デボネアAMGはこんな車

 デボネアAMGの正式名称は「デボネアV 3000ロイヤルAMG」と言い、1986年7月22日に発表され1ヶ月後の発売開始から91年4月までの間生産されました。
 
ちなみに「デボネア・DEBONAIR」の名前の由来は「快活」「ていねい」「やさしい」といった意味です。
 サブネーム?の「V」は「VIP(要人)」「VICTORY(勝利)」「VANTAGE(優越)」「VERTEX(頂点、最高点)」そして、フルモデルチェンジの目玉である「V型エンジン」の共通頭文字からの由来です。

 デボネアAMGは「デボネアV 3000ロイヤル」をベースに、ベンツ車のチューンナップなどを手掛けているAMG社デザインのエアロパーツ、アルミホイール、ステアリング、デュアルテールパイプと「3000ロイヤル」ではメーカーオプション設定の電子制御サスペンション(ECS)などを装備したモデルです。また、タイヤサイズを14インチ70タイヤから15インチ60タイヤに変更し、これに伴いフロントクロスメンバの補強とフロントサスペンションロワーアームのブッシュを固め対応させています。外装色はサラエボホワイトのみ設定です。
 エアロパーツはAMGが製作し日本に空輸され三菱が取り付けを行います。87年半ば頃にエアロパーツの材質が変更され、エアロパーツ製作は三菱内製になった模様です。

 87年7月、初のマイナチェンジを受けます(88年モデル)。
 エンジンの改良、ECSの変更、その他各装備を若干変更。

 88年5月、2度目のマイナチェンジを受けます(89年モデル)。
 ATにシフトロック機能とパワー/エコノミーモードの切り替え機能を追加。
 ドア連動ハイチルトステアリングの電動化、オーディオを変更しCDプレーヤー追加、フロントオーナメントをスリーダイヤマーク(前モデルまではメーカーオプション設定)とし、Vマークをメーカーオプションに変更しました。
 また、このモデルより車両価格を大幅に値上げし約90万円アップしました。
 
 89年10月、3度目のマイナチェンジを受けます(90年モデル)。このモデルより後期型と呼ばれます。
 SOHCエンジンからDOHCエンジンに換装。同時にホイールも4穴から5穴になりホイールのデザインが若干変更されました。
 なお、マイナー前モデルで行った60タイヤ採用による対策は、DOHC車が全車15インチ65タイヤとなったため対策は施されていません。
 その他、ATの大容量化とホールドモード追加、サスペンションとブレーキのグレードアップ、ABSの標準化、シート形状の変更、木目パネルの拡大、キーレスエントリー採用とかなり大がかりなマイナチェンジを行いました。
  
 91年5月、91年モデルへのマイナチェンジと同時にカタログ落ち。
 「デボネアV」シリーズの生産終了を待たず一足先にその幕を閉じました。
 SOHC車241台、DOHC車約70台の生産でした。(他のグレードは92年7月まで生産)


細かな変更点はこちらへ(工事中)


デボネアAMGの誕生

 三菱自動車は、「デボネアV」の客層にスポーティーでエレガントな車への需要を掘り起こし客層を拡大しようと考えAMGとタイアップしデボネアAMGの開発に取りかかりました。
 AMGはオリジナルの「デボネアV」に対して横に長くダイナミック見せるデザインに重点を置き、40種類のデザインを三菱に提案、その中から三菱の技術者とデザイナーは7種類を選びました。
 そこで、AMGは三菱から送られた実車の「デボネアV」を元に、選ばれた7種類のデザインをベースにし、フロント2/3、リア2/3、サイドビューのレンダリングとステアリング、センターコンソール、シートなどのインテリアやテールパイプ、アルミホイールなどのデザインを提案しました。
 当初リアスポイラーは急角度にトレーリングエッジとしてデザインされましたが、車全体的外観を損なわず車の輪郭を強調するようにと最小化を図りました。
 
 こうして、デボネアAMGは誕生しました。

 販売目標台数は月に50台。注文生産で車両価格410万円(東京)。経済力のある若い人向けに売りたかったそうです。