
ようこそ、名車の世界へ。
大型二輪車の部門では、英国車が世界に君臨していた1960年代。
この頃、W1の前身であるメグロK型(OHV、500cc)が目黒製作所で誕生した。
メグロはやがて川崎航空機に吸収され、W1(OHV、650cc)に進化した。
改良されたW1Sは当時、国産最大排気量車、最速車(185km/h)の名を誇った。
カワサキは、輸出仕様車(W1SS/W2SS/W2TT)で米国進出を目指したが、結果は思わしくなかった。
川崎重工に再統合した後の1971年。主流であった右ブレーキ、左チェンジに変更されたW1SAが国内で人気を博した。大卒初任給が3万円前後の頃、34万8千円もする単車であるが、所有する者、そして乗りこなす者にとって十分ステイタスを誇れるオートバイである。本田が、市販車としては世界初の四気筒車CB750 K0を発売し、世界市場において日本車が台頭する幕開けの頃であった。
1973年にW3を発売。そしてその翌年12月にWシリーズは生産を打ち切った。
国内各社は競って、高回転、マルチエンジンを開発し、世界市場を席巻した。そして、単体ミッション、OHV、バーチカルエンジンのWは、その範とした英国車の衰退と共に終焉を迎えたのである。
商業ベースに乗る車としては、もうこのような車は二度と作られないと知った二輪愛好家が殺到し、最終型のW3には当時50万円のプレミアが付いたといわれる。
OHV バ−チカルエンジン(ミッション別体)




右:Yカバ− 左:出力側 前:排気側 後:吸気側