銘酒
| 白鷺 | 之守 |
![]() 1999年11月コンサートにて (ビデオからの映像) |
バリ作 白鷺さん 素晴らしい バンドマスター ありがとうございました。大阪に居ながらにして ギャラクシーを満喫させていただきました。 思いおこせば、松下電池の新会社の社長さんがトランペットをヤルそうだ、と知人にお聞きし、最初に電話してから 一年余り後、電話ではなかなか首を縦に振ってくださらない おじさんを 勧誘するために 直接工場へ 出向きました。通貨危機後の売上げ低迷とその対策について お聞きしそのあと、工場見学をさせてもらいました。リチウム コイン電池 の工程を上流から下流まで つぶさ に見せてもらい 説明していただいた僕は勧誘のことよりも コイン電池 のファン になってしまいました。 かつて 冷蔵庫物語を熱く語って下さった元コンマス、噴射樹脂成型工場を丹念に説明して下さった前コンマス(現 後任バンマス)・・・・と 同じように ジャズを友としながら モノ作りに没頭する先輩に また一人 出会えたことが 僕の喜びでした。 近い将来、工場増設のために用意された 事務所裏の広大な敷地は 通貨危機の影響で まだ更地のままでした。皮肉にも ここが 白鷺さんのトランペット練習場だったと聞きます。 それからほどなく 白鷺さんはTOTOの練習場にこられました、そして1年余り、今や 現役時代(二十歳代)より 良く鳴っていると自ら語る白鷺バンドマスター、ゴンドラ店内が太く艶々したハイノートで満たされ、甘いバラードで包まれたことと思います。 大阪で待ってます ・・・・・・ バリ作 |
窪田旦那さん 白鷺さま・奥様、家内が GALAXY に入ったばかりの頃、あんな人がいるの こんな人がいるの・・と私の知らないメンバーの方々の紹介が 毎週 練習・宴会が終わる毎に ありました。なんかしょうもない駄洒落ばっか飛ばしてみんなに 寒がられている人がいるって 言ってました。家にメールがないので、GALAXY MAIL はプリントアウトして 家に持って帰っていましたが、いつのまにか 息子もこの愛読者に加わり、例の電池博士の講義での ・・・じゃあ、3次は? ・・・おやつ ってのが 気に入って、我が家の 伝説の冷蔵庫となっています。ラッパについて言えば、やっぱし 行沢さんとの掛け合いの 曲、曲名わすれましたが あれは カッコいいっす。プロみたい 奥様には コンサートの受け付けで お世話になりましたが、家内は それだけでなく 帰国前に 買物ツアーに連れていっていただき 帰宅すると これ いくらしたと思う と その日の獲物を見せて 自慢するのでした。 短い間でしたが いろいろ ありがとうございました。 JOHAN |
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| 小針さん ・・・・白鷺さんのこと・・・・ 白鷺さんはかっこいいんですよ、ゴルフがうまいし、音楽が好きだし、奥さんと仲がいい。 これはあこがれます。要するに男らしいということです。 一番印象に残っていることは、身障者施設訪問コンサートの後、鬼さん、イクさんたちの心を傷つけたポカリ事件の後、次の会場に鬼さんたちの車が到着出来なかった・・それにまつわる理解の行き違いについてのコメントのなかで 「GALAXYは自分を語れる人なら誰でも参加資格があり、指パクも、かまえパクも、価値に差があるなんて、誰も考えたこともないと思います。」といわれたことです。このメールを読んだとき僕は感動しました。白鷺さんはGALAXYを愛している、そしてメンバー一人一人のことを仲間、大切なものとしてとらえておられて、、、そしてみんなそんな白鷺さんが好きだということです。 白鷺さん、奥さん、日本へ帰られてもお元気で!!お体には十分お気を付けください。ありがとうございました。 小針学歩 (写真は 小針さんと奥さんのギタさん、ギタさんの左上のネコはバリ作の家のネコです) |
武田さん 白鷺さんのトランペットには、「華」と「艶」があります。 ソリストとしての「華」、リードトランペッターとしての「艶」、この両方を持ったトランペッターにはなかなか出会えません。 特にリードトランペットは、ドラムスと並ぶバンドの顔。今回のコンサートでも、一番後ろから、我々の元気の素をびしびし飛ばしていただきました。 1年弱ではありましたが、一緒に演奏できて本当にしあわせでした。今後も絶対吹き続けてください。 またどこかで、一緒に演奏できる日を楽しみにしています。 武田 (下の写真 : 99年3月のコンサート前、楽屋で原田さん(tp)の娘さんエッちゃん と真剣に遊ぶ白鷺さん) |
塚本さん 白鷺さんはまさにフルバンドの名トランペッターだと思います。タンギングの仕方、ズゥバッ!ののり方、クレッシェンドの仕方、エンディングの音の伸ばし方&切り方等、どれをとっても超一流で昔も相当活躍されたことが推察されます。また昨年秋のテープを聴いて驚いたのは、僕がいた頃(1年前)に比べてはるかに音色に艶がでてきて、音量も大きくなったこと。ソロのミストーンが極めて少ないことです。 リードTPに替わられてから、毎日相当の隠れ練習をされたことが推察されます。その努力を他人に悟られること無く、さらっと大きな演奏会をこなしてしまう偉大な方です。 帰国後のご活躍(勿論TPで)をお祈りします。 塚本 (筆者です、文面に合ってないけど載せさせていただきます・・・やっぱり写真は飲み会のものが断然面白い・・・ゴメン) (98年当時の白鷺さん) |
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| 園田さん 今回、ジャカルタを去ることになる白鷺さんへ一言 ・・・・・ お世話になりました、私もジャカルタを離れる頃までには白鷺さんみたいにソロが吹けるように頑張ります 奥様、山本さんの奥様も含め多少私よりはご年配かと思いますが数少ない同年代の女性のかたの参加 大変貴重であったと思います。今回帰られる方年配の方が多いので寂しくなるなと思っているところです 絵理奈さん & 季恵さん 白鷺さん、奥様へ 約1年間色々とお世話になりました。こんな面白いお父さんとお母さんがいたらなあ、と思います(笑)。いつでもどこでもその美しいトランペットで人を魅了しちゃって下さい! 私たちもずっと音楽を続けていきます。 素晴しい時間をありがとうございました! 絵理奈&季恵 (これは季恵さんです、絵理奈さんの写真がなくってすみません) |
藤山織江さん 白鷺さん、ご帰国おめでとうございます。短い期間でしたが白鷺さんのトランペット演奏大変インパクトのあるものでした。あの肩にかかったタオルの意味。何か格別のものがあるのでしょうか?毎回の練習で気になってしかたがありませんでした。 しかし、ギャラクシーおばサン連は「あのタオルが男の魅力よねー」と、密かに言っていたのでした。 白鷺さんの行動、所作には何か他の方とは違った魅力があります。腰が悪いんだよ、といいつつ背筋を伸ばして飲む焼酎。30年前のトランペットなんだよ、といぶし銀の渋い楽器をそろりと取り出すしぐさ。きっとご婦人方のファンも多いはずですぞ。 ミスターEGRET (白鷺の意味)いつも若若しい奥様と仲良く御元気でお過ごしください。 |
田中カズロウさん 白鷺さん 最後の練習に出席できなくて残念です。ジャカルタの最後を締めくくる駄洒落を聞き逃すなんて一生の不覚です。 ギャラクシーでの思い出もたくさんありますが、JJSでの電池の授業を子供たちと一緒に聞かせていただいたあと、電池に興味を持った私を半日かけて工場を案内していただいた事が忘れられません。 電池の事を語る熱っぽい眼差しと、御自身で設計された1分間に1000個も電池を生み出していく機械の前に立って目を細めている白鷺さんはとっても素敵でした。 トランペットを聞いて育った工場のヤギにも出会う事が出来ました。 これからも素敵な笑顔と巧みな話術、そして透き通るようなトランペットの音色でギャラクシーと仲間たち、そして優しい奥様を包んでいって下さい。 田中カズロウ |
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| 岡林さん 12月にボゴールのレストランで、白鷺さんが本帰国されるとお聞きして、わたしはひとつの決断をしました。それは 「一軒家に引っ越す」 ことです。 どのようにしても白鷺さんのような、輝くハイノートや自在なアドリブ、スパイスの利いたギャグは、わたしには真似できません。 でも、今やワールドワイドになったギャラクシーのTrpを担当させていただく以上、練習に励みたいと思います。そのために一軒家の一室を、練習室に確保しました。お歳、というにはまだまだ失礼ですが、それを感じさせない熱いフィールの演奏は、これからのわたしの目標となりました。 「OPUS ONE」のリズムにのって、心地よさそうに体を動かされながらお聞きくださる奥さまと、これからも仲良く、音楽とともにお過ごしください。 新住所はまたご連絡しますが、ポンドックプラザのマクドナルドの裏のあたりです。 日本はまだ寒いでしょう。お体にはお気を つけください。ありがとうございました。 岡林宏二 望月さん 年齢も近いし、工場も同じチビトンで98年の5月騒動ではチビトン地区の騒動を大変な思いで過ごした事でしょう。GALAXYでのTOP TP特に私の好きなSWITCH IN TIME のソロを聞くたびにPETの魅力をいかんなく発揮して我々は気分良く乗せてもらいました。”さかな”ではいつもの日本語の魔術師に変身。ある時は魔術師、ある時は工場経営者、ある時は、サーカスのラッパふき、又銀河列車の水先案内人、とても50うん歳とは思えない。それに私の場合と違ってやさしい奥様がいて本当にご機嫌です!!! 直ぐに帰国ですが関西で志方さんと”バリ島の天の川”なる漫才コンビはどうですか。うしろでGALAXYがバックを受け持ったりして!! 望月 |
安藤さん 白鷺さんの音はまさに人生そのもという気がいつもしておりました。大げさかもしれませんが、スイッチインタイムのソリはもちろんの事、オーパスワンの普通に吹いている音でも、その年輪をビシバシ感じました。わたしもああいふ人になりたひ・・・。 腰に巻き付けた手ぬぐいはまさに昭和初期のヒーローといった面持ちで、コンボにもそのまま出るのかな〜?と見ておりましたがしっかり手前の椅子に掛けられて出ていかれましたのでとってもホッとしました。でもあの手ぬぐいが無いと、白鷺師匠ではありませんね!!あと、股間に縫い付けられた花の刺繍もサイコーです。さすが、ジャラン ブンガ ウントゥック ラキラキ を地で行く師匠です。 場を一気に盛り上げるギャグを連発するそばで、いつもにこやかに側におられた奥様のお姿も印象的でした!あの微笑みはいい!! うらやましすぎます。 もう少しジャズトランペットの神髄についてご教授頂きたかったのですが、ついにご帰朝ということでまことに残念です。今度、ワールドギャラクシーコンサートでお会いできると確信しております。 ギャラクシーのバンマス、そしてトランペット部隊の大御所としての大活躍、本当にお疲れ様でした。そしてありがとうございました。 またお会いしましょう!!花道師匠、奥様、どうぞお元気で!! 団話 : 白鷺の恩返し 当時のバリ作メールから 送信者 : 志方 守 送信日時 : 1999年7月4日 7:20 件名 : 新バンマス 『白鷺の恩返し』 さてさて 今回は 『鶴の恩返し』 ならぬ 『白鷺の恩返し』のお話です。 志方の帰国を丁度1ヶ月後に控えて新しいバンマスをお願いする時期になりました。今週の月曜日に白鷺さんの会社を訪問して次のコンサートの後、バンドマスターを引き受けて 戴けるようお願いに上がりました。その結果 快く引き受けていただくことが出来ました。 白鷺さん ありがとうございます。 そして よろしくお願いいたします。 今日の練習でそのことを皆さんにお伝えしました。その際 白鷺さんのあいさつの中で出てきた言葉が 「恩返し」でした。 曰く、今年の初めころから 会社の窮状を凌ぐために東奔西走された白鷺さんは それが一段落した 3月ころから脱力感のようなものに苛まれて 生活に張りがなくなったといいいます。 その時期、ギャラクシーの毎週の練習とそれに向けた個人練習が 毎日の生活の支えとなり、5月のコンサートを 経て ようやく自信を回復した。 とのお話でした。 自分が辛かった時期に助けてくれたギャラクシーに恩返しをするつもりで バンマスを引き受けたいというのが 白鷺さんの 恩返し、 つまり 『鶴の恩返し』 ならぬ『白鷺の恩返し』 というわけです。 とてもありがたいお話でした。5月のコンサート、 ロボットポートレイト(曲名)で奏でられた白鷺さんの 炎のTPソロ 誕生は大きな収穫だったわけですね。 白鷺さんは メールボンバーバリ作 のようにこまめにメールも発信できないので みなさんの協力をお願いしたい と言っておられます。是非 よろしくお願いします。 ではまた・・・・ バリ作 |
城本長女さん 初めての練習見学のとき、『75年以来吹いてないから音がでるかどうかあ、皆さんまだ生まれてないですね きっと』 のお言葉で、居合わせたメンバーに (ん?75年?まあ、そんなあ) (え、まさかそんないくらなんでも十把一絡げな) (おい、おい、目は大丈夫だろか) などさまざまな思惑を呼び御登場以来 日々の熱心な倉庫練習の成果で みるみる艶やかな音色になっていくのを目の当たりにさせていただきました。 ペット7銃士の黄金時代の一角を担った愛妻家の氏は奥様一時帰国中の宴会で爪楊枝芸を披露し皆をあっと言わせ『妻用事白鷺』を自称し、打てば響くだじゃれセンスの連発で『ダジャレ師匠』と親しまれ、JJS授業でメンバーにも披露してくださった電池の深い知識と 子供向けのやさしい語り口で『乾電池博士』の称号も得られ、昨年バンマスを快く引き受けてくださってからは 頼り甲斐あるバンドのリーダーでした。練習熱心なリーダーに引っ張られてメンバーのやる気が それ以上に増したのは言うまでもありません。音楽を楽しむ心をも教えていただきました。 奥様の御両親と2ヶ月同居したことがあるそうで、自称『養子』のバンマスをいつもにこにこ支えていらしたのは信子夫人、もちろん宴会の常連メンバーで、おふたりも一度に失うのは GALAXY宴会にとっても大痛手です。やさしい関西弁に惹かれていました 激動のジャカルタで消滅の危機をのりこえ、いくつものコンサートを共有できましたこと ほんとうに嬉しく思います 日本に帰りましてもあの艶やかな音色を絶えさせることなく 響かせてください。 最後に以前にも披露した事のある句を愛を込めて披露させていただきます 婿養子妻の手の上尻の下 その昔養子端麗湘南ボーイ ふるわせて冴える高音声もなく 哀愁の漂う音色肩タオル おさめ |
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| 辻垣さん ある時は愛妻家の養子、ある時は日本を代表するバッテリーメーカー社長、ある時は爪楊枝を鼻につきさし駄洒落を連発するコメディアン、ある時は38+38=76で回るシングルゴルフプレーヤーその男の一番輝く姿は??? ・・Galaxyの誇るリードトランペッター白鷺守!白髪のその姿からは想像できない輝きのあるハイトーン、甘いビブラート。始めの一音で聞く人を魅了するトランペット。この人がリードをとってから、Galaxyのサウンドに艶が出てきました。 その練習 熱心さ、奥様共々に暖かい人柄はバンマスとしてメンバー皆の愛するところでした。あの駄洒落がもう聞けないなんて、いやいやあのトランペットがジャカルタで 毎週聞けなくなるなんて、本当に残念です。これからは大阪がおもしろい? バリ作さん+白鷺さんで大阪に出張するのが楽しみです。白鷺さん、これからも「艶」のあるトランペットを聴かせつづけてください。駄洒落も忘れずに・・(忘れませんよね) 辻垣 |
藤田みどりさん 〜白鷺さん、いやっ白鷺師匠、またの名を白鷺ダジャレ王様〜 いつもかっこいい音、透き通るような音色、そして何と言っても肩にタオルをかけたラフな装いをしているのについ口を開けて見てしまうトランペットを吹く姿と音。これは私の中でトランペットを握っている間は決して消えることのない思い出です。白鷺さんからお借りしたままのトランペット、何だか悪いな。。。と思いながらも、この場を借りて今後とも使わせてください。ケースについている“M SHIRASAGI”も絶対にはずさせは致しません!^0^ 白鷺さん、本当にありがとうございました。そして今後とも宜しくお願い致します。タオルのラッキーカラーは何ですかねー???^0^ 藤田 みどり |
田中靖規さん 白鷺ご夫妻へ。 養子の哀愁を半ば自慢しながらトランペットでバンドを引っ張る白鷺さん、そしてその勇姿をすごく深い愛情のまなざしで見つめる奥様、お二人の姿は、悲哀どころかとても素晴らしく映りました。 またバンマスになられてからは、落ち着きのある語り口で勝って気ままなバンドメンバーを支えておられたのが印象的です。 是非是非日本でもご活躍を祈ってます。 靖規 |
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| 前田佑子さん 「白鷺さんへ、お久しぶりです。お元気ですか?突然ですが、私は白鷺さんの吹くトランペットの音が大好きです。白鷺さんのトランペットを聞くとパアーっと心が晴れるような気がします。日本に帰られても、是非音楽を、トランペットを続けて下さい。またお会いできることを楽しみにしています。」 前田祐子 (これは98年11月の写真です) 注釈 : ご本人からの近況 報告 → ・・・私は今、大学受験も無事に終わり、食っちゃ寝、食っちゃ寝のダラダラした生活を送っています。たいして動かないのに、食欲は相変わらずで最近ちょっと危機感を感じてたりしてます。(苦笑) ・・・ 佑子さん、メッセージありがとう、しっかり食べて寝て活力溜めてくださいね(バリ作) 比嘉貴美代さん 我が社社長白鷺さん。 白鷺さんがまだ、『つまようじ白鷺』でなかったころ、私は白鷺さんを見て、「この人はとってもおもしろそう、いける!」(失礼^^)と思いました。月日がたって、やっぱり思った通り、我が社社長白鷺さんは、ゴルフでの確実な事業計画や、あのすばらしいペットの音や、何十も連発するギャグや芸で、ギャラクシのみんなの心を しっかりとつかんでしまわれました。 大阪支部に転勤されても、ギャラクシのみんなの「師匠」として奥様とともにみんなを見守っていてくださいね。 きみよ (ああっ!きみよちゃんだけズルイ!) |
安部正俊さん なんといっても白鷺さんといえばカーキ色のジーンズと土方タオルです。 練習にいって白鷺さんの土方タオルを見るといつもほっとしました。 「土方タオルよ、永遠に」 ではまた 安部正俊 (筆者と白鷺さん、ヤマハホールの控ロビーにて) 泉恵子さん 白鷺まもるくんとのぶこちゃん(ご本人のご希望にそって・・・・・!)へ 先輩のまもるくんとのぶ子ちゃんが大阪に戻られると益々大阪が身近になります。可愛い妹(右の人→)夫婦と孫2人、そして、器楽部の先輩が住む大阪に、絶対遊びに行きます。山本家での大阪支部長からの電話へ応対しながらのだ、だ、だじゃれは、さすが大阪支部快調様!!と、目をハートにして拝聴いたしました。Tpの音色、また聞かせていただける日を楽しみにしています。 ・・・・ダジャレン大学Gal科器楽部後輩 高校2年 泉けいこ (今回このページを作るために写真を探してたらこんなツーショットがでて来ました、これは酒菜で ですね、記念に載せときます、言わずもがなですが・・・・左が筆者(高校2年?) そして右が 新バンドマスター です。下にメッセージがあります) 行澤さん バンマスになられてからのJAZZに対する気合の入れようは大変なものだったと思います。技術的(音量、音色、のり 等全て)にも急速に向上され、後から続く我々にも ”まだまだやれば出来る” ことを実証してくました アリガトウ ゴザイマシタ。 おまけ(21日に届きました) 松井直也さんから ・・・・・ TO : 志方様 先週金曜日に折角Mailを頂戴しておきながら、当日外出続きにて、拝読したのは今朝方でした。今週末に限って○○出勤もせず、気付くのが遅くなってしまいゴメンなさい。 白鷺さん御夫妻は、24日の便で御帰国とのこと。何とかお見送りに行けるべく、当日何も起こらないことを祈ります。 松井 古松裕子さんから ・・・・・ 志方さん、すみません。 いいわけになってしまうけれど、いそがしくてメール打てませんでした。土日は友達と旅に出ていました。バリ作ランドみて、あー書きたかった!と思ってしまいました。 今晩予定通りに日本に向かいます。 それでは、また。 バリ作様 中越 出さんから ・・・・・・ ご無沙汰しております。 残念ながらたった今読んだところであります。18日はばたばたしておりまして、漸く終電に間に合うように泡食って地下鉄に乗り込んだ所ばったりキング伊藤さんに会ったりしました。景気が悪いからこそてんてこ舞いの日々が続くというのが、我が社の姿のようであります。 ひとまず 中越かえる (中越さん ごめんなさい、奥さんのアドレスに入れておけばよかったですね、反省) |
志方浩子さん 白鷺様、奥様 ジャカルタでのお仕事、本当にお疲れ様でした。白鷺さんの思い出のNO.1はやはり「爪楊枝踊り」につきます。あれは田口はるなちゃんのお母さんからでした、一度踊ってもらいなさいよ。といわれ・・・その時はナイスミドルの印象しかなかった白鷺さんに・・恐る恐る聞いてみたところ、白鷺さんは「そうなんだよね」と言って すっと爪楊枝で踊って下さいました。年期ものだと感心しながらも イメージがガタガタ崩れていったのをよく覚えています。 奥様とは日本で再会して、こんなに楽しい方だったのか、と数回しかお話していない人とは思えないほどの 気さくで楽しい方でした。私も見習いたいとおもいます。 お近くにお戻りになりますので何度もお会いしたいです。 これからも宜しくお願いします。 志方浩子 白鷺 信子夫人 バリ作は不覚にも奥様の写真を探せませんでした、ごめんなさい。 これからも 末永くお付合いいただけますよう お願い致します。 |
| 送辞代表 名井さん スルポンのゴルフ場でお見掛けした元気老人が ジャズ ギャラクシー トランペットと 段々近づいて来て 隣に座られました。 話を聞きましたら、茅ヶ崎に居られ、なんと 息子さんが娘の同級生。世間は狭いものです。 立派に GALAXY を率いて下さり、ウイットに富んだ 話術でメンバーを明るく包み込んで頂いた功績は 大きなものでした。 帰国されましたら、大阪支部発展に向けてご尽力 下さいます事を、お願い申し上げます。 名井 |
| 答辞・・・ 白鷺 守さん GALAXYには1年半お世話になりました。 最初は入団を躊躇していたのですが、 志方さんから 強いお誘いを受け また妻からも尻をたたかれて入団しました。 転勤で松下のバンドをやめて以来24年間 トランペットを 吹いていなかったので 最初は音が出ませんでしたが、 最後には昔の音色を取り戻せただけでなく、 それを超える ことが出来ました。 皆さんから元気をいただいたおかげです。 GALAXYは皆の音のシャワーの中で そういう雰囲気にさせる 恐ろしい力を持っている とんでもないバンドです。 仕事に行き詰まったとき、GALAXYにどれだけ助けられたか。 そういうときGALAXYがあったから乗り越えることができました GALAXYの皆さん、本当にお世話になりました 2000年2月19日 (静かに楽器をしまう白鷺さん、タオル付き) この答辞は2月19日に山本敏夫ご夫妻宅にて行われた 「白鷺さん送別会 及び 春旅立ち2000コンサートビデオ鑑賞会」 の席での白鷺さんのご挨拶を 山本さんにまとめて頂いたものです 山本さんありがとうございました。 |
おまけ

さて、ここまでご覧頂いた熱心な読者のみなさまに心から感謝致します。
みなさまには 白鷺さんの ことを いろんな言葉で紹介して戴けましたが
やはり、あの画像がなければ スッ と しない
という人もおられると思います。
バリ作は探しました、そして 遂に見つけましたあの秘蔵画像を!
下の オールドシラサギ をクリックして下さい。
怖い 画像です、お気を付けて・・・・
クリックしてもイイです
がこちらもとても重たいです
完
2000年2月20日