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朝日をうけて斑に影を落とすアスファルトが嘲笑う。 この路面のようにツルツルした抽象的思考を好み。 気恥ずかしい形容詞の多い言葉に酔い痴れる。 虚勢という武装を取り払った後の自己に嫌悪し… さらに沈黙という重い武装を身につけることを覚える。 タコメーターの針がもどかしい辺りで震え神経ばかりが昂っていく。 それなのにスピード・メーターは快楽に程遠いところを指している。 時速200km以上の陶酔を知らない者には口にすることすら恥ずかしい妄想に過ぎないが この黄色いうねりは官能的な体臭として日々 常に漂っている。 か細く不安定なピン・ヒールのパンプスのように女体そのものよりも旋律を予感させるフェティシュなエロスだ。 小首をかしげてサイド・スタンドに車体を寄り掛けている姿は街頭に立つ娼婦のように裏側の死をも匂わせて快楽を予感させ手招きする。 妄想が現実のものとなった時秘められた情事のように 背徳を重ねてゆく…… 沈黙という武装もポーズとなってしまう時代に残されたものは 行動だった。 クルマは子宮的願望であり 誰もが安らぐ母の子宮なのだ バイクは剥き出しのファルス(男根)的象徴である。 人が跨り走り出さない限り不完全な姿で晒される。 そんなバイクが好きなだけだと自嘲的に笑う。 初めはメ-タ-の針と戦うありふれた少年だった。 200km/hの声はCBが連れてきたがかなりの助走と160km/hから全開でゆっくり30を数えても 200km/hに達しなかった。 それでも少年達は あと5km直線道路が続いていたならば達したに違いない……と 可能性を確信するに充分だった。 「小石ひとつあっても200km/hだとふっ飛んでしまう」 などというバカな話がまかり通っていた時代だ。 ノーヘル時代に低品質のタイヤでゆっくり数を口ずさみ恐怖に耐え続けた。 70年代の10年間 俗に「族」と呼ばれ光となって駆け抜けた、その数は 40万人とも50万人ともいわれる。 その少年達は今や30歳代となり当時の200km/hは現代ならば350km/hという非現実的な意味があった。 多くは「日本のどこにそんなスピードを出せる場所があるのか」 と 冷笑して"向こう側"へ消えていった。 70年代後半から過激なグループ抗争に明け暮れその中でバイクがクルマに対してスピード以外に無力であることを多くの死をもって思い知らされた。 幅寄せなどはまだ許せるが走行中急にドアを開けてきたり物を投げつけ車体をぶつけてくる! 次は自分の番だと 殺されることを構えながら今まで生き残ってしまった。 それでもバイクに較べればモニターを眺めているようなクルマのスピード感覚など問題ではなかったのだ。 ドライバーに悪意がある以上 バイクは絶対クルマにかなわない。 同じ人間である以上ライダーがクルマを蹴飛ばすのと悪意の差はない。 ただ バイク乗りが死ぬ確率が高いだけなのだ。 暴走するバッファローの群れの中をバイクで駆け抜けようとはしないだろう。 クルマを運転する者が分別ある人である限りに於いての甘えの行動だ。 また 砂漠の真ん中にひとつだけ突き出た岩があったとしてもわざわざ横を猛スピードでギリギリ走ろうとも思わない。 マサイに不快を与える者はいないと聞く。 道徳的な問題以上に 自然において無用の不快はそのまま死を意味するからだ。 大地の掟だ。 人の世は 最低限の約束事で守られている。 その上に胡座をかいた傲慢な行為など許されないのだ。 背徳の行為である以上 覚悟することだ! |