭の半分は彼の方に意識が向いていて、、耳は片耳だけダンボの耳になって彼の息遣いを聞いていました。
ああ、なんてステキな人なのかしら。。。。
毎月第1土曜日の午前9時から役員会、続いて10時から12時までが運営委員会。その月に話し合うことを役員会で決め、運営委員会にかけるのです。
その報告書を家でテープリライトしながら、B4の紙1枚に収めるのです。
私は仕事を持っていましたからそうそう会社を休むことは出来ません。だから必然的に夜徹夜の作業が普通でしたが、テープで聞く彼の声、胸がときめきました。
そのまま全部は紙面の都合上掲載できませんから、短くまとめるのですが、彼の挨拶を内容を変えずにいかに洗練された文章にまとめるか、これは私の密かな喜びでもありました。
あの人がこれを読んだ時なんと言ってくれるかな?そんな事を考えながら、ワープロのキーボードをたたいていました。
毎月がとても充実していて楽しかった。なによりその時は彼に会えるのですもの。
運営委員会が終わると決まって、学校近くのファミリーレストランにみんなで行きました。
そこでビールをとってみんなでがやがやおしゃべりしながら、お昼を食べるのです。大体5時間くらい粘っていましたね。
レストランの奥の少し広いテーブル席が、決まって私たちの場所でしたが、そこで、さりげなく私は彼の横に座っていました。
毎回彼のとなり、そこはいつのまにか私の指定席になっていました。
この年は行事も多く、私たちは、本来の業務のほかに、集まることが多かった年でした。
そう言うことの前後は必ず集まって食事したり、お酒を飲んだり出来ますから、おおっぴらに彼とお酒を飲めるチャンスでした。
彼は話も上手で、話題も豊富です。私はいつもみんなの目を気にしながら彼の横を狙っていたように思います。
忘年会、祝賀会、新年会、送別会、打ち上げ、何かと言ったら飲み会の席が設けられました。
その都度私は彼に誰よりも素敵に映る事を願いながら、いそいそと参加していました。
席が決まっていない時は、ちゃっかり彼の横の席に座り、お酌したり話したりしていました。
席がくじ引きなどで決まった時は仕方なくしばらくその席にいて、頃合いを見計らってお酌に回ります。
わざと遠いほうから、順にお酌して、しばらく雑談して、次に移って行き彼の横に行った時は、回りの人も動きまわっていて、誰も自分の席に座っていない、それがチャンスでした。
「 お待たせしましたー。」「いやいや、お待ちしていましたよ」それからしばらくそこに座って話をするのです。
ここに1枚の写真があります。彼と私がカメラに向かって屈託なくにっこりと収まっているツーショット写真。
そんな会の一つで誰かが撮ってくれた写真です。手前に彼が写っていてその向こう側に私が嬉しそうな顔をして手を振っています。
まだ特別の関係になる前の写真です。
なぜか、二人だけの写真はPTAをやっている2年間で、これ1枚きりなのです。
今から8年も前の写真です。
そう言う飲み会の後は、決まってカラオケボックスに行くのが常でした。
カラオケボックスの一番大きな部屋(パーティルーム)。歌えない私はいつもソファーのコーナーに座っていました。
みんなが楽しそうに歌っているけど、私はつまらないのです。彼ばかり目は追っていました。
その頃から、彼が私の方を時々意識してくれるようになりました。やった!!
第2章 『水面下』
1992年秋、ある時みんなでバス旅行に行く話がまとまり、マイクロバスを借りて千葉の館山と言うところに、バスハイクに出かけました。
彼がいろいろおぜん立てをしました。
総勢14人。あいにくの雨でしたが、早朝に出発し一路千葉の館山に向かいます。
メンバーの一人が運転し、彼はナビゲータの為助手席に座ります。私は後ろの方の席。全く話は出来ません。
時々彼が振り向いて、何かを話す時、瞬間目が合う時がありました。その時彼の目が笑っていて、私も思わずアイコンタクトをとってしまいます。
千葉の館山と言うところは、南総里見八犬伝と言う物語の舞台になったところです。伏姫が八房と言う犬と隠れ住んだと言う岩屋が残されているそうです。
千葉は気候の温暖なところですから、晩秋でもさほど寒くありません。フラワーラインを通って目的地に入りました。その頃には雨も上がっていました。
ロープウェイで山頂まで上がると、そこには大きなお寺があり、大仏があります。大仏の前で写真を撮り、ついでにお寺にお参りして、みんなにわか信心で手を合わせます。
そこから山を一つ越して反対側に降りるのですが、これが結構急な階段で、一人が通るのがやっとのような細い階段がずっと上の方まで続いていました。
スポーツマンの彼は軽々と階段を上っていきます。私も必死で付いていきました。
途中でみんなが遅れはじめ、一番上に昇りついたのが、1番が彼、2番目が私、3番目がバレーボールをやっているおばさん。
「なかなか、足が強いですね」と彼。心地よい汗、心地よい風、気持ちがいい。
それからみんなが到着するまで3人で話をして過ごす。後のおばさんもっと遅れてくればいいのに。
その後、近くに予約を入れた和食の店で食事。テーブルは二つ。手前に幹事席。私は彼とは離れて座る。一応他の人に気を遣って。
その時撮ってもらった写真。私ともう一人副会長の女性、二人ともにっこり笑って。
後にこの写真は複写して引き伸ばし、彼にあげる事になります。私の個人的にあげた写真の第1号です。
彼は長いこと、この写真を車のメータの前に貼って、眺めながら運転していたそうです。
帰路、急遽フラワーパークと言うところにより、パターゴルフをしました。急増で作った4人パーティ、運良く彼のチームに入れました。
ゴルフは少しやっていましたから、こんなの軽い軽い、、、。やすやすとベスト女性賞をゲット。
いつか二人でゴルフ行きたいな、そんな夢のようなことを考えていました。
その年の暮れの忘年会。
仕事を終え、少し遅れ気味に会場に到着し、会費を払いながら、目はすばやく会場を見渡す。彼はどこ?いない。がっかりする。
「今日会長さんは?」「あ、さっき電話があって、遅れるって」、、なーんだ、急いでこなきゃよかった。
仕方ないので、前に座っているあまり話の面白くないおじさんの相手をする。「へぇ、ああそうなんですか、そうですよね、、、」気のない返事。
せっかく仕事終わって駆けつけたのに、何が悲しくてこんな退屈なおじさんの相手なんてしなくちゃいけないんだろうと思う。彼早く来ないかなぁ、、、悟られないように意識は入り口に集中している。
会ももう半分以上過ぎた頃、ようやく彼が到着。待ってました!!思わず口走る。
「お疲れ様です。遅いんで待ってたんですよー」オイオイ、そりゃないでしょう、、、そう言いたげな前のおじさんの顔がちらつく。でも構うことない、こんなの半分義理なんだし。
彼の席は一番奥。私からは一番遠い席。彼が席に就く時、少々酔っていた私はこう言ったらしい。「好きなんだー、○○さん・・・」
後に彼に聞いたところでは、その声が席に向かう自分の耳に届き「え?」と思ったそうな。それから彼ははっきり好かれていると自覚したらしいです。
よほど印象が強かったんでしょうね。その日の私のファッションまで覚えていました。エルメス調の白のブラウス、、、本人が覚えていないのに。
そのまま表面上は何事もなく、月日は進んでいました。
ただこれまでと違うことは彼の中に私の存在が大きくなっていたこと。彼の意識の中に私の存在が入り込んでいたことです。
飲み会の後のカラオケに移動する時は、彼の車に私が乗るようになりました。時には他の人も乗っていましたが、私は必ずメンバーに入っていました。
彼も車に移動する際は「こっち」と呼ぶのです。うまく行くと二人っきりと言うケースもありました。
でもその頃は一緒にいられればそれで満足だったのです。愛だの恋だのそんな話はありません。ただ、心臓だけがバクバク言ってました、、、
1993年2月、次期PTA役員を決める、役員選考会が開かれました。普通はPTA本部役員の任期は2年と相場が決まっていました。
でも、私は役を引き続き受けるかどうか迷っていました。何故ならその頃私の旦那さんに転勤の話が持ち上がっていて、
転勤が正式に決まれば、恐らく最後までお役を全うできないと思ったからです。
彼とはまだ一緒に仕事をしたい。でも、書記は総会資料を作ったりするので、一番最後まで仕事があるのです。みんなに迷惑をかけるかもしれない・・・・。
私は迷うだけ迷っていました。とにかく選考会に出席してその様子で決めよう・・・。
選考会の当日になっても、私の気持ちは固まっていませんでした。どうしよう、、、。でも他に適当な人がいたら、役を降りよう。
漠然とそんな事を考えながら、気持ちは決まらないまま選考委員会に臨みました。
学校長、現PTA会長の彼、役員選考委員会委員長の挨拶に続いて、現役員の紹介、と会は進んでいきます。
私は、彼とはもうこれっきりかもしれないと思いながら、余り人の話は耳に入ってきませんでした。
続いて、次期役員候補者の名前が紹介され、一人ずつ自己紹介することになりました。
次期会長候補である彼の自己紹介が始まりました。
立ち上がった彼はこれまでの旧役員のみんなをねぎらった後、こう言いました。
「私は副会長時代を含めてPTA活動に3年間携わりました。これまで、素晴らしいスタッフに恵まれ、充実したPTA活動をすることが出来ました。
しかし、同じ人がずっとやるよりもまた新しい人材を得て、新しい取り組みをすべきです。
幸い人材の候補はたくさんいるようですので、私は後進に道を譲って、今年限りで役を降りたいと思います」
その時私の中で何かが説明のつかない何かがバチンとはじけたのを感じました。彼は降りちゃうのか、、、
続いて副会長候補の男性、彼も当然降りるんだろうな、、、そう思った矢先、思いがけない言葉が彼から飛び出しました。
「私は昨年副会長に推薦された時、PTAは初めての経験でしたが、とても貴重な素晴らしい時間を持つことが出来ました。
現会長のTさん(=彼)が引き続き会長職を引き受けてくれるのなら、もう1年お役を引き受けさせてもらいます」
意外でした。それから続く各役員候補の人たち(これは、今年卒業するお子さんの親以外は全部現役員でした)が、
みんなこの意見に追随して、次々とTさんがやることを条件に、受諾の意向を表明していきました。
私の迷いは私の順番まで続いていました。どうしよう、、、。ところがいざ自分の順番が来た時、私も同じ事を発言していました。
「Tさんが会長を引き受けてくれるのなら、もう1年やります」
そして全員の注目が彼に集まり、彼は結局、私でよければと引き受けることになりました。
後々、彼はこう言っていました。みんなにはめられたと。
PTA総会に続き、正式承認された後、とにもかくにも、次期年度はスタートしました。彼と私の役を超えた個人の関係のスタートする年でもありました。
第3章 『スパーク』
PTA活動は学校行事を切り離して考えることが出来ません。学校行事は毎月あり、その都度我々は学校に集合し、そのお手伝いをします。
運動会、マラソン大会、文化祭、合唱コンクール、吹奏楽の発表会、市主催のPTA研究大会、地域活動、とにかく
行事はとても多く、まさにボランティアです。
女性と違って男性は仕事との兼ね合いもあり、目に見えない苦労もあったことでしょうが、彼はそういう事を感じさせない人でした。一口で言いうと誠実、そして気配りの人です。
PTA活動は女性人の働きで持っているといっても過言ではないでしょう。ですからその仕事を評価し、そしてねぎらいやフォローを忘れない彼はみんなからも信頼されていました。
男性がロングランで学校のPTAという組織を率いて上に立つには、それなりにいろんなところに支障があったはずですが、結局彼はその優しさが災いして、断ることが出来なくて結局PTA活動を副会長時代から含め6年間やり、最後の1年は市のPTA連合協議会の副会長も勤めることになります。
とにかく、その役員選考委員会で会長に推薦され、再び私たちと一緒に活動をすることになりました。
2年目は1年目のそれとは大きく違いがあるわけではありませんが、ほとんどが同じメンバーなので、気心知れた仲間、1年目よりうんと仲良くやっていました。
お互いがお互いを少しずつ意識しながらも、表面上は会長と書記の立場を崩してはいませんでした。
飲み会があると、いつものように2次会でカラオケに行きます。歌えない私は相変わらずコーナーの椅子に座り、隣の人と話しをしながら、お酒を飲んでいるだけです。
そしてその最後は必ずライトダウンしてチークタイムになるのが常でした。みんな踊りというか暗がりの中で、抱き合って居る感じ。
私はそれもやりませんでした。どんなに誘われてもノー。考えたらとても付き合いが悪いですよね。お高くとまっていると思われても仕方がありませんが、そういうのが基本的に好きじゃなかったんです。
さて、主人の転勤は2年目が始まってすぐ正式に決まりましたが、卒業年次に入っていた子供を最終学年で転校させるのに忍びなかったこともあり、主人は1年だけ単身で行ってもらいました。ある意味私はそこでフリーになったわけです。
でも主人の転勤が正式に決まり単身で行っているというのは、書記の相棒と副会長の女性以外には言っていませんでしたので、ほとんどの人が知らないことでした。
ただ、やはり来年4月の総会まではいられないので、秋が過ぎた頃3月に引越しをすると、明らかにしました。
彼はびっくりしたみたいです。その頃からいつかチャンスがあれば、一度二人っきりで飲みたいと思っていたそうです。
そしてある飲み会の後の2次会で、例によってチークタイムが始まった時、強引にダンスに誘ってきました。
いつもは踊れないからと断る私なのですが、なぜかすんなり応じていました。
もう後数ヶ月で、お別れして多分もう会うことはないだろうという気持ちが働いたのかもしれません。自分でも理解できない、なぜその時応じたのか、、、、。
、ライトを落し暗い中でいると、頬が紅潮してくるのを自分で感じていました。
頬と頬が密着し、彼の心臓の鼓動が私の胸に、皮膚を通して直接伝わって来ました。
ドクン、ドクン、、、熱い。
その時でした。私の唇に柔らかい彼の唇が触れた、、、その途端、どちらともなく、激しくお互いの唇を吸っていました。
それは激しく、長く舌を絡ませ、その舌を根元まで吸って、お互いの唾液が混ざり合って、、、
曲が終わり唇を話す時、お互いの唾液が糸のようにつながるほど、激しいキスでした。
どうしてそうなったのか、いまだに分かりません。でもお互いを求める気持ちが、そういう特殊な雰囲気の中で増長したのは確かなことでした。
誰かに見られたかもしれない、、、でもその時は、ボーッとなっていて、訳が分からなくなっていました。
月並みな言い方で言えば、お互いの気持ちに突然火が点いて、急激にスパークした、そういう表現が一番当たっているかもしれません。
たくさんの人の居る中で、考えたら本当に大胆です。
後々、二人でこのシーンを思い出す時、本当にどうしてだか二人にも分からないし、どちらが先だったかも分からないのです。
考える前にそういう事になっていました。
その会場を出たあと、いつものように彼の車の助手席に私が乗りました。彼は他の人が来る前に、車を発進させていました。
車はなぜかいつもの私のうちの方向ではない、家の少ない人気のないところに行って、止まりました。
沈黙。彼も何も言わない。私も喉がカラカラになっていて、言葉が出ない。
沈黙、、、
私は彼の横顔を、ちらっと盗み見ました。彼もちらっと私を見ました。
何か言って、、、お願いだから、、、。
でも彼は何も言わない、、、沈黙に耐え切れず私が口を開いた。
「抱いて、、、」
意外な言葉が沈黙を破った、、、。彼はうろたえていた、、、。再び言った「抱いて、、、」
彼は黙って前を睨んでいる、、、。私は自分の言った言葉にただ驚いていました、、、、そして火が出るほど顔が火照り居たたまれなくなりました、、、,
「だめだよね・・・・」「いや、だめじゃないけど・・・」彼はかすれた声で言った。再び沈黙、、、
「だめだよね・・・・」また私は言った。彼は意を決したように靴を脱ぎ、靴下を脱ぎ、ズボンを脱いで、助手席の私のシートを倒した。
それから覆い被さり、唇を吸った。そのうち手が胸をまさぐりはじめ、セーターの上から胸を揉みしだいた。
私は自分でセーターをたくし上げた。ブラジャーの白が、暗い車内でぼんやり浮かび上がっていた。
しかし、彼はちょっとためらっていた、、、。私は自分でブラジャーのホックをはずし、上の方にたくし上げた。私の胸がむき出しになった、、、。
彼は私の胸にむしゃぶりつき、夢中で乳首を吸った、、、「ああー」
それから乳首を吸いながら私の敏感な部分に指をはわせた、、、そこはもう十分潤っていた、、、
私は彼の物に手を伸ばした、、、。しかしそれは硬くなっていなかった、、、
私は一生懸命触ったり、しごいたりした。でも彼の物は元気にならなかった、、、。やがて私は彼の物から手を放した、、、。
「チューだけしてあげるね」彼はそう言うと、いきなり私の股間に顔を埋めあそこを舐めはじめた、、、。シャワーも浴びていないのに、、、。
私の顔が火のように熱くなり、額から汗が噴き出していました、、、。
第4章 『一線』
それから約2週間が経過しました。あの衝撃的な時から気持ちの動揺がずっとずっと続いていました。
そして、次に彼に会った時どういう顔をしたらいいのか分かり
ませんでした。
そう言う時に限って、同じようなシチュエーションが発生するものです。
2週間後、次期PTA役員を選出する役員選考委員会が開かれました。
今年の役員のほとんどは子供が学校を卒業する為、役を降ります。
ところが彼はまだ末っ子が在籍していましたので、引きが続き会長に推されていました。
気心の知れた私たちでなく、副会長の女性と会計の女性の二人以外は新しいメンツばかり。当然彼は前回のように辞退しました。
今回は彼にしたら強硬に辞退しつづけました。その時は結局決まらず選考委員長に一任ということでお開きになりました。
その日、またいつものように近くのファミリーレストランで、みんなで過ごした後、私は自分の自転車でうちに帰っていましたが、彼が横からゆっくりついてくるんです。
委員会の開催が午後からだった為、ファミレスを出たのがかなり遅くなっていました。
それでもう1軒二人で飲みに行くことになり、私はわざわざ自宅の自転車置き場に自転車を置き、彼の車に乗り換えました。
私たちは駅の近くの小さなバーに入りました。二人っきりで飲むのは初めてでした。
そのバーは空いていました。私たちはコーナーの席に座り、ウィスキーをオーダーしました。
二人っきりはもちろん初めて、そして先日の一件があったので、二人ともなんとなく気まずく、黙っているわけにも行かず、当たり障りのない会話をしていました。
彼が煙草を吸いました。彼の煙草の吸い方はとても色っぽいのです。じっとその口元を見ていると、自分の乳首を吸われているような錯覚に陥ります。
何か言わなきゃ、、、私はおもむろにこう言いました。「会長受けてあげなさいよ。あなた以外に適当な人は居ないし」
彼は「もうやりたくない、あなたも居ないし。」と言いました。
「気持ちは分かるけど、あなたが受けてあげないと、会長候補は一人も挙がっていなかったし、もう1年やってあげて、、、」
折角二人っきりで初めて飲むのに、私は必死になって彼の説得に当たります。何でこんな話しか出来ないんだろうと思いながら。
彼は立て続けに煙草を吸い、煙草が切れてしまいました。「これで良ければあるわよ」私は自分のバッグから、メンソール入りのバージニアスリムライトを取り出し渡しました。
「煙草吸うんだ、、、」彼は受け取りながらそう言いました。
私はいらいらした時と、気持ち良く酔っ払ってきた時だけ煙草を吸うんです。でも、人前ではよっぽど気心の知れた人以外、絶対吸わないので、知らないのも無理はありません。
そこに小1時間ほど居て、店を出ました。店に居る間は、時々自分の話をしましたがやはりずっと当たり障りのない話をしてしまいました。
車で送ってもらう時に、この間の記憶が蘇りました。彼も私も気まずく、うちの近くまで送ってくれましたが、ほとんど先程の繰り返しで説得をしていました。
彼は「もう一度考える」と怒ったように言い、うちの近くで車を止めました。
降りようとした時彼がグイと私の腕を引っ張りました。それを合図にキスをしました。手が少し胸をまさぐりましたが、うちの近くなので誰が見ているか分からない為、私はその手を離し、車を降りました。
その後何度かそう言うチャンスがありましたが、積極的なのはむしろ彼の方で、私は逃げ腰になっていました。
私は気恥ずかしいのより、本当は彼がその時に役に立たなかったのを気にしていたのです。
彼に恥をかかせた、、、、その思いが強かったのです。
何日かして彼がぽつんとこう言いました。「ピアス預かっているよ」それは私がどこかでなくしたと思っていた。アメジストのハートのピアスの片方でした。
「どこで見つけたの?」「あの時、君が落していったらしく、あの後何日かして車を掃除したらシートの間から出てきた」
私はその時の事を思い出して耳まで真っ赤になったような気がします。
初めて結ばれたのは、それから1ヶ月ほど経った忘年会の後でした。前と同じようなシチュエーションになり、人気のいない場所で車が止まり、また私が言ったのでした。「抱いて、、、」彼はウンとうなずき、また私のシートを倒してのしかかってきました。
激しく乳首を吸われ、片方の手でもう一方の乳房を揉みしだかれ、私は喘いでいました。
それから彼はズボンを脱ぎ、靴下を脱ぎ、シャツを脱ぎ、下着1枚になりました。私は夢中で彼の物をまさぐりました。
今度はそれはやや硬くなっていました。
これは後で分かったことですが、彼はその時、やはり頭の隅でかすかなためらいと言うか、常識ある人はこんな事をしてはいけないと思っていたから、それが精神的に作用したようです。
私は、娘時代にほとんど遊ばないまま23歳で結婚しました。男性経験はもちろんなく、主人が初めての人でした。
主人のセックスは自分本位で相手にちっともサービスしないものでした。
つまりお役目でしかなかったのです。そして、それもここ数年途絶えていました。
主人とのセックスで私はいい思いをしたことはほとんどありませんでした。
その点彼のそれはとにかく、執拗に愛撫を繰り返すのです。乳首を吸いながらあいている片方の乳首を指で揉みます。私は何度ものけぞりました。
やがて彼は言いました。「入れていいんだね?」私はうなずき、そしてゆっくり彼の物が入ってきました。
膣を通ってくる感触、ああ、とうとう夫以外の人の物を受け入れてしまった、、、私は自分で招いたことであるのに、ショックを隠し切れないでいました。
第5章 『秘密』
それからしばらくは、特別に何かすることもなく過ぎていました。
ただ、今までと大きく違ったことは、お互いが仲間にも、もちろん結婚生活のパートナーである相手にも、誰にも言えない秘密を持ってしまったということでした。
その間にも運営委員会があります。お互いがお互いの存在を意識しながら、平常心で会議に臨むには、あまりにもショッキングなことであったのです。
私はひたすら彼に目をあわさないように下を見て、ノートを取っていました。でも時折彼の刺すような視線を感じ、頬が紅潮してくるのを押さえることが出来ませんでした。
ある日の会議が終わった後、いつものようにファミリーレストランに行きました。
その日はなぜかとても混んでいて、いつもの我々が占領している場所が他の団体で埋まっていました。
私たちは、いつもと違う横に並べた机に向かい合うようにして、陣取りました。
意識したわけでも謀ったわけでもないのですが、同じ並びの席の真ん中に彼と私は並んで腰掛けることになりました。
しばらくみんなでビールを飲んで、雑談していましたが、はっと気がつくと机の下で彼の手が伸びてきて、二人で手を繋いでいました。
じっとり手のひらに汗が噴き出していましたが、それでもじっと手を握られたまま、顔は何事も起こっていないかのように装うのも結構大変です。
一度、男と女の関係になったことで、彼の方も少し馴れ馴れしくなっていたのかもしれません。
彼とはその後、何度か一緒に2人で飲みに行きましたが、キスだけで男と女の事はしませんでした。
やはりお互いに一応大人の常識人であろうとしたのでしょうね。
一度ならずパートナーを裏切っておいて、良く言うよと言われそうですが。
その年の暮れは、春に引っ越す為めまぐるしく過ぎました。
その年は、学校以外の仕事、つまり慶弔事だとかそういった用事も多く、その都度PTA役員は駆り出されます。けれども私は最低限のお付き合いにしか、顔を出しませんでした。忙しくて留守にする事が多かったからです。
彼は、そういう時私がいないのを確認すると「なんだ、きょうはいないのか、、、」とがっかりしたそうです。
そして忘年会が近くの割烹で行われ、その後またカラオケと言う事になりました。
外に出た時彼が「C子、こっち」と手招きするんですね。自分の車に来いと言っているのです。
他の人たちがまだぐずぐずしている間に彼の車は、助手席に私だけを乗せ発車しました。
1次会の会場から2次会の会場のカラオケボックスまでは歩いても行けるような近さですが、大部分は車で移動していました。
みんなより先に車を発進させたので、当然一番早く到着します。そこで少し離れたパーキングに車を止め、2人で話し込んでいました。
そして濃厚なキスを交わしました。
それから会場の、カラオケボックスに行くともうみんな到着していました。
入った途端に仲間の男性に冷やかされました。
「お2人さん遅かったね、途中で『**』(ラブホテルの名前)にでも寄ってきたんじゃないの?」
私は顔が上気してくるのがわかりました。何気ない顔をしているのが大変でした。
彼は「急がなきゃいけないので、忙しくて大変でしたよ・・・」とジョークを言い平然としていました。
年が明け、私は多忙を極めていました。東京と大阪を何度も往復するような毎日でした。
その間仕事も年末から年明けにかけて忙しかったし、もちろんPTAの書記としての仕事もありました。
また家を売りに出していたので、その見学の人もちょくちょく来ていました。
1月10日から1月12日まで大阪、教育委員会に行って子供の学校の情報を聞き、受験の為の書類をもらう。
その間に家探しもあり不動産屋と一日3〜4軒の家を見に行き、子供が入学予定の学校からの足を確認したり、一日歩き回ってくたくたでした。
夫のアパートの部屋に帰ると夜の帳(とばり)が下りていて、それから夕食を作り風呂を沸かし、洗濯にアイロンをかけ、死んだように眠る。
東京に12日の夜とんぼ返りしてきて、翌1月13日はPTA通信の印刷です。
印刷をその時にするという事は、それ以前に原稿を仕上げているという事ですから、恐らく平均睡眠時間は、ナポレオンのように3時間ほどだったと思います。
とにかく気力だけで、その時は暮らしていましたから、持っていたのでしょう。
彼の事は気にかかっていました。何しろ大阪に行ったらもう2度と会えないと思っていましたから。
でもゆっくり会う時間がありませんから、公的な場のみでお互いの息遣いを聞くに留まっていました。
1月20日午前中日通引越しの見積もり、夜勤務先の新年会、
1月21日PTAの新年会、カラオケボックス。
1月22日現在のマンションを購入してくれた人との契約の為夫が帰京、
1月23日家の契約、夫下阪。
1月24日住民票の転出。郵便局、電気、ガス、電話の移転手続き、すべて私の仕事でした。
1月28日大阪、教育委員会に入試資格審査の為の書類提出。
1月29日PTA役員選考委員会。
2月1日、2日、私の勤務先の送別会が二つ。
2月5日PTA役員会、運営委員会・・・・めまぐるしく毎日を消化している状態でした。
彼はその頃焦っていたようです。このまま時が過ぎC子は大阪に行ってしまう。もう1回2人っきりで会いたい、、、。
私の方は、相変わらず分刻みのスケジュールをこなしていました。
2月6日、家のリフォーム、2月7日、テープリライト、2月9日、PTA通信の印刷。
書記は2人いるのだから、相棒に任せれば良かったのですが、彼の言葉は私が書きたかったのです。
そして、2月10日に子供を早退させて、午後のひかりに飛び乗り一路大阪へと向かいました。
今回の大阪行きの目的は、夫の引越しと子供の入学試験です。
大阪に着いたら、夫の荷物をまとめ、掃除をし、引越し準備を夜遅くまでやりました。
2月11日早朝より夫の引越し、取りあえず夫が先に新居に入り、子供の入試はそこから行く事になっていました。
落ち着くまもなく子供の私立入試が始まりました。2月15日学科試験、続いて2月16日面接。
2月19日合格発表、受かった、、、、2月20日帰京。
2月25日PTA主催送別会。久々に彼に会える、、、。
表彰状、花束、挨拶、一通り終わり、またカラオケ。その時も最後まで隅の椅子に腰掛け、彼と話し込む。
その後、何人かで3次会に行く事になり、私はいったん家に荷物を置きに帰って後から合流する事にした。
家に荷物を置きくらい夜道を、指定された店の方に歩いていると、途中の1本入った道に車の赤いテールランプが見えた、、、
「あれ?」と思ってそっちを見ると、おもむろに彼が降りてきた。待ち伏せしていたらしい。
車に乗ると、予定の店の方とは別の方向に走っていく。「あっちじゃないの?」「いいんだ、放っておけば」
結局みんなを巻いた形で、それから15分後別の店のカウンターに並んで腰を下ろしていた。
「最後だから2人でゆっくり飲みたかったんだ」「私も」
それから1時間ほど飲み、またあの場所に行った。
でも何となく2人とも居心地が悪く、もじもじしていたような気がします。
「関西には度々仕事で行くから、その時連絡するよ」「嫌!もう会わない。」
「最後の思い出にもう一度抱いて」「そういうシチュエーションなら抱かない」
しばらく2人とも黙ったまま、気まずい時間が過ぎていきました。
やがて私は言いました。「それなら、うちまで今すぐ送っていって。ここから遠くて歩いて帰れないから」
「ちょっと待ってよ」「嫌、もう帰るの!!」
結局キスだけしてその日は別れました。ものすごく気まずい思いだけを残して。
さようなら、Tさん、、、、