2000 春旅立ちシリーズ その3
秘めた闘志
村上貴志さん 本当にお世話になりました


99年7月のコンサート



村上さんは後列左から二人め



【田中靖規さんから】

田中です。
村上さんご帰国おめでとうございます。おめでとうというのも正しいかどうか分かりませんが、ジャカルタでお仕事でのご経験を十分に積まれて、また新しい職場でそれを生かされるわけですから、我々サラリーマンとはぜんぜん違う本当の意味でのご栄転だと思います。
物静かながら僕が入ったころにはなかったギターでギャラクシージャズのリズムの屋台骨を背負っておられ伊豆あま夏とかカーニバルとかでは本当に素敵なメロディーを奏でられてましたね。
最後のコンサートもビデオで堪能しました。村上先生の志が素晴らしい形で実現したと思います。是非新しい世界でますますご活躍されて、またギターも離さずがんばってください。

【松谷さんから】


村上先生へ
約1年間いろいろお世話になりましたミレニアムコンサートでは風邪をひいてた私に「ポカリをいっぱい飲みなさい」などなどいろいろ助言をして助けてもらいました♪テレマカシバニャック!
日本でもお医者さん、そしてギタリストとして活躍してください
それでは
季恵

【辻垣さんから】
村上先生
まず、僕は村上先生のギターソロのファンでした。涼しげな顔で本番にめっぽう強い村上先生のソロは16ビートも4ビートも音楽的なセンス、豊かなすばらしいものばかりでした。さすが心臓医!と思わせる本番の強さでした。
そして、医者としての村上先生の芯の通った信念とでもいうのでしょうか。Harapan Kita病院の寮に住み、Local TVを見て過ごし、Taxiで移動する。日本だと出来ない多くの手術の経験をつみ、多くの生命を救ってきた先生が日本に帰ってもすばらしい医者として進まれることを僕はまったく疑いなく信じています。
是非また一緒に演奏したいですね。
辻垣卓也




【比嘉さんから】
ドクトルキタ 村上先生
もの静かな中にも、仕事や音楽、
人間に対する情熱が
燃えている感じの村上先生。
絶妙なタイミングで、
チャッチャッと入ってくるギターは
とっても気持ちよかったです。
これからも、
ギターや仕事などを通して、
先生の温かい情熱を
いろいろな人に分けてくださいね。
かぜひいたら、
メールで診察してね!^^

     きみよ

【バンマスから】

行澤です。
仕事柄、時間的な制約もたくさんあったと思いますがGALAXYに参加されありがとうございました。
今でも印象に残っているのは、甘夏やSUGARでのかっこいいソロです。
またコンボで一緒に演奏できたことも良い思い出になると思います。
日本に帰ってからもJAZZを楽しみ続けてほしいと思います。










【園田さんから】
園田です
岡山で生活されるとのこと
いつの日か偶然、天満屋か表町、
田町の商店街で会えるような
気がします
瀬戸内の魚をつまみに
一杯やりましょう
【安部さんから】

安部(夫)です。
村上先生は昨年のヤマハでのコンサートのリハーサルに現われて真剣に我々の音に聞き入っていらっしゃったのが入団のきっかけだったと思います。その後いろいろとお話をうかがっている中でハラパンキタ病院での勤務の話です。

「前任者はわりとよい条件だったのですが・・・」といわれるので「村上先生はどうなんですか?」と尋ねるとほとんどボランティアで仕事をされていて御家族は貯金で生活されているとのこと。「いったん仕事を引き受けたあとで多少条件が悪くなっても、断ったら男がすたると思いまして・・」という「男の中の男」です。
今度は山口県で勤務される予定だと伺っていますが音楽も是非続けて下さい。








コンサートの合間に
JOHAN夫人と談笑する村上さん、
この座りかたからもお人柄が・・・
・・・byバリ作
【古松さんから】

村上先生、お疲れさまでした。
ひょうひょうとギターをひいている姿、印象的でした。
「ギターも手術もそうなんですけれど、やればやるほどうまくなるのが実感できるんですよ。日本では、なかなか上の方にならないと任せてもらえない手術をここインドネシアでは、任せてもらえる。お金では買えない勉強をさせてもらっていると思います。」
と、目を輝かせながら、お話されていた村上先生の姿に、プロのかっこよさみたいなものを感じました。
日本でも、音楽を楽しみながら、医療界でご活躍されることをお祈りしております。
ふくむすめ



【望月さんから】
村上Dr.とは偶然同じ時に入学(楽団)して、”さかな”での自己紹介が大変印象的でした。

”ドル建て給料のはずがルピア建てで困った。” しかもその給料額の低さも。はじめはHARAPAN KITAのDr.とは知らず、そんな会社があるかいなと!!!
さかなではいつも隣同士で、家族を残して薄給のインドネシア勤務の医者!!!
2年間の勤務ご苦労様です。国家の大きな援助よりも村上Dr.の奉仕的活動の方がどんなに日本国の貢献となっているか!!!
日本で又頑張ってください。

望月










【コンマスから】

村上先生、本当にありがとうございました。
忙しい生活の中、一生懸命にかつ黙々とプレーされる姿は胸を打つものがありました。確実に刻む4ビートのバッキング、オリジナリティーあふれるソロとGALAXYの中でも大好きなプレーヤーでした。
ソロは何といっても「伊豆甘夏」に止めを刺すのですが、個人的には前回2月のコンサートでの 'In a Mellow Tone' の素晴らしい演奏が本当に印象に残ります。これは、先生が4ビートに芸域を広げたことの証明ですね。
日本にお戻りになっても是非お続け下さい。
我が友人にも、「ブルースブラザーズ医者」や「コルトレーン医者」等というのが結構おります。どこにいても仲間を見つけて楽しまれることをお祈りします。
ではお元気で。

武田雅宏




【窪田さんから】
村上先生
GALAXY に入られたのが、多分うちの家内とほぼ同時期だと思います。心臓外科医のギター弾き が入ったと言う事や宴会で手術の話を聞いてきて その感動を伝えてくれました。

練習中に携帯に電話が入り、急いで病院に向かった事なども聞いています。多分先生の患者であったと思われる亡くなった富士通の I 氏は、コンペで何度もご一緒した方でした。
ブループリントでばったり会った事もありましたね。後から、タケノコ先生がJOIN され、自分にとっては、よろず の有名人に会ったのが、嬉しかった。

日本食に飢えている様子を知り、一度拙宅にお招きしようと言っていたのですが、果たせないまま、家内の方が先に帰国してしまいました。
岩国へ赴任との事。錦帯橋を背に五橋を飲むってのは、最高だと思います。
お元気で。
JOHAN


【藤田みどりさんから】

村上先生、教えて下さい。肺活量はどうしたら強くなれるのでしょうか?
やはり努力ですか?
【岡林さんから】

村上さん…
飄々とした雰囲気で“伊豆甘夏…”のソロを弾かれていらっしゃいますが、「異国の幼い命を救うためにインドネシアにいらっしゃる」ことを知ったとき、なんて貴いお志をお持ちの方なんだろう、と思ったら、お名前がまさにその通り。驚きました。これからさらに命を守る闘いがあろうかと思いますが、どうぞ、頑張ってください。ありがとうございました。

【バリ作から】 99年7月コンサート、たしか その数週間前の練習のとき、僕は村上さんのギターについて’偉そうに’コメントしたことがありました。・・・・・・「ビッグバンドのギターに最も求められるものは正確かつ ほんの微妙に気持ち良く前に入る4分音符の刻みですよ。 2、4のパターンより先に1、2、3、4のパターンを練習されたほうが良いです」って。11月のコンサートのビデオを拝見して、見事にその感覚を会得されているのを知りました。 こんなふうにキチンとバンドを支えて下さるリズムの人が ひとりまたひとり 育って行かれるのを知ることは とても嬉しいことです。 これからも どこかで 支え そして 鮮やかなソロを磨いてくださいね。 バリ作 より





これがハラパン・キタ病院です・・・よね (それらしいサイトから
勝手にひっぱり出してきたので自信のないバリ作より)


一年近く昔のメールです
----- Original Message -----
送信者 : 志方 守 <shikatam@rad.net.id>
送信日時 : 1999年5月9日 3:10
件名 : 週一の楽しみ G 村上さん

ギャラクシー本日の練習で 村上さんが初めてギターをもって登場しました。OPUS ONE のコードは練習されてきたようでなかなかのスタートを切りました。
さて その村上さん、練習後の食事会にも参加されました。村上さんは心臓外科のお医者さんです。ハラパンキタ病院で、だいたい毎日 3人のお子さんの心臓の手術をされている・・・と聞き、驚いた私たち。日本では 月に3回ほどしか執刀する機会がない、とのこと。(患者さんが少ないのではなくて、先生が多く、先輩の先生方が執刀するから、という説明) 若いけれど、多くの執刀の機会を得ることが出来、その上 感謝される今の環境に満足されている様子でした(村上さんは34歳です)。 年配の人の心臓が脂肪(黄色っぽい色だそうです)で覆われていたり、肥大していたりするのに対して、子供たちの心臓はその肌と同じように ピチピチしていてとてもキレイ・・・といった話も聞きました。
・・・・・・・・・・・・右上に続く
さて、村上さんは帰宅の車がないので 私が送りました。車中 での話で 再び驚きました。・・・・「村上さん、今 どんなトコに住んでるんですか」「ハラパンキタ病院の寮です」「へぇ〜」「僕のような外国人は少しで、インドネシアの地方、外島から勉強に来ているお医者さんが入ってるんです」「そりゃ、賑やかそうですね」「ええ、でもシャワーは水ですから 毎朝結構 覚悟がいるんです」「温水は出ないんですか」「ないんですよ。だから 『サア! 浴びるぞ!』って気合入れてからでないと 冷たくて」・・・・・・「お給料は?」「前に居た人は2000ドルくらいあったらしいんですけど、通貨危機から後 そんなには出なくて、僕は今 1.5ジュタです」「うっ 百五十万ルピア?」「そうです」・・・・・前に 竹の子医者こと山田さんと話していたときに そんな日本人の先生が居るってこと聞いたことがありました。村上さんが その先生だったのです。
・・・・・・・・・・・・右上に続く

私は、さっきまで 酒菜 で食事会をして割勘で支払った金額のことを思い出しました。「ほんなら、さっきの10万ルピアは 大きな金額や、全然気が付かずにごめん」「いえいえ そんな 気を使わないで下さい、一週間に一度の楽しみですから・・・」 この『一週間に一度の楽しみ』という言葉にグッ ときてしまいました。何気なくやっている練習や 食事会ですけど、こんな形で大切に利用して下さっている人がいる、と思うと、う〜ん 出来るだけしっかりやりたいなぁ と姿勢を正しているバリ作でした。
PS
村上さんのギターは知人からの借り物だそうです。 おわり

----- Original Message -----
送信者 : 塚本郁夫 <jazztb1@diana.dti.ne.jp>
宛先 : '志方 守' <shikatam@rad.net.id>
送信日時 : 1999年5月9日 8:41
件名 : 週一の楽しみ G 村上さん

志方さん

良いお話を聞かせて頂きました。そんなに立派な日本人がいらっしゃることと、その方がGALAXYの仲間であることを我々もほこりに思います。
静岡・塚本



村上さん 日本へ帰られても ご活躍されますこと 祈ってます。




おまけ


2000年3月26日 編集 バリ作