ギャラクシー過去メール発掘シリーズ その1(rev.1)

97年1月から3月 草創期


バリ作のメール記録は、度重なるコンピューターの破損により、
ズタズタになっておりまして、古いメールを系統的に見ることが出来ません。
とても残念ですが、でも、ところどころ残っているものもあります。
(会社のコンピューター専門スタッフに教えてもらって、残ってたデータを
少しずつ復元しているところです)
今回はギャラクシーメールの創成期と言える時期のものを 原文のママ
載せてみました。 交信は バリ作と 辻垣さん(当時日本)、中川さん ・・・・
このお二人だけです。 3ヶ月でメール数は10件もありません。
そのうちの3件を掲載します。
青字は今回 バリ作が注釈したもの、緑字は本文のトピック部分です。


97年正月団員宅 新年会 タライ回し
慰問コンサート(チランダックの孤児院)
97年春 帰国者
練習場所が MATARI に移る
97年3月 の活動?

西平さん、山本竜太郎さん お別れ会



----- Original Message -----
送信者 : PT SASAKURA INDONESIA <ptsasaku@rad.net.id>
宛先 : 辻垣卓也 殿 <takuya.tsujigaki@sumitomocorp.co.jp>
送信日時 : 1997年1月8日 21:32
件名 : お元気ですか


> ATTENTION MR T TSUJIGAKI
> FROM SHIKATA
>
> 辻垣さん、
> あけましておめでとうございます。
> もう 日本に戻られてますか。
> 31日の夜は帰られてからもまだ盛り上がり、カラオケ大会ならぬアリオケ大会で
> 夜中に太鼓はたたくはラッパは吹くわの大騒ぎでした。続く1日元旦は中川氏(ド
> ラマー)の家で第1回新年会、2日は我が家で第2回の新年会が小規模ながら長時
> 間にわたり行われ、4日には例の松尾さん主催のカラオケ大パーティーがポンドッ
> クビラで行われました。全てに参加した我が家は子供も含めて昼夜逆転の生活に浸
> り、復帰するのが大変でした。漸く今日ぐらいからまともに仕事も出来ている状況
> です。お互い身体は大切にしましょう。日本は大寒波でお困りのことと察します。
>
> それではまたMAIL待ってます。
> 以上、雨と虹の暖かい国より 志方でした
>
>
この年の正月前後はメンバーの家で連日宴会が続いて、あけましておめでとう と
言い続けていたような 記憶があります。暮れに辻垣さんがジャカルタに来て、
多分、西平さんの家でドンチャンしたのだ・・・と 思います。


----- Original Message -----
送信者 : PT SASAKURA INDONESIA <ptsasaku@rad.net.id>
宛先 : 辻垣卓也 殿 <takuya.tsujigaki@sumitomocorp.co.jp>
送信日時 : 1997年2月24日 18:38
件名 : 近況報告


> TO MR TSUJIGAKI
> FROM SHIKATA
> DATE 24 FEB 97
>
(最初の部分略)
> 昨日はバンドでCILANDAKの南の地域の孤児への慰問に出かけました。西平氏の発案
> による慰問でしたが、西平氏は残念ながら用事で日本へ一時帰られており、参加出
> 来ませんでしたが、楽しい演奏会になりました。モスクの横の集会場の様なところ
> の二階が演奏会場でした。正装した子供たちと、子供たちの生活を支えてやってい
> る廻りの家の人達がお客様でした。電圧の加減かしてピアノが鳴らないなどのトラ
> ブルはありましたが、一応成功でした。今回の司会は松井君でした。どうみても日
> 本語より上手に喋っているようにみえました。上手かったです。今回松井君の奥さ
> んがトロンボーンデビューでした。
> 近々帰国情報は次の通りです、西平るみこ3月末帰国予定、西平守樹4月末帰国
> 予定、山本竜太郎4月末帰国予定、松井夫妻6月上旬帰国予定、松本美樹(トロ
> ンボーン)4月帰国予定。
> 入れ替わりが激しいです。私もついに鬼、松尾に続く3番手にのし上がってきました
> 。
> 西平先生帰国に伴って、来週3月1日から練習場所が変わります。新練習場所は鬼さ
> んの会社MATARIのビルであるPURI MATARI 5Fになります。場所はJL RASUNA
> SAIDを北に向かって左手、SETIA BUDI と
> BAKRIEのビルの間を左に少し入った所です(MATARIの電話番号は525-5160です)。
> 以上、また今度
> 志方でした。
>
今もそうだと思いますが、このころも施設訪問はとても印象深い活動でした。
やはり帰国者は毎年多いものだったのですね。
村山邸宅から西平邸宅へと続いていた「バンマス邸宅が練習場」 というのが
この時期から 変わりました。 この時 鬼さんのご尽力で新しい練習場所が
見つかったことは バンドにとって とても幸いなことでした。

> ----------
> > 差出人 : J.Nakagawa <nakagawa@indo.net.id>
> > 宛先 : Mr. Shikata PT SASAKURA INDONESIA <ptsasaku@rad.net.id>
> > 件名 : ポンタ新聞
> > 送信日時 : 1997年3月11日 12:28
> >
> > 志方様
> >
> > ポンタの新聞ありがとうございました。
> > この方の話はいつ聞いても面白いものばかりで、いただいた記事も楽しく読ませ
> > ていただきました。
> >
> > ところで来週、20日は何を用意しとけばいいんでしょうかねえ。
> > 何も用意しなくていいのが一番楽ちんなんですが。
> >
> >
> > *********************************
> > Jun-ichiro Nakagawa
> > nakagawa@indo.net.id
> > B1505 Golf Hill Terraces
> > Jl.Metro Kencana4 Pondok Indah Jakarta
> > Tel & Fax 62-21-765-9265
> > *********************************

----- Original Message -----
送信者 : PT SASAKURA INDONESIA <ptsasaku@rad.net.id>
宛先 : <nakagawa@indo.net.id>
送信日時 : 1997年3月12日 13:02
件名 : RE: ポンタ新聞

> TO MR J NAKAGAWA
> 20日の件、楽器は持ってゆかなあかんと思います。
> ドラムこぶりセット、私の場合は楽器とアンプ、あと、ピアノがあるのかどうかこ
> れを西平氏が調べてくれると言ってましたが、も一度確認せねばなりません。
> 例の高級アンプも必要かもしれません。私はJAZZスタンダード楽曲集1001が前から
> 欲しかったので日本の友人に頼んで、今送ってもらっています。間に合えばそれを
> 持って行こうかと考えてます。とにかく次回練習の時に打ち合わせしましょう。
> それから、17日にマタリにて演奏する件、マタリの女性から出席確認の電話がかか
> ってきたので私は出席すると伝えました。
> 15日の練習、17日のマタリ演奏会、20日の大使公邸演奏会、23日のお別れ演奏会
> 忙しい日々が続きますなあ。
>
> ところで、ベースの件ですが、折角ご手配いただいて購入したものなので、私なり
> に使用者感想を出したいと思ってます。
> そのうちに、、
> 以上
> 志方
>
17日のマタリ演奏会というのは、練習場所を お借りしていた会社マタリの
皆さんの前で演奏する というものでした。 そして、大使公邸演奏会 というのは
西平さんが大使(当時 渡辺大使)に招かれて食事をすることになり、
夫妻だけでは緊張するので、名井さん、中川夫妻、志方夫婦が
御相伴にあずかり、ついでに 音楽好きの大使と一緒に演奏もしよう というものでした。
さて、問題は 23日のお別れ演奏会 です。 どこで どんな規模でやったのか
思い出せません。 ごめんなさい。 どなたか覚えておられたら 教えて下さい。
お願いします。

(以下追加)
↑と 自分で質問していましたが、今日(2月1日、2000年)その答えのメールを
発見しました。 下↓のメールがそれです。

----- Original Message -----
送信者 : PT SASAKURA INDONESIA <ptsasaku@rad.net.id>
宛先 : 辻垣卓也 殿 <takuya.tsujigaki@sumitomocorp.co.jp>
送信日時 : 1997年4月4日 15:47

> TO MR TSUJIGAKI
> FROM SHIKATA
> DATE 4 APR 97
>
(一部略)
> お知らせまで
> こちらは3月20日に西平(親子)、山本氏のお別れコンサートをバンクバリのレザッ
> トで行いました。西平氏は4月末で帰国です。今、練習は鬼さんの会社MATARIのビル
> の5階でやってます。
> また、来られる時は連絡下さい。
> 以上、志方
>


作成 バリ作 2000年1月31日