2001/2/23/fri
あれは、18日のことだった・・・
ドンは〇板の走り仲間の所へ行ったのだ。
スポタイが4台も集まると迫力が違う。皆で山を爆走し、帰りは2台だったので、農道で張ったのだ・・・
スプロケで加速重視にしているとはいえ、同年式(91)のYAMAHA・TZRに負けるわけにはいかなかった。一体どれくらい走ったろうか、隣にはずっとTZRがいる。そして俺のマシンはレッドゾーンまで回転があがり、ギヤを・・・入らない!壊れたか!?いや、違った。6速までギヤチェンしていたのだ・・・やられた!?そう思った・・12500回転まで回り、加速も鈍ってきた時、奴を見るとTZRはレッドゾーンに入ってない、パワーバンドが外れていない加速をしやがったのだ。100は出ていただろう・・そして、奴を抜くことはできなかった。
今、彼は何をしているのだろう?また最高速で張っているに違いない・・・・・これにて今日の報告書を提出する。  
HONDA・NS−1のドン



いつだろう・・・
友好チームの有一が事故った・・・・
それは、彼がバイト帰りの時だった・・・・・・
彼は軽傷ですんだが、しかしNS50Fは廃車同然かとも思われるほどの傷を負った。
そのバイクは彼がやっとのことで探し出した物で、10数年落ちの為、上玉はおろかヘタレすらも見つけにくいのが現状である。
友好チーム代表として、俺のチーム員3人ほどで病室に入った。事故の状況などを聞いた後、有一は真剣な顔になって俺らに言った。もちろん俺ら誰もが他のバイクに乗りかえるだろうと思っていた。だが彼はあきらめてはいなかった。ヤツは俺にこう言い放ったのだ
「金ちゃん・・・・俺は50F以外は乗る気ねえよ・・・」
見舞いに持っていった中古バイク雑誌を閉じて今度は笑って続けた。
「おかしいかもしんねーけど、俺は他の50Fは乗らないよ!あの50Fを修理する事にすっから。」
修理!?あのフレームまで逝っちまったあれを!?俺は心底そう思った。だが、有一の決意は固かった。

病院から帰る途中、俺でもそうするかな・・・などと考えていた。やっぱり、今までずっと乗ってきた相棒だからかな・・・・・
大事に乗ることも大切だが、事故ってもその相棒と走っていく位の根性がなきゃあな!と教えられた気がした日だった・・・・・

今ごろ彼は必死になって中古ノーマルパーツをかき集めているに違いない・・・・・・これにて今回の報告書を提出する。