AUSTRALIAN HISTORY & CULTURE

 今から4万年〜6万年前にオーストラリア大陸の最初の住民であるアボリジニの先祖がやって来ました。彼らはまずパプアニューギニアに着き、まだ当時陸続きだったオーストラリア大陸へ歩いてやって来ました。約2万年前には解氷期が訪れオーストラリアはパプアニューギニアと離れてここからオーストラリア大陸としての歴史が始まりました。

 歴史上ではオーストラリア大陸は想像上の大陸でした。ヨーロッパ各国ではアジアとヨーロッパのバランスを取る大陸として取られて、当時はテラ・アウストラリスと呼ばれていたそうです。その後ヨーロッパ各国はまだ見ぬ夢の大陸のオーストラリア大陸を探す航海が次々に出発しました。しかし実際に確認出来たのは最初にあると言われ出してから約300年後でした。15世紀初めからポルトガル・オランダ・スペインが船を出し、そして1606年遂にオランダのヤンスがオーストラリアのヨーク岬と西海岸を発見しました。

 その後、17世紀末以降イギリスが度々船を出し、1768年から3回繰り返された"キャプテン クック"率いる調査隊でした。1770年4月にクックはシドニー郊外のボタニ湾(現在はシドニー空港がある当り)に上陸し、ニュー・サウス・ウエルズと宣言し、1770年8月にイギリス領となった。

  アメリカが独立後流刑地を失ったイギリスは1787年5月にオーストラリアを流刑地とし、イギリスのポーツマスより流刑者を送った。そして1788年1月26日、739人の流刑者がポートジャクソン湾(オペラハウスの前の湾)に上陸し、この地名を"シドニー"と名付けました。
 またこの1月26日は現在Australian Dayとなっていて祝日になっています。この日はどこへ行っても国旗を持って歩いている人がいて、街中はお祭りムード1色になります。ただ原住民であるアボリジニの人達にとっては侵略が始まった日となっていて、1日喪に服す日でもあるので、我々もうかつにはお祭り騒ぎとは行きません。

 入植当初は何も無く生活をする事さえままならなかったが、人々は大陸内部へ徐々に入植を広げ、農業開拓や羊を飼いウールの生産を始めていった。1829年には西側のパースにも入植が始まり、1836年にはアデレードに流刑者以外の入植者も始まりサウス・オーストラリア植民地が成立しました。その後は1851年にヴィクトリア植民地、1856年にタスマニア植民地、1859年にブリスベンを首都とするクイーンズランド植民地と次々に設立されていきました。

  また1851年にはニュー・サウス・ウエルズで金を発見し、一挙にゴールドラッシュが始まり世界中から金を目指してオーストラリアへ入植してくる人が飛躍的に増えました。

 1900年にはイギリスの議会で6つの植民地を州とする連邦の成立が承認され、 1901年1月1日よりオーストラリア連邦としてスタートしました。新しく草案された連邦憲法はアメリカとイギリスの組織体系や制度が導入され、上院・下院の2院制議会制度やアメリカの州制度とほぼ同じの州制度が採用されました。

1914年に勃発した第一次世界大戦にも建国後間もなかったが参戦し、ドイツ領であったパプアニューギニアをオーストラリア領の国際連盟委任統治領にしました。

 第二次世界大戦では日本の南進作戦により、ダーウインへの攻撃や、シドニー湾への潜水艇での攻撃で、建国以来初めて国家の存続が脅かされる事態となりました。今現在でも僕の住む街にも砲台と大砲が残っています。しかしその脅威は日本の敗戦によって収まり、戦後オーストラリアは国際連合創設当初より国際連盟に加盟し、ポリネシアン諸島の非植民地化に協力しました。

 1942年には英国のウェストミンスター法受諾し(英国議会から独立した立法機能取得)、1975年 連邦最高裁の英国枢密院への上訴権を放棄し、そして1986年 オーストラリア法が制定され、州最高裁の上訴権を放棄する等英国からの法的完全独立を獲得しました。

 またオーストラリアは天然資源に恵まれた国であり、1957年に日本と日豪通商協定が結ばれて以降、鉄鉱石をはじめとする地下資源の輸出が盛んになり、1960年代の高度成長期を支えました。1977年には日豪で長期の友好関係を保障する日豪友好協力基本協定が締結されて以来、文化面での交流も盛んになり現在ではオーストラリアでは日本語が第二外国語になっている学校が数多くあり、オーストラリアでは日本語が話せるとTelstra(電話会社)・National/ANZ(銀行)・QANTAS航空といった一流企業に就職できるとの事である。



  民族

オーストラリアは歴史でも述べたように移民の国でもあります。全人口が1996年の国勢調査時で17,892,423人でその内1320万人がオーストラリア出身の人で、残りの390万人が国外で生まれた人です。1320万人のオーストラリア人のうち380万人の人々は両親の片方が国外出身者です。国外出身者の約1/3はイギリス・アイルランド・ニュージーランドでその他はイタリア・旧ユーゴ・ギリシャ・ドイツ・オランダ・ベトナム・中国・フィリピン等となっています。

  一方オーストラリアの原住民であるアボリジニは352,970人で全体の2%を占めています。ここ数年ではアボリジニの人達も自信を持ってアボリジニと言えるようになったので今まで隠していた人達も言うようになって来たので近年増加傾向にあります。


    宗教

ヨーロッパ系の人々が多いため人口の約70%はキリスト教が占めています。キリスト教でも最も多いのがカトリックで、英国教会など様々な宗派の人達がいます。キリスト教以外でもイスラム教・仏教が共に1.1%でユダヤ教が0.4%、その他にはヒンドゥー教など約90の宗教が存在します。また無宗教と言う人も16.5%いるのも1つの特徴として挙げられます。また日曜日には教会や寺院などへ行くのが習慣となっています。これだけ多くの民族・宗教が存在しても対立が起きないのは大変素晴らしい事だと思います。


  習慣

国家の政策にも挙げられている"Mindship"の精神にのっとって始めてあった人同士でも"G'day mate"とやGood afternoon等では無く普通に"How are you?"(OZ Englishでは"How ya goin?"と言う)と気さくにどこでも話しかけてきます。駅やバス停などで待っているとみんな気さくに話かけてきてくれます。オーストラリアはとってもFriendlyです。皆さんも街で"How are you?(How ya goin)"と話しかけられたらしっかり"Fine"や"Good thanks"と返しましょう。そうすると会話が弾みいい勉強になりますよ。逆に恐れずにこちらから話しかけるのもいいですね。



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