今は思い出になってしまった、バス達の現役時代の写真とエピソードなど。
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国鉄バス 全国津々浦々を走っていた、国鉄バス。但し自分の生まれ育った東京都内には走っていなかった。幼少の頃、鉄道好きであった為、初めて国鉄にバスがあることを知った時は妙な感動を覚えた。JR化されてからは、塗装もやや派手に変わってしまった。なにより車体側面のツバメのレリーフが無くなったのが寂しい。最近JRの水戸支社にはこの塗装に近いものがまだ走っていることを発見した。 |
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浜松市営バス 昭和61年頃はバスにとって受難の時であった。第2時モーターリゼイションともいえたこの頃、国鉄の赤字ローカル線が次々と廃線に追い込まれた。これと時期を同じくして、公営のバスは合理化で消えるものがこの頃あった。浜松市営バスもそんな中の1例である。路線はそのまま遠州鉄道バスに引き継がれた。 |
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京王バス旧塗装 京王バスは塗装の変更が多いような気がする。これは現在の塗装の一世代前の塗装でクリーム地の朱色の帯であった。その前の塗装は現在東京都西部を走る西東京バスとほぼ同じであった。この塗装になったときは、なんか物足りない感じで好きでなかった。いかにも合理化という感じがした。その後10年くらい経てやっと見慣れたと思ったら、現行の塗装に変更になった。 |
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小田急高速バス 今、新宿駅西口のバスターミナルにいると、長距離バスの充実ぶりには本当に驚く。これは昭和62年頃の写真。バスもさることながら、一般車も少なく、発車時刻までロータリーの周りで長距離バスが時間調整していた。当時、長距離バスは東名高速の小田急と、中央高速の京王、富士急くらいで、運転本数も日中は1時間に1か2本くらいだった。バブル前は新宿といえども朝夕以外は意外とのんびりした光景がみられた。 |
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名古屋市営 ダブルデッカー |