2001SANREMO RALLY

Leg 1




いよいよラリ−が始まりました。イタリアに来てから天候がよく、歩き回ってるので薄着してましたが、今日はAM5:00起き!それでも薄着してた自分がバカでした。無茶苦茶寒いです。寒さをこらえて車に乗りこみコ−ス付近まで出発。しばらく走って急に車が停車。何かと思えばダビデさんが牛乳に当たったらしくゲロってました。そういえばやけに静かだと思ってたんですが、まさか牛乳に当たってたとは・・・コ−ス付近に着くまでに2回ゲロしてました。1時間弱走ったでしょうか?コ−ス付近の空いたところに無理矢理車を駐車し、ホテルからもってきたランチボックスで腹ごしらえ。O西さん曰く前回のサンレモはこんなもんじゃないくらい大渋滞していたそうで、コ−スに出るまで1時間、そこから観戦場所まで1時間歩いたそうです。今回はコ−スに出るまで10分も歩いてません。

ジャンクションでスタ−ト方面とゴ−ル方面に別れました。私とE藤さんはスペクテ−タ−のプロ?O西さんと共にスタ−ト方面に歩いて行きました。10分弱歩くと段々畑が見えてきました。私達はそこのキツイ右コ−ナ−の出口辺りに陣取り、ラリ−カ−を待ちました。待ってる間色々話してたんですが、観客が昨年の1/6くらいしかいないそうで、盛り上がりに欠けるかもしれないが、写真を撮るのには良さそうでした。00カ−や0カ−も通り過ぎ、いよいよラリ−カ−の登場です。トップはマクレ−。一番初めに来るラリ−カ−のスピ−ドがどれくらいでコ−ナ−に入ってくるのかわからないので、マクレ−の写真は撮りづらかった。2番手はマキネン。2台通り過ぎただけで、O西さんはフィルム交換!私のしょぼいカメラでは1台の来るまでは奥のコ−ナ−と手前のコ−ナ−の2つでしか撮れません。2番手はマキネン。ランサ−WRCで登場です。私は写真を撮るので一生懸命なんですが、O西さんは『今のライン取りイマイチでしたね。』と余裕のコメント。私のカメラは連撮出来ないので走行ラインなど見るのは困難です。3番手はバ−ンズの筈なんですが、来ません。しばらくしてサインツが来ました。

後で知ったのですが、SS1でバ−ンズはリタイアしたようでした。現場にいてるとリアルタイムに情報が入ってこないので、シュワルツやリアッティのリタイアも知ったのは、かなり後からでした。
ところで、今までは1台通り過ぎるとコ−スに出て移動が出来たそうですが、今年はかなり後方のグル−プの時でないと移動できませんでした。

Leg 1 SS2

全台通り過ぎてから車まで戻ります。コ−スを帰るときに午後からの観戦ポイントを探りながらO西さんと帰りました。コ−スに行く時は下りだったので、戻る時は上りです。あまりにも遠い感じがしたので、ダビデさんが気をきかして移動したのか?と思うほど歩いたような感じでした。車について昼食を取りながら午前中の観戦結果を話し合いました。どうやらジャンクションを右に行ったグル−プはあんまりいい場所で無かったようでした。

昼からジャンクションを左に行きましたが、同じ場所ではつまらんので、もう一度一人でもどってよさそうな場所に行こうと思ったら、良さそうな場所は押さえられていました。結局ジャンクションを少し右に行った所の石垣の上に座って待つことになりました。
ここは右コ−ナ−を抜けてきて、緩い左コ−ナ−を越えると、すぐにきつい左コ−ナ−があります。この場所の後ろに薔薇がいっぱいあって、トゲだらけで立つ事ができませんでした。待つ事約1時間。マクレ−が来ました。出現する右コ−ナ−でリアをスライドさせて出てきたので、いい場所取った!と思っていたら、マクレ−とアンドレウッチくらいしか滑ってませんでした。これも後でわかったのですが、デフトラブルを抱えていたようです。だからといって、つまらなかったという訳ではありません。ここではsuper1600を見て、車に戻る事にしました。

実はお昼に戻ってきた時、途中に店が出ていておいしそうな匂いが漂ってきてたので、午後見た後の帰りに買おう!と心に決めてました。8000リラだったと思います。やっぱりおいしかった。食べながら車に戻ると誰もいません。調子の悪かったダビデもどっかに行ってます。しばらくしてダビデさんが帰ってきました。他の皆さんがまだだったので、つたない英語でダビデさんと喋ってました。私が『日本でLancia Yに乗ってる。その前はDeltaに乗ってた。』と言うと『なんでレベル落としたのか?』と聞かれました。だって維持費掛かるんですよ。Deltaって。ほかにもダビデさんが昔Citroen 2CV乗ってた等色々喋りました。

Leg 1 SS6

ところがこの日、U村さんが単独行動で帰ってきません。結構待ったのですが、一向に帰ってくる気配がないので捜しに行く事になりました。車にのってジャンクションのところまでいったのですが、それでも帰ってくる気配がないので、ダビデさんがオフィシャルと交渉してコ−スの中に入って車で捜しに行きました。車ででも結構走ったところにU村さんとPUNTOのレンタカ−で来ていた日本人2人と歩いてました。オフィシャルの方も心配してバイクで捜してくれていたようで、イタリア人見なおしました。帰りのダビデさんの運転が強烈で、ラリ−を見た後だからなのか、朝の牛乳に当たってゲロしてたのがウソのようでした。自分で『ブゥ−ン キキ− パンパン』と言いながらコ−ナ−曲がって行きます。後のみんな一言も喋らなくなりました。

この日観客が崖から落ちて救急車で運ばれて行きました。実は昼から見ようと思っていた辺りだったようで断念してよかった。

帰ってからO西さんとE藤さんと食べに行く予定だったのが、急遽ダビデさんが乱入。『64』というお店に行きましたが、満席で少し待ちました。ここで私はパスタを食べましたが、ダビデさんが、とある日本語を知りたくて英語で『English say 凵ヲ≒ Japanese say?』と聞いてきました。私達は悩んだ挙句『Japanese say γ〆§!』と教えてあげました。何を教えたかは秘密ですが、ダビデさんは、一般的な日本人が抱いてるイタリア人の典型的な人というのは間違いなさそうです。
翌日ダビデさんがガイドのM原さんに言いたくてたまらんかったようで、『絶対言っちゃダメ!』と念を押しておきました。

帰り路の途中にLancia Thema 8.32が路上駐車してたのをダビデさんが見つけて私達に『Ferrari Engine!』等と話しかけてきました。8.32はこちらの地でもやはり特別な存在のようですね。


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